謎がまた一つ解けたということか
「チェッ、教師共どんだけ俺らの事恨んでんだよ!?」
止むことのない罵倒の連撃に、イラつきが最高潮になった将矢が忌々しげに吐き捨てる。
「なぁなぁ、でもよ、尚人への恨み言はまだ無くね?」
……言われてみりゃあ確かにそうだな。
今のところこの面子で名指しコールされていないのは尚人とウラナリだけだ。
すると将矢のその疑問に対し、性格だけではなく腰も軽いことで有名な男が、「じゃその辺りをちょいと確かめてみますか!」と即座に行動を開始する。
「せんせー! うちの尚人くんに何か仰りたいことは無いんですかぁ~!?」
教師共のいる方角に向かってシンが声を張り上げると、即行で返事は戻ってきた。
「おおそうだ!! おい真田ぁーっ!! 聞こえてるかーっ!? いたら返事をしろーっ!!」
「ハイ! ここにいます!」
茂みに身を隠した尚人が快活に呼応する。
「おぉっ、やはりいたか真田っ! いい加減に目を覚ませっ!! お前がその極悪集団にいるのは間違っているっ!! お前はそんなただれた所にいるべき人間ではないはずだ!! 今ならまだ間に合う!! 腐ったミカンになる前にこっちに戻って来い!! 俺らはお前なら受け入れる!!」
それまでの俺らへの対応とは雲泥の差だ。
この歴然とした温度差に不満を持ったシンが、「なんだよそれ、すっげー露骨なエコヒイキじゃんか。仮にも聖職者とあろうものがいいのかね、あれで」と口を尖らす。
「おい、尚人、何なら俺らを置いてあっちに行ってもいいんだぞ? 自分の身の安全を優先しろ」
ヒデが尚人の身を案じたが、尚人は笑顔で首を横に振った。
「何言ってるのさ。僕は皆が気に入ってるんだ。だから行かないよ。先生たちになんと言われようともね」
「くぅ~泣かせてくれますねぇ! さすが我が友!」
脱退の意思の無い事をあっさりと告げた尚人に、この中では一番付き合いの長いシンが目頭を押さえる真似をする。そこへまた教師共のコールだ。
「それと難波ああああぁーっ!!」
「いぃっ!? また俺かよっ!?」
驚いた将矢が目を剥くと、シンはニヤつく表情を隠すことなく煽り目的の盛大な拍手をする。
「我が隊きっての色魔戦士に本日二度目のご指名入りましたぁー!! さぁさぁ難波 将矢さま! ここは一つ張り切って参りましょう!!」
「からかうんじゃねーよシン! 他人事だと思いやがって!」
「何言ってんだよ、このメンバーなら罵倒ランキングの一位はどう見てもお前の頭上に輝く以外にないじゃん!」
「何で俺なんだよ!? お前の方が色々やってそうじゃんか!!」
「ノンノン将矢くん、人をイメージだけで決め付けてはいけませんよ~? それに俺、影で悪い事してそうで実は意外と品行方正なんだよね!」
茶目っ気たっぷりに片目をつぶるシンに、「でもさ、そういう事を自分で言っちゃう人って信用性に欠けるよね」と尚人の的確な突っ込みが鮮やかに決まる。よく言った尚人。
「おいっ!! 聞いてんのかぁ難波ぁあああああぁぁ!!」
いつまで経っても将矢が返事をしないので敵陣から再コールが入る。
「あーはいはい、聞いてるっス! で、今度は何スかぁー?」
「いいかよく聞けぃ!! 俺はお前ん家の蕎麦をちょくちょく食いに行ってる常連様だがなぁ! お前の店はどうして一味唐辛子を置かないんだあああーっ!! 俺は七味より一味が好きなんだっ!! 一味を置け、一味を!! いいか!! 帰ったら親父さんに一味を置くように言っておけよ!! 分かったな!?」
「あぁん!?」
訳のわからんクレームをぶつけられ、肩透かしを食らった将矢が「んなこと知るかよっ! 直接親父に言えよ!」と叫び返すと、それに負けじとまた別の教師がさらにデカい声で叫ぶ。
「それとお前のところはなんで女の店員を雇わないんだ!! 注文聞きは女にしろ!! できれば可愛い店員が希望だ!! 年は18から25の範囲厳守で頼む!!」
「ふざけんな! それも知るかよ!! だから親父に言えっつーの!!」
「それとあとは営業時間よ!!」
ここでついに真打ちが登場だ。ブラックコンドル・毛田もこの 【 将矢の実家の蕎麦屋改善計画 】 に参戦してくる。
「お宅ね、夜八時にお店を閉めるなんて早すぎなのよ!! 先生たちはね、夜遅~くまで学校で一生懸命お仕事をしているの! だからせめて夜九時までお店を開けてちょうだい!!」
……どうでもいいが、将矢の実家、『 そば処 松喜庵 』はこいつら教師共の溜まり場になっているみたいだな。
「だっだからよ! それはもう俺に対する文句じゃねぇだろうが!! うちの親父に直接言えってんだよ!!」
全力で怒鳴り返したため、肩で息をしている将矢。そこへシンが全てを悟ったような顔で、上下に揺れるその肩を叩いた。
「なぁ将矢」
「あ?」
「いつかお前があのソバ屋を継いだらさ、まずは一味を置いて、そんで若くて可愛いい女の子を雇って、そんで夜は九時までしっかり営業してやれよ。それが銀杏の先生たちに迷惑をかけまくっているお前の裁量で出来る、精一杯の恩返しになるんじゃないか?」
