課した使命、遂行
宮ヶ丘 鈴、こいつが俺に好意を持っているらしいということはおぼろげだが理解した。
しかし白十利をテントに打ち捨てることが出来た今、あらたに湧き出た一番の問題は、俺の周囲にいる数多くの女どもの視線。これをどうかいくぐってここから速やかに離脱するかだ。
とりわけ俺の後ろで白十利の荒縄解体ショーを無言で見ていた美月と怜亜のプレッシャーが半端ない。振り向かなくてもその重圧ははっきりと背中に感じる。
宮ヶ丘のこの様子から、美月と怜亜も俺と同じ確証を得ているだろう。
となると、こいつらはまたタッグを組んで宮ヶ丘の速やかな排除にかかるはずだ。校門で俺を待ち伏せしている一、二年の下級生どもを毎朝蹴散らしているようにな。
早くシン達のところに戻らなきゃならんのにこの争いに巻き込まれたらマズい。なんとかしてここから逃げ出さねぇと……。
「あ~お水ぬるいけどおいしー!!」
能天気な恩知らずがペットボトルを手にテントからノコノコと戻ってきやがった。
白十利が持っている開けたばかりの500mlのペットボトル。テントの隅に山積みにされている数々のミネラルウォーターはメーカーもバラバラなところからして、俺ら生徒が持ってこさせられた残りらしい。そういや、教師の襲撃から逃げる時に俺は投げ捨てちまったな……。
「美月ちゃんも飲みますかぁ~? 花と同じで閉じ込められてたから喉乾いてません?」
「……うん。もらう」
「はいはぁ~い! どぉーぞ!」
まだ未開封のミネラルウォーターを白十利から受け取った美月はごくごくと飲み、ぷはっと息を吐いた。よっぽど喉が渇いてたらしい。
それを見ていた白十利は「わぁ~美月ちゃんいい飲みっぷりですね!」と褒め称えた後、急にあれっと言いたげな顔で美月の左腕を指さした。
「あのぉ~美月ちゃん、そこにメダルが無いみたいですけどぉ、男子の誰かに取られちゃったんですか?」
―― 賞牌が無い!?
俺も驚いたが、一番驚いたのは張本人である美月らしい。「嘘!?」と叫び、横にいた怜亜と共に慌てて自分の腕章を確認している。
「ここには入ってないわ美月」
「あっ! きっと檻を蹴破った時だ! 落とすならそこしか考えられないもん! 柊兵!! あたし急いで檻の中確認してくる!!」
「待て美月! お前はここに残ってろ! 俺が見てくる!」
「だって柊兵はあたしが捕まってた場所分かんないじゃん! メダルがあるか確認してくるだけから柊兵は早くシン達と合流して!!」
そう叫ぶと美月は鉄砲玉のように森の中に駆け込んでいってしまった。
完全にテンパッてんじゃねぇか美月の奴!!
「待って美月っ!!」
危ねぇ!
美月を追いかけようとした怜亜が鎖に足を絡ませてバランスを崩した。しかし宮ヶ丘のように砂浜にダイブする前に身体を掴まえることに成功する。
「大丈夫か怜亜!?」
「柊ちゃんっ、私のことはいいから早く美月に付いて行ってあげて!」
「今さらもう追いつけねぇよ。あいつがどっちに行ったかもう分からん」
「そんな……。じゃあ私が探しに行く!」
「何言ってんだ。美月が足枷の鍵を持ってちまったからお前は動けないだろ」
「ううん、さっき美月から鍵はもらったわ。ほら」
怜亜の手には宮ヶ丘の足枷を外してやったのとよく似た小型の鍵がある。
なんだ、美月の奴、もう怜亜に渡してたのか。
足枷をまだ外してやってなかったのは、宮ヶ丘の動向に注目していたせいで後回しにでもしていたってとこだろうな。
「怜亜、それ寄こせ」
鍵を怜亜から取り上げ、自分のジャージのポケットに乱暴に突っ込む。
「えっ!? どうして外してくれないの柊ちゃん!?」
俺に足枷の楔をこの鍵で外してもらえると思った怜亜は驚いている。
しかしこのままステイヤーの鎖を解いてやったら自由になった怜亜まで美月を追って森の中に飛び込んで行きかねない。
美月を心配するあまり冷静さを欠いているこいつを落ち着かせるため、俺らの今の戦況を伝えた方がよさそうだ。
「怜亜。俺らの班に追加で入ったウラナリが脱落した」
怜亜の右肩に手を置き、部隊員一名の喪失を告げる。
「えっ本多くんが!?」
