26.騎士の夢・少女の想い②
数日後。
昼の休憩が終わったところで、エメリッヒは新しい見習いを紹介するといって分隊員たちを集めた。
「あー……。これが新入りだ。おい、自己紹介」
「私の名はアンブローシア=シュトラール。第六師団十八分隊の方々、お初にお目にかかる。
こちらの分隊は、単体であのグリフィスキアを倒したという話を聞いている。そのような優秀な分隊で研修を受けられること、光栄に思う。何かと迷惑をかけることもあるかもしれないが、誠心誠意勤めるつもりだ。
また、クラウス分隊長殿においては、中途半端な時期に私を受け入れてくださったこと、感謝いたす」
「……む」
堅苦しい口調であいさつをしたアンブローシアを、クラウスはじっと観察する。
アンブローシアは隊服をきっちりと着込み、蘇芳色の髪を後ろできりりと結い上げていた。朝もやを思わせる淡い竜胆色の瞳はどこまでもまっすぐで、横で苦い顔をして立つエメリッヒとは対照的である。
履歴書には確か二十四歳とあったが、すらりとした少年のような体型のせいか、もっと若く見えた。
「アンブローシアか。長くて呼びにくいな。愛称とか別名とかないのか?」
横で腕組みをしたまま、エメリッヒが問いかける。世話役に任命されたエメリッヒは、嫌がりつつもなんとか会話をしようとしているようだった。
「好きに呼んでくれてかまいません」
「あっそ。じゃぁ、アン……じゃ女のようか。ローシア? ローシャでいっか」
「そ、それは」
「なんだ、好きに呼べといっただろうが。それとも別の呼び名がいいのか」
「いや! 騎士に二言はない。ローシャでいい」
「よし、決まった。おまえ、今日から十八分隊ではローシャな。いいか?」
「あ、あぁ。よろしく奉る」
ローシャは仰々しくうなずくと、音を立てて踵をあわせ、分隊員たちに向かって騎士の礼をした。
カン! カンカン!
ティル・ナ・ノーグ天馬騎士団の訓練場に、剣戟の音が響く。
「そこだ! 隙あり! 右ががら空きだぞ!」
年上の分隊員相手に元気に飛び回っているのは、先日研修生としてやってきたローシャだ。すでに正騎士として勤務経験のある者を見習いとするのはおかしいのでは、とクラウスが言ったため、ローシャは他の分隊から来た研修生という扱いになった。
「しっかり基礎は身についてますよね。どこが問題児なんでしょう」
「うむ」
ローシャの訓練の様子を見ながら、エメリッヒとクラウスは首をひねる。騎士の家系だというローシャは、幼い頃から武術と剣術をたたきこまれてきたらしく、動きに無駄はないし剣筋も悪くない。他の分隊員に比べ、小柄なため力はないが、そのぶん俊敏な動きで相手を翻弄している。
キィィィン!
分隊員の模擬刀が、ローシャに弾かれて空高く舞う。くるくると回転する模擬刀は、何の因果かエメリッヒめがけて落下した。
「!」
ひょいと片足を上げたエメリッヒの、まさに靴跡に剣が突き刺さる。
「おい、危ないだろ!」
「すみません、補佐官!」
剣を飛ばされた分隊員が、頭を掻きながら駆け寄ってくる。その後ろではローシャが、
「次の相手は誰だ! このアンブローシア、手加減されて喜ぶような腑抜けではない! 遠慮せずにかかってこられるがよい!」
と声を張り上げていた。
「元気のいいことで。マリーニとは大違いですね」
「そうだな」
元気のいい新人がいると、それだけで分隊が活気づく。エメリッヒの言葉に、クラウスも苦笑しつつうなずいた。
実際、ローシャはよく働いた。
訓練の後には「自分は新人だから」と言って装備品磨きも率先して行い、宿舎の食堂では、調理人夫婦が食材を運んでいると「ご婦人にこんな重い物を運ばせるわけにはいかない」と言って籠を運び、風呂場では「自分は一番最後でいい」と言って最後に入ってきれいに掃除をした。
誰もが、今度の新人は当たりだ、そう思っていた。
しかし。
その問題点があきらかになったのは、ローシャが来てからはじめて起こった港での騒動の収拾に、十八分隊が出張ったときのことだった。
「いざ、参る!」
先陣をきって、ローシャが駆ける。
一人目。興奮した船乗りが振り上げた棍棒を、ローシャが薙ぎ払う。ガン! と重い音がしてはじけとんだ棍棒は、すぐ後ろを走っていた分隊員の腹を直撃した。
「馬っ鹿、まぬけ! 何やってんだ」
「う、うぅ、うるさいっ ちょっと避けそこなったんだ!」
二人目。今度はつかみかかろうとしてきた船乗りを、ローシャはひらりと避けて足払いをした。倒れ込んだ船乗りに、周りにいた分隊員たちが躓き、将棋倒しになった。
「てめぇ! 前よく見ろよ!」
「なんだとぉ! おまえだって!」
三人目。片刃の剣を抜いた船乗りに、ローシャが一人対峙する。じり、じりと両者にらみあい、ハッと息を吐いた瞬間、打ち合った、そのとき。
キィィィン!
