これは目の保養と片付けるべきなのか 【 後編 】
単独での救出作業は非常に難航しているようだ。
ヒデがいくら必死に白十利の身体を縛り付けている麻縄を解こうとしても、その縛りは緩まる気配すら見せていない。
「おい! お前らもそんな所から見てないで手伝えよ!!」
充血した両耳を俺らに晒している事にまだ気付いていないヒデが俺らに向かってSOSを出してきた。
その途端、
「いやっふぉおおおおおお――っ!! 待ってましたあああああ―!! 俺に任せろヒデ!!」
野生猿の雄たけびが響く。
ヒデの応援要請に猪突猛進の勢いで駆け寄ったのは、今や下半身の本能全快で生きる男、アホ将矢だ。まぁある意味予想通りとも言える。
「おっとあいつだけじゃ危ないな。わざと花ちゃんにイタズラしそうだ。仕方ない、ここは俺も行っときますか」
「あ、僕も行くよシン」
シンと尚人もさりげなく白十利救出の応援に加わっていく。
どうでもいいがあいつら二人、スマートすぎだろ。文句のつけようがないくらいに自然な流れで参加していきやがったぞ。
そしてそのタイミングに乗り損ねた俺は、その後も救出の輪の中に入るきっかけを掴めず、鈍臭いウラナリと並んで四人が白十利を囲んで悪戦苦闘している場面を後方から引き続き眺めるだけとなった。
そして大人数で再びレスキュー作業を始めてから数分後、シンがこれはお手上げだといった様子で愚痴をこぼす。
「かったい結び目だなぁ! 全然解けないじゃん! なぁヒデ、これ縛った奴って絶対これが初めてじゃないと思わねぇ?」
「あぁ手馴れてる感があるな。玄人の域に達している。見事なものだ」
「うん、芸術的な感じすらするよね。ねぇシン、ナイフみたいなの持ってない?」
「んなもんあるわけないだろ尚人。あったらとっくに使ってるっつーの」
「あははっ、それもそうだね」
「ひゃっふぉおおおおう!! 花ちゃあああーんっ!! この俺がもう少しで助けてあげるからねー!! うおおおおおぉーっ! ヤベー!! ここの食い込みがたまんねえええぇー!!」
……と大興奮中のアホ一名を除き、救護隊の空気は和気藹々だ。
そんな奴らの会話を聞いていたウラナリが一旦ゴーグルを外し、かけていた眼鏡を神経質そうな仕草で押し上げて俺を見る。
「参加しそびれてしまいましたね原田くん。君も加わりたかったでしょうに」
「くっ、加わりたいわけねぇだろ!」
「おやおや我慢はいけませんよ原田くん? 君はグラマーな女性がお好きじゃないですか」
言われた瞬間、自分でも一気に目つきが鋭くなったのが分かった。
ウラナリめ、何を根拠にしているのか知らねぇが、奴の完全なる断定口調に脳内で怒りを制御している弦の一本がブツリと切れる。
「勝手に決めつけんな! 別に俺は胸のデカい女が好きなわけじゃねぇ!」
「フッ、あの写真集を持っていた同士が何を今更」
「!!」
ウラナリの野郎、こんな所で例の伯田さんに激似の写真集の話題を出してきやがった! すぐ側にいるシン達に聞こえたらマズいだろうが!! 空気を読め、空気を!!
「あっ、あれは、ただあの噂が本当か確かめたかっただけだっ」
「あのモデルが伯田先生かどうかってことかい? 言い訳は見苦しいよ原田くん。理由はどうあれ、君は僕と同じであの写真集を買った。どう足掻いてもそれは覆せない真実なのだからね」
ひょひょひょひょ、と歯の隙間から空気が抜けるような気色悪い笑いをウラナリが漏らす。
マジで胸クソ悪ィ!!
しかし俺の怒りがすでに臨界点に達している事に気付いていないウラナリは、鼻の下を伸ばしまくった腑抜けた面で両手を大きく広げる。
「さぁ我が心の同士よ! 乗り遅れてしまったが、いざ我らもあの場に行こうじゃないか。何せ伯田先生ほどではないにしろ、あの白十利 花もかなりの双丘の持ち主。ここは修学旅行の輝かしい思い出の一つとして互いの記憶の海馬に焼き付けておいて損はないかと」
「うっうるせぇっ!! テメェ一人で焼き付けてろ!!」
手より先に足が出ていた。
思わずぶっ放した回し蹴りがウラナリの背中に綺麗に決まる。
「おぶひゃあああああああああっ!?」
何とも間抜けな言葉を発し、ウラナリが前方に吹っ飛ぶ。
檻の前にドサリと落下した音で、このウラナリ・ダイブに気付いたシンが、「あ、本多が飛んできたぞ」と声に出した。するとその場からスッと立ち上がった男がいる。尚人だ。
尚人はウラナリの側に跪き、「本多、大丈夫かい?」と話しかけている。ったく、あいつはどこまで人がいいんだ。
またしても尚人に哀れみをかけてもらえたウラナリは感極まった表情で叫ぶ。
「おおおぉ真田くん……っ! やはり僕の一番の理解者は君だ! 君だけがこの僕を信じてくれるんだね!」
「当たり前じゃないか。さっきも言ったろう? きっと君は僕らの部隊にとって必要な礎になる。僕はそれを信じてるよ」
―― 出たな、尚人お得意の表情が。所謂お愛想笑いってやつだ。
しかし今のがただの美辞麗句なのだとは、言葉をかけられたウラナリ本人は露ほども思っていないようだ。
「おおおおお……! 僕の神はここにいた……! 真田くん、僕はやるよ!! きっと、きっと君のその期待に応えてヒーローになってみせる!!」
またしても暑苦しいヒーロー宣言をし、地面に這いつくばった格好で今にも尚人の靴先を舐めそうな勢いのウラナリに、見ているこっちがドン引きしそうになる。
「うん、大丈夫だよ。君ならなれるさ」
尚人はそう声をかけると非難がましい視線を俺に向けながら近寄ってきた。
「ダメだよ柊兵。本多にこんな乱暴しちゃ。今は本多だって僕らの部隊の一員なんだよ?」
「す、済まん」
「それより柊兵も手伝ってよ! 早く花ちゃんを何とかしないと美月ちゃんの檻を探せないじゃん」
そうだ、こんなところでグズグズしている暇は無い! 早く美月を探しに行かねぇと!!
「ほら早く柊兵!」
「お、おう」
尚人に引っ張られて白十利の元へと向かい始めた時、背後の茂みの奥からカチリと何かを起動したような音が聞こえた。
何だ今の音は……?
妙な殺気も感じたため、素早く後ろを振り返って見た。すると目に飛び込んできたのは黒光りする三つの銃身。
「危ねぇ!!」
咄嗟に尚人を庇い、地面に身を伏せる。
次の瞬間、頭頂部のすぐ真上を鋭い風圧が突き抜け、BB弾の連射音がこの場一帯に容赦なく響き渡った。