目指すは頂上、それしかねぇ
……そういや今、何時だ?
厄介な女共が群れ集う浜辺から撤退し速やかに戦線へと復帰する中、腕時計に目をやる。
目線を落としたせいで、見落とした木の小枝が左頬に当たった。大して痛くはなかったが、枝から散った数枚の葉っぱがジャージの襟元にまとわり付いたので乱暴に振り払う。
―― あと二十分で午後五時か。
まだ日は高いがバトルがスタートしてから結構時間が経ってんな。あの超恩知らずな巨乳チビ女を助けたのはやはり失敗だったもしれん。
今日のバトルは午後七時には一時休戦になっちまうはずだから少しでも優位性を保つためにもこれ以上ぐずぐずしてる余裕はなさそうだ。別行動中のシン達と無事に合流できればいいんだが……。
捕虜だった美月が自力で檻から脱出できた今、俺らの部隊、【 チーム・不死鳥 】の目的は唯一つ。
この下らねぇサバイバルバトルで頂点に昇り詰めること。
チーム全員で決めた目標のみで俺らは今この見知らぬ小島の中をこうして走り回っている。
尚、サバイバルバトルに勝利するために銀杏高校側から提示された条件はいたってシンプルだ。
まず俺ら生徒で組織したそれぞれの戦闘部隊に至急された銀のメダル三つを死守。加えて自分たち以外の部隊から二個銀メダルをゲットする。これをクリアすると勝利者となり、こんな孤島ではなく旅館に泊まれる権利、一般褒賞が与えられる。
しかもその奪う二個のメダルの内、教師共が持っている金賞牌を一つでも奪う事が出来ればさらに特上のオプションが追加だ。海の幸満載の会席膳と特室専用露天風呂がついた最高級レベルの特等室への宿泊許可が降りるらしい。
他の部隊の奴らは安牌で難易度の低いグレードA狙いが多そうだが、俺らが目指すのはあくまでも最高の褒賞、「グレードS」。これ一点狙いで一致団結している。
しかし現時点ではあまり戦況は芳しくない。
俺らの部隊が現在所持しているメダルは三つ。
まず統率者である俺が所持しているこのコマンダー用のデカい賞牌と、怜亜に持たせている小さい銀の賞牌。
本来あるべきはずのもう一つの銀賞牌は美月が檻から脱出した時に落としちまったらしいから数から抜いておいた方がいいだろう。しかし代わりに宮ヶ丘から一つ賞牌を仮譲渡してもらってるから結局は合計三つ。
美月が自分の賞牌を見つけ出したかどうかも気になるが、まぁいざとなれば俺やヒデや将也の特攻で他部隊から銀メダルを奪う事はそう難しくは無いだろう。
一番の難点は自分らだけちゃっかりと完全武装しているあの腐れ教師共から金の賞牌を奪えるかどうかだ。
なんといっても「与えられた武器以外(素手など)での教師への暴力行為は一切禁止する」と決められたあのルールが痛い。普段の恨みを込めて教師共をぶん殴るっていう行動を完全に封殺してきやがったからな。
「万一暴力行為に及べば部隊は即全滅扱い」とされちまう特殊なルール上、毛田たちに手を出す事はまず不可能だろう。だがあれだけ武装している連中相手にこっちは一切手を出さないでメダルを奪う方法なんてあるのか?
そんな事を考えながら鬱蒼とした森に再び身を投じ、記憶を頼りに先ほど進軍していたルートを再び辿り始めていると、時折森の四方で教師共の放つエアガンの音が聞こえてくる。しかし射出音の遠さからいって近距離で戦闘が行われているようではなさそうだ。
とはいえ、殺気立った奴らが「見つけたぞおおおお!! リア充原田ぁああああああああ!! 死ねえええええええええ!!」と銃片手に飛び出してくるか分からないので気配を殺しながらの進軍だ。
昨日の天候は雨だったのか、ところどころ地面がぬかるんでいるせいでたまに足を取られそうになる。
この白ジャージで豪快に転んだら汚れが目立ちまくるからな。気をつけねぇと。
「……うぉぉおおおーいっ、原田くぅうううんんんっっっ」
……ん?
今名前を呼ばれたような気がしたが幻聴か?
