あの占い女、使えなさすぎだろ
「あのぉー原田くぅ~ん、待機ポイントはまだですかぁ~? 花、かなり飽きてきちゃいましたぁ~!」
「飽きた、だと……!?」
苛立ちで瞼がかすかに痙攣しているのが分かる。
バタバタと膝下を動かし、俺の神経を全力で逆撫でするようなことを白十利の奴がまた言い出し始めたせいだ。
「そうでーす! まだですかまだですか原田くーん!?」
「何様だテメェ!! 誰がお前を運んでやってると思ってるんだ!!」
「そーやってすぐ怒鳴らないで下さいよ~!! ジョークですよジョーク!」
「どこがジョークだ! お前今マジ顔で言ってたじゃねーか!」
「ふえええええぇ~ん怖いぃぃぃ~!! あぁついに哀れな花はここで鬼の原田くんに襲われちゃいますうううぅ~!」
「誰もお前なんか襲わねーよ!!」
「でも原田くんはさっきから花の胸ばかり見てますよねー!? 花、ちゃーんと分かってるんですから!!」
「見てねぇ!! お前の自意識過剰だ!! おい頼むからもう黙ってくれ!! 喋んな!!」
「あははははっ! でも不思議ですよねぇ~! だって事実は小説より奇なりってゆーか、どーしてこんなに怖い原田くんが、あーんなにたっくさんの女の子たちにモテるのかが花には理解できませーん! きっと原田くんのこのモテモテ現象はそのうち銀杏高校の七不思議に認定されると思いますよぉ~? 本当に原田くんの一体どこがいいんでしょうねぇ~? じろじろ」
……もしかしてこいつ、わざと俺の怒りの導線に火をつけようとしてないか?
すぐ真下から遠慮なく注がれ続ける白十利の興味津々のガン見が純度100%でウザすぎる。
「そういえば原田くんをだーい好きな女の子たちって、今は総勢何人になってましたっけー?」
「知らねーよ!」
「じゃあヒマだし、花の知っている範囲で数えてみますねっ! え~と、まず幼馴染の美月ちゃんと怜亜ちゃん! ここは完璧な鉄板ですよねっ! それに原田くんを追っかけている下級生の女の子たちもいますよね! 朝、校門のところで集まって、よく原田くんを待ち伏せしてるらしいじゃないですかぁ! 確かその中に双子ちゃんもいませんでしたっけ? それと去年卒業した池ノ内センパイも原田くんのことをかなり気に入ってましたよね! ……んん~、やっぱり不思議ですぅ~! なんで原田くんってそんなにモテるんですかー? 硬派というステータスの影響なんでしょーか?」
「だから知らねぇって言ってるだろ!!」
「あっ、いっけない忘れてたー! 今のメンバーに鈴ちゃんも入れないとですねっ!」
「リン…?」
―― 誰だその女。
「はいっ、鈴ちゃんも原田くんのこと好きですよー! 見てたら分かりまぁーす!」
「おい、誰だリンって?」
「ふぇっ!? 原田くん、鈴ちゃんのこと知らないんですかー!? 同じクラスじゃないですかぁ!」
……同じクラス? ヤバい、マジで心当たりが無い。
「もうっ、鈴ちゃんですよ! ミ・ヤ・ガ・オ・カ、リンちゃーんっ!」
「なにっ!?」
―― まさかあのクソ真面目な委員長のことかっ!?
「鈴ちゃんって、いーっつも原田くんたちのグループを注意してばっかりいるじゃないですか~? それで原田くんに対しては特に一段とムキになって怒るんですよねー! あれってゼッタイ好きな思いの裏返しですよー! 花はそう確信してまぁーすっ!」
待て待て待て待て!!
あ、あの堅物女が俺のことを好きだと!? それは絶対にありえないだろ!!
