ユリア
カイはずっとそのままでミアが顔を上げるまで待っていてくれた。
ずいぶんたって、ミアはようやく落ち着いて顔を上げた。
「元気になったか?」
カイが聞いてくる。
優しい声にまた泣きそうになったが、こらえた。
「うん」
ちゃんと笑えた。
もう大丈夫な気がした。自分は、一人ではない。
今度ははっきりとこの二人を信じているといえる気がした。傷ついてもいいからこの二人を信じたい。そう思えるようになった自分に驚いた。
それは泣いている間ずっとカイが傍にいてくれたからなのか、ルイトが何もかも理解したうえで自分を受け入れてくれたからなのか、それともカイがルイトのことを本当に大切に思っていることに気づいたからなのかはわからない。
いずれにせよ心落ちつけて二人のことを受け入れる準備が出来たのだけは確かだった。
「目、赤いぞ。とりあえず顔洗ってこい」
「わかってるよ」
ずっと握っていたカイの手をようやく開放して、腕でぐいぐいと涙の後を消した。
もう、大丈夫。
手足に力を入れて、思い切って立ち上がる。
思いのほか心がすっきりとしていた。体の調子もかなりいいらしい。
「でもな、ミア」
「なに?」
カイも、よっと掛け声をかけて立ち上がった。
ミアより頭ひとつ分以上高い。ひょっとするとルイトよりも背が高いかもしれない。
「あんまり無理するなよ?」
そういって、くしゃりとミアの濃い青の髪をなでた。
灰色の瞳には、優しさがあふれている。きっとこの瞳は、光を浴びれば銀色に見えるのだろう。
「……わかってるよ」
ミアはもう一度笑うと、部屋のドアに手をかけた。
「ほんとにわかってるのか?」
ミアがいなくなった部屋で、カイは一人ポツリとつぶやく。
灰色の――銀の瞳に悲しみの色を浮かべながら。
「お前は、自分で思うほど強くないんだぞ……?」
ずっとミアの頬に当てていた手をぎゅっと握り締める。
「俺が守ってやるから」
俺はルイトとは違う。
ミアが大切で仕方ないところは同じだけれど。
「ずっと傍にいてやるから……だから……お願いだ……」
泣かないでくれ――
「あ、ミア♪ 元気になった?」
ルイトが今朝と同じように声をかけてくれる。
「うん。ごめんね、ルイト」
「ぜーんぜん。僕は気にしないから♪」
最初に会ったときから変わらない、見ていると安心できるような笑顔を見て、思わずミアも笑顔を見せた。
「とりあえず、もう一回顔洗ってくるよ」
「はーい♪ たぶんそろそろユリアもくると思うんだ」
「うん。わかった」
少しだけ進歩できた。それだけでミアには大きな自信になった。
そう、あせらなくてもいい。何もかも、少しずつわかっていけばいいのだ。
改めてリビングで落ち着き、カイは二杯目のアイスココアを飲み始めたところだった。
ミアはカイにユリアの事を尋ねた。どんな人なのか、と。
「え? ルイト、ユリア呼んだのか?」
「うん。そう言ってたよ」
ミアが言うとカイは露骨にいやそうな顔をした。
「俺さ、ユリア苦手なんだよ」
「そうなんだ」
「だから……逃げるわ」
「はぃっ?」
ミアに止める暇はなかった。
カイはダッシュでベランダに飛び出すと……そのまま消えた。
「こらっ! カイっっ!!」
キッチンで後片付けをしていたルイトがあわてて後を追おうとしたが、既に地上に飛び降りてしまった(ここは目測でも十階近くのはずなのに)カイは脱兎のごとく逃げ去っていた。
「まったく、もうっ」
開け放たれた窓からむっとするような空気が流れ込んできた。
そういえば今は夏だった。この部屋の中が快適だから忘れてしまっていたが。
「まあ、カイは放っておいても大丈夫だと思うんだけど。強いし」
やれやれ、といった口調のルイト。
カラカラ……とベランダに続く窓を閉めて。
「でも今度ミアに何かあったときはどうするつもりなのかな?」
にっこりと笑ったルイトのその微笑みが怖かった。
「ミアちゃん大丈夫?!」
カイのときと同様、出迎えたルイトを突き飛ばす勢いで部屋に駆け込んできたのは、肩より少し長いくらいのこげ茶の髪の女性。
「怪我してない? あ、ミアちゃんなら自分で治すのかしら? 怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
