ツインカム・エンジェル! <2>
── 夢を見た。
ネコに襲われる夢だ。
元々夢見が悪い方なのか、俺は昔から毎夜見ている夢を滅多に覚えていない代わりに、記憶に留まる夢はほとんど悪夢という悲惨な体質だ。
今回俺のレム睡眠がご丁寧に見せてくれやがった悪夢は、よりにもよって真っ白いネコが俺にその身体を摺り寄せてくる夢だった。
逃げ出したくてもなぜか俺の身体はまさにこれから人体実験される生贄のように、手術台に革のベルトで手足をしっかりと固定され、身動きが一切出来ない状態になっている。
白ネコはニャーニャーと甘ったるい声で鳴きながら、まず俺の腹の上にヒラリと飛び乗った。
「あ、あっちに行けって!!」
首にも革ベルトを巻かれているがそれがぎりぎりと喉仏に食い込むのも構わずに、必死に四十五度まで頭をもたげて怒鳴りつける。
しかし白ネコはまだ子猫のせいか全然ビビる様子を見せず、相変わらずみーみーと鳴きながら俺の顔目掛けて一直線に身体の上をトコトコと軽快に歩いてくる。
「くっ、来るなぁ──ッ!!」
一歩一歩近づいて来るたびにどんどんと大きくなる、つぶらなネコの瞳に悪寒が走る。
ついに白ネコは首元にまで来ると、絶妙のマウンテンポジションからじぃっと真下を見つめ、
「んにゃっ」
と鳴いた後、その小さい舌でぺろぺろと俺の顔を舐め始めた。
ぎゃぁあああぁぁぁぁッ!! やっ、止めろぉぉぉぉぉ――ッ!!
必死に顔を背けてもネコの奴は俺の顔を舐めるのを止めない。とうとう口までガッツリと舐められた。
おい、ファーストキスがよりによってネコかよ……と、この時まだ夢の中と気付いていない俺は色んな意味で気が遠くなる。
その時、ふと気付いた。
……この感触、全然ネコの舌っぽくねぇぞ? ざらざらしてねぇし。
どっちかっていうと人間のある部分の感触に近いような気が……。
・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・
── 俺の意識は一気にここで覚醒した。
目を開けた時のこの光景を俺は墓場まで忘れないだろう。
俺の顔の上に二人の女の顔があった。説明するまでもなく美月と怜亜だ。熟睡していた俺はこいつらに同時にキスされていたのだ。
上空から何やら激しいシャッター音。
ニヤニヤと下卑た笑い顔を浮かべたシンが、デジカメを俺らに向けて何度もシャッターを押している。
「あ。柊兵、起きちゃった。ね、シン、ちゃんと撮れた?」
俺から口を離した美月が上を振り返って聞いている。っつーか美月はなんでシンを気軽に呼び捨てにしてんだ?
「バッチリっすよ、美月ちゃん!」
片目をつぶり、グッと親指を突き出すシン。後で絶対に殺す。
怜亜も唇を離し、「楠瀬さん、どうもありがとう」と丁寧に礼を言っている。
おいおい、こいつら、いつのまに仲良くなってたんだ?
……本来の俺なら二人の女に同時にキスされている事を知った時点で、動悸が激しくなり呼吸困難でも起こしかねなかったが、自分が理解できる範疇のレベルを飛び越えた状況だったために思考はその活動を緊急停止していた。
その後、ようやく白濁していた思考が活動を再開すると、混乱は逆上へ向かって一直線の経路を突き進み出す。
今の状況を把握した俺の目に怒りの色が表れ始めた事に気付いたシンが素早く釘を刺してきた。
「言っとくけど柊兵、俺らに怒るのは筋違いだからな? 俺らは美月ちゃんと怜亜ちゃんに頼まれて、仕方なーくやったんだからな。そこんとこよろしくっ」
「そうよ、柊ちゃん。悪いのは全部私たち。だから怒るなら私たちを怒ってね」
すぐ側の至近距離で怜亜が両手を合わせて頼み込んでくる。バカ野郎、女をどつけるかっての。
「皆、どうも協力ありがとうね! これでまず今年の目標の一つは達成よ!」
美月の声高らかな勝利宣言に男共が「おぉ~!」と感嘆の声を上げながらパチパチと手を叩く。
目標ってなんだよ、おい!
