腐れ縁ってのは時には厄介なもんだな
明るいイエローや鮮やかなオレンジが目に刺さる。
開けられたダンボール箱の中に所狭しと詰め込まれていたのは、そんな安っぽい色で塗られたプラスチックの玩具だった。
別箱には目を保護するためのゴーグルも入っている。
だがゴーグルはやたらと頑丈で本格仕様なタイプのため、この玩具との組み合わせとして使用するには全くといっていいほど不釣合いだ。
「なんだよこれ!? オモチャの銃じゃんか!!」
俺らの中で一番初めに武器を手にした将矢が声高に叫ぶ。
「うん。これ、どう見ても子供用の遊戯銃だよね」
銃の一つを手にし、尚人があちこちの角度から検証を始めた。
「えーと、ここを引けば弾が装填されるのかな? …よっと」
銃身の上部にあるスライド部分を後方にガシャリと引き、少々ぎこちない動作で銃を構える尚人。ちなみに狙った標的は将矢だ。
「おおおおい尚人っ! なんで俺を狙うんだよっ!?」
超至近距離でいきなり自分に照準を定められた将矢は当然慌てる。
「んー…、なんとなく? だって将矢が一番僕の近くにいるしさ」
「バッ、バカ野郎! だからって味方を狙う奴があるかよ!?」
「細かいことはいいじゃん。ま、試し撃ちってことでよろしく!」
そう言うと尚人は全くためらうことなくトリガーを引いた。
一秒遅れで空気圧の音が漏れ、シュポッ、という音と共に勢いよく飛び出した弾はなぜか将矢の額のど真ん中にペタリと見事に張り付く。
「あははははっ! スゴイや! この弾くっつくんだ!」
その間抜けな様を見た尚人が爆笑し、将矢は自分の額についた弾を乱暴にむしり取ると、その先端を見てまた叫んだ。
「何だこの弾!? 先っぽに吸盤がついてんじゃん! ふざけてんのかよ!?」
「ねぇ将矢! 面白いからもうちょっと撃っていい?」
「あぁん!?」
「あ、動かないで!」
ターゲットの許可も得ず、二度、三度、四度と銃身を素早くスライドさせて尚人はトリガーを引き続ける。そしてあらかじめ銃に装填してあった弾を全て撃ち切ると、満足そうにトリガーから指を離した。
「あー面白かった! この銃、六連発撃てるみたいだね!」
「……尚人、お前なぁ……」
将矢が恨めしそうな声で尚人を呼ぶ。
額に吸盤つきのソフト弾五発をぶらぶらと付けたその姿は、さながら間抜けなハリセンボンのようだ。
「ごめんごめん! でもこの弾、スポンジ弾だし全然痛くないだろ?」
「痛くはねぇけどさ、でも味方を撃つなんてあんまりだぜ……」
「もう撃たないから機嫌直してくれよ。あ、今度女の子紹介するからさ!」
「エエッ!? 尚人、それマジッ!? 絶対に約束だぞ!? じゃあ許す! ソッコーで許す!!」
……なんて現金な野郎だ。
将矢のチャラさには毎度の事ながら呆れるが、目の前に女という名のニンジンをぶら下げられたら例え千里の道でも全力で走りきるタイプだからまぁ仕方ねぇな。
「なぁ、これでどうやって戦えっていうんだ?」
銃を目線の高さにまで掲げたヒデが話しかけてきたので、「あぁ、とても戦える代物じゃねぇな」と同意する。
ヒデが手にしているのは尚人が持っているタイプより一回り小さめの銃だ。その小型銃の銃口付近をしげしげと眺め、ヒデがまた口を開く。
「ほぅ、あまり意味がなさそうだが一応ここから照準を合わせる赤ライトは出るんだな……。だが俺らにはこんなチャチな物を与えて、教師共は伯田さんが持っているようなマジモードの銃で戦うってことだろ?」
「あぁ、恐らくはな」
「ということは、生徒側に反撃する機会を与えるつもりは全く無いってことになるな」
「まぁそう考えて間違いないんじゃねぇか」
この俺らのやり取りで、頭の回転が亀のスピード並みの将矢もようやく事の重大さに気がついたようだ。
「なんだなんだそういう事かよっ!? それじゃ俺たちは教師共の嬲り者にされるだけってことじゃんか!!」
すると、同じく俺らのやり取りを聞いていたシンがトリガーを人差し指にかけ、西部劇のガンマンのようにプラスチックの銃をグルグルと回転させながら大きく上空を仰ぎ見る。
「うーん、でも戦って勝ち残らないと豪華旅館に泊まれないしなぁ……。これは思ってた以上にシビアな現実なようですね……」
シンの動きにつられて俺もつい空を見上げる。
だが当然そこに正しい解答などあるはずもなく、一面の青空がただ広がっているだけだ。
「さぁ皆の衆、これからどうします?」
シンから発せられたこの意思確認に、普段は滅多に大声を出さないヒデが珍しく声を荒げる。
「どうするも何も無いだろう!? こんな武器しかなくてもやるしかない。美月と怜亜を見つけなきゃならんしな」
「うん、そうだよな。明らかに罠だと分かっていても、囚われの天使ちゃん達を助けに行かないとヒーロー失格ですよね。……よしっ! じゃあ早速最後の説明を聞きに行くとしますか!」
言葉に出したことで決心がついたのか、シンは遊戯銃を振り回すのを止め、伯田さんの元へと歩き出した。俺もその後について歩き出そうとした時、すぐ後ろにいたヒデに後頭部を拳で軽く小突かれる。
「柊兵、本当は今の台詞は俺じゃなくてお前が言うべきだぞ」
そう言うとヒデは右手首のスナップを効かせ、もう一度俺の後頭部に同じアクションを起こした。
「お前が部隊長だからってわけじゃない。ああいう事はお前の口から言ってこそ生きてくる台詞だろうが。しっかりしろ」
後頭部への打撃よりも、この指摘の方が何倍も効いた。
「済まん」と素直に詫びを入れると、ヒデは俺だけに聞こえるように声量を極限にまで落とし、もう一つの忠告をしてくる。
「……それと一つ言っておくが、助ける相手に差を出すなよ? 例えお前の気持ちがすでに決まっていてもな」
「何? ど、どういう意味だ!?」
「バカ、何年お前とダチやってると思ってんだ? お前が腹の底に隠している気持ちぐらいとっくに分かってる。さぁ行くぞ。あいつらを助け出してやらんとな」
言いたい事を言い終わったヒデが俺を追い越していく。
── 俺の気持ちが分かってるだと!?
畜生、ヒデの奴、好き勝手な事を言いやがって……。
しかしここでふと、以前ミミと行った甘味喫茶で同じような内容を言われた事を思い出した。
( それに元々男の人ってさ、女性に比べて自分の気持ちを隠すのがとっても下手っぴさんが多いしね。柊兵くんなんか特にそんなタイプよ? 本人は隠しているつもりでも周りにはバレバレなのっ )
……背中を一筋の冷や汗が流れたのが分かった。
ということはだ、も、もし、ヒデの言っている事が事実なのだとしたら、俺の気持ちは全てあいつにダダ漏れしちまっているってことなのか……!?
マズい! それは絶対にマズい!
まだだ。まだ言えない。
だが上手く気持ちを隠さないと、やがてはヒデ以外の奴らにも気付かれてしまうかもしれない。
だから全てのことにケリをつけるその時が来るまでこれからはもっと慎重に行こうと決意する。
自分自身を強く戒しめながら、俺はゴーグルを装着し、頼りない子供用の遊戯銃を握りしめ、伯田さんの元へと向かった。