ハーレム要員、増加危機
一刻も早く白十利をあのテントに打ち捨てたい。
今の俺の願いはこれ一点に絞られている。
「テントまで走るぞ美月!! 怜亜がお前の事を心配してる!!」
俺から降りろと白十利に文句を言い続けている美月を黙らせるため、そう叫んでみたところ、その効果は覿面だった。それまでキーキーと白十利に文句を言っていた美月は返事もせず、俺よりも先にテントに向かって走り出す。
下は砂浜なのにすごい早さだ。あいつの黒髪が驚くほどの波打ち方をしていることから考えても美月の奴、全力で走ってやがるな。
こっちは白十利という厄介物を抱えているせいでどう頑張っても美月の後塵を拝してしまう。
「怜亜あああああ――っっ!!!!」
美月のどでかい声が女どもが群れ集う浜辺に響いた。
「美月っ!? 美月ぃ――っ!!」
怜亜もテントから飛び出してきた。……怜亜の奴、安心した顔してんな。
美月が自分の身代りとして捕虜になったから心配だけでなく、責任も感じてたんだろう。あいつらしいといえばあいつらしい。
「ほらよ白十利。着いたぜ」
テント前にしゃがみ、この緊縛女を砂浜にゴロンと転がしてやった。
が、無駄に乳がデカいせいで半回転したところで突っかえてまたこっちに戻ってくる。
新型の起き上がりこぼしかお前は。
「うわーん! どうしてもっと優しく下ろせないんですか原田くん!! 花のジャージが砂だらけになっちゃったじゃないですかぁ!!」
「どんだけ図々しいんだよお前。ここまで運んでもらっておきながら礼の一つも言わないような奴に優しくする必然性はない」
「お礼なら今言おうと思ってましたよ~!! それより早くこの縄解いてくださいっ!!」
「だからお前にそこまでしてやる義理はないって言ってんだろ。運んでもらえただけありがたく思え。後はお前の仲間にやってもらえよ」
「原田くんは冷血ですううううー!! いいもんっ!! もうお礼なんてぜーったいに言わないですからね!! べーだ!!」
「お前の礼なんて別に期待してねーよ」
「そうよ花!! こんな煩悩男にお礼なんて言う必要はないわ!!」
―― 宮ヶ丘が出やがった!!
「性懲りもなくまた現れたわね原田柊兵っ!!」
宮ヶ丘は険しい顔で俺に詰め寄って来たが、自分の足首にくくりつけられている足枷の鎖のせいでまた派手につっ転び、砂浜に一人ダイブを決めている。
どうでもいいが学習能力が無いのかこいつ。
「いったぁ~~~!! もうあんたのせいよ原田柊兵!! 見なさい!! 私までまた砂だらけになったじゃないの!!」
「お前が勝手に転んでんだろ。俺のせいにすんな」
「ああ言えばこう言う男ね!! そんなことより原田柊兵!! こんなにいやらしく花を縛るだなんて何考えてんのよあんた!! うちの班の花まであんたの餌食にするなんてどこまで堕落した男なの!?」
「待て! 俺がこれをやったんじゃないぞ!? こいつを縛ったのは毛田達だ!! そうだよな白十利!?」
「ええぇ~そうでしたっけぇぇ~~? 花はぁ、これ、原田くんが縛ったような気がしてきてるんですけどぉ~?」
「白十利、お前……!!」
―― この巨乳チビ女、マジで恩を仇で返そうとしてやがる!!
転がっている白十利を睨みつけたが、今にも口笛を吹かんばかりの余裕の表情でヘラヘラと笑ってやがる。
女ばかりが群れ集うこの待機エリアに戻ったことによって、男一人になっている俺を完全に舐めているようだ。そして白十利の言葉を全面的に信じた宮ヶ丘は、広いデコをテカらせながら更に俺を糾弾し始める。
「なによ原田柊兵!! やっぱりあんたが犯人なんじゃない!! 女の子にこんないやらしいことして許されると思ってんの!? 恥を知りなさいよ恥を!!」
「だから俺じゃない!! おい白十利!!」
「あははっ! どっちかなぁ~? どっちかなぁ~? 花を縛ったのはどっちかなぁ~?」
「男らしくないわね!! 自分がやったって素直に認めなさいよ原田柊兵!!」
「やってもないことを認められるか!!」
「ちょっといい鈴? 花を縛ったのは男の先生たちだよ。柊兵たちはあたしを捜索中にたまたま見つけた花を檻から助けてあげただけ。あたしも先生たちに縛られたんだからそれは間違いないわ。あたしは自力で解いちゃったけどね」
げっ、美月が割り込んできやがった!! ヤバイ予感しかしてしてこねぇ!!
