美月と怜亜を速やかに救出せよ
まずは気合の入れ直しだ。
二種類の遊戯銃をそれぞれ手にした俺たちは伯田さんの元へと再び集う。
「私の声っ、ちゃんと後ろまで聞こえてるぅー!? 大丈夫ねーっ!? ではっ、これからいよいよ三年修学旅行のメイン企画っ、【 選ばれしWinnerを目指せ 】 を始めますっ!」
俺たちに呼びかける伯田さんの声が弾んでいる。
今回は全員が即座に自分の指示に従ったので、どうやら銀杏のアマゾネスはご機嫌モードに入ったようだ。時折思い出したかのように銃を撫でさすり、ますます声を張り上げる。
「ルールはさっき渡した紙に書いてある通りよ! でもそれは一先ず今日までのルールと考えていてね! 今日の戦闘で生き残った部隊数によっては、明日ルール変更が行われる可能性があるからっ! というか、たぶんルールは変わっちゃうと思うわっ! だって意気地の無い君たちがたくさん生き残るとは思えないもの!」
……伯田さん、随分と自信ありげだな。
腰抜けと罵倒されたことはムカつくが、このミッションがスタートしたら一瞬たりとも気を抜くことは出来なさそうだ。
「さぁ始めるわよぉーっ!? ここからあの森を横道に逸れないで真っ直ぐに抜けると待機ポイントがあります! まずはそこで自分たちの待機者を見つけ、捕虜に関する情報を入手すること! それとここに用意してあるペットボトルを各自一本ずつ持って行くことを忘れないで! もし戦闘中に負傷したり、水の補給が必要になった時はステイヤーの待機ポイントまで戻ること! いいわね!? ではバトル・スタ…」
「待ってください!! 質問ですっ!!」
伯田さんの号令で今まさにバトロワの火蓋が切って落とされようとしたその刹那、この期に及んでまだ質問をしようとする奴が現れた。
しかしそのKY野郎が俺の横にいた尚人だったと分かった時、俺らの部隊に動揺が走る。
「ちょ尚人、今頃質問かよ!?」
シンの意見も尤もだ。
さっき伯田さんが二度も質疑応答タイムをわざわざ設けたのに、こいつは今さら何を聞きたいって言うんだ?
出鼻を挫かれた伯田さんが鋭い視線で尚人を見る。
「何かしら真田くん……?」
チッ、電動ガンを持ち直しやがった!!
このままだとあの短気なアマゾネスが電動ガンをぶっ放す危険性がある。ついさっき何かあったら助けてくれと尚人に言われてるし、念のためにスタンバイしておいた方がいいかもしれん。さりげなく尚人の斜め前に立ってガードできる体勢を取る。
しかし俺らのこの緊迫した空気をまるで感じていなさそうな完璧なスマイルで、尚人は伯田さんに微笑みかけた。
「質問があるんです! いいですよね先生?」
尚人に笑いかけられた伯田さんの顔が赤くなった。
「……も、もう、仕方ないわね……。はっ、早く言いなさいっ!」
そんな伯田さんの様子を見たシンが、「伯田先生顔赤くね?」と小声で話しかけてくる。
「あぁ、赤いな」
「必殺の尚人スマイルで伯田先生まで骨抜きかよ? さすが年上キラーだな……」
「確かに大したもんだな」
年上女に絶大な求心力を持つ尚人の保持スキルの高さに感心している俺たちをよそに、ジャージのポケットにしまっていたミッションの文書を尚人が再び取り出した。
「ここに書かれているルールの中で確認しておきたいことがあるんです」
「どこかしら?」
「反則行為についてです」
尚人は伯田さんに向かってプリントの該当箇所を指さす。
「与えられた武器以外、素手などでの教師への暴力行為は一切禁止する、とここに書いてありますけど、これって要するに、先生たちに対しては拳で一切暴力をふるうな、ってことですよね?」
「えぇ、その通りよ。それをすれば即、部隊は全滅扱いになるわ。あと念のために言っておくけど、拳だけじゃなくて足技を使った攻撃ももちろん禁止よ」
「でも与えられた武器での攻撃はOKなんですよね?」
「もちろんよっ」
思わず手にしていた遊戯銃に視線を落とす。だがこんなオモチャの銃で教師共にどれだけのダメージを与えられるというんだ?