なんだか一度どこかで聞いたような台詞。
ただカイと違うのは、何の躊躇もなくミアをぎゅーっと抱きしめたこと。ふわりと甘い香りがした。
「あ、あの……」
「まったくあの子にも困ったものねえ。ミアちゃんをこんな目に遭わせるなんて。一度がつんと言ってやらないと」
「ユリア」
なんだかさっきと同じシチュエーション。
ルイトのあきれたような声がした。
「離してあげな? ミアが困ってるよ」
ルイトの言葉でやっとミアは開放された。
「あたしが来たからにはもう大丈夫よ、ミアちゃん! こんな男二人にミアちゃんを任せるなんてこと……ってあら?」
と、ユリアはふと気づいて部屋の中を見回す。
「カイは?」
「逃げたよ」
「あらっ、またあの子はミアを放って!!」
ユリアが細い眉を吊り上げる。
いとこ、と言っていたがルイトとはあまり似ていない。違和感のないこげ茶の髪はどうやら天然らしい。瞳もそろえたように薄めの茶色で、それだけがルイトと唯一似ていそうな点だった。顔立ちはルイトとはまた違った感じにきれいで。水色だとか淡い桃色だとか、そんな色の服が似合いそうだった。
素直に、美人だなとミアは思った。歳は知らないが、きっと年齢より若く見られるだろう。結婚しているといっていたのだから二十歳は超えているはずだが、十代といっても信じるだろう。
大方の状況は説明してあったらしい。ミアが何も覚えていないことも。今部屋から出られない状況だと言うことも。
ユリアはちゃんとミアの着替えを一式、そろえて持ってきていた。
と、ともにもう一式……
「ちょっと待って、ユリア」
二人分の荷物を広げはじめたユリアを、ルイトがあわてて制する。
「なあに?」
「まさかとは思うけど、ユリアまでここに泊まるなんてこと、考えてないよね?」
「何言ってんの。あたしがミアちゃんを一人にするわけがないでしょう?」
当然とばかりにユリアは言い放つ。
ルイトは大きなため息をついて額に手を当てた。
「あのね、ユリア。君はもう結婚してるでしょ?こんなところに来て……」
「いーの。てっちゃんには言ってきたから」
「なんて言ってきたのさ」
「あたしのかわいいミアちゃんが心細い思いで待ってるからって」
「ユリアぁぁ……」
ルイトはがっくりとその場にひざをついた。
「テツヤさんまで巻き込む気なの?」
「あら、巻き込んでないわよー? だってあたし、一人できたんですもの」
ピンポーン
「あのテツヤさんが来ないわけないでしょっ?」
ルイトはそう言い捨てるといやいや玄関に向かった。
今度はあわてて人間が飛び込んでくることも、その勢いでルイトが弾き飛ばされることもなかった。
「ユリア。テツヤさんだよ」
「えーっ? てっちゃん来たのー?」
ルイトについで入ってきたのは、黒髪にすみれ色の瞳を持つ二十代と思われる男性だった。寡黙な人なのだろうということはまとう雰囲気から察することができる。切れ長の瞳に灯る理知的な光が印象的だった。
どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。
「お久しぶりです、ルナ様」
「てっちゃん。ミアちゃんそう呼ばれるのが嫌いだって言わなかった?」
「ああ、そうでした。ミア様、お久しぶりでございます」
深々と頭を下げるその男性に、もちろん見覚えはない。
話の流れから、ユリアの夫に当たる人なのだろうということはわかる。それに、瞳の色からどうやら『力を持つ人』らしいこともわかる。
「お前は何を考えている?」
「何のこと?」
テツヤの問いに、ユリアは小首を傾げて見せる。
「ル……ミア様の一大事に俺がかけつけないとでも思ったのか?」
「やーね、てっちゃん。すねてるのー?」
「俺はお前が俺をおいて行ったわけを聞いているんだ」
「だって急いでたんだもん」
口論を始めた二人を苦笑して、ルイトはミアに謝る。
「ごめんね、ミア。突然騒々しくなっちゃって」
「いや、いいよ」
それよりむしろ、問題なのは……
わたしの周りには、自己中しかいないってこと。
「はあ……」
もしかしてわたし自身かなり自己中だったんじゃないだろうか?