「じゃ、じゃあ本当に犯人は原田柊兵じゃないってことなの?」
「くどい。それよりも鈴、今ずっとあんたのこと黙って見てたけどさ、あんたって柊兵に絡む時、ものすごく生き生きしてるよね……」
無表情の美月にそう指摘された宮ヶ丘は白ジャージについた砂粒を手で払いながら慌てたように立ち上がる。
「なっ何言ってんのよ美月!? 別に生き生きなんてしてないけど!? この男がE組の規律を乱す元凶だから注意しているだけじゃないっ!!」
「嘘つかなくていい。あんた柊兵のこと意識してるじゃん。だってあんた柊兵の前に行った途端に顔が赤くなったよ」
「赤くなってなんかないわよ!!」
「なってるって。なんならそこにあるバケツの水に自分の顔を映して確認してみなさいよ。早く」
「そんなことする意味が分かんないんだけど!? それにもし赤くなってるとしたら原田柊兵に怒鳴ってるから血のめぐりが活発になってるだけよ!!」
「ねぇ鈴ちゃん」
あくまでも美月の指摘を認めない宮ヶ丘に怜亜が静かに近寄っていく。
「今美月から聞いたんだけど、鈴ちゃんも私たちと一緒で柊ちゃんのことが好きなの……?」
怜亜のこの発言に浜辺が一気にどよめいた。
おい怜亜!! お前まで何言い出してんだ!? なんでお前らはそうやってわざわざ事を大きくしていくんだよ!?
「どうなの鈴ちゃん?」
「なにそれ!? なんで私が原田柊兵のことを好きなの!? そんなわけないじゃない!!」
「でもさっき花ちゃんが言ってたのを美月が聞いたんですって。鈴ちゃんも柊ちゃんのことが好きだって……」
宮ヶ丘は素早く後ろを振り向き、未だ砂浜にミノムシのように転がっている白十利をキッと睨みつける。
「花! あんた何デタラメなこと言ってんのよ!?」
「だって鈴ちゃんは原田くんのことが好き好きオーラがいつも出まくってるじゃないですか~」
「そんなもの出てないってば!!」
「出てますってっ! それに鈴ちゃんは強くて近寄りがたいような男の人がタイプ、って前に言ってことがあるじゃないですか~! それってまんま原田くんに当てはまりますし!」
白十利は全然反省してない様子であっけらかんと暴露する。
こいつに文句を言っても無駄だと思ったのか、宮ヶ丘は今度は俺を睨みつけてきた。
「何見てんのよ原田柊兵!! まさかあんたまで私があんたを好きだって思ってるわけじゃないでしょうね!?」
「いっ!?」
だから俺に振んなっ!! そう言われてなんて返せばいいんだよ!?
たじろく俺の前に美月と怜亜がまるで護衛のように音もなく寄り添い、二人並んで宮ヶ丘を正面から見据える。
「鈴、分かってると思うけど柊兵は怜亜とあたしの物なの。だからあたし達以外の女が柊兵に近づくのは許さない」
「鈴ちゃん……。もし鈴ちゃんが柊ちゃんを好きでも、柊ちゃんだけは絶対に譲れないわ。ごめんなさいね」
「だっだからどうして私が原田柊兵を好きっていう前提で話が進んでるのよ!? 断じて違うから!!」
しかし美月は嘘を言うなと言わんばかりの白い目で、怜亜は本当なのかという不安げな目で、宮ヶ丘を共にじっと見ている。周囲にいた他の女共も狼狽している宮ヶ丘に興味津々の視線を注いでいるようだ。
浜辺の注目を一身に集めていることに気付いた宮ヶ丘は足枷の鎖を大きく翻し、逃げるようにミノムシの側に膝をつく。
「あっあんた達なんかに付き合ってられないわよ! ほら花!! 私がその縄取ってあげる!!」
「鈴ちゃんこの縄を取れるんですか!?」
「先生が小型のナイフを置いていったからそれで切れるわ」
「えええーっナイフですかぁ!? それで間違って花を切らないで下さいよ!?」
「分かってるわよ! ちょっと待ってなさい!」
じゃらじゃらと足首の鎖を引きずってテントの奥から宮ヶ丘が持ってきたのはアウトドアレジャーの時によく見る小型のアーミーナイフだ。ナイフの他に栓抜き、缶切り、ドライバー、ピンセットなどが収納されている。
「うわっ、なんかいっぱい出てきた……。えっとナイフは……」
支給された多機能ナイフをもたつく手つきで宮ヶ丘が操りだし始めた。小型ナイフにはつばが無いからこいつに任せていたら危なそうだ。シンには白十利をここに届けたらすぐ戻って来いといわれてるが仕方ねぇな……。