折れた片刃の剣の先が、後方に飛んだ。
倒れていた分隊員が、慌てて避ける。
それを助け起こしていたクラウスも避ける。
クラウスの後ろ、巨体の影で事態を見守っていたエメリッヒだけが、反応が遅れた。
「!」
ザン!
折れた切っ先は、エメリッヒの頬を裂き、地面に突き刺さった。
「……おい、ローシャ。これはわざとか」
「ん? なんだ、補佐官殿。どうかしたか」
「てんめぇ、わざとかって聞いてんだよ!」
「ほ、補佐官落ち着いて!」
「落ち着いてください!」
「うああ、殴りかかっちゃだめです、補佐官んんんん!」
分隊員たちが、激高するエメリッヒを取り押さえる。
その目の前で、船乗りの頭領を倒したローシャは、自分の剣を天高く上げて勝利のポーズをとっていた。
その後、何度か分隊の出動があったが、その度にローシャは敵よりも味方に甚大な被害を及ぼした。
「分隊長! なんとかしてください!」
「あいつがいたんじゃ、おさまるもんもおさまりません!」
「俺らにけが人が増えるばっかりで……」
「補佐官ももう投げ出してるし、どうにも制御がききません!」
「……」
確かに、状況は深刻だった。十名いる分隊員のうち、怪我をしていないものはクラウスとローシャだけで、頬を切ったエメリッヒをはじめ、擦り傷、切り傷、打撲など、全員どこかしら怪我をしていた。ひどいものは骨折をして、現在休養中である。
「全部がローシャのせいとはいいません。俺らの訓練不足もあると思います。
でも、それにしても異常です。あいつがくるまでは、ここまでのことはなかったんですから」
「わかった」
分隊員一丸となっての懇願に、クラウスも仕方なく対策を講じることにした。
「ってわけでね、今そいつは分隊長付きになったわけですけど、その新入り、根が真面目なもんだから、ずーっと分隊長にくっついて回るんですよ。それこそ、朝から晩まで。
さすがの分隊長もまいったみたいで、今日はようやく撒いてきたんですよね」
「まぁ……。くすくす」
隊での様子を面白おかしく話す分隊員に、コレットがころころと笑う。その横でクラウスは、いつになくぐったりした様子で椅子に腰かけていた。
「何か召し上がっていかれますか?」
疲れているなら甘い物でも、とすすめるコレットに、クラウスは見回りの途中だからと断る。いつもならお茶をしていくところだが、あまりのんびりしていると、「帰りが遅い」といって、新入りが探しに来るかもしれない。
「そうですか。では、よかったらお土産にこれをお持ちください。来週からお店で出そうと思っているエッグタルトです。兄は“パステル・デ・ナタ”と呼んでいましたけど」
コレットはクラウスに袋を手渡す。中には、手の平より一回り小さいくらいのタルトがたくさん入っていた。甘い香りとほどよい焦げ目がなんとも美味しそうだ。
「ありがとうございます! 俺らももらっていいんですか?」
「もちろんです。その新入りさんにもぜひどうぞ。あとで感想を聞かせていただけると助かります」
「感想だなんて! コレットさんの作るお菓子なら、うまいに決まってるじゃないですか! いやぁ、楽しみだなぁ!」
クラウスから菓子の入った袋を預かった分隊員が、いそいそと先に店を出る。クラウスもそれに続きつつ、店を出る前にコレットの頭をぽんと撫でた。
「また、夜にでも」
「あ、はい」
カララン
店の扉が締まる。
一人残されたコレットは、赤らんだ頬を手の甲で冷やしつつ、夕食は何にしようと頭を悩ませるのであった。




