まさに足手まといだな
ギラつく太陽に照らされた、熱砂の上に設けられた待機場所。
ほとんどの女がジャージの上を脱いで半袖の白いTシャツ姿になっている。
そこで俺を待っていたのは──、
「柊ちゃんっ!!」
―― 怜亜か!!
女共の群れの中にいた怜亜が俺に気付いたのと、俺が怜亜を見つけたのはほぼ同時だった。
急いで駆け寄った俺に怜亜が飛びついてくる。だがすがりついてきたその顔はなぜか今にも泣きそうだ。
「柊ちゃんっ、早く美月を助けて!」
「なに!? 美月はどこだ!?」
「先生たちに連れて行かれちゃったの! 本当は美月が待機者で、私に捕虜の役割が割り当てられていたのに、美月が “ 捕虜の方が危険そうだからって絶対にあたしが行く ” ってっ……! だから柊ちゃん、早く美月を……!」
ここから先は声が詰まって言葉にならなかったらしい。怜亜の黒目がちな瞳がますます潤みだす。
しかし今さらな事だが、こいつらのお互いを思い合う気持ちの強さは半端じゃねぇな……。
そのあまりの真っ直ぐさに、“ 幼い頃からの親友だから ”、というその真の理由すらも陳腐に感じちまうくらいだ。
「分かった。怜亜はここでおとなしくしてろ。いいな?」
気が動転しかかっている怜亜を落ち着かせるため、できるだけ自信たっぷりな様子で請け負ってみせる。するとそれが功を奏したのか、怜亜はホッとしたような表情で「うん」と素直に頷いた。
「よし、じゃあ暑いからその下に入ってろ」
防水布の下から飛び出してきた怜亜の頭上にもこのギラつく直射日光が遠慮なく降り注ぎだしている。身体があまり丈夫でない怜亜が日射病でもおこしたらヤバい。急いで日除けの下へと誘導する。
「しゅ、柊ちゃん……」
急に怜亜が顔を赤らめ、また例によってネコに似た動きでもじもじと恥ずかしげに身をよじらせはじめた。なんなんだこいつは。
「どうした?」
「えっ、あ、あの……、か、肩……」
「肩?」
早く怜亜を日陰に入れてやろうと焦っていたために気付かなかったが、何気にこいつの右肩をがっしりと抱いてしまっていることに今頃気付く。
「ちょっとちょっと~、原田くんってば大胆すぎな~い!?」
「ホントホント! 私たちがいるのにね~っ!」
「こんだけ暑いんだから、これ以上暑っ苦しいシーンを見せつけないでほしいんですけどぉ~?」
日除けの下にいた他の女共が俺のこの行動を見て、ピーチクパーチクとやかましくざわめきだした。
無意識で行ったとはいえ、またしても周囲の見世物になりかけているので慌てて怜亜の肩から手を外し、小声で詫びをいれておく。
「わ、悪ィ、怜亜」
「ううん……私……」
怜亜は遠慮がちに俺を見上げ、何かを言いたげな顔をした。しかし怜亜が言葉を発する前に女共の群れの中から今度はどでかい声で罵声が飛んでくる。
「原田くんっ! あんたいい加減にしなさいよっ!!」
出やがった。
E組クラス委員長、宮ヶ丘が再び降臨だ。ということはこいつも怜亜と同じステイヤーなのか。
女共の群れの中から立ち上がった宮ヶ丘は俺を指差し、さらに怒鳴りつけてくる。
「そうやって下級生から同級生まであちこちで色んな女の子を垂らしこんで恥ずかしくないわけ!? あんたのような男をね、正真正銘のロクデナシっていうのよ!」
なんでこいつにそこまで言われなきゃなんねぇんだ!?
鋭い視線を飛ばし、引き続き罵声を浴びせながら宮ヶ丘は俺にどんどんと近づいてくる。
「そうよ! 今日こそ確信したわ! 原田柊兵っ、あんたという存在がE組の風紀が乱れる大原因なのよ! 先生の指示はいつもろくに聞かない! 授業態度は最悪! その上女グセまで悪いんじゃ救いようがないじゃないっ! あんたみたいな男はね、いっそのこと学校を辞めてその穢れた煩悩を振り払うために頭を丸めて出家でもし…きゃああぁっ!?」
目の前に迫ってきていた宮ヶ丘が台詞の途中でなぜかいきなり消えた。
いや、違うな。単に前方にスッ転んだせいで一瞬視界から消えただけか。
「いったぁ~! もう! これも全部原田くんのせいよ! やっぱりあんたと関わるとろくなことがないわ!」
なんだと!? 言いがかりにもほどがあるじゃねぇか!!
