ここで不意打ち
ここで不意打ちかよっ!?
俺らが白十利のエロい姿態に全神経を丸ごと持っていかれるのを見越しての捕獲檻だったのか!? もしそうだとしたら男の性を上手く利用した何とも汚い作戦だと言わざるを得ない。
「チッ、弾が切れた」
という声が背後から聞こえる。連射が途切れた!
「尚人、来いっ!!」
片手に持っていたペットボトルを投げ捨て、空いた手で尚人を助け起こすと前方にある木々に素早く身を隠す。するといつの間にかウラナリもちゃっかりと俺の側に退避しており、ろれつの回らない口調で口角泡を飛ばしてきた。
「はははははらだくんっ!! ててててててっ敵襲ですよよよおおおおおーっ!!」
んなもん言われなくても分かってるっつーの!
息を潜め、身を隠してすぐに側の茂みがガサガサと揺れた。即座に警戒体勢を取る。
しかしそこから現れたのは今の銃撃から上手く逃げおおせたヒデ達だった。しかもヒデはまだ縛られたままの白十利を左肩にかついでの登場だ。
「柊兵! そっちは無事か!?」
「あぁ! 尚人もウラナリも無事だ!」
そう返事をしたのがまずかった。
すかさずこちら側に向かって再びBB弾の雨が浴びせられる。
「そこかァあああああああああぁ――っ!!」
「追い詰めたぞ!! 覚悟しろやっ!!」
「オラオラオラァアアアアァ――ッ!! 喰らいやがれえええっ!!」
この声、やはり間違いない。銀杏高校の教師共だ。
先ほど目にした銃身と発っせられた怒声から推測した限りではその数三名。どいつもフルオートタイプの電動ガンを所持していやがるようだ。
敵とは反対の方角に逃げようとしても追い込まれた先は袋小路状になっていて、土砂が盛り上がっていて進めない。かといって元の方角に戻れば待ち受けている教師共に狙い撃ちだ。
「ホークアイからブラックコンドルへ。ポイントT-06でメインターゲット “ Z・O ” を発見。至急応援に来られたし、オーヴァ」
── マズい! 奴ら無線で支援要請をしていやがる!
これ以上撃退要員が増えたら突破はほぼ絶望的になっちまう。なんとかしねぇと……!
身を隠していた木の隙間から少しだけ顔を出すと、揃いの迷彩服とフルフェイスタイプのゴーグルに身を包んだ教師共が見えた。しかも腰には手にしている電動ガンとは別の、長い筒状になったプラスチック銃まで装備している。あいつらどんだけ気合入ってんだよ! 普通ここまでやるか!?
無線連絡を終えた教師が今度は拡張機を取り出した。そして隠れている俺らに向けて降伏勧告を吐き捨てる。
「原田っ!! 楠瀬っ!! 難波っ!! 佐久間っ!! 聞こえるかぁ!? お前ら 【 Taem・腐乱死体 】 に告ぐっ!! そこは行き止まりだっ!! お前らはすでに包囲されているっ!! 撃たれたくなければ速やかに投降せよっ!! 』
この勧告を聞いたシンが呆れたような顔で俺に近寄ってきた。
「……なぁ柊兵くん。部隊のコード名は閣下にお任せするとはさっき言ったよ? 確かに言ったけどさ、【 チーム・ゾンビ 】 はいくらなんでもヒドすぎないか? お前のネーミングセンスを本気で疑うよ」
「だっ誰がそんなコード名にするかよ!!」
「違うのか? じゃあなんて名前にしたんだよ?」
「…………」
「お? もしかして大っぴらに言えないようなヤバいコード名にしたわけ?」
俺が答えないので更に深く追求が来る。
もちろん口にする事すら憚られるような非常識なコード名にはしていないが、こう改まって聞かれると何となく言い出しづらい。
「別になんだっていいだろ」
「いいわけないじゃん。俺ら部隊の看板みたいなもんだぜ? もったいつけないで早く言えって」
気付けばシンだけではなく、全員が俺の顔を見ている。しかもヒデにかつがれた白十利まで興味津々の目で見ていやがる。
「まさかの18禁ワード入りですか閣下? いくら今がサバイバルとはいえ、それは冒険し過ぎじゃね?」
「んな訳ねーだろ! 大体そんなモンをコード名に入れてOKされるわけないだろうが!」
「んーそれもそうだな。じゃあなんてつけたんだよ」
もうここは素直に言うしかなさそうだ。
「……チ、チーム・不死鳥」
仲間たちから目線を逸らし、一応は真剣に考えたコード名を口を尖らせて渋々答えると、教師共には聞こえないぐらいの大きさでシンが軽く口笛を吹いた。
「なんだ全然カッコいいじゃん! でもなんで俺らの部隊名がチーム・ゾンビになってるんだろうな?」
