なんでここで去勢されなきゃならねぇんだ
「はぁい皆さぁんっ! お・待・た・せぇ~っ!! 我ら最大の敵、 Team・腐乱死体 ちゃんはどこかしらぁ~?」
……この声は!!
聞き慣れた気色悪いオカマ声に俺ら全員で顔を見合わす。
―― 俺らの担任、毛田 保だ!!
幹からわずかに顔を出して敵情を伺ってみると、他の教師共と同じ迷彩服をまとい、フルフェイスのメットをつけた毛田らしき男が見えた。
「おぉブラックコンドル! お待ちしておりました! ゾンビ共はあの茂みの奥に潜んでいます!」
「OK。皆さん、例の弾のストックはある? もし使い切っている方は追加を持ってきたからお分けするわ。でもこれでトドメを刺しちゃう前に彼らには私たちの今までの鬱憤を存分にぶつけさせてもらいましょっ!!」
「了解ですっブラックコンドル!! あの憎きゾンビ共に我らの怒りの制裁を――ッ!!」
―― メット越しのくぐもった声でもはっきりと分かる。あいつら凄い気迫だ……。
「では皆さん、用意はいい? 今までの積もり積もった怨念、ここで一気に晴らして差し上げちゃいましょう!」
「ラジャァアアア────ッッ!!」
毛田の指示で、先ほどよりも更に多くのBB弾が俺らの潜伏場所に一斉に撃ちこまれ始めた。
木々に当たって跳ね返った何発かが身体に当たったが思いのほかそこそこ効く。跳弾だからいいようなものの、モロに直撃を食らったら一瞬動きが止まるかもしれん。
「おいっっ!! 難波ぁあああぁぁ――ッ!!」
身を潜めている茂みに攻撃を喰らいだして十数秒後、突如銃撃が止み、なぜか将矢の名前が声高にコールされる。いきなり自分の名を叫ばれた将矢が「お、俺っ!?」と慌てたように声を上げた。
「おうよっっ!! テメェ今回の学力テストっ、性懲りもなくまた白紙で出しやがったなあぁっ!? フザけんなよゴルァアアアァ!! あれほどまずは何か文字を書けと言っていたのにどういうわけだぁああっ!! あんまチョーシに乗ってんとなぁっ、親呼ぶぞ親ぁああぁ!!」
そんな罵倒を浴びた将矢は身を隠していた幹からヒョイと大胆にも顔を出し、全く反省していない様子で怒鳴り返す。
「だって仕方ねーじゃん!! 全然分かんなかったんだからよーっ!!」
「黙れ黙れ黙れぇぇえええええーっ!! 分からないなら分からないなりになぁああぁ!! 解こうとする努力の跡を見せやがれってんだぁぁあああ!! それを悪びれもせずまっさらで提出してくるなんざぁっ、俺ら教師様に対する宣戦布告なんだよっ!! オラオラオラァアアア!! さっさとくたばれやぁぁあああああああっ!!」
強烈なモーター音が再びこの空域を切り裂く。
またしても激しい銃弾の雨粒が俺らの方角に目掛けて横殴りに降り出した。
「うぉっ!? 危ねー!!」
将矢はすぐに首を引っ込めて無事だったが、未だこのサバイバルバトルに適応し切れていないウラナリは、「ひぃぃぃぃーっ!! おっおっお助けをををー!!」と言いながら地面をイモ虫のように這い回っている。
「おいっ佐久間ぁああああぁっ!!」
また一時的に絨毯爆撃が止み、別の教師が叫ぶ。次のターゲットはヒデのようだ。
どうやら教師共の攻撃は、銃弾の嵐と一緒に恨み言まで漏れなく付いてくるらしい。どんな負のお得セットなんだ。
「……何だ?」
幹の影から冷静な声でヒデが答える。
「テメェ生徒たちの間で “ 校内一渋い男 ” とか言われてんだってな!? 」
「それがどうかしたか?」
「普段余計な口をきかねぇっつーだけで渋いだなんて言われて喜んでんじゃねぇぞ!? 男の渋みってのはなぁ!! お前みたいなガキに醸し出せるほど容易いもんじゃねぇんだよ!! 人生の年輪を深く刻んだ者にしか出せねぇもんなんだよ!!」
そう罵倒されたヒデは、先ほどの将矢のように隠れていた幹から半身を出し、「悪いがただの妬みにしか聞こえんのだが」と突っ込んでいる。
「ふやぁあああ──ん!!」
ヒデが身を乗り出したため自分にも弾が当たるのを恐れた白十利が盛大に暴れだした。
「ふやん!! ふやん!! むふぅううん!! あふううん!!」
……どうでもいいことだが、ヒデの奴がそうやってずっと俵担ぎしてやがるから、抱え上げられた白十利の丸い尻がどうしたって視界の中に入ってきちまうのはどうすりゃいいんだ?
