これは目の保養と片付けるべきなのか 【 前編 】
足を止めている暇は無い。
マジで急がねぇと美月救出だけではなく、豪華温泉宿一泊権まで取りっぱぐれることになっちまう。
自己倒錯の世界にどっぷりと浸かりこんでいるウラナリは放っておき、二手には分かれずにこのまま全員で進軍する事となった。
韋駄天・将矢を先頭に、シン → ヒデ( +背中に子泣き爺ウラナリ ) → 尚人→ 俺の順で孤島の森林を駆け抜けている最中、前を走っている尚人が急に振り返る。
「ありがとう柊兵」
「何だよ突然」
いきなり訳の分からない礼を言われて顔をしかめると、「だってさ、柊兵わざと一番後ろを走ってるだろ? 僕を守るために」と笑いかけてきやがった。
確かに厄介者ウラナリをヒデが背負ってくれている今、残りのこの面子で一番敵に襲われやすい尚人が後方から敵に不意打ちを喰らわないよう、わざと後ろに下がっていたことは事実だ。
だが、そんな突き抜けた爽やかな笑顔で明るく礼を言われるようなモンでもないだろうが。気色悪いにもほどがある。
「別にそんなつもりはねぇよ」
「いいんだ、ちゃんと分かってるから。柊兵はさっき僕が頼んだ約束を守ろうとしてくれてるんだね」
「だから違うっての。俺がこの位置にいるのはな、お前らにハメられたとはいえ、部隊長になった手前、しんがりを努めるべきと考えた、ただそれだけだ」
「はいはい、じゃあそういうことでいいよ。では引き続きよろしくお願いします、部隊長さま!」
何が “ 部隊長さま ” だ。やっぱりこいつと話すと調子が狂う。だが言い返すだけのスキルが俺には無いのでここは黙ることにした時、尚人が急に足を止めたので危うく衝突しそうになる。
「おわっ!? 急に止まるな! 危ねぇだろ!」
「あそこになんか見えない?」
尚人が指し示す左先にある茂みの奥に目を凝らすと、四角状の物体の一部が見える。
前を走っていたメンバーに「おい待て! あっちの奥に何かある!」と大声で知らせると、我が部隊の中で視力2.0が自慢の将矢がその方向を見て興奮した声を出した。
「おおお!? あれ檻じゃねぇ!? 鉄格子みたいのが見えるぜ!」
「マジかよ将矢!?」
「美月かもしれん! 急ぐぞ!」
前方の三人が茂みに向かって走り出す。俺と尚人も急いでその後に続いた。
一番最初に茂みに突っ込んだ将矢が、「痛ってぇー!!」とデカイ声で叫んでいる。本当に騒々しい奴だ。するとヒデがこれから茂みに入ろうとする俺らの方に向かって怒鳴る。
「棘があるから気をつけろよ!」
本当だ。
何ていう種類の草かは知らんが、この野生の茂みには小さな棘があちこちについていた。しかし小さいので手で掴んでも少しチクリとするぐらいでそう大げさに騒ぐほどのものではない。恐らく将矢の奴はこの棘に気付かないで力任せに握ったのだろう。
玩具銃と左肘で茂みを押し避け、左右にこじ開ける。
わずかにできたその隙間から、今度ははっきりと横長タイプの檻が見えた。
狭い空間の中で白いジャージを着た長い髪の女が寝かされた状態で蠢いているのがぼんやりと見える。美月か!?
焦る気持ちを抑え出来た隙間に身を滑り込ませようとした時、側にいた尚人の視線とぶつかった。尚人は邪気の無い、純粋な透き通る瞳でゴーグル越しに俺をじっと見ている。
「……ほら、先に行けよ」
俺が作った安全空間スペースを先に尚人に譲ってやることにする。
今の尚人のアイコンタクトはこの鈍い俺でも察したぐらいだから、相当強いメッセージ性をはらんでいたんだろう。つーか、これじゃまるで俺はこいつの護衛役じゃねぇか。いくら見かけが女みたいだからってこれでいいんだろうか。
そんな俺の煩悶をよそに、尚人はまたしても爽やかスマイルで「ありがとう柊兵!」と礼を言い、するりと先へ進んでいく。
続いて俺も身を滑らせて茂みを急いで突破したが、なぜか出た先のスペースで仲間全員が呆けた表情で固まっていた。
「おい、どうした?」
目の前に大の男が四人も立ち塞がっているので檻の中が確認できない。一番近い位置にいた将矢に近づき、その真後ろに立って前方を覗き込む。
その直後、なぜこいつらが腑抜けた顔をしてこの場に石化しているのか、その原因をこの身をもって知ることができた。
「はふぅ…ん、ふぁっ、んっ、あぅぅっ…ん」
―― まさかこんな無人島の一角で、こんなキワドイもんを見られるとは誰が予想しただろう。
檻の中の捕虜は太い麻縄で身体を縛られていた。
声を出している本人はそんなつもりは無いのかもしれんが、口元にクラフトテープを貼られているため、その口元付近から何ともエロい声が絶え間なく漏れている。
「むふぅ…、んんっ…、あぅぅっ…ん」
ちなみに檻の中に横たわり、閉じ込められているのは美月ではなかった。