「へへっ俺らは教師の受けが悪いからな! きっと奴ら専用の呼び名なんじゃね? ものすげぇ悪意を感じるじゃんか!」
会話に割り込んできてアホなりに推論をかざした将矢にシンが失笑する。
「そこは嬉しそうに言うところじゃないだろ将矢。でもマジな話、俺らってそんなに先生たちから嫌われてんの?」
「嫌われてんじゃね? 俺、この間呼び出し喰らったけどすっぽかしてやったしな!」
「何やってんだよお前。でもいくら俺らが気に入らないからって、フェニックスからゾンビなんてどんだけグレード堕とされてんだっての。あんまりだと思わねぇ?」
そのぼやきに「でもさシン、どっちも何度でも甦る物体だよ?」とフォローを入れたのは尚人だ。
尚人のフォローがツボに入ったヒデが「ハハッ上手いこと言うな」と真っ先に笑い、「おー確かに! 尚人くん鋭いっ!」とシンもウケている。
……やれやれ。
敵襲を食らって進退窮まっている中でここは本来なら緊迫する場面なんだろうが、どうしても場がキリッと引き締まらねぇのは俺らの特徴なんだろうな。
そこで士気を取り戻すために「おい、この先どうする?」と意見を求めてみると、シンが足元に散らばっているBB弾の一つを目の高さにまでつまみ上げ、元いた位置を親指で差した。
「そんじゃ一か八か、全員で一気に特攻してみるか? ここは男らしくいざ正面突破ってことで」
確かにこうして地理的に追い詰められた以上、打開策としてはシンの提案する強行突破の案しか残されていないとは思うが、何せこっちは足手まといのウラナリや、未だ梱包状態で動けない白十利がいる。
行動選択を誤れば即座に返り討ちに遭う可能性の方が遥かに高い。
「待てシン。まだ美月を見つけていないんだ。闇雲に突撃するのは危険すぎるぞ」
やはりヒデも俺と同じ考えか。
俺らに与えられた武器は弾丸の先が吸盤になっているこの玩具銃しかなく、かといって教師共に拳で直接攻撃を行えばその場で部隊全員が戦線離脱という非情ルールだ。
まだ美月を救出していないのにここで終っちまうわけにはいかない。それに怜亜との約束を破っちまうことにもなる。
全員での強行突破はあまりにもリスクが大きいのなら、それ以外の作戦を考えなければならないということか……。
「じゃあよ、俺が飛び出してあいつらの気を引くからその隙にお前ら逃げろよ」
事も無げにそう言い出したのは意外な事に将矢だった。こいつにこんな犠牲精神があったとは。だが将矢の特攻志願があまりにも軽いノリだったので尚人は心配気だ。
「でも大丈夫、将矢? 一人じゃ危なくない?」
「心配すんな尚人! この難波将矢様に任せとけって! この辺一帯を走り回ってあいつらをかく乱してやるからよ!」
予想だにしない展開とはなったが、勇ましくガッツポーズを見せる将矢に部隊の士気が一気に上がった。感動したシンがこのアホな命知らずの背中を力強く叩く。
「将矢、お前男だぜ! 殺られても俺はお前の事を一生忘れないからな!」
「よし頼んだぞ将矢。お前の骨は後で拾っておいてやるから安心して心置きなく散ってこい」
「フフフ、今回は難波くんにヒーローの座を譲りますよ。この森で見事な死に花を咲かせてください。期待していますよ」
哀れにも既に隊内で亡き者扱いにされかかっている将矢が、「お前ら俺を勝手に殺すんじゃねぇ!」と怒りを爆発させている。
だが万一あのBB弾に被弾したとしても、将矢のタフさは尋常じゃねぇから恐らく大したダメージにはならないだろう。ここはこの俊足なアホに場をかき回してもらうことにするか。
「よっしゃ! じゃあ行ってくるぜ!」
「あっ、でもちょっと待って!」
飛び出して行こうとする将矢をまたしても尚人が押し留める。
「何だよ尚人?」
「僕、納得いかないんだ。なんで先生達はここに突入してこないんだろう? だってここが行き止まりなことも分かっていて、しかも僕らの位置は完全に特定しているのにおかしいと思わない? あっちには強力な武器もあるし、難なく制圧できるチャンスなのに、さっきから投降しろとしか言ってこないなんてヘンだよ」
尤もな尚人の意見に、俺ら全員「確かに」と一様に頷く。
「さっき無線で応援を呼んでいたのが気になるんだ。きっとその人物が到着するまで僕らがここから逃げ出さないよう、今は牽制をしているだけに留めているんじゃないかな」
尚人は深く考え込むような表情でそう結論付けた。
そして厄介な事にその予想は数分後に見事に当たることとなる。