足を止め、声のした方向に顔を向けようとする前に、左の視界の端から巨大な桃色のボウリングピンがいきなり現れた。
「おお!! やっぱり原田くんじゃないですかぁ!! 僕ですよ僕ぅ!!」
「ウラナリ!?」
多量のペイント弾を浴びたせいで今も全身どピンク真っ最中のウラナリ・本多とエンカウントした。
しかしシン達とは違い、すでにリタイヤ扱いとなっているこいつと合流できても何の戦力にもなりゃしねぇな。
それよりなんでこいつはこんな所でフラフラしてんだ? リタイヤしたら怜亜のいるあの待機ポイントに行ってなきゃならんはずだが……。
「おいウラナリ、お前こんなとこで何してんだよ? 」
「それが収容エリアに向かえって先生たちに指示されたんだけど歩いても歩いても辿り着けないんだ……。原田くん、君、収容エリアへの道は分かるかい?」
「なんだよ迷子になってんのかよお前。情けねぇな」
「原田くん、そんな人を小馬鹿にしたような言い方は止めてくれたまえ。未だ正規のルートを見つけ出せていないだけさ」
「結局迷ってんじゃねぇかよ」
どうやらこいつはかなりの方向音痴のようだ。
かといってこれ以上無駄な時間を食うわけにもいかん。ウラナリには悪いが何とか自力で待機ポイントに戻ってもらうしかない。とりあえず俺が今進んできた方向を指し、
「ウラナリ、とりあえずここを真っ直ぐに行け。もしまた迷ったら救助を求めて叫べよ。お前はすでにリタイヤしてっから教師共に見つかったって今さら攻撃されることもねぇだろうしなんの問題もないだろ」
「あ、それもそうだね! でも僕はついてるなぁ! メダルを捜索中の楠瀬くん達にも会えたし、こうしてリーダーでもある君にも会えたし!」
「なにッ!? ウラナリッ、お前シン達に会ったのか!?」
「うん、会ったよ? こんな目に遭ったけど真田くんが “ お疲れ! ” って僕をねぎらってくれたんだ。ヒーローにはなりそこねたけど真田くんのあの一言で僕は救われたね」
「んなことどうでもいい! あいつらどっちにいた!?」
「どうでもいいってひどいなぁ……。一人リタイヤになって傷心中の僕にさ。まぁでもいいや。えっと僕はあっちから来たからみんな向こうの方にいたよ。今しがた会ったばかりだから追いかければ見つける事ができるかもね」
「向こうだな!? 分かった!」
そう叫んで走りだしたがウラナリに一つ頼みごとを思いつく。
「おいウラナリ! お前待機ポイントに戻ったら怜亜に伝えてくれ!」
「ほう、森口さんに伝言かい? してその内容は?」
「美月がそっちに戻ったらもう絶対にこっちに寄こすなって言っといてくれ! いいな!?」
「むむ!? ということは風間さんは無事救助できたということかい?」
「いやあいつ自分で檻を蹴破って脱出しやがって今もこの森ん中のどこかにいるんだ! だから美月が戻って来たら怜亜とお前で押さえといてくれ! あいつに単独で下手に動きまわられるとこっちが困る!」
「なるほどなるほど……。いやはや、さすが我が組の女性武闘派No,1の呼び声高い風間さんだね。しかしなぜ脱出できた風間さんが待機ポイントにいないで単独でこの森にいるのか僕にはよく分からないんだが?」
「ウラナリ、悪いがこれ以上お前に説明している時間はない! お前だってグレードSの恩恵に預かりたいだろ!?」
「それはもちろんだよ原田くん! 新鮮な海の幸に舌鼓を打ちたいさ! 分かった! じゃあ森口さんへの伝言は任せておいてくれ! あ、それと僕の武器、良かったら持っていかないかい!?」
桃色の巨大ピンが走り寄ってきて自分の遊戯銃をズイと差し出してきた。
しかし本来であればオレンジと黄色で彩られているはずのプラスチック銃はあちこちにどピンク色のペイントがベッタリとついていて触りたくない。
それに確かミッション開始時の伯田さんの説明ではこの武器の複数所持を禁止していたはずだ。
第一、威嚇すらにも使えないこんなちゃちい銃なんて二丁あってもしょうがないしな。
「いや要らねぇわ。お前そのまま持ってろよ」
「了解! では原田くん、今回僕はヒーローになりそこねたけど君たちの健闘を心から祈ってるよ!!」
「あぁお前の犠牲は無駄にしねぇから吉報を待ってろ!」
銃を無くすなよ、と念を押してウラナリと別れる。
正直こんな役立たずなアイテム、持っているのすら邪魔なくらいだが捨てるわけにはいかん。
さっき伯田さんが「今日の戦闘で生き残った部隊数によっては、明日ルール変更が行われる可能性がある」とさりげなく明言していたように、あの姑息な銀杏側のことだ、“ 銃を紛失したからはいチーム失格 ”なんて後付けルールをしれっと追加してくる可能性だって多いにある。油断は禁物だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウラナリに教えられた方角を突き進んだがまだシンやヒデの姿は見当たらない。
他部隊とは何度か鉢合せをしたが、俺の姿を認識した途端にほぼ全員がぎゃあっと叫び声を上げて逃げて行っちまう。おかげでチーム・フェニックスを見かけたかと聞くことすらままならない。
ここが携帯の使えるエリアなら連絡が取り合えるんだがな……。残念ながら見事に圏外だ。
美月は賞牌を見つけたんだろうか?
メダルを回収できてもできなくてもすぐに怜亜のところに戻っていてくれればいいんだが。
間違っても俺らとの合流を目論んでそのままこの森を徘徊しているパターンだけは止めてくれ。だがあいつならそれやりそうなんだよな……。
怜亜に譲ってもらったペットボトルの水をごくりと飲んでまた走る。
疲労困憊、というレベルまでは来ていないが今日半日で相当走ってる。本日のバトルを無事に生き残れば明日もまだこのサバイバルは続くのだろうし、夜になったらマッサージでもしておくべきか。
それにどうせこの島に泊まるなら夜飯を食ったらいきなりヒマになるだろう。テレビを見てくつろぐなんて絶対にありえないだろうしな。