今後の方針を整理せよ
遠くで野鳥のけたたましい鳴き声が聴こえる。
本来ならこの静かな孤島で気ままにくつろいでいた鳥共も、この騒がしい妙ちきりんなイベントのせいでとんだ災難を被ってんだろうな。
森の中を移動していると薄暗くなったり明るくなったりを交互に繰り返すような時があるが、今いるこの場所は比較的明るい。ここなら教師共の姿もいち早く見つけることが出来、それによって逃げる余裕もありそうだ。
しかしマジであいつらどこにいるんだ?
耳を澄ませても仲間の声は全く聞こえない。代わりに聞こえてくる野鳥共の威嚇じみた鳴き声につい気持ちが共鳴しちまったのか、焦りと苛立ちだけがぐんぐんと増していくのが分かる。
……マズい、少し冷静にならんと。
こういう負の感情に身体を支配されちまう時が一番ヤバい。
焦りは何の得にもならず、逆に相手に殺られる危険性が一気に上がる。長年のヒデとの組み手で痛いほど身に染みている事実だ。
しかたねぇ、走り続けて息が上がって来たし一旦休憩するか……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
再びペットボトルの水を飲みフゥと息を吐いた後、手近の大木に背を預ける。
休憩がてらこの先どう行動すべきか一度整理してみるか。
ウラナリの情報通りの方角にこれだけ走ってもチーム・不死鳥が見つからないということは、追った方向が微妙にずれちまった可能性が高いとみていいだろう。
となれば、まずは俺単独で他部隊を狩るか……?
少々手荒な手段を使っても今日中に銀の賞牌を一つぶん捕り、残り一つの金の賞牌は、明日、ヒデや将矢と共闘して教師共からなんとしても奪い取る。この作戦が一番現実的だろう。
だが、できれば銀の賞牌は一つではなく二つ、他部隊から搾取しておきたい。
他部隊の銀メダルを二つ手中に収めておきたいと考えているのは、“ 教師共から金の賞牌を奪取できなかった場合を想定し、最低でも宿に泊まる権利を得ておくための保険 ”というセコい理由ではない。
俺ら部隊の目指す褒賞はグレードAではなくあくまでもグレードS。全員でそう決めた。ならこの目標は何があっても折れずに貫くべきだ。
しかしそれでも銀メダルを二つ手に入れておきたい理由は、宮ヶ丘に仮譲渡してもらってるこのメダルをできればあいつに突っ返したいからだ。
いくら白十利を助けた礼とはいえ、宮ヶ丘の班の銀メダルをこのまますんなりともらう気にどうしてもなれん。
あのデコ女に妙な借りを作りたくねぇし、これ以上宮ヶ丘と関わらない方がいいと俺の本能が告げているしな。
まぁ本能が盛んにそう告げてきているのは、険しい顔で仁王立ちになっている美月と済まなそうに視線を落としている怜亜の姿が脳内に映っているせいなんだが。
シンに突っ込まれたせいという訳じゃねぇが、とにかく俺が美月と怜亜にきちんとした態度をまだ取ってない以上、あいつら以外の女にいい顔をするわけにはいかん。
……クソッ、この事を考えるとどうしても気が重くなってくる。
ジャージの左ポケットに手を突っ込み、浜辺でシンから無理やり渡された戒めのアイテムとやらの、「完全に女ウケを狙って生きてる桜色の貝殻」がまだここに入っていることを確認した。
ポケットに無造作に突っ込んでいるだけだから粉々に割れちまってるかと思ったが指の腹で触った感じでは全くの無傷のようだ。ひ弱そうな見た目とは裏腹になかなか根性あるじゃねぇか。
しかしシンの奴も痛いところを突いてきやがったよな。
美月や怜亜を傷つけたくないからつれない態度を取っているのは分かってる、と前置きをした上で、これからもずっとあいつらのために同じ物を二つずつ探していくつもりなのかと真正面から指摘された時、正直何も言い返せなかった。
美月と怜亜は、「私たちが政治家になってこの国の法律を重婚OKにするから三人でずっと一緒にいようね!」なんてイカれた世迷言を能天気にのたまってるが、んなこと出来るわけねぇだろ。
だからこの件はいずれ俺がはっきりとした形であいつらに結果を出してやらないといけない。
小さな桜貝をポケットから取り出し、目の前に掲げてしげしげと眺めてみる。
この戒めアイテムを眺めていると「いつかはどうにかしないとマズいだろ」というシンの最後の言葉が蘇り、さらに気が重くなる。
…………こんなことを今ぐだぐだ考えていてもしょうがねぇ。よし、休憩はこんなもんで充分だ。そろそろまた動くか。
寄りかかっていた幹から背中を離す。
するとまるで狙い澄ましたように斜め上からなかなかの太さの木の枝が、俺の鼻先と手にしていた桜貝の間をかなりのスピードで通過した。
木の枝は足元のぬかるんだ地面にザックリと鋭角に突き刺さっているが、自然に落ちてきたにしては不自然な角度とスピードじゃねぇか?