また白十利も白十利でおとなしく担がれていればいいものを、ヒデの肩の上でモガモガとしょっちゅう身をよじるからその度に尻の動きが妖しげなエロスを存分に見せつけやがる。
「ねぇヒデ、花ちゃん苦しそうだよ。せめてここだけは取ってやったら?」
尚人が自分の口元を人差し指で示し、白十利の口に貼られているテープ外す仕草をした。そう促されてやっとヒデもその事実に気付いたようだ。
「あぁそうか。縄は解けなくてもこっちは取ってやれるな」
ヒデは担いでいた白十利を地面に一旦置くと、後ろに回って口に貼られていたテープを取ってやった。
「よし取れたぞ」
すると小型高性能はまずぷはぁと大きく息を吸い、次に俺らに向かって鬱憤をぶちまけ始めた。
「ふええええぇぇ~ん! なんで花がこんな目に遭わなきゃいけないのですかぁぁああぁ~っ!?」
感謝されるならいざしらず、まさか文句を言われるとは。
俺以外のメンバーも同じ思いを抱いたようで、全員で逆ギレしている白十利を唖然と見る。
「さっきなんてもっとヒドかったんですぅ! 皆さん達の前に花のグループの男の子たちが来て、檻の外から散々じろじろと花を眺めて、わーおっぱいがおっきいーとか、ぷるぷる揺れてるぜーとか、股間まで食い込んでるぞーとか、すっごくいやらしーことをいっぱい言って、落ちていた小枝で檻の隙間から花のカラダをいいだけツンツンつつきまくって、最後は結局花を置いてそのまま先に行っちゃったんですぅぅ~~!」
相当に悔しく、そして恥ずかしかったのか、白十利が盛大にグスンと鼻をすすり上げた。
「おい、俺らの前に来たのはお前の部隊の男だったんだろ? なんでお前を助けないで置いていったんだよ?」
「あ~!! よくぞ聞いてくれました原田くんっ!!」
俺が聞いたその疑念に、白十利はますますその顔を怒りで紅潮させる。
「花を助けたって足手まといになるから置いて行こーぜ、って言ってました! このまま檻に入れておけばメダルも取られないしちょうどいいって! ヒドすぎると思いませんか原田くん!?」
「そんな事を俺に言ったってしゃぁねぇだろ。で、お前を置き去りにして行った奴は誰だよ」
「えっとですね、まず部隊長さんはぁ…」
白十利は同じ部隊の男の名前を次々に答えた。同じクラスではないが、どれも名前や顔は知っている面子だ。
「まぁお前の言う事ももっともだな。もしそいつらを見つけたらブッ飛ばしておくから騒ぐなって」
「ほんとうですかぁ!?」
「あぁ」
「わぁっ、花うれしい!! 約束ですよ!?」
「おわっ!?」
自分を見捨てた男共に天誅を加えてもらえると知って喜んだ白十利が、興奮して俺にドンと体当たりをかましてきた。
おかげでキツく縛られているせいで異様なくらいにまで前方に飛び出しているこいつのデカい胸がぼよんと俺に当たり、
「あああああぁぁ――っっ!! ズルいぞ柊兵!! 花ちゃぁぁーん!! 俺もそいつらぶん殴ってやるから、次は俺の胸に来てくれえええ!!」
と叫んだのはもちろんアホ将矢だ。
しかし自分で言い出したこととはいえ、子泣き爺ウラナリの運搬作業に続き、今度は白十利のセクハラ敵討ちかよ……。厄介事がどんどんと増えていきやがる。
