いわばこれはやり直しのきかない戦いってことか
この即席SMコンビは放っておいて、マジでこの女をどうすべきか。俺らの部隊のメンバーではないから処遇に悩む。
「しゃあねぇなぁ! じゃあ俺がまた一肌脱いでやるよ!」
颯爽と立ち上がったのは将矢だ。
今まで沈黙していた男のここにきてのこの発言に若干怪しげな空気も感じるが、先ほどの囮志願の件でこいつの株も上昇したしな。とりあえずプランだけは聞いてみることにするか。
「お前にいい考えがあるのかよ?」
「あったりまえだぜ柊兵っ! この俺の最高の案を聞いてくれよ!」
「お、おう」
「俺が花ちゃんをかついで怜亜ちゃんがいる待機ポイントまで責任を持って届けるぜっ! だからお前らは心おきなく安心して先に進んでくれ!!」
「却下。」
将矢の発言後、わずか0.5秒。言葉がかぶりかねない早さで俺より先に即行でダメ出しをしたのはシンだ。
「なんでだよシン!?」
「だってお前一人に花ちゃんを任せたら、待機ポイントに着くまでに何するか分かんないっつーの。うっかりを装って身体に触りまくったりしそうじゃんか」
「そんなことしないって!!」
「いいや、お前に理性は期待できないな」
「マジ信じてくれよシン~! 天地神明に誓ってエロいことはしないって!」
「ウソを言わないで下さあああああぁ~い!!」
我慢できなくなったのか、ここで白十利がむくれた顔で大声を張り上げる。
「さっき檻の外で皆さんが縄を解こうとしてくれている時、花は難波くんに散々ヘンな所を触られましたぁ!!」
「あれぇっ? なぁーんだ、やっぱ気付いちゃってたのかよ!?」
あっさりと己の犯行を認め、ヘラヘラした態度で胸を張るアホ一名に、メンバー全員が呆れ顔だ。以前から思っていたが、こいつは悪い意味で潔すぎる。
「気付いてたに決まってるじゃないですかぁ! あの時は口にテープを貼られていて喋れなかったから難波くんに文句が言えなかっただけですぅ!!」
「だってさぁ、花ちゃんの身体ってどの箇所を触ってもすっげー絶妙な柔らかさだったから、ついこの手が自動追尾モードに! 悪いが後悔はしていないっ!!」
「ほらぁ! やっぱり全然反省してないじゃないですかぁ! 花、難波くんに送ってもらうのは絶対に嫌ですぅっ!」
「そ、そんなぁ~!! じゃあ今度こそは絶対に触らない!! 触らないから俺に送らせてくれよ花ちゃ~ん!!」
「パスです! 難波くんと真田くんだけは全力でパスしますっ!」
白十利のこの自己中な要望に、「おいおい、将矢だけじゃなくて尚人もNGなのかよ」とシンがかったるそうに肩をすくめ、俺とヒデに顔を向けた。
「となると、俺ら三人の中の誰かが花ちゃんを待機ポイントまで送り届けるってことになるぜ? どうする?」
「あっ! じゃあ花は佐久間くんがいいですぅー!! だってさっき一番に駆け寄ってきて檻を壊してくれたのは佐久間くんでしたもんっ!! 佐久間くん佐久間くん佐久間くん! ぜーったいに佐久間くんっ!!」
……どうでもいいがやたら自己主張の強い運搬予定物だ。
見事白羽の矢から外れたシンが、ヒデに向かって満面の笑顔で親指を立てる。
「よしっ、こうして直々の熱いご指名もあったことだし、花ちゃんを送り届けるのはヒデってことでいいよな?」
「いや、悪いが俺はこのまま先に進みたい。早く美月を檻から出してやらんと」
「はいはい、要は花ちゃんより美月ちゃんが心配だってことだろ? 了解了解っと。じゃあここはやはり最後の切り札、我らのリーダーで偉大なる部隊長であらせられる柊兵閣下に頼むことにしましょうかね」
「何っ!?」
完全に安全圏に退避できたと思ってたのにまさかの無茶振りがきやがった!!