だ、だが考えてみれば、あの女、確かに俺を異様に目の敵にするところがあるな……。
いや、それよりも、もし万が一だ、もしそれが事実だったとしたら、間違っても美月と怜亜の耳に入れないようにしねぇと……。
「ふ~ん……。ということはあたしと怜亜の恋敵がまた新たに出現したってことか……」
背後から聞き馴染みのある声をかけられ、肩越しに後ろを振り返ると――。
「み、美月っ!?」
俺の背後に白ジャージ姿の美月が立っていた。血色もいいし、ピンピンしている。
「お前無事だったのか!?」
「うん! 中からガンガン檻を蹴っとばしてたら扉が壊れたから出てきちゃったー!」
ピースサインを出した後に満面の笑顔ときたか……。だが無事で安心した。さすがだな、美月。
「あれぇーっ、美月ちゃんは縛られなかったんですかぁ!?」
白十利が俺らの会話に割り込んでくる。
着ている白ジャージの一部が少し汚れているだけで、全身を縛られていない美月にどうやら疑問を感じているようだ。
「ううん、あたしも縛られたよ?」
美月は右肩にかかった長い黒髪を大きなモーションで後ろに払うと、俺が抱えている白十利にじろりと視線を移す。
「でも両腕だけだったし、花みたいにそんな本格的な縛られ方じゃなかったもん。檻の中でもぞもぞ身体ひねってる内に全部解けちゃったよ」
「じゃあきっと縛るのが下手な先生だったんですねっ!」
「花はそれ、誰に縛られたの?」
「えへへっ、毛田先生ですよ~! 何でも若い時に運送業でアルバイトをしていたことがあるみたいで、荷物を縛るのはお手の物なんだそうですっ」
―― へぇ、あの毛田にそんな特技があったとはな……。
しかし毛田の意外な一面に感心している場合ではなかった。いつの間にかふくれっ面になった美月が俺の脇腹に肘鉄を打ち込んでくる。
「痛てっ! 何すんだよ美月!?」
「何言ってんのよ! それはこっちの台詞でしょ! なんで柊兵はあたしを助けにこないで花を助けてるわけ!?」
「ぐぉっ!」
……二度目の肘鉄を食らった。
打ち込むポイントが的確すぎる。この容赦の無さはマジで怒っている証と捉えておいて恐らく間違いは無いだろう。
「そ、それは話すと少し長くなる」
「言い訳はいいっ! とにかく私にも同じような待遇をしてもらうからねっ!」
今度は背後にズシリと衝撃が走る。
「バッバカお前! 何やってんだ!」
「だって花ばっかりずるいじゃん! あたしも運んでよ!!」
「ずるいとかいう問題じゃねぇだろ!」
「問題よ! それより分かってんでしょうね柊兵!? あんたを独占できるのは、あたしと怜亜の二人だけなんだからっ!!」
背中に美月が飛び乗ってきたため、どうしても不自然な前かがみになる。
「ぐっ……、重てぇだろ! 降りろって!」
「ヤダッ!!」
ヤバい! 直立の姿勢を保てねぇ!!
意地になった美月がさらに体重を預けてきたせいで上半身がさらに前に傾いた。
おかげで白十利所有のでけぇ胸が身体の前部に、そしての美月のでけぇ胸が身体の後部にと、それぞれ完全に密着してきやがる。
こ、この押し付けられている感触……!! おそらくこいつらの胸は今はどっちも押し潰されて歪んだ円形になっちまっているに違いない。一体どんな地獄挟みなんだこれは!?
「きゃんっ! 原田くんっ、花にあまりくっつかないでくださぁ~い!」
ほら見ろ! 早速下部からクレームが来やがったじゃねぇか!
「お、俺のせいじゃねぇ!! おい降りろ美月!!」
「ヤダったらヤダーッ!!」
上部の重しは両ももで俺の身体をがっしりと挟みこみ、何があっても徹底抗戦の構えを見せている。
「た、頼む美月! 降りてくれ!!」
「絶対ヤダーッ!!」
「ぐっ……!」
合計四つのデカくて丸い塊が、前後からやわやわやわやわやわやわと容赦なく身体をソフトに圧迫してきやがる……!
「まったくちょーっと目を離すとあんたって男はぁー!! 怜亜が知ったら傷つくでしょうがああぁー!!」
「あぁ~ん! そんなにグイグイ押さないでくださあああ~い!! これじゃ花、本当に原田くんのなぐさみ物になっちゃいますううぅ~!!」
「ちょっと柊兵!! 聞いてんの!? あたしと怜亜以外の女を見たら許さないんだからね!?」
―― ちっ畜生、あのインチキ占い師め……!
苛立ちで噛み締めた奥歯がギリギリと鳴る。あいつからメールで届いた占いでこんなアクシデントに見舞われるっていう予言は無かったはずだぞ!?
ミミの奴、何が “ 幾多の星はそれぞれの未来を見通せる ” だ!! 嘘八百の本なんか出しやがって!! 大体俺のラッキーポイントらしい白というカラーや水場とやらにも未だ縁がねぇのはどういうことなんだよ!?
このサバイバル旅行が終ったらあのチビ女を呼び出して押しつけられた占い本をあの低い鼻に叩きつけて文句の一つも垂れねぇと治まらん! 覚悟しとけミミ!!
この修羅場の中で俺はそう固く心に誓った。