それは、考えないことにしよう。
――ピチョン
天井にたまった水滴が湯船に落ちて雨音のような響きを奏でる。
「はあ」
湯船に肩まで浸かったミアは、大きく嘆息した。
やっとゆっくりできた気がする。
昨日目が覚めてから。
ルイトと会って、このマンションに来た。ああ、その前に敵らしき女の人と会った。名前はサリナといっただろうか。それから今日になってカイが来て――もう逃げ出してしまったが――ユリアとテツヤがやってきた。
整理しようにもいろんなことがありすぎて無理だった。
とりあえずゆっくりと手足を伸ばしてみる。
パシャン
水面より上に出た左手を見て、カイの銀色の瞳を思い出す。
「どこ行ったのかな、カイ」
ベランダから飛び降りてしまう寸前に見た漆黒に近い紅の髪と銀の瞳が目の奥に焼きついている。
「ふう」
もう一度ため息をついてバスタブの縁に頭をもたげた。
よく考えたらカイに泣き顔見られたなあ……
ほとんど初対面なのにずっと昔から一緒にいた気がするのは、やっぱり心の奥に少しは覚えているせいなんだろうか。ルイトもカイもそしてユリアもすんなり自分の心の中に入ってくる。それが不思議で仕方がない。
不思議?
いや、まったく不自然ではない。あまりに自然すぎて、怖いくらいに。
そしてミアはふと気づいた。
『どうしていいかわからなくて怖い』という感情が、ずいぶんと薄まってしまっていることに。
さっきまではあれほど怖かったのに。心のうちを抉り取られて、それがむき出しになったかのように。どうしようもない喪失感で押しつぶされそうなくらいに。
「カイのおかげ……なのかな?」
ゆっくりと目を閉じて、もう一度カイの勝気な目を思い出す。そして、あのときのひどく優しい光を灯した瞳も。
そして、さっきは言い忘れてしまった言葉をそっとつぶやいた。
「ありがとう、カイ」
――ピチョン
代わりに答えるように、もう一度水の音が響いた。
風呂から出て、ユリアの用意してくれた服を着てミアはリビングに戻った。
「ミアちゃん、髪はちゃんと乾かさないと風邪ひくわよ? ほら、もう一回戻って!」
ユリアがそう言ってこつん、とミアの額を小突いた。背を押されてミアはもう一度鏡の前へ。
「せっかくきれいな髪持ってるんだから、きちんとしてあげないともったいないわよ?」
ユリアはそう言いつつミアの髪にドライヤーの風を当てた。
ゴオオ……というファンの音が耳元に響いた。
「そういえば、ユリアさんの髪の色ってやっぱりもともとなんですか?」
「これ? そーよ。あたし一応クォーターだもの。」
「え? そうなんですか?」
「そうよ~。だからルイトもそうね。あなたたちには見えないんでしょうけど、ルイトもあたしと同じ髪の色よ」
「!」
ミアの目に映るルイトの髪は、漆黒。どれだけ光を当てても黒にしか見えないほどに深い色。
それが本当はユリアのようにやわらかいこげ茶色なのだという。
「ちょっと見てみたいかも」
「そうね。あの子色白だしあんまり日本人ぽくないかもね~。あの子、そうとう美人でしょ?」
「はい。最初見たときからきれいな人だなーって」
「やっぱり?」
ユリアがうれしそうに目を細める。
「なにしろあたしの自慢のいとこなんだからね~」
ぱちん、とウィンクしてみせるユリアも、実のところかなり美人だ。若く見えるとは言ってもやはりどこか大人っぽい雰囲気を持っている、とても魅力的な人だと思う。
姉がいたらこんな感じなんだろうか――そう思うと、心が温かくなった。
「はい、おっけー」
ドライヤーの音がやんだ。