「分かりました。手に入れた武器でなら先生たちを攻撃してもいいってことですね」
「えぇ」
「それともう一つ」
尚人はここで急に笑うのを止めた。
そして伯田さんの顔を澄んだ瞳で真っ直ぐに見る。
「……伯田先生はこのバトルに参加していると思っていいんですか?」
「!」
伯田さんがギクリとした顔をした。尚人は涼やかな顔でわざと同じ質問を繰り返す。
「繰り返します。今、バトル・スタートって言いかけましたけど、先生は参加者なんですね?」
「わっ、私はまだよ!」
今までどこの鬼軍曹だ、と言ってやりたいぐらい偉ぶっていた伯田さんが急に焦り出し始めた。
「私もバトルの参加者だけど、今は君たちに今回のミッションを説明する役! だっ、だってこんな格好じゃ戦えないじゃない!」
伯田さんが着ていた白衣の前をガバッと大きく開いてみせる。
白衣の中の服装はブラウスにタイトスカートという、戦場に赴くにはおよそ不向きな格好だった。
「チェッ、そこまで脱ぐなら全部脱げばいいのによー」
時間にしてわずか二秒。
伯田さんの中途半端なサービスに一番最初にケチをつけたのはうちの部隊のエロ参謀、将矢だ。
「でも先生、結構おっぱいデケーな! ちょっとでいいからあとで揉ませてくんねーかなー!」
……おい。誰かこいつの脳を解剖してエロな分野の大幅な削除をしてやってくれないだろうかと真剣に考えちまった。
「きっ、君たちがスタートした後で私も戦う準備をすることになってるわ! だから今バトルがスタートしても先生を襲っちゃダメよ!?」
「了解です」
口の端をわずかに上げ、尚人が小さく笑う。
「じゃあいずれこの森の中で先生にお逢いする可能性もあるってことですね。……その時は僕らの敵として」
「そ、そうね。そうなるのかしら」
「分かりました。質問はこれだけです。僕、先生に逢えるのを楽しみにしてます。ありがとうございました」
再び極上スマイルに戻った尚人に呑まれたままの伯田さんが再び電動ガンを上空に構える。
「じゃっ、じゃあ皆、いいわね!? 行くわよ!?」
俺らは全員前傾姿勢を取り、走り出す体勢を取った。
「選ばれしWinner争奪戦っ、バトル・スタート――――ッ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!!!!!」
電動ガンの発射音と同時に野生を帯び始めた咆哮が勇ましく響き渡り、ユニットの大多数が一斉に走り出す。目指すはステイヤーとやらがいる待機ポイントだ。
シンの策略とはいえ、部隊長という役割を引き受けちまった以上、一応俺が場を仕切らなければならないだろう。
そこで、シン、ヒデ、尚人、将矢、そして影が薄いために今まですっかり存在を忘れていたウラナリに向かって「行くぞ!」と号令をかけると、ヒデ以外のメンバーは俺のかけ声にすぐ呼応した。
「よーし、行きますか閣下!」
「急ごう柊兵!」
「よっしゃあ! 全員ぶちのめしてやるぜーっ!!」
「ヒーロー……、そう、僕はヒーローだ……クククク……」
伯田さんの足元にあったミネラルウォーターのペットボトルを一本鷲掴みにし、先頭を切って走り出す。
……ん? この水はもしかして 【修学旅行準備品】 として俺らが用意させられた物か?