だがこいつ、しっかりしてそうで意外と鈍くさいところがあるんだな……。
……と思ったが実はそうではなかった。
「おい宮ヶ丘、何の真似だそれは?」
宮ヶ丘の左足首に頑丈そうな足かせと鈍く光る太い鎖が装着されている。
これが転倒した原因か。
どうやら俺の立っていた場所がこいつの鎖の届く範囲外だったせいで、詰め寄ろうと近づいた時に派手にスッ転んだらしい。
「柊ちゃん、それは先生達がつけたの。ステイヤーの子には全員ついてるわ」
今の騒ぎを見ていた怜亜が口を開く。
怜亜の足元を見ると、確かにそこにも同じ物がガッチリとはめられていた。
さっきの手錠に引き続き、拘束グッズ第二弾は足かせかよ! 教師の奴ら、どんだけ捕らえる事に執着を持ってやがんだ!?
「うわっ、ヒドいことするなぁ!」
後方で俺らの成り行きを見守っていたシンがまだ整いきっていない荒い息を吐きながらゆっくりと近づいてくる。
「しかもこれじゃあステイヤーからアサルトに役割変更して戦闘に参加しようと思ったってできないじゃん!」
そして同じくこの拘束具を見た将矢も憤りを隠さない。
「俺のカワイイ怜亜ちゃんにこんなヒドいことするなんて許さねぇ!! 待ってろ怜亜ちゃん! 今それをぶっ壊してやるよ!」
両手の指を組み合わせ、バキバキと威勢よく鳴らしながら将矢が近づくと、怜亜が慌てて諌める。
「待って将矢くんっ、壊しちゃダメ! この足かせを外すには鍵がいるの!」
「鍵だってぇー!?」
「えぇ、鍵は美月が持ってるわ。だから美月を助けないと、私も動く事ができないの。それがルールみたい」
……おいおい、何だか七面倒くさい事になりそうな予感満載だな……。
なるほどねぇ、と、状況を飲み込めたシンが大仰な身振りで溜息をついてみせる。
「ということはさ、結局のところ囚われのプリズナーちゃんたちを俺らが救助してあげないと、麗しのステイヤーちゃんたちはここにいつまでも強制抑留しちゃいますよ~? ってことだよな。先生たち、やることが陰険すぎだぜ……。ところで怜亜ちゃん、大丈夫? 足首痛くない?」
「うん、大丈夫よ。ありがとう、シンさん」
怜亜は自分の身を案じてくれたシンに向かって微笑むと、その笑顔をそのまま俺に向けて手を差し出した。
「はい、柊ちゃん、これ持っててっ」
「なんだ、これは?」
渡されたのは小指ほどの大きさの小さな鍵だ。
「先生たちのお話だと、美月たちは檻に閉じ込められるみたいなの。これはその檻を開けるための鍵だって言ってたわ。だから柊ちゃんが持ってて」
「分かった」
鍵を受け取ると、尚人が怜亜の右腕付近を指さす。
「ねぇ柊兵、怜亜ちゃんが持っているその賞牌はどうする? 柊兵がまとめて持つ? それとも怜亜ちゃんにそのまま持っていてもらう?」
怜亜の腕に巻かれている腕章の色は俺と違って白だ。そして中には例のメダルが一枚入っている。どうやらそれがステイヤーに渡された賞牌らしいが、俺が所持している物よりは二回りほど小さい。
これは恐らく “ 部隊長が賞牌を奪われれば即ユニット全滅 ” のルールに即した故の措置と見るべきだろう。奪った賞牌が部隊長に支給された物なのかがすぐ分かるよう、大きさで区別していると見た。
「確かこの待機場所で賞牌を奪い合うのは禁止なんだよな? じゃあそいつは怜亜にそのまま持っていてもらったほうがいいんじゃないか」
俺が答えるより先に、我がユニットのご意見番的存在でもあるヒデが身を乗り出してきて的確な指示を出す。
「いいな? 怜亜」
「えぇ、分かったわ」
ヒデに促された怜亜は真剣な面持ちでコクリと頷くと、右腕の腕章を左の掌でぎゅっと押さえた。
「それで怜亜、美月はどの辺りに連れて行かれたんだ?」
「よく分からないの。私たちは全員海の方を向かされてその間に連れて行かれちゃったから……」
「おおよその方角もまったく分からないのか?」
「うん、ごめんねヒデちゃん……」
落ち込む表情の怜亜のフォローに入ったのは尚人だ。
「気にしなくていいよ怜亜ちゃん。自分たちは電動ガンで、そんで僕らにはこんなオモチャの銃しか支給しないような先生たちが、そんなあからさまに手がかりになりそうな情報を残していくわけ無いよ。ねぇ柊兵?」
「あぁ、とりあえずは森の中に入って手当たり次第に檻を探してみるしかないな」
となればすぐに出立だ。
行くぞ、という俺の号令で奥地に向けて全員で走り出す。
しかし海岸を去る間際、一人残される怜亜の不安そうな表情が視界の端に入ってきた。
畜生、そんな心細そうな顔すんなって……。
── 駄目だ、このままじゃどうにもすっきりしない。
そこで一度去りかけた足を止め、踵を返すと急いで怜亜のところに駆け戻る。俺がいきなり戻ってきたので怜亜はびっくりしたような顔になった。
「大丈夫だ、すぐに美月を助け出すから何も心配するな」
そう言い、怜亜の頭を一度だけ撫でてやった。そしてふと小学生の頃を思い出し、昔は気恥ずかしくてどうしてもできなかったあの当時を思い出す。
突然自分のところに戻ってきたかと思ったらいきなり頭を撫でられてさらに面食らったのだろう、怜亜は何度も瞬きをし、口ごもりながらも礼を言ってくる。
「私っ、柊ちゃんのこと信じてるからっ! それに、私、柊ちゃんのこと、大好きだからねっ?」
れっ怜亜の奴、いきなり何言い出してやがんだ!!