「あぁ。あいつは俺らを教師どもから逃がすために自ら囮になって壮烈な最期を遂げた。一人で行っちまった美月のことは気にかかるが、俺らの身代わりで散ったウラナリのためにも豪華旅館一泊権は必ず確保しなきゃならん」
「柊ちゃん、でも」
「大丈夫だ怜亜。美月は今メダルを持っていないから教師以外の人間に襲われることはないはずだ。それに俺やヒデが相手ならともかく、あいつならその辺の男が襲いかかったって逆に返り討ちにしちまうさ。お前だってそう思わないか?」
「う、うん。確かに美月は強いわ」
「そうだ。縄で縛られていない今なら教師共とだけ鉢合わせしなければあいつは問題無い。だからお前はここで美月が戻ってくるのを待ってろ。お前まで勝手な行動を取らないよう、この鍵は俺が預かっておく」
「…………うん」
怜亜は明らかに消沈した様子で頷いた。だが落胆していることを隠そうとしているようだがどう見てもバレバレだ。
やはりそれでも一人で特攻中の美月が心配なのか、それともまたここで一人残されてしまうのが辛いのか――。
「……怜亜。お前、俺と行きたいと思ってんのか?」
試しにそう聞いてみると、手を乗せていた怜亜の肩がぴくりと揺れた。しかしすぐに「ううん」と首を振る。
「私、柊ちゃんの指示通りここに残る」
―― なんでこいつはこうなんだろうな……。
思わずため息をつきそうになったのを何とか堪える。
ことあるごとに恭順の意しか示さない怜亜を見ていると、どうしても軽い苛立ちを覚えちまう。
こいつは昔からいつもそうだ。特に重要な場面では真っ先に自分の意思を殺して周囲にばかり合わせようとする。
常に相手の気持ちを汲み取ろうとする怜亜のこの性格は決して悪いものではないと思う。
ただ、俺からしてみればそれがあまりにも度が過ぎる。
美月もそう思っているからこそ、 “ 言いたい事はちゃんと言え ” と口を酸っぱくしてしょっちゅう怜亜に言い聞かせているんだろう。
……なぁ怜亜。
そうやって貧乏くじばかりを引きに行かないでお前が思った事、やりたい事を素直に言えよ。
何があっても引かないでお前が自分の意思を遠慮がちに表明する時は、美月以外の女どもに対し、俺を譲れないって宣言する時だけだろ。違うか?
「怜亜、お前本当は俺と行きたいんだろ? だが心配性なお前の事だから、付いて行ったら俺に迷惑をかけるとかそんなことをぐちぐちと考えて行かないと言ってるだけじゃないのか?」
「そ、そんなことないわ」
「なぁ怜亜。お前はもう少し自分を出せよ。好き勝手ばかり言ってる美月を見習え。そうやって他人に気を使ってばかりいたらいつまで経ってもお前がお前らしくいることができないだろ。行きたいなら行きたいって言え。お前の意思を教えろよ」
「…………」
下を向いた怜亜は何も言わない。
時間は惜しいがここはこいつの返事を待つ。
そうやって自分を殺してばかりしていたらいつまでもお前の気持ちは誰にも分かってもらえないってことに気付け怜亜。
無言で返事を待っていると、怜亜がわずかに動いた。
俯いた姿勢は変えず、背後の穏やかな波音にまぎれそうなほどのか細い声で答える。
「わ、わたし、柊ちゃんと行きたい……」
「言えるじゃねぇか」
意思を表した褒美、というわけではないが、ジャージのポケットに手を突っ込み、怜亜の足元に跪いて足枷を外してやる。
「これからも言いたい事はきちんと言え。いいな?」
「う、うん」
よし。
「じゃあ怜亜、お前はここに残れ」
「え……!?」
「怜亜、お前を他の部隊から守りきる自信はある。だが俺らの部隊はすでに隊員を一名失った。身代わりになったウラナリ、そしてお前や美月のためにも最高褒賞の特室一泊権は必ず手に入れなきゃならん。これは俺やヒデ、シン、将矢、尚人で決めた俺らの使命だ。無理に本音を言わせて結局連れて行かないなんてひどいと思うだろうが、確実な勝利を手にするためにお前は襲われる危険性の無いここに残れ。次またお前がちゃんと自分を出せたらその時はお前の意思を尊重する」
怜亜はすぐに頷いた。
「うん、私はここに残るわ。そして美月や柊ちゃんのアドバイスを胸に刻んで変われるように努力してみる」
いや、変わると言っても少しでいいんだ怜亜。
控え目なお前の少々度が過ぎるほどのその優しい性格が欠片も無くなってしまったら、それはそれで困るからな。