ある意味、これも一種の攻防戦か
「気をつけてね柊ちゃん」
再びこの待機ポイントに残ることになった怜亜が俺の身を案ずる。
「あぁ。もし美月が戻ってきたらお前もここに残ってろって伝えてくれ」
「うん分かったわ。そういえば柊ちゃん、お水を持ってないけどもう全部飲んじゃったの?」
「いや、毛田の襲撃をくらった時に邪魔だから投げ捨てた」
「ならあそこのお水持っていくといいわ。まだあんなにたくさんあるし」
さっき白十利が引き抜いて飲んでいたペットボトルの山を怜亜が指さした途端だ。
「何勝手なことしてんのよ怜亜!! 私たち今日一日この島に残らされるのよ!? もし水が足りなくなったら困るじゃない!!」
「水を投げ捨てたのはその男が悪いんだから自業自得!! 同情する余地なんてないわ! 数には限りがあるんだからあげる必要なんて無し!!」
「あんた、原田くんを好きだからって貢ぐような真似は止めなさいよ!! 持っていったら許さないからねっ!? 」
「自分の班が勝ちたいからってなりふり構わないことすんじゃないわよ!!」
周囲から一斉に非難の声が飛んできた。それまで遠巻きに俺らの騒動を見ていた残りの女どもが声をそろえて喚きだし始める。女どもから責められた怜亜は一瞬ビクッと身を縮めたが、
「で、でも花ちゃんや美月だって飲んだじゃない」
と弱気な声で言い返す。
「はぁ!? 花や美月は捕虜で捕まってて水が与えられてなかったからでしょ!? それは当然の権利じゃん!!」
突如として湧き起こった浜辺でのブーイングに俺と怜亜は孤立した。
女どもの殺気立った形相に怯えた怜亜が「柊ちゃん……」と俺にすがりついてくる。
「ほら始まった!! 美月もそうだけど、何かあればそうやってすぐ原田くんにぴったりくっついてベタベタ甘えてさ、はっきり言って見ていてうざいのよ!! あんた達のことをそう思ってるのはきっと私だけじゃないわ!! ねぇ皆!?」
この女の呼びかけに、私も、私も、と次々に賛同者が現れる。……結構いるもんだな。
こいつらが俺をガン見してたのは純粋な好奇心だけ、というわけじゃなさそうだ。
校内で色んな女に付きまとわれている俺が男どもからの嫉妬の対象になっているのは薄々感じてはいたが、どうやら美月や怜亜にも同族の敵はいるらしい。
これは思った以上に厄介なことになりそうだ。
負の同志が多数出現したせいで弾劾のシュプレヒコールはますますその熱を帯びてゆく。
「見なさい!! これだけの人間が皆そう思ってんのよ!! 怜亜、あんたもこれから少しは自重したらどうっ!?」
しかし今さらだが、こうして多数の女が一箇所に寄り集まり、一致団結した時の凶悪さってのはすげぇもんだな……。
群れた男どもが小競り合いを起こして収拾がつかなくなった時の混沌さに比べ、こっちの方が遥かに始末に負えない匂いに溢れている。
このサバイバルバトルが始まる前のルール説明で、戦闘中に負傷したり水の補給が必要になった時は待機ポイントまで戻ること、という説明を伯田さんから受けてはいるが、その事を俺がここで言ってみても嘘を言ってると決めつけられて全く相手にされないか、余計にこの場を阿鼻叫喚の図にさせるだけだろう。
「分かった。その水は持っていかないから落ち着けお前ら」
むかつくがここはむやみに事を荒立てない方がいい。
両手こそ上には挙げなかったが、騒ぎ立てる女どもに全面降伏の姿勢を取る。
「当然でしょ!! あんた達の班なんて殴る蹴るがお得意の最低な連中ばっかなんだから今回のこの企画はさぞかし楽しいでしょうね! あんたらのことだからどうせ反則すれすれの汚い事ばかりやって、ちゃっかり特等を手にするに決まってるわ!!」
「そうよそうよ!! 必死に否定してるけど花を縛ったのだって本当はあんた達なんでしょ!? あんたら暴力に物を言わせて他の女子も浚いまくってんじゃないの!?」