「ねぇ怜亜、ちゃんと同時に半分こずつに出来て良かったよね!」
「えぇ!」
── だからなんのことなんだっての!
左袖で乱暴に口を拭い芝生から素早く身を起こすと、まずは周りを囲んでいるシン達を、次に両横にいる美月と怜亜を無言で睨み付けた。
しかし美月はへへへっと得意げに胸を逸らし、怜亜は柔和な顔で微笑んでいる。
この銀杏高の女達の中で俺の睨みに全然ビビらないのはたぶんこいつら二人ぐらいだろう。
「あのね柊兵、あたし達決めたんだ。これから柊兵のことは何でも半分こしようって! ねっ、怜亜?」
「そうよ、柊ちゃん。美月も、私も、柊ちゃんのことが大好きだからなんでも半分こなの。でね、今回は柊ちゃんとの初めてのキスを半分こすることにしたのよ」
……全然意味分かんねぇ!
「だからぁ、柊兵の唇を真ん中から半分に分けて、左の口角までをあたし、右の口角までを怜亜って決めて、今日のお昼に奪いにきたんだ! ヒデやシン達に協力してもらってね! まぁでも二人で同時にキスしたから口の端になんとかぎりぎり触れたくらいだけどね」
……そうかっ、だからシンはさっき急に昼寝をしようなんて言い出しやがったのかっ……!
「でもいいじゃない。それでもちゃんとキスできたわ。あ、楠瀬さん、カメラありがとう」
怜亜がシンからデジカメを受け取ろうとした所を横からすかさず横から奪い取る。
「あん、柊ちゃん返して」
「おっ、お前ら! 俺にもうまとわりつくんじゃねぇって言っただろッ!?」
「でもあたし達は柊兵のことが好きなんだからしょうがないじゃん!」
「だっだから、おっ俺の都合も考えろ!」
「だって柊兵、彼女いないんでしょ? ヒデから聞いたよ?」
「だから私たち、柊ちゃんを仲良く半分こしようと思って……」
おい、だからその≪半分こ≫、っていう思考がそもそもおかしいだろ!?
そう言いかけてふとあることを思い出す。
── 美月と怜亜の父親は同じ製薬会社に勤めている。
だから小学生の頃、美月と怜亜はその製薬会社が契約しているマンションに住んでいた。要は社宅みたいなもんだ。
同じ建物に住み、同じ年で同じ性別。こいつらが親友になるのもまぁ当然の成り行きみたいなものだったのだろう。
事実、こいつらは友達というよりは姉妹……、いや、同い年だから双子のように育っていた。
こいつらはいつも一緒だった。
俺は小学四年の時に転校してきたこいつらと同じクラスになって、その後の小学校を卒業するまでの三年間、ヒデと四人でそれなりに仲良く遊んでいたような気がする。中でも美月は俺やヒデと同じ道場に通い始めたのでよく一緒にいた。
しかし中学にあがる年の三月に、美月と怜亜の父親に同じ都市への転勤辞令が出て、こいつらはまたも仲良く引っ越していったのだ。
転勤先が同じ場所だったので、中学以降もこいつらはずっと仲良しこよしをしてきたらしい。そして今年の九月に親達の転勤期間が終わり、美月と怜亜は半月前に再びこの街に帰ってきて、この銀杏高校に編入してきた、というわけだ。
そういや、小学生の時、よくこいつらは何でも半分に分けていたな。
それは美月と怜亜にしてみれば双子のように育った親友として当たり前の行為なのだろう。
……しかし男まで半分に分けようだなんて頭おかしくねぇか?