「楠瀬ぇええ――っ!! 楠瀬 慎壱はいるかぁぁああああぁぁーっ!?」
こちらの騒動が一旦終息したのを見計らったかのように、教師共の罵倒コールが再び始まった。
シンが「へっ、俺もあるの!?」と驚いた表情を見せる。
……おいシン、俺も人のことは言えんが、普段のお前の生活態度なら当然何か叱責があってしかるべきだろうが。
「楠瀬ーっ!! 貴っ様ぁーっ! お前女子生徒たちにくだらねぇアンケート取って遊んでんじゃねぇよ!!」
「アンケート……? あぁ! それってもしかして、 “ 銀杏高で絶対結婚できそうにない先生ベスト5 ” のことですか~!?」
「おうよ!! なんなんだあのリサーチはよ!?」
「いや~あの時あんま退屈だったもんで、ちょっとした暇つぶしにやってみたんですよ! 女の子たちもみんな面白がって回答に協力してくれましたし! そういえば確か先生が一位でしたよね? おめでとうございますキング!!」
「めでたくねぇ――――っ!!!!」
憤激のBB弾がまたこちらに撃ち込まれる。
「しかも理由まで詳細に聞き取りやがって!! “ 二次元の女を脳内で勝手に嫁にしていそう ” なんて書かれていた俺のこの切ない気持ちがお前に分かるか楠瀬!?」
「あースンマセン! 俺、二次元に全然興味ないんで分かんないです!」
「俺だってないわぁああああ!! てめぇら人を見かけで判断すんじゃねぇ!! 俺の心に一生消えないトラウマを植え付けやがってぇぇぇええええ――――っっ!!」
その絶叫時の後、今のとは別の教師の怒声が森林に響き渡る。
「俺にも言わせてくれぇええっ!! 原田ぁあああああぁぁ――っ!! 返事をしろおおお――っ!!」
―― 来た。
いよいよ俺の番か。何を言われる?
返事した方がいいんじゃね、とシンに言われたので「おう」とだけ呼応する。
「いやがったな原田ぁああああ!! テメェ新入りの時に乱闘騒ぎを起こして俺らの手を焼かせたかと思えば、今は校内の女子を次々にたぶらかしてるそうじゃねぇかっ!! 俺は職員室から毎朝見てんだよ!! 毎日下級生の女子を校門に待機させてウハウハと登校しやがって!! いつからお前はそんな軟派キャラになったんだぁああああ!! 銀杏高はなぁっ、テメェのハーレムワールドじゃねぇんだよ!! 今後うちの女子生徒が二度とお前のその毒牙にかからんよう、今ここでテメェの腐れ〇〇〇を俺が完膚なきまでに蜂の巣にしてくれるわ!!」
── まっ待て待て待て待てっ!!
なんだその訳の分かんねぇデマ話は!?
しかもなんでこの場で去勢されなきゃならねぇんだ!?
「おおっとー! これは大変ですよ柊兵閣下! ここで一発気合を入れないと、腐敗しかけているとアチラで噂が立っている閣下のその大切なイチモツが今後二度と使い物にならなくなってしまいそうですよ!? 使用不可ですよ使用不可!! どうかお気をつけ下さいっ!」
とシンが俺の肩を叩いた。
何言ってやがる! 一見心配しているようだが、この中でお前が一番ウケてんじゃねぇか!