「それに下級生に人気があるからって自惚れてんじゃないわよ!! 皆が皆あんたを好きなわけじゃないんだからね!!」
一度流れを手にした連中の勢いはとどまることが無いようだ。
最低、最悪、卑怯者といった内容の合いの手が何度も入り、場が更に紛糾していく。
事態の泥沼化を避けるため止むなく白旗に近いものを上げたが、俺や怜亜だけではなくヒデや将矢まで中傷し始めた女どもにさすがに怒りがこみ上げてきた。
言われっぱなしじゃ業腹だ。やはり一言ぐらい言い返さねば治まらん。
するとそれまで俺にすがりついて女どもに怯えていた怜亜が、急に俺から離れた。そして女どもの前に立ち、奴らに強い眼差しを向ける。
「柊ちゃん達のことを悪く言わないで! 柊ちゃんもヒデちゃんも暴力をふるって喜ぶような人じゃないわ!」
普段は美月の影に隠れて控え目な怜亜が大声を出したので女どもが一瞬怯んだ。
「な、なによっ急に大声出してさ! いつもおどおどしてたのも男の前だから演技して猫かぶってたってわけ!? 計算高い女ねあんた!」
「私のことは悪く言ってもいいわ! でも柊ちゃんや美月やヒデちゃん達を悪く言わないで! あなた達なんか柊ちゃんのことを何も知らないくせに!!」
こんなに声を張り上げて怒鳴る怜亜を初めて見たせいで自分も女どもに憤っていたことをしばし忘れそうになった。
今まで俺の事に関して女どもとトラブルになっても、その度に前面に躍り出て吼えていたのは美月だ。
その美月の横で控えめに異を唱えるだけだった怜亜が今はたった一人で女どもに猛抗議をしている。
こうして実際にこの目で見ているのに、にわかには信じがたい光景だ。
「原田柊兵、ちょっといい? メダルのことであんたに一つ聞きたいことがあるの」
俺らと女どもの間に、足枷から解放され、顔の火照りが治まりかけてきている宮ヶ丘がスッと割り込んできた。
E組の委員長でクソ真面目な宮ヶ丘が割り込んできたので吊るし上げをしていた女どもも渋々と口を閉じている。
「メダルのことってなんだよ宮ヶ丘」
「今、花を問い質して全部聞き終わったところ。だから花をあんな目に遭わせたのは先生たちであんた達じゃないってことははっきりしたわ。そして私たちの班の男子が花を見つけたくせに邪魔者扱いしてそのまま檻に置き去りにしていったこともね。でもあんた達、どうして花のメダルを奪わなかったの? 縛られていた花からなら簡単に奪えたでしょうに」
―― なんで白十利の賞牌を奪わなかったか、だって?
「どうなの原田柊兵」
「いや、お前に言われるまでそういう事を全然思いつかなかった」
この俺の返答に宮ヶ丘は心底呆れたようだ。
「あんたってバカね……。せっかくのチャンスをフイにしたってことよ? それじゃあんた以外のメンバー、楠瀬慎壱や佐久間秀範、難波将矢や真田尚人。彼らもあんたと同じで花からメダルを奪うことを思いつかなかったってこと?」
「どうなんだろうな。そういう話にはまったくならなかったから分かんねぇよ。俺は単にそんな事まで頭が回らなかったが、シンや尚人辺りならその事に気付いてたかもな」
推定で答えたが、シンと尚人ならたぶん間違いなくこの事に気付いていただろう。
荒縄でエロ縛りされていた檻の中の白十利を最初に見た時は確かに全員呆然としたが、シンや尚人は白十利のような女は全くタイプじゃねぇし、いつまでもあのチビ女の胸に気を取られていたとは思えん。
特に尚人は白十利を一番厄介者扱いしていたしな。
「でも仮にその事に気付いてたとしても、結局あんた達の班は誰も花のメダルを取ろうって言いださなかったってわけね」
「まぁそうだな」
「ごめん原田柊兵、もう一つだけいい? あんたは単にその事に気付かなかったみたいだけど、もし気付いてたら花からメダルを取ってた?」