「貸せよ宮ヶ丘。俺がやる」
隣にしゃがみこんで掌を広げたが、宮ヶ丘は頑としてナイフを渡すのを拒んできた。
「いいってば! これ以上あんたの助けは借りないわよ!」
「危なっかしくて見てられねぇよ。白十利の縄を切る前にお前が手を怪我しちまいそうだ」
「……!」
「ほら、早く寄こせって」
「鈴ちゃん! 花も鈴ちゃんより原田くんに切ってほしいです!! 原田くんにそのナイフを渡してくださぁい!!」
俺と同じように宮ヶ丘のもたつく手つきに不安を感じた白十利が、乳をつっかえさせながら砂浜を右に左にとゴロゴロ転がり必死に頼んでいる。
その気持ちは分かるぞ白十利。なんたって被験者はお前だしな。
「意地を張らないで花のためにお願いします鈴ちゃん!!」
「…………」
手元のアーミーナイフに視線を落とし、唇を噛みしめていた宮ヶ丘は、目線を下に向けたままで俺にグリップ部分を差し出してきた。
「……お願いするわ原田柊兵」
「あぁ。おい宮ヶ丘、お前も手伝え」
「私が?」
「お前はこの縄をそっち側に引っ張ってろ。ここから切る」
「う、うんっ分かった。……こう?」
「違うそれじゃない。そっちの縄だ」
「これ?」
「違う」
俺の指示が悪いのかそれとも白十利を縛っている荒縄の数が多すぎるのか、お互いの意思の疎通がうまくいかない。苛々してきたので宮ヶ丘の手をひっつかんで該当の縄を握らせる。
「これだこれ。離さないでしっかり引っ張ってろよ?」
返事はなかったが宮ヶ丘が小さく頷いたのでミノムシの解体作業に入る。
ろくに手入れをしていない小型ナイフだったせいかキレがいまいちだ。
しかし時間は少々かかったが荒縄を数本切断したところでミノムシ本体が緊縛状態から無事に解き放たれた。
「あーやっと出られましたぁ!! 窮屈で死にそうでしたよー!! 喉乾いたからお水飲もーっと!! あそこにあるの飲んでいいんですよねー?」
テント奥に積まれているペットボトルの山にさっさと行ってしまう白十利。
期待してねぇとは言ったがお前マジで礼無しかよ!?
「おい白十利! 水飲む前に宮ヶ丘の足枷外してやれよ!! お前こいつと同じ班なんだろ!?」
「あっいけない! 花忘れてました! でも花は早くお水を飲みたいので原田くんにお任せしま~す! はいっ鍵はこれですっ! どーぞ!!」
白十利が俺に鍵を放って寄こす。俺はお前の下僕か!!
空中で鍵をキャッチし、宮ヶ丘の足枷を掴む。……鍵を突っ込む穴はどこだ?
鍵穴を探していると宮ヶ丘が小声で場所を教えてくる。
「鍵穴は後ろにあるわ」
後ろか。
「宮ヶ丘、お前身体向こうに向けろ」
宮ヶ丘を横向きにさせ、足枷の後ろにある楔を外す。当たり前だが鍵が合っているのであっさりと足枷は外れた。
よくよく見ると無理やりこじ開ければ壊せそうな貧弱な作りの拘束具だ。
とはいえ、鍵の入手を放棄してこいつを壊せばおそらく問答無用で失格の判定を食らうことになるんだろうがな。
「……あ、ありがとう原田柊兵」
―― 思ってもみない奴から礼が来た。
白十利からも礼は無かったし、まさかこいつが言うはずもないと思っていたので呆気に取られる。
「な、なによ。そんな顔して。私があんたにお礼を言うのがそんなにおかしいわけ?」
俯き気味ではあるが、すぐ横にいるせいで宮ヶ丘の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのが手に取るように分かる。
「い、いや、白十利が言うなら分かるがお前が礼を言う必要は無いだろ」
「あるわ。あんたは花を助けてくれたみたいだから班員としてお礼をいうのは人として当たり前よ。花を急かして私の足枷を外してくれたし、それに私がこのナイフで手をケガしないようにって、代わりに縄も切ってくれたし……」
お、おい、こいつ耳まで赤くなってきてるぞ!?
「そ、それって私のことを心配してくれたからってことでしょ?」
宮ヶ丘は一瞬だけ横目で俺を見たがすぐにまた顔を伏せる。
さっき白十利の奴が言ってたことは半信半疑だったし、俺はこういう類のことにはかなり鈍い方だが、ここまで露骨な態度を見せられるともう何も言えん。
こいつ分かり易すぎだろ……。