枝が降って来たと思われる方角に顔を向けると、木の上でこちらに手を振っている猿と思いっきり目が合った。
―― あそこにいるのは将矢じゃねぇか!!
猿は猿でも獣違い。木の上によじ登っていたのは金髪で背は低めのアホなエテ公だった。
貝をポケットに押し込み、奴がいる木の下に早足で近寄ると、将矢も本家顔負けの器用さでするすると幹を下りてきた。そしてニッと笑い、「よっ柊兵!」と親指を立ててくる。
「将矢、お前こんなとこ登って何してたんだよ。偵察か?」
「偵察っつーか待ち伏せだなっ」
「待ち伏せ? 俺を待ってたってことか?」
「お前じゃねぇよ。柊兵はたまたま見つけただけだ。お前、全然こっちに気づいてねぇし、そのまま違う方角に行きそうだったから枝を投げてやったんじゃん」
「おい将矢、お前あれ俺に当たるようにわざと狙ったろ!? もう少しで顔面に当たるとこだったじゃねぇか!」
「はぁ!? 狙ってねぇよ!! 言いがかりつけんなよな!! 大体お前にぶつけたらその後の報復の方が怖ぇよ!!」
「もう二人とも静かにしてよ。そんなに大声だしてたらターゲットに気付かれちゃうじゃん」
「尚人!」
どこから出てきたのか背後に尚人がいた。そして年上女に絶大な効力を発揮する人当たりの良い笑顔を見せながら「お帰り柊兵、遅かったね。花ちゃんは無事に送り届けたかい?」と尋ねてくる。
「あぁ。だが途中で飽きたとか騒いで大変だったぜ。何度あいつを途中でぶん投げてこっちに戻ってこようかと思ったか分からん」
「あははっ、それは大変だったね。お疲れ様」
「それとウラナリに俺も会ったぞ」
「あ、柊兵も本多に会ったんだ? じゃあ待機ポイントに戻れないって困ってたけど無事に着いたんだね」
「いや、待機ポイントで会ったんじゃねぇんだよ。ここに戻ってくる途中で会ったんだ。一応待機ポイントへの大雑把な方角は教えたが、もしかしたらあいつまだ迷ってるかもしれん」
「そうなんだぁ……。本多、方向音痴そうだったもんねぇ」
「まぁもうリタイヤになっちまってんだし、あいつが危険な目に遭う事はないだろ。そんでヒデやシンはどこだよ?」
「我らをお呼びですか閣下?」
尚人の後ろで茂みがガサガサと大きく揺れ、スラリと背の高い長髪の優男と、その優男よりもさらに背の高い屈強な男が姿を見せる。
「我らが部隊長のつつがないご帰還、一隊員として心よりお喜び申し上げます」
「遅かったな柊兵。お前ならもっと早く戻ってくると思ってたぞ」
「スマン」
やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、シンとヒデも現れてこれでチーム・不死鳥のメンバーがようやく揃い踏みか。
なんだかんだいってやっぱこいつらと一緒にいる時が一番しっくりくるな。
「随分と遅いお戻りですが、まさか閣下、俺があれだけ注意したのに怜亜ちゃんと話しこんできたわけではないでしょうね?」
猜疑心を露わにしたシンが俺を横目で見る。
「してねーよ。それよりお前ら、美月が見つかったぞ」
こいつらにとっては全く予想していないニュースを俺がサラリと言ったせいで、「いたの!?」「マジ!?」「ホント!?」「見つけたのか!」とメンバーが一斉に驚きの声を上げた。
しかしすぐに尚人が慌てたように “ 大声を上げるな ” というジェスチャーをする。
俺以外はすぐに全員頷いたが、こいつらここで気配を殺して誰を待ち伏せてんだ?
「お前ら、ここで誰を待ち伏せしてんだよ?」
「すぐに分かるよ。もうちょっとで来るはずだから。それより美月ちゃんが見つかったってことは柊兵が檻を見つけて助けてあげたってこと?」
「それがあいつ、縛られた紐を自力で解いて檻を蹴破って出てきたみたいで、白十利を運搬している途中で偶然会ったんだ」
そう説明した次の瞬間、最大限に声を殺した音の無い大爆笑が起きた。
尚人は口元を両手でしっかりと覆ってるし、将矢は声を出すまいと河豚みたいに頬を膨らませて耐えている。シンはジャージの二の腕に口元を押しつけ、腕組みをしたまま下唇を必死に噛んでいるのはヒデだ。
「やってくれるなぁ美月ちゃんは……! 頼もしすぎてますます惚れそうですよ」
シンが目尻を手で拭っている。大ウケしたせいで涙まで出たらしい。
「ってことは、無事再会できた閣下は美月ちゃんも待機ポイントにお連れしたってことですよね?」
「あぁ待機ポイントには連れていった」
「なら美月ちゃんは怜亜ちゃんとも無事に会えたってことかぁ。良かった良かった」
「シン、待機ポイントには確かに連れて行った。だがな、まだこの話には続きがある」
「うっわぁ、閣下のその妙に勿体ぶった溜め、嫌だなぁ……。良くないニュースのような気がしてならないんですが」
―― 鋭いなシン。