ユリアはにっこりと微笑むと、ミアの肩をぽん、とたたいた。
「じゃ、その美人さんのところにもどりましょう」
ミアも思わずつられて笑みをこぼした。
ユリアが持ってきてくれたのはフードつき水色ボーダーのTシャツと、膝丈ほどの黒のワーキングスカート。玄関には大きいルイトの靴と、ユリアのミュールと並んで空色のスニーカーが置いてあった。
「やっぱりかわいいっ、ミアちゃんは水色が似合うわね~」
「うわーーっ。ミアがスカートはいてるっっ」
ユリアが抱きつきルイトは驚き。
「カイに見せたい♪」
「そーよね。あの子ってばどこに行ったのかしら?」
「きっとその辺うろついてると思うよ。カイにはここ以外に行くところなんてないんだから♪」
にっこり。
その笑顔の裏に何か別の感情が隠されているような気がするのは気のせいか。
「あの……ルイト?」
「なあに、ミア」
「……怒ってない?」
「僕が?」
ルイトは心底意外、という顔をした。
「僕がどうして怒らなくちゃいけないのかな? あの単細胞が追っ手に見つかる危険もかえりみずに出歩くとか、ミアを守りもせずに逃げたりとかしても、僕はぜんぜん怒らないよ?」
「……」
怒っている。
完全に怒っている。
「大丈夫よ、ミアちゃん。ルイトとカイにとってはいつものことだから」
ルイトの顔を見て固まってしまったミアの肩に、ユリアがぽん、と手をのせる。
テツヤは仕事(デザイン関係の会社の社長らしい)があるらしく、ミアの姿を確認するとすぐに帰って行った。
これでやっと少し落ち着ける。
ミアはリビングのソファに体をうずめた。隣にユリアも腰を下ろす。
「疲れたでしょう? ずっと大変だったものね」
「うん。でも、だいぶ元気になったよ。ありがとう、ユリアさん。ルイトもありがとう」
「いえいえ♪ でも最後に後押ししたのはカイでしょ?何があったか知らないけど~」
「え、あ、うん」
さっきのことを思い出して、ミアはなぜか恥ずかしくなった。思わずカイが触れていた頬に手を当てる。
みるみる顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
「あー、もうだめ!このミアちゃんかわいすぎるわ! 反則よ!」
ユリアがミアの頭をぎゅっと抱く。
「きっとカイをちょっとくらいいじめても許されるよね!」
「な、なんで……?」
意味がわからない。
「ミアの気にすることじゃないよ♪」
にこりとルイトは笑う。それは魅力的に。
この笑顔でいろいろごまかされていると思うのは、きっと気のせいではないはずだ。
それから数日、ルイトの部屋でユリアと3人で過ごした。
ルイトはしばしば部屋を空けることもあったがユリアはずっと傍にいてくれた。それがひどくうれしかった。一人でいると不安がむくむくと頭をもたげてくる。一緒にいてくれるユリアとルイトにはとても感謝していた。
カイはあの日以来帰ってこなかったが、ルイトもユリアも全く心配していないようだった。ただミアは時々あの銀の瞳を思い出してはどうしているのかな、と思いをはせていた。たった数時間会っただけなのに、これほど強烈な印象を残していることを全く不自然に思わないどころか、会いたいと思っている自分に少し戸惑ってはいたのだが。
また、記憶の断片と思われるような幻影もやはり時折見えてミアを悩ませた。夢の中の自分はいつも自分の存在を否定しているのだ。
自分が狙われている理由をミアはまだ知らなかった。だが、この幻影を見る限りで自分の存在自体が罪なのだと思わずにはいられなかった。
なぜ自分は追われているのか?
