厄介な運搬物だな 【 後編 】
白十利の奴が抱き上げろと喚き続けている。
納得はいかないが今は何よりも時間が惜しい。無駄に出来る時間は全く無い以上、揉めずに進むにはこいつの言いなりになる道を選ぶしかなさそうだ。
しぶしぶ白十利の要望を呑んで怜亜のいる待機ポイントを目指すその運搬最中、
「うわっ!? なんだよあれ!?」
背後から複数の驚きの声が聞こえてきた。……またかよ畜生! これで何度目だ!?
「おいあれ見ろよ!! 原田の奴、白十利をあんなにギチギチに縛ってやがるぜ!? いくらサバイバルだからってあんなんアリかよ!? 犯罪の域に入ってねぇ!?」
「幼馴染の風間美月や森口怜亜、そして幾多の下級生に留まらず、今回の奴の獲物は魅惑の小型高性能、盛り上がる双丘の白十利花ってわけか……。フッ、あいつの女の守備範囲はハンパなく広そうだな。末恐ろしいヤツだぜ」
「あいつ見た目のいい女なら誰でもいいのかよ!? いったい銀杏高の女をどれだけ毒牙にかければあいつの下半身の猛攻は治まるんだ!?」
「しかもあんな太い縄まで準備してきてのあの縛り方! さすが原田! やっぱ只者じゃねぇぜっ!! 俺たちに出来ないあんなエグい事も平然とやってのけやがる!!」
……頭痛がしてきた。
またありもしない噂が立つことになりそうで一気に気が重くなる。
白十利を運搬中にこうして他の部隊と何度か鉢合わせしてきているが、縄で全身を縛り上げられた白十利を見た奴らは妬ましさも加わって、ほぼ例外なく俺に誹謗中傷や揶揄を投げつけてくる。
しかしこれは俺の人権にも大いに関わる事だ。
そこで濡れ衣を晴らすため真実を話そうと奴らに近寄ると、全員慌てて逃げ去っていくのが何とも腹立たしい。
一方、抱えられて移動しているだけの白十利は呑気なものだ。
「ねぇねぇ原田くん! 今原田くんは花を抱えていて両手が使えないんだからその賞牌を奪う絶好のチャンスなのに、もったいないですよねぇ! きっとみんな原田くんが怖くて襲ってこないってことなんでしょうねっ!」
と、傍観者の立場をフルに生かして一人悦に入っていやがる。
「そして花は、そんな怖い怖~い鬼のような原田くんにこうして捕らえられてしまったとっても可哀想な女の子、というわけです!」
「ふっふざけんな!! いつ俺がお前を捕まえたんだよ!?」
「でもさっき会った男の子たちはきっと皆さんそう思ってますよぉ~? だって花、こんなエッチな縛られ方されちゃってるしぃ~、花はこれからこの森のどこかの暗がりに連れ込まれ、怖~い原田くんに陵辱されちゃうって思われてますよぉ、きっと! 原田くんの硬派なイメージがガタ落ちしちゃいますねっ! あはははっ」
「おい白十利! そうならないようにこれは俺が縛ったんじゃないって後で奴らに説明しとけっ! これはあの檻から出してもらったお前の義務だぞ!? 分かったなっ!?」
「ふええぇ~ん! 原田くんはやっぱり怖いですぅ~!! だから花は佐久間くんが良かったのにぃ~!!」
「うるせぇ勝手に怖がってろ! ついでにもう一切喋るな!」
くそっ、一刻も早く怜亜のいる場所にまで戻ってこいつと縁を切りたい! しかし怒鳴ったせいでようやく白十利が口を閉じたのは幸いだ。
険しい顔のまま待機ポイントへの到着を目指して小走りで進む。すると俺にはよく分からない流行り歌を時折口ずさみながらもしばらくはおとなしかった小型運搬物がまた喋り出し始めやがった。
「あのぉ~原田くん?」
……こいつ、ついさっき言われた事をもう忘れたのか?
思わず天を仰ぎたくなる気持ちを抑え、とりあえず無視を決め込む。
「原田くーん?」
「…………」
「ねーねー原田くんてば~!」
「…………」
「聞こえてないんですかぁ~! 応答せよ応答せよ原田しゅーへいくぅ~ん!!」
「…………」
「銀杏高校3年E組出席番号12番の原田しゅーへいくんはいらっしゃいますかぁ~!? 白十利花が至急あなたにご連絡したいことがございますのでぇ~、聞こえていたら即刻お返事をお願いしまあああああぁぁぁ~す!!」
「…………何だよ」
―― 負けた。
あまりのうっとおしさについに返事をしてしまう。ようやく俺が返事をしたので白十利が嬉しそうにニコッと笑った。
「あのですね、実は原田くんに聞きたいことがあったのですっ」
「だから何だよ!?」
「正直に言って下さいね?」
「だから何なんだっての!?」
「あの~、花は別に~、そ、そんなに重くないですよねっ?」
「あ?」
……こいつ、さっきの尚人の言葉を気にしてんのか? ったく面倒くせぇな……。
「どうですかどうなんですか、原田くん!?」
「さっき尚人が言ったことなら気にすんなよ」
「そんな~! 気にするなって言われても無理ですよぉ~! 原田くんはこうして花を抱っこしてみてどう思ってるんですか!? 正直に教えてくださぁ~い!」
「……別に重くない。ごく普通だ」
「本当ですか!? わぁ良かったぁ~!」
白十利が安心したように笑う。あどけないその顔を見るとマジで小学生みたいだとは思ったが今は間違っても口には出さない。
「それとですね原田くん」
「何だよ。まだあるのかよ。うるせぇから喋んじゃねぇよ」
「もうっ冷たいですねぇ原田くんは! そんなに冷たくするなら、この縄は原田くんに縛られたーってみんなに言っちゃいますよ?」
「何だと!? お前、ここまでの恩を全部仇で返す気か!?」
「え~~? でも花を助けてくれたのは佐久間くんだし~、原田くんには特に恩を感じるようなことされてないと思いますけどぉ~?」
「今こうしてお前を待機ポイントまで届けてやってる最中だろうが!!」
「あ、そっか! 言われてみればそうですねっ」
ったく何なんだこいつは! マジで面倒くせぇ!!