「縛られて動けない女からメダルを奪うなんてできるかよ」
それを聞いた宮ヶ丘が満足そうに笑ったような気がした。
「意味の無い事を聞いちゃったみたいね。それにそもそも縛られている女の子からメダルを奪うような事をするような男たちなら、こうしてわざわざここまで花を送り届けたりなんかしないはずだわ」
唇を真一文字に結んだ宮ヶ丘はサクサクと砂を踏みしめ、俺の前にまで近づいてくる。そして握りしめた右手を差し出し、俺の顔の前で大きく掌を広げた。
「これを持って行きなさい原田柊兵」
―― 宮ヶ丘の手の中には銀色に輝く賞牌があった。
「これ、お前のメダルだろ? なんでお前がこれを寄こすんだよ?」
「一種の補填よ。もし美月が自分の落としたメダルを見つけられなかったらこれはあんた達の班にあげるわ。檻から花を助けてここまで連れて来てくれたお礼と考えて」
「メダルが見つかったらどうすんだよ?」
「そうね……、じゃあそれはもし気が向いたらでいいわ。私に返してくれればいい。返すか返さないかは原田柊兵に任せる」
「待てよ宮ヶ丘、ここはメダルのやり取りは禁止されてる場所なんだぞ? それを受け取ったらこっちの立場がマズくなる」
「だからそれはあくまでもメダルの奪い合いでしょ? 私のこれはあんたへの仮譲渡。だから何も問題ないはずよ」
宮ヶ丘は俺の手を取り、その中に賞牌を無理やり押し込めてくる。
「あんた達、このバトルに絶対に勝ちたいんでしょ?」
「あぁ。俺らはグレードSしか狙ってない」
「ならその目的に向かって突き進むことね。私はそこまで勝ちにこだわってないし、何より花を見捨てて先に進んだうちの班の男子が許せない。だからこれを持って行きなさい原田柊兵」
「宮ヶ丘、お前」
「それと怜亜のことなら心配しなくていいわ。私がこれ以上揉めさせないから。もし皆が騒いでも私が抑えるからあんたは心おきなく行きなさい」
握らされた賞牌に視線を落とす。
コマンダーの俺が持っている物よりも二回りほど小さい。もし美月のメダルが見つかったらこれは宮ヶ丘に返そうと決め、左腕に巻きつけた腕章に賞牌を入れる。
浜辺に背を向けて森へ走りかけると、怜亜が走り寄ってきた。
「柊ちゃんこのお水を持っていって!」
怜亜の手には並々とミネラルウォーターが入った500mlのペットボトルがある。
白十利を運んだせいで本当は滅茶苦茶喉が渇いていたが貰うわけにはいかない。要らんと言いかけた俺の口の動きを先に読み切った怜亜が、
「大丈夫! これ私の分のお水だから!」
と慌てて釈明した。
「それを俺が持って行っちまったらお前が困るだろ」
「ううん、私はここにいるだけだからそんなに喉は乾かないわ。それよりいっぱい走らなきゃならない柊ちゃんの方が喉が渇くはずよ。ただね、これもう口を開けちゃってるの……」
遠慮がちに差し出した怜亜が持っているペットボトルはよく見ると本来あるべき量よりわずかに水量が足りない。怜亜が何口か飲んだんだろう。
「だ、だからもしそれでも柊ちゃんが気にしないならこれを持って行って?」
そんなこと気にするわけねぇだろ。
恥ずかしげに差し出されたペットボトルを受け取り、その場で半分ほど一気に飲む。
五臓六腑に染みわたる、とはこのことなのかと一瞬思ったほど、その水はめちゃくちゃ美味かった。
「サンキュー怜亜。これはありがたくもらっていく。必ず俺らが勝つからお前はおとなしくここにいろ」
口元に垂れた水を手の甲で拭い、そう勝利宣言をすると怜亜はニッコリと笑って頷いた。
釣られて俺もわずかに口元が上がる。
怜亜、お前のさっきの啖呵はなかなかイカしてたぞ。
正直、少々感動を覚えたほどだ。
―― よし、行くか!
シン達とうまく合流できるか分からんが、この修学旅行サバイバルバトル、“ 選ばれしWinnerを目指せ ” で必ず俺らの部隊が特等の豪華褒賞を手に入れてやる!