聞きたかったが、ルイトが話そうとはしなかったために心の中にもやもやとしたものとして残っていた。それは、微かではあるが自分が何者なのかわからない不安感とともにミアの中でわだかまっていた。
そうしたある日、ルイトが朝食後に切り出した。
「僕、カイを探してくるよ。ミアはカイに会いたいでしょう?」
「えっ……」
そう言われるとなんとも返答できず、また顔が真っ赤になるのが分かった。
「ほんとにかわいいなあ、ミアは♪」
「本当に。カイにはもったいないわ!」
そうしてさっさと準備を整えてすぐに出て行こうとするルイトをミアは思わず呼び止めた。
「待って、ルイト」
「ん?」
「わたしも行く!」
危険だからと最初は反対したルイトも、ミアがあまりに行くと言い張るので最後にはしぶしぶ一緒に行くのを認めた。
もちろんユリアもついてきた。
「でも、危険そうだったらすぐに逃げるからね!」
「うん」
ミアは素直に頷いた。
ルイトはそんなミアに絶対だよ、と念を押してからこう続けた。
「それじゃあ、簡単に敵と味方のことを言っておく……ていっても、ほとんどは敵ばかりだ。それを最初に覚えておいて。むしろ味方はほぼいないといってもいい。テツヤさんみたいな例は珍しいんだ」
「敵ばかり……わたしはいったい、何をしたの? なぜ命を狙われることになったの?」
もしかすると、いつも見える幻影と関係があるのかもしれない。
『呪われた子』『忌み子』と呼ばれる自分。存在自体が危険なのだと嫌われる。いったい自分は何をしてしまったのだろう?
「それは」
ルイトの表情が曇る。
「君は何もしてないよ。何も悪くない。悪いのは、『力』に頼りすぎている古い世代の人たち。あとは、何も知らずに言われたことを鵜呑みにしている若い世代の人たち」
「よくわからないよ、ルイト」
「……」
黙ってしまったルイト。ユリアも困ったように微笑むだけで口を開こうとはしない。
「ごめん……ミア。今はまだ話せない。そのうちちゃんと話すから……」
「ルイト……」
ルイトがこんなことを言うのは初めてだった。今までは何を聞いてもゆっくりと、ミアにわかるまで説明してくれたからだ。
知りたかった。それはきっと自分の存在理由にもつながるだろうから。
しかし、ミアは笑顔を作ってルイトに答えた。
「わかったよ。それじゃあ、わたしの味方の人たちのことを教えて?その話はルイトが話せるようになるまで待ってる」
「ありがとう、ミア。本当にごめん……」
「大丈夫。わたし、ルイトを信じてるから」
この数日でだいぶ自然になった笑顔をルイトに向けた。
「うん。それじゃ、手短に説明するよ」
ルイトもそれで安心したのか、また話を元に戻した。
「君の……僕らの最大の敵は月のグループだよ。君がナンバーワン。『ルナ』の称号を持つ月の長だ」
ミアはこくりと頷く。
「そして、ナンバーツーを務めるのが僕らの敵のボス、北條春樹。僕の通う大学の助手だよ。月のグループはそのせいで今真っ二つに分かれてる。君につく側と、北條を支持する側と」
「テツヤさんは?」
「あなたたちの言い方をするなら、てっちゃんは月のナンバースリーよ」
「そう。あとは月のナンバーファイブのコージ、それに太陽の長のカイがこっちについてるおかげで太陽のグループが君の味方だけれど、そのほかの星はほとんど敵だ。この間会った女の人覚えてる?」
「うん。サリナさんって言ったっけ」