「それでですね原田くん、花はまだ聞きたい事があるんですけど、聞いちゃっていいですかぁ?」
「分かった分かった! 聞きたいことがあるならさっさと言え!」
「じゃあ聞きます! あの、佐久間くんって美月ちゃんのことが好きなんですか?」
「あぁ!?」
思いがけない質問に思わず足が止まる。
「だってさっきの楠瀬くんの口ぶりだとそういう風に聞こえたんですよね」
「…………」
こいつに俺たちの過去についてどこまで言うべきか。
つーか、そもそもなんで白十利はヒデと美月の関係を知りたがるんだ?
「ねぇねぇ、どうなんですか?」
「……昔のことだ」
「昔?」
「あぁ、俺らが小学生の頃はそうだった」
「じゃあ今は佐久間くんは美月ちゃんのこと好きじゃないんですか?」
「さぁな」
「えぇーっ!? 原田くんと佐久間くんって昔からのお友達なんですよね!? なんで今の佐久間くんの気持ち知らないんですかぁ~!?」
「うっせーな! 知らねぇもんは知らねぇんだよ!」
「…………」
妙な沈黙が訪れる。もしかしてこいつ……?
「おい白十利、まさかお前」
俺がそこまで言いかけた時、それまでしょぼくれていた白十利は急に俺に向かって勢いよく捲くし立てた。
「決めましたっ!!」
「決めたって何をだよ?」
「もし佐久間くんが美月ちゃんを好きでもいいです!! 花、諦めませんっ!! 恋は障害があるほど燃えるっていうじゃないですか! 花、これから頑張っちゃいますっ!! 原田くんも応援してくださいねっ!!」
「…………」
「どうして返事してくれないんですかぁ~!!」
「……たぶんお前、ヒデのタイプじゃねぇと思うぞ」
一応こいつの事を思ってそう教えてみたが、それが逆効果になってしまったようだ。
「そんなの分かんないですよぉーだ!」
「いやマジで俺はあいつと付き合い長いから分かる。お前はタイプじゃねぇって」
「どんなに付き合いが長くたって、今の佐久間くんがどんな女の子が好きなのかは佐久間くん本人しか分からないです!」
「いやお前の言いたい事は分かるけどよ……」
「そして原田くんと佐久間くんが幼馴染というのも花にとっては重要ポイントなのです!」
「あ?」
何言い出してんだこいつ。
「だからですね、佐久間くんととっても仲がいい原田くんが花の味方になって、佐久間くんとの仲をサポートしてくれればいいんですよ!」
「何勝手に決めてんだ! なんで俺がお前のサポートをしなくちゃならねぇんだよ!」
「だって同じクラスメイトじゃないですかぁ~。いいでしょ原田くん!? ね!? ね!? ね!? お願いですぅ~っ!」
「落ち着けって! だからお前一人で熱くなったってどうしようも…」
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしま…」
「あああああああうるせぇ黙れ!!」
「ひどいですひどいです原田くん! 花がこんなに低姿勢で頼んでるのにぃ~!!」
「バカ野郎、それのどこが低姿勢だ! ガキみたいにダダをこねてるだけじゃねーか!」
「ねぇねぇお願いだから協力してくださ~い!!」
「冗談じゃねぇ!! 絶対にやらねぇぞ!!」
「そんな冷たいこと言わないで下さぁ~い!!」
両の膝下を激しくバタつかせ、白十利が腕の中で豪快に暴れだす。なんつー活きの良さだ。釣ったばかりのブラックバスか、こいつは。
しかしまさか修学旅行先で白十利 ⇒ ヒデのフラグが立つとはな……。面倒なことにならないといいが。
「もういいですぅ! 原田くんになんか頼まないもんっ! 花、自分で何とかしちゃうんだからっ!! 指をくわえて見てるといいですよーだ!!」
「勝手にしろ! いいか、俺は一切関わらないからな! 覚えとけ!!」
「原田くんのバカバカバカ~!! 花、絶対に諦めないんだから~!!」
一人闘志を燃やす小型運搬物を抱え、重い足取りで再び歩を進める。
本気でこの女にウラナリのようなウザさを感じ出してきているのは気のせいだろうか?