「じょっ、冗談じゃねぇ! なんで俺があいつらの要望を丸ごと叶えてやらなきゃいけねぇんだ!」
溜まりまくっていた鬱憤を言ってスッキリした教師共から、ここでついに俺らに向けて最終の降伏勧告が告げられた。
「よぉおおおしっ! お前らだけにこれ以上時間をかけてられんっ! 今回は特別にこの辺で勘弁しておいてやる!! いいかっ、耳の穴かっぽじって良く聞け! あと10秒だけ待つ! 10秒以内におとなしく投降しろっ! 投降しない場合は お前ら全員をこの場で一気に殲滅する!!」
この宣告後、教師共は全員で声を揃えて「い~ちぃ~~! にぃぃぃ~!」と殲滅へのカウントダウンを始めやがった。
そしてきっちり10秒後、殲滅の狼煙が上がったが、それはBB弾では無かった。
風船を割ったような発射音の後、風を切るかすかな音がして何かが飛来する。そして俺と尚人の隠れていた大木に当たった。
「……やっぱり」
バシャリと音がし、弾が当たった部分を見上げた尚人が呟いた。
「これでまた一つ分かったよ。どうして学校側がジャージをこのタイプⅠで指定してきたかってこと」
同じく幹を見上げてその痕跡を見た俺も、尚人の言いたいことが理解できたので「あぁ俺も分かった」と相槌を打つ。
―― 銀杏指定のジャージはタイプⅠは白、タイプⅡは黒がベース色になっている。
この「白地」というのが教師共にとっては重要だったわけか……。
教師共が腰につけている、俺たちに持たせているのと似たようなプラスチック銃。あの銃を使って撃ち込まれたのはペイント弾だった。
その弾が割れ、中から飛び出してきた毒々しい蛍光ピンクの塗料が樹にベッタリとついている。
このペイント弾が俺ら生徒に被弾したら教師共にすぐに分かるよう、白ベースのジャージ、このタイプⅠの着用を義務付けてきたってことだ。そしてこれが身体に当たればヒット、問答無用でそいつは脱落ってわけか。
「柊兵、ジャージに付かなかった?」
「あぁ大丈夫だ」
幸い、今の攻撃は俺にも尚人にも当たらなかった。
「柊兵、もう僕を庇わなくていいよ。柊兵は部隊長だからここでリタイアになるわけにはいかないからね。これからは自分の身を守ることだけを考えてよ。今まで守ってくれてありがとう」
と尚人がしおらしい顔で急に殊勝な事を言い出しやがるから、俺のすぐ横にいた足手まといな荷物に余計な火がついたようだ。ウラナリは這いつくばっていた状態から急にガバッと起き上がると目をランランと光らせ始めた。
「ささささっ真田くんっ! じゃあこれからは僕が君の盾となるっ! それが僕を信じてくれた君への恩返しっ、引いてはヒーローになる道でもあるのだからあああぁぁーっ!!」
……ウザい。なんてウザいんだ。しかも目つきが半分イッてねぇか? 大丈夫かよこいつ。
だがシラける俺らとは違い、尚人はいつもの微笑を浮かべて「ありがとう本多」と礼を言っている。それによってますますウラナリのヒートが上がっちまった。
「真田くん!! 僕が君を守る弾除けとなる!! さぁ僕の後ろをついてきてくれたまえ!!」
「おっおいウラナリ!?」
「ふわぁぁあああああああ──っ!! 僕はヒーローになるぅううううううう――――っっ!!!!」
── あのバカ、勝手に飛び出しやがった!!
「ネズミがとうとう出てきやがったぞおおおっ!!」
「撃て撃て撃て撃てぇえええええええぇぇーッ!! 殲滅しろぉおおお!!!!」
「オホホホホ! さぁ潔くよくこのまま昇天しちゃいなさぁあああああーいっ!!」
粛清の弾丸音がウラナリに向かって容赦なく轟きだす。ウラナリのこの自爆行動に呆気に取られた俺たちだったが、尚人が
「皆! チャンスだよ! 僕らも脱出しよう!」
と叫んだので全員茂みから飛び出すと一斉に散り散りになって逃走を開始した。
しかしなぜか尚人はウラナリと共にではなく、俺に付いてきている。
「おい尚人、なんでお前こっちに来てんだよ? ウラナリが後ろにつけって言ってたろ」
「だってあのまま本多にくっついて行ったら僕もやられちゃうよ。完全に的を絞られちゃってるもん」
「……まぁな」
ウラナリには悪いが、尚人の判断は生き残るためには賢明な判断だ。教師共の人数からいってもあいつ一人じゃ弾除けの役目は果たしきれん。
「シン達もうまく逃げたみたいだね。ほら、僕らのヒーローのあの働きに感謝しないと」
走りながら背後を振り返ると、BB弾を撃ち終わった教師共からありったけのカラーボールをぶつけられ、蛍光ピンク一色で染められたボーリングの特大ピンへと変わり果てたウラナリの勇姿がかすかに見えた。
これでウラナリは戦線離脱か……。
「柊兵、本多のためにも早く美月ちゃんを助け出してメダルを全部手に入れてグレードSの褒章をゲットしないとね」
並走する尚人に「あぁ」と頷く。
俺らが【 海鮮御前&室内露天風呂付きの豪華客室一泊権 】を手に入れれば、今回犠牲となったウラナリもその恩恵に与れる。
“ 男なら頂上を獲る ”、という漠然とした理由だけではなく、あいつのためにもガチで勝ちをもぎ取りにいかなければならなくなったようだ。