「そう。川瀬紗里奈。彼女は冥王星のナンバーツーだ。あと手強いとしたら・・・土星の長の阿久津恭平かな。北條と合わせてこの3人は好戦的で実際に君の命を狙ってくるだろう。残りの長たちは様子を伺ってる――表面上は。おそらく裏では敵方と通じている。完全に中立なのは金星だけだよ」
「そうなんだ……」
ミアはそこでふと疑問に思った。
「そう言えば、ルイトは? 味方してくれるって事は太陽の人なの? あ、でもわたしの『ルナ』みたいに別の名前あったよね。サリナさんが呼んでた。たしか……」
「……僕は」
ルイトは言いよどんだ。
ミアにはその意味がわからなかったが、ユリアは分かっているらしい。ルイトの言葉を待つ前に口を開いた。
「ルイト。なぜ隠すの? 言いたくないならあたしが言うわよ?」
ルイトは答えなかった。
ユリアは小さくため息をつくと、静かに告げた。
「ルイトはね……冥王星の長『メルド』よ」
「冥王星の……長?」
「そうだよ。僕は、君を狙ってるサリナの上司ってことになる。……言いにくかったんだ、僕はもうサリナを止められないって……。僕のほうが上のはずなんだけどね」
ルイトは悲しそうに言った。
「ごめん、ミア。僕は何もしてあげられないんだ……」
「ルイト……」
最初この部屋に来たとき。ベランダで自分の無力を嘆いていたルイト。その裏にはこんな理由があったのだ。
「ルイト、しっかりしなさい。そんなことで落ち込んでいる暇はないのよ? ミアちゃんだってそんなこと気にしたりしないわ。そうでしょ?」
「うん。ルイトはいるだってわたしを助けてくれたよ。居場所を作ってくれた。安心できる人たちに会わせてくれた。もう十分すぎるくらい助けてもらってるのにルイトがわたしに何もできないなんて悲しまなくちゃならないわけない!」
ルイトは悲しそうに微笑んだ。
「二人とも本当にありがとう」
憂いを帯びたその表情が、何よりも美しいと思うのは不謹慎だろうか。
「さあ、元気出しなさい。カイがいないんだからあなたがミアちゃんを守るのよ?」
「もう……ユリアには勝てないな」
ルイトは苦笑するとミアに向き直った。
「ミア、僕が守ってあげるよ。何しろ僕は君の騎士なんだから♪」
「うん」
もう一度ミアが笑ったところで突然緊迫した空気が張り詰めた。
ルイトの小さなため息が聞こえた。
「ごめん、ミア。ちょっと……人の少ないところまで行こうか」
「えー? 見つかっちゃったのー?」
ユリアが心底いやそうな声を上げる。
「ごめん。本当に、油断大敵だよね。こんなところまで手が回ってるとは思ってなかったんだ」
ルイトはミアの手を何の躊躇もなくつかんで強く引いた。不思議と痛くはないが、思わずミアはそれにあわせて足を前に動かした。
「ユリア、走れる?」
「もちろんよ。それ、誰に向かって言ってるのかしら?」
ユリアはパチッとウィンクした。
「ほんとにごめんねー。全部カイのせいにしていいからね♪」
にっこり。
「もちろんよ!あのおばかさんはこんな大変なときに本当にいったいどこに行っちゃったのかしらねっ」
「……」
怖い。この二人――ミアは直感した。いとこだけあってさすがに似ている。この、笑顔が怖い。
微妙な表情を浮かべたミアに、ルイトが声をかける。
「大丈夫だよ、ミア。心配しなくても僕、強いんだから♪ カイほどじゃないけど」
「……」
ミアはその言葉に曖昧に頷いた。
ちょっと違うんだけどね……と思わず苦笑しながら。