となると、やはり各クラスで用意させたあの意味不明なグッズの数々はこのサバイバルバトルでどれも何かしら意味のあるものだと考えるべきだろう。
走りながらそんな事に思いを巡らせていると、すぐ背後から俺に向かって怒鳴るヒデの声が聞こえてきた。
「柊兵っ! お前は賞牌を持ってるんだから気を抜くなよ!!」
―― そうだった。
頭の中が教師共のことばかりになっていたが、もうこの右腕に装着されている賞牌をいつ周囲の部隊に奪われてもおかしくないわけだ。
走りながら右腕に手を伸ばし、そこに腕章と特大メダルがあることを確かめる。
部隊同士の小競り合いがすぐに始まるかと思ったが、どの部隊も今はステイヤーの待機場所へと一目散に駆けている。やはり女か。女共が気になるのか。
とはいえ、今はまず美月や怜亜の無事を確かめることが先決だ。こちらとしても今襲われないのはありがたい。
しかし森に飛び込み、三分も経たない内にいきなりアクシデントが発生だ。
「ふぁ、原田く~~ん、待ってくれよぉ~~」
と、今にも死にそうな声が後方から聞こえてきた。
急停止して振り返ると、フラフラとしたあまりにも危なげな足取りで 【 自称・ヒーロー 】のウラナリ・本多が必死に後をついてきている。
俺たちがこのままハイペースの疾走を維持すれば、こいつは十中八九行き倒れるな。もう完全に息が上がってしまっているし、間違いない。
まだ部隊長に就任して間もないというのに早速こいつの処遇を決めなければならなくなったようだ。一体どうしたもんか。
美月と怜亜を一刻も早く助けなければならないからこのペースを落としたくはない。かといって、一応は縁あって同じ部隊のメンバーとなったウラナリをこのまま見捨てていくのもなんだしな…………、仕方ねぇか。
「しゃあねぇな。ほら、背負ってやるから乗れよ」
ウラナリの側にまで駆け戻り、乱暴に背中におぶる。
すると厄介なことに、これが奴の心に悪い意味で熱いものを呼び覚ましてしまったらしい。
「おぉ原田くん……! 真田くんだけじゃなくて君も僕の事を信じてくれるんだね! 原田くん、僕は誓うよ! きっと、きっとこのバトルでヒーローになってみせるっ!」
と俺の背中の上で勝手に高揚し、一人熱血宣言をかますウラナリ。
はっきり言ってウザいことこの上ない。
「さすがは我らの柊兵閣下! そのような一兵卒ですら見捨てずに助けるとは大したものです!」
俺の横を伴走しながらシンがニヤけた面で茶化してくる。
「うるせぇ! いいから黙って走れ!」
「了解! では閣下、お先にっ!」
シンはそう言うと走るスピードを軽やかに上げ、俺の前へと進み出た。
ウラナリを背負ったせいで俺の走る速度はガクリと落ちたが、それでもこいつを走らせるよりはずっとマシなペースだ。そして目の前を走る仲間の背中を見てふと思う。
……なんだかんだ言ってこいつら全員、体力はそこそこにあるんだよな。
ヒデは当然として、将矢もヒデを上回るくらいのタフさを持つ男だし、敏捷性にも優れている。
シンが割合涼しい顔をして走っているのが意外だが、そういえば相互親睦祭典の時に昔バレエをやっていたと美月に言っていたな。その時の鍛錬が影響しているのかもしれん。
四人の中では尚人が若干遅れ気味だが、それでも平均的なスピードは出ているはずだ。
これは手抜きなしのガチで挑めば、俺らが 【 選ばれしWinner 】 になる可能性も充分にあるかもしれん。
遅れを取り戻そうと必死に走る。
とにかく先行している他の部隊に追いつくことが先決だ。
大小様々な木々から生い茂る葉が上空から差し込む太陽の光を一斉に遮っているため、森の中は薄暗い。スニーカーの底面が地面を蹴る度に、完全に水分を失っている枯れ枝の群れが痛々しい音を立て続ける。
さすが未だ人智が及んでいない孤島なだけのことはあるな。目線を時々下に向けてできるだけ走りやすいフラットな面を探してはみるが、ほとんど見当たらないときている。
しかし伯田さんの進言通り休まずに走り続けたせいもあって、そう大して時間もかからずに反対側の海辺に出ることに成功した。
―― 眩しい。
森を抜けた瞬間に強い直射日光が全身に降り注ぐ。
両目を襲うその眩しさに思わず顔の前に手をかざしたくなったが、ウラナリを背負っているので両手が使えない。苦肉の策で目を思い切り細めた時、俺らの中で海辺に一番早く到着した将矢が勢い込んで叫んだ。
「見ろよ! あそこに女たちがいるぞーっ!」
目の前に再び砂浜が広がる中、将矢が興奮状態で前方を指差す。
波打ち際から少し離れたその地点には大きな防水布が設営されており、日陰の空間を提供している。そしてその作られた快適日除けエリアの中で多くの女共が身を寄せ合ってひしめき合っているのが見えた。
美月か!? 怜亜か!?
そこにいるのはどっちだ!?
緊張が走る。
女共の群れに駆け寄る前に背負っていたウラナリを豪快に砂浜に落とす。「ぎゃふん」という情けない声が後方で上がったが今はそれどころではない。
背中の荷物を無事排除できたので、息を切らせて一気に駆け寄る。
そして俺が知りたかった答えはすぐに判明した。