待機ポイント、無事到着
「あーやっと着いたぁ!!」
目的地へと辿り着いた俺の横で美月が叫んでいる。
百メートルほど先に波打つ海と防水布型のテントが見えてきた。
周囲をシートで覆ってはいるがテントのすぐ側に工事現場などでよく見かける仮設トイレも見えるのが興醒めだがようやく着いたか。
しかし女どもが群れなすこの待機ポイントに無事到着はしたものの、疲労感がどっと押し寄せてくる。
それは白十利を抱えて移動したから、というだけではない。
ここに来るまでの道中、“ 降りて歩け ” と騒ぐ美月に、“ 縛られていて無理だ ” と言い返す白十利。こいつらの口喧嘩を延々と聞かされ続け、精神的に大ダメージを負っているせいだ。
だがこの地獄もここまでだ。
あとはこの小型高性能をあのテントに打ち捨てればようやくこの有難迷惑な責務から解放される。
「ちょっと花!! あんたいつまで柊兵に抱っこしてもらってんのよ! もう待機ポイントに着いたんだから早く降りなさいよ!」
「ヤですよぉ!! 皆がいるあのテントまでは花は降りません!! だって花はこーんなに厳重に縛られてるんですよぉー!? ここで下ろされたって歩けないですもん!」
「テントまで跳ねて行けばいいじゃん! そのミノムシの格好でピョンピョンしてさっ」
「そんなぁー!! あの待機ポイントまでずーっとぴょんぴょんなんてしていけないですよぉー!」
「体力ないのねあんた! 情けなっ」
「美月ちゃんがありすぎるんですよぉー!! 花は美月ちゃんと違ってか弱い女の子なんですからぁー!!」
「あたしだってか弱いわよ!!」
「ウソ言わないでくださぁーい!! 自分で檻を蹴破って脱出してきた人が何を言ってるんですかぁー!!」
……おい、待機ポイントに着いたってのにまだ口喧嘩を続けるつもりかこいつら。付き合ってられん。
「ねーねー原田くーん!」
「あ?」
「花をちゃーんとあそこまで連れてってくださいねっ! 皆さんが花をぜひ送りたいって奪い合いの大騒ぎをするからジャンケン勝負になったんですよ!? それで原田くんが勝って花を送る大役をゲットしたんですからこれは原田くんの義務なのです!!」
「なんだとっ!?」
―― こいつ、どうしようもねぇ奴だな!! いつ俺らがお前を送りたがったんだよ!? 話を盛るどころか完全に捏造してやがる!!
「白十利っ!! お前何自分の都合のいいように話を作っ…ぐほっっ!!」
突如また脇腹に理不尽な痛みが走った。もちろんその犯人は分かってる。
真横に視線を走らせると美月がじと目で俺を睨んでいた。
「何すんだよ美月!?」
「柊兵、今の花の話だと、あんたも花を送る役を自らかって出たってことよね? あんたにはあたしや怜亜がいるのに一体全体どういうことよ!?」
「ちっ違う!! こいつのでたらめな話を信じるな!! 誰もこいつなんか送りたくねぇからジャンケンで負けた奴が送ることになったんだって!!」
「……花とは話が食い違ってるじゃん。なんで負けた人が花を送る役なのに勝ったあんたが送ってるのよ?」
なんでここまでの経緯をいちいち話さなきゃならねぇんだよ!? こっちは被害者といっても差支えない立ち位置なんだぞ!? ……しかしそう言っちまえば余計面倒なことになりそうな気もする。いや、間違いなくそうなるだろう。
「早く説明して柊兵」
「だっだからそれはこいつが文句を垂れたからだ! 負けた奴が運ぶなんてまるで罰ゲームだなんだとうるさいから土壇場で急遽勝った奴に変更になったんだよ!」
「ふーん。で、柊兵が勝ったってわけ?」
「恨みごと無しの一発勝負だったんだから仕方ないだろ! 俺だって御免だったさこんな女運ぶのは! 勝った瞬間神を呪ったぐらいだ!」
「ああーっ!! そこまで言っちゃうんですか原田くんっ!? ヒドイですヒドイですヒドイですうううううう――っ!!」
「ひどくねぇ!! ひどいのはお前だっての!! 勝手に話を作ってんじゃねーよ!! 全員お前を送るの嫌がってたじゃねぇか!!」
「うわぁー! 原田くんこそ話を作ってますよぉー!! 難波くんは花をものすごぉーく送りたがってたましたよぉ!? “ 絶対に俺が花ちゃんのおっぱいを護衛するんだぁああああああああああ!! ” って絶叫してたじゃないですかぁー!!」
むくれた顔で猛抗議をしてきた白十利の反論を聞いた美月が、怒りモードを一時解除してぷぷっと笑いだした。
「あははっ!! 確かに将矢ならそれ言いそう!! っていうか絶対に言ってるね!!」
「そうなんですよ美月ちゃん!! 難波くんは花を送りたくて送りたくてずぅーっとジタバタしてましたもんっ!! だから原田くんが嘘をついてるんですよぉー!! 花の言ってることの方が正しいんです! 信じて下さあああああい!!」
「うんそうだね! 花の言う通りだと思うよ!」
「ですよねですよねーっ!! 良かったぁ~!! ほぉーらどうですか原田くん!! 花の主張が見事に認められました!! やっぱり正義は勝つのです!!」
「だけどさ花、あんたのその言い分だと、結局将矢以外のメンバーは皆あんたを送るのを嫌がったってことになるよね!」
「う゛あっ!? そ、それは……」
自ら墓穴を掘り、絶句している白十利。……こいつアホだろ。
「あはっ疑ってごめんね柊兵!! やっぱり柊兵はあたし達の柊兵だよー!!」
「うぉっ!?」
照れ笑いをした美月が身体に抱きついてくる。
どうでもいいがまたこのパターンかよ!?
毎度毎度女関係のちょっとしたことで疑いの目を向け、その疑いが晴れればとびきりの笑顔で全面謝罪。そんでその後は俺にピッタリとくっついて媚びてくるこのお決まりパターン。
お前ら少しは進歩しろ!!
「あっ柊兵! この事は怜亜には言わないでおくから!!」
「当たり前だ! 完全に言いがかりだったじゃねぇか!!」
「まぁまぁ落ち着いてよ柊兵! でもさ、ホント柊兵はここぞって時の一発勝負に弱いよね~! 小学生の頃からそうだったじゃん! 大事な場面ではいっつも運に見放されるってゆーかさー! ねぇその勝負弱さ、あのミミ・影浦に言って占いでなんとかしてもらえばー?」
「なんであの占い女にそんなこと頼まなきゃならないんだよ!?」
「だってあの人と仲いいんでしょ? あんなメールが来てるぐらいだしね。しょっちゅう連絡取り合ってんじゃないの?」
「取ってねーよ! あの女が勝手に連絡してくるんだっての!」
「じゃあ柊兵からあの人に連絡取ることってないんだ?」
「無い!!」
……美月の手前、この場はそう断言したが、実はこの修学旅行が終わったらミミに初めてこちらから連絡は取るつもりだ。
あのチビ女がこの修学旅行の詳細を全部ぶっちゃけてくれれば、この孤島サバイバルでよりベストな対処方法も見つけられたかもしれん。
なのにそれをわざともったいぶりやがって “ 銀杏の修学旅行は教師の慰安旅行 ” と意味不明の情報しか言わなかった報いはきっちりと受けさせるべきだからな。
何をすればあの女にとって一番のダメージになるか、この三日間でじっくり考えてやる。