とりあえずは素っ気無い振りで「あぁ」と流そうとしたが防水布の下で宮ヶ丘がキツい表情で俺を睨んでいるのが視界に入る。
……そういや、話しかけておいて途中からこいつをほっぽりだしちまってたな。
触らぬ神にたたりなし、ここは即時退散した方がよさそうだ。
怜亜に片手で合図を送り、先に動き出していたメンバー達と素早く合流する。
ちなみに先ほどまで俺が運んでいた半死半生の荷物(=ウラナリ)は今度はヒデに背負われて嬉しそうだ。
「柊兵! どっちに進む!?」
先を進んでいた尚人が振り返り、進路の指示を仰いできた。
「とりあえず直進するぞ! 下手に右往左往してさっきの場所に戻れなくなっちまったらマズい!」
「了解!」
他のユニットはもうとっくに奥地へと特攻していったようだ。急がないとマズい。駆け足で更に奥地へと足を踏み入れる。
鬱蒼と木々が茂ったエリアを移動していると、時折どこからともなく聞こえてくる断末魔のような叫び声がマジで不気味だ。
「おぶぎゃあぁぁ――――っ!!」
「ひぃええええええ――――っ!!」
「ぎゃわわわわわぁぁぁぁ――――っ!!」
教師共と戦闘しているのか、それとも生徒同士で部隊長が持つ賞牌を奪い合っているのかは分からんが、すでにこの孤島一帯は問答無用のサバイバル戦闘エリアと化している。
ただし、俺の賞牌を奪いに突撃してくる奴はまだ一人もいない。
それを隣を走っていた尚人に言ってみたところ、
「そんなの当たり前じゃん。だって柊兵だもの」
というあっさりとした答えが返ってきた。
すると今度は先頭を走っていた将矢が俺の横にまで下がってきて、今後の行動方針に口を出してくる。
「なぁなぁ、二手に分かれたほうが良くないか? その方が早く美月ちゃんを見つけることができるんじゃねぇ?」
なるほどな。将矢にしては珍しく有意義な意見を言ってきたもんだ。
しかしすかさず尚人が「待ってよ」と異議を唱える。
「まだ先生たちがどんな手を使って攻撃してくるか分からないんだ。敵の出方も分からないうちに戦力を分散させない方がいいと思うよ」
「俺も尚人の意見に賛成だ。美月を助け出すまで戦力は集中して温存しておいた方がいい」
「そうだな、尚人の意見の方がリスクが少なそうだ。というわけで閣下、俺も尚人を支持でよろしく!」
ヒデ、シンと尚人の案に賛成意見が相次ぐ。
そこで先ほどから一人ブツブツと何かを呟き続けている最後のメンバー、ウラナリにも意見を聞いてみることにした。
「おい、ウラナリ。お前はどう思う?」
しかしヒデに背負われたウラナリは返事をしない。
「ボクはヒーローだ……ヒーローになるんだ……やれるさ……やってやる……クククク……」
口元に薄ら笑いを浮かべ、この不気味なフレーズを延々と詠唱している。
しかも根暗な声で韻を踏むように呟いているため、魔法使いの婆ァが世紀末に唱える禁忌の呪文のようにすら聞こえるのが不気味だ。
……尚人はこいつを買いかぶっているようだが、俺はこの時点ではっきりと確信した。
やはりこいつは使い物にならん。