「結局俺に押し付けんのかよっ!?」
「おやおや閣下、お忘れになってはいけないことがありますよ? だって俺もヒデと同じで美月ちゃん派なんだぜ? このまま捜索隊の方に残りたいに決まってんじゃん。花ちゃんを送り届けるの面倒だしね。というわけでよろしくお願いします閣下!!」
「なんでお前が仕切ってんだ! 部隊長は俺だぞ!? よし、部隊長として命じてやる! お前が行けシン!」
「おやおや、いきなりここで暴君になられるんですか閣下? そんな恐怖政治の元では民が付いてきませんよ? それにこういう突発的なトラブルは隊長自らがクリアすべきだと思うんですが。なぁ皆?」
シンが残りのメンバーに同意を求めたがその反応は様々だ。
「何言ってんだシン! こういうのは志願している奴に行かせるべきだろっ!? だから俺に行かせてくれぇええええ!! 花ちゃんは俺が送るぅううう! そんで愛しの怜亜ちゃんにも会ってくるんだぁああああ!!」
「んー、でも部隊長を一人にするのってマズくない? 柊兵がアウトになったら終わりなわけだし。僕は反対だな」
「そうだな、尚人の言う通りだ。柊兵一人を行かせん方がいい」
「あーらら、薄情な奴だなぁヒデ。せっかく俺が機転をきかせてお前を助けてやったのに、肝心のお前はそういう事を言っちゃうわけ? ま、いいや。じゃあやっぱお前が行けよ。花ちゃんのご指名受けてんのはお前なんだしさ」
「それとこれとは話が違うだろうシン」
「違わないって」
「ダメだダメだダメだぁああああ!! 柊兵もヒデも認めねええええ!! この俺が行くって言ってんだろっ!!!!」
雑木林の中で各自の舌鋒が冴え渡る。ウラナリも加え、こいつら全員で一致団結して俺を部隊長に陥れた先ほどとは違い、今回は意見がまとまらないようだ。
こんなことしている時間がもったいねぇな……。ここは部隊長の俺が決めるしかなさそうだ。
「このままじゃラチがあかねぇ!! ジャンケンで決めるぞ!! いいな!?」
小学生が一番に思いつくようなガキっぽい解決法だとは思ったが、他に何も思いつかなかったので案をそのまま出してみる。
しかし俺の安直な提案は驚く程すんなりと受け入れられた。
この決着方法がまだ本決定ではないにもかかわらず、「いいんじゃね? 確かにこのままじゃラチがあかねーし」と両手を組み合わせ、捻った腕をクロスさせてその中を覗き込み出したのはシンだ。そしてどうやらその組み合わせた掌の中に勝利へのサインを見出したようで、
「……おっ見えた見えた! というわけで、恨みっこなしの一発勝負でどうですかね皆の衆?」
と再びメンバーに同意を求める。
「あぁ、公平でいいんじゃないか」
「うん、僕も異議なし」
「おう! それで行こうぜーっ!!」
―― バトルの勝負スタイルは決まった。
全員持っていた遊戯銃を一旦足元に落とし、両手をフリーにする。
「よし行くぞ。待ったなしの一発勝負だ。負けた奴が白十利を待機ポイントに連れて行く役だぞ。いいな?」
「了解です閣下!」
「ここは絶対に勝たないとね」
「明鏡止水の心境で行けば問題ない。自然と勝ちの流れを呼び込めるはずだ」
「よっしゃああああああ!! 天にましますジャンケンの神よおおおおお!! どうかこの難波将矢に完全なる敗北をうぉうぉうぉおおおおお――!!」
……一名だけ明らかに目指す方向が違う奴がいるが、まぁいい。
それよりこの勝負は一瞬で決まっちまう可能性もある。気は抜けない。
円陣を組むような形でお互いの顔を見合うと、自然と睨み合う形になるせいで一気に場が緊迫したものになってきやがった。
メンバー全員がそれぞれの口元からふしゅうううと整えた息を吐き出している。たかがジャンケンなのに異様な緊張感だ。
左横にいたシンが横目で俺を見て「じゃあ掛け声を頼みます閣下」とこの戦いのゴングを鳴らすよう促してくる。
「分かった。“ 最初はグー ” は入れんのか?」
「当たり前じゃんかよ柊兵!! それ言ってくんねーとタイミングが合わねーじゃん!! 俺がせっかく負けても今のは後出ししたから駄目だとかお前らに変な難癖つけられて花ちゃん送れなくなったらどうすんだよっっ!?」
将矢の奴、目が血走ってやがる……。どんだけこの勝負に全身全霊を注いでんだこいつは。
「分かった。じゃあ最初はグーで行くぞ」
「おう!!」
「行くぞ!! 最初は…」
「待ってくださぁあああああああいいいいっ!!!!」
「おわ!?」
神聖な勝負が始まろうとしたまさに直前、突然白十利が俺らの円陣のど真ん中にでけぇ胸を揺らしてダイブしてきやがった。
「な、なんだよ白十利」
「ひどいですよ原田くんっ!!」
「なにがひどいんだよ。お前を連れて行く奴を誰にするか決めてんだろうが。ありがたく思え」
「ありがたくなんて思えませんよぉ!! なんで負けた人が花を連れて行く係りなんですか!? なんかそれじゃまるでバツゲームみたいじゃないですかぁ! ここは勝った人にすべきところですよっ!!」
何に怒っているのかと思えばなんつーくだらない理由だ……。開いた口がふさがらねぇ。
「いやいやどうみても罰ゲームでしょこれ。なぁ尚人?」
「うん。だって誰も花ちゃん送りたくないもん。完璧に罰ゲームだよね」
「ああーっ!! 真田くんだけじゃなく楠瀬くんまで花をいじめるなんて!! もうヒドイですヒドイですぅ――!!」
「大丈夫だぜ花ちゃんっ!! 俺は違う!! 俺は花ちゃんを心の底から送りたいぜっ!! だからそのデカいおっぱいと共に俺の胸に飛び込んできてくれぇええええええ!!」
「きゃあああああああ!!!! 近寄らないでええええ!! 難波くんは絶対にイヤですうううううう!!」
またしても場が混沌としてきやがった。
なんでジャンケン一つやるぐらいスムーズにできねぇんだよ。
「おい下がってろ白十利。邪魔だ」
「ふやぁ!?」
白十利の腕を引っ張り円の中央から強引に排除する。
「時間がねぇからさっさとやるぞ!! 白十利がうるせぇからルールを変える!! 勝った奴だ! 勝った奴がこの女を待機ポイントにまで連れて行くってことでいいな!?」
「分かった。勝った奴だな」
「うーん……、それだとなんか引っかかるものはあるけど、もう面倒だから僕もそれでいいよ」
「俺もOKですよ閣下。じゃああらためて仕切り直しということでいきますか。この勝負で勝った奴が花ちゃんの騎士役を務めるってことで」
「お前らいつまでもごちゃごちゃといい加減にしろよ!! なんでもいいから早くやろうぜっ!? 絶対に俺が花ちゃんのおっぱいを護衛するんだぁああああああああああ――っっ!!」
将矢が放った絶叫が晴天を垂直に貫く。
居合わせた猛獣も思わず一瞬たじろぐんじゃねぇかと思えるぐらいのその凄まじい気迫に、俺らは一度顔を見合わせた後、「恨みっこなしは忘れるなよ将矢」と全員でがっちりと釘を刺しておいた。