俺らE組の女、白十利 花だ。
俺ら男子の間だけで通用する仇名ではあるが、こいつの通称は、【 魅惑の小型高性能 】。
小柄な身体なのに胸だけが異様にデカいので、豊胸手術でも受けたんじゃないかと俺らの間では専ら噂になっている女だ。その小型高性能が、鉄格子で出来た動物捕獲用の小型檻に閉じ込められている。
「ふゃあぁんっ、ふぁっあぅぅっ…ん……!」
俺たちに何かを言いたいのか、檻の中の白十利のあえぎ声が止まらない。しかも縛り上げられた胸の上下の揺れも止まらない。
そんな白十利を見た俺達全員、ほぼ同時にゴクリと喉を鳴らしてしまった。
これは自然の摂理というか、やむを得ない事態というか、とにかく男に生まれた以上、仕方のないことだと思う。……っつーか、そう思いたい。
「す、すげーな……っ! 俺っ、花ちゃんのこの姿を見られただけでも修学旅行に参加した甲斐があったぜ…っ!」
だらしなくポカンを口を開けたアホ面No,1男の将矢が、無意識の範疇で嘘偽りのない感想を言う。するとシンもそれに乗っかり、
「この花ちゃんの格好を撮ってさ、その手の雑誌に投稿したらかなりの謝礼が貰えそうだよなぁ」
と、金銭絡みの超強欲発言をかました。
すると眺めるばかりで誰も檻に近寄らない事に苛立ったのか、この中で一番最初に我を取り戻したヒデが背負っていたウラナリを地面に下ろす。
「お前ら何くだらない事言ってんだ。早く助けてやらないと可哀想だろ」
さすがヒデ。
ヒデは白十利が閉じ込められている捕獲檻に近づき、その扉を開こうとしたが、鍵がかかっているため、当然開かない。
「柊兵、檻のキーを貸せ」
「あぁ、ほらよ」
リクエストに答えてヒデに鍵を放ってやる。それを空中でキャッチしたヒデは檻の扉口に噛ましてある南京錠の鍵穴に差し込んでみた。
「……合わないな。この鍵では美月の檻しか開けられないってことか」
ヒデは小さく舌打ちをすると檻の入り口から一歩後ろに下がる。そして間髪入れずに外側から扉に向けて強烈な蹴りを二度、三度と放った。その度に激しく檻が揺れ、ゴウゥンという軋んだ音が鳴る。
「ふやっん!! んー! んー!」
檻の中では脅えた白十利が長い髪を振り乱し、寝転んだ状態のままで激しく身をよじっている。
しかし少々強引な方法ではあったが一応扉は開いた。……いや、違うな。“ 歪んで壊れて隙間が出来た ”、と言った方が正しいか。ヒデは出来た隙間を更に蹴りを入れて入り口を完全に壊し、片開き式の檻の扉を強引に開ける。
正規の手順は踏んでないがとにかくよくやったヒデ。グッジョブだ。
こいつは若年寄という過去の仇名に似合わず、こうして時たま熱血な部分を見せる時がある。敵に回すとすこぶる厄介だが、味方にすると頼もしい限りだ。
この小柄巨乳女を解放しようと、寝転がっている白十利の両足首をグイと捕まえて一気に罠の外に引きずり出すヒデ。その荒々しい所業に、ヒュウッと賞賛の口笛を吹いたのはシンだ。
「おい動くな。今解いてやるからおとなしくしてろ」
「ふやあぁんっ!?」
無事に檻の外に出すことが出来たのでヒデは縄を解き始めたが、かなりの手練手管な人間がキッチリと縛り上げたようで、解くのに難渋しているようだ。
この場の成り行き上、救出担当はヒデ一人となったため、俺達はその不器用で手間取るレスキューっぷりを後方からアホのようにただ眺めるしかすることがない。
「ふぁっ…! あぅんっ、ふやぁんっ!」
縄が身体に食い込んで痛いのか、ヒデが縄を解こうと力を入れる度に未だに寝転がった状態で白十利が大きく身悶えしている。締め付けられた縄からはみ出す肉感が、これでもかとばかりにエロスを広範囲にふりまき中だ。
中でも特に胸の動きがヤバい。
縛られているせいで不自然に前方に盛り上がっているため、上下左右、普段では絶対にお目にかかれないような妖しくも軽快な動きを見せていやがる。
「柊兵見て見てっ。ヒデの耳の後ろ、真っ赤になってるよっ」
尚人が不意に俺の右腕をつつき、笑いをかみ殺した声でヒソヒソと話しかけてきた。
見てみると確かに赤い。血潮が滾っているようだ。多分相当の熱も帯びているだろう。
表面的には冷静に見えるヒデも、どうやら内心はかなり動揺しているらしいな。まぁ、クラスメイトのこれだけ非現実的で妖艶な姿を見たら当然といえるかもしれん。
しかしそれでも正義感が強いヒデは何とか麻縄をほどこうと諦めることなく悪戦苦闘を続け、その度に「はふんっ」、「あふんっ」、「むふんっ」と身をくねらせて赤い顔で悶え続ける白十利。
そしてその一部始終を遠巻きではあるが熱い眼差しでひたすら凝視する俺ら。
……あぁ、はっきり言って異様な光景だ。自分でもそれはよく分かってる。