お前らマッサージに注目し過ぎだろ
「さぁ多数決の結果が出ました!! では伯田大佐へのご報告をお願いします! おい皆っ、我らの原田部隊長に敬礼ッ!!」
シンの号令で、ヒデ、将矢、尚人、そしてウラナリまでもが俺に向かって一斉に敬礼をする。
「ちょい待て! なんで俺がコマンダーにならなきゃいけねぇんだよ!?」
このまま黙って言いなりになるのも業腹なので駄目元で拒絶する。するとシンは即座に敬礼を解き、突然マジな口調に戻った。
「よく聞け柊兵。いいか、このミッションにおいてコマンダーに課せられた最大の責務は、 “ 己の所持する賞牌を死守し、敵からの攻撃を蹴散らす ” ってことだ。それは分かるだろ?」
「それならヒデや将矢でもいいだろうがっ」
「いいや違うね。大いに違う。 “ 武闘派 ” っていうステータスがあるだけじゃ、まだ足りないさ」
シンは二度首を振り、俺の正面に回ると肩に手を置いてくる。
「お前は銀杏に入学早々あの乱闘騒ぎを起こした男だぜ? しかも一対五にもかかわらずあっさり勝っちまった伝説の男だ。そんな恐怖の有名人から賞牌を奪おうと襲ってくる命知らずな奴がそこらの腰抜け共の中にいるわけないだろ。なぁ皆?」
シンは仲間をグルリと見渡した後、同意を求める。
「うん、恐らくありえないね」
その求めに一番早く応じたのは尚人だ。そしてシンの後を継ぎ、俺の懐柔に回ってきやがる。
「だから柊兵をコマンダーにすればさ、一つ目の賞牌はかなりの確率で安全だってことになるよね。柊兵だってその理屈は分かるだろ?」
「だっ、だからと言ってだな…」
「それにさ、もしコマンダーが殺られれば、その時点で部隊全員が全滅っていう扱いになっちゃうんだ。すごく責任重大な役割だから、やっぱりここは柊兵でいくべきだと僕も思う」
「さぁっ残り1分よっ!」
長いポニーテールを大きく揺らし、伯田さんの声がまた響く。残り一分か……。
……まぁコマンダーになるぐらいは別にいい。揉めてる時間もねぇし、それよりも今は一刻も早く出撃して美月と怜亜を救出に向かわないとな。そっちの方が遥かに重要だ。
「ほら柊兵。時間もないしさ」
「分かったよ。行ってくりゃいいんだろ」
そう捨て台詞を吐いて歩きかけると、
「さすが閣下! あ、戦闘部隊名は閣下のお好きなように決めて下さって結構ですよ!」
と背後からシンの補足情報が追加される。
面倒臭ぇな、そんなもんまで決めなきゃいけねぇのか。
伯田さんの元に行くと俺が一番最後だったため、早く書けと急かされた。
言われた通り、ファイル内にあった用紙のトップ欄に自分の名前を書き、メンバー欄にはウラナリを加えた残り全員の悪友名を記載する。
「書けた? じゃあ原田君、右腕を出しなさい」
伯田さんは白衣の右ポケットから銀色のデカメダル、続いて反対の左ポケットから黒い腕章のような物を取り出すと、俺の片腕をいきなり掴む。
「まず右腕にこのアームバンドを巻きつけて……、はい、これが君が所持する一つ目の賞牌よ。これはかならずアームバンドのこのポケット部分に入れておくこと。賞牌をジャージのポケットに入れたりして見えない位置に隠すのはルール違反になるから覚えておいて」
伯田さんの手でアームバンドが俺の右腕にしっかりと装着され、中に賞牌が投入される。賞牌を入れるポケット部分が透明なビニールで出来ているのは、賞牌所持の有無を傍目からでも一目瞭然で分かるようにするための仕様らしい。
「分かったわね?」
伏せていた顔をいきなり上げたので、伯田さんの前髪が俺の鼻先をかすめた。
美月や怜亜とは違った良い香りが間の空間にふわりと漂い、一瞬だけ心臓がドキリと強く拍動する。思ってた以上に至近距離の存在になっていたので慌てて身体を後方にずらした。
「もうっ! いつも言ってるでしょ!? 人が聞いているんだから返事ぐらいしなさいよっ」
最終確認の呼びかけに無言で頷いた俺を叱ると、伯田さんはせっかく離した距離を勝手に縮めてきやがった。
「まったく君って子は初めて会った時からずっとそうなんだから……。今度君だけに特別個人授業をしちゃうわよ?」
── とっ、特別個人授業だと!?
そんな妖しげな妄想を掻きたてるような意味深発言をすると、伯田さんは素早くその場から立ち上がり、浜辺に群れる野郎共に向かって再び高い声を張り上げる。
「それとこれは本当は言いたくないけど、ルールだから話すわ! さっきあなた達だけで銀の賞牌を奪い合ってもミッションクリアにはならないと言ったけど、例え金の賞牌が無くてもとにかく五枚集めれば旅館の一泊権、【 グレードA 】 は獲得できます! でも選ばれしWinnerにはなれないから 【 グレードS 】 のスペシャル特典はないってこと! いいわね!?」
「伯田先生、言うの遅すぎね? それメッチャ重要情報じゃんか」
呆れた様子で腕を組み、シンが苦笑している。
「ってことはさ、個室露天風呂とか、アロマハンドマッサージとか、海の幸特上会席御膳の特典を諦めてグレードAを目指すのもありってことだよね……」
尚人が思案気な表情で口元に手を当てた。
背後ではまだ伯田さんがデカい声で熱弁をふるっている。
「でもあなた達っ! 男の子なんだからそんな中途半端なゴールなんか狙っちゃダメよっ!? 男の子なら戦いなさい!! 全力で戦ってっ、すべての敵を蹴散らしてっ、いざ頂上を目指しなさいっ!! グレードA狙いでいったりしたら先生許さないんだからぁっ!!」
「フッ、熱いな伯田さん。あんなに熱血な女だとは知らなかった」
いつもは物事に動じないヒデも、伯田さんのこのヒートぶりに感心した視線を向けている。
そこへシンが一度だけ手を鳴らした。
「さぁさぁ! ではどうしましょうか皆の衆? 俺らも意思を統一しとかないとな! あくまでTOPを目指すのか、それとも無難に安全地帯をGETしておくのかをさ!」
「俺はTOPを目指す方がいい」
一人目の意見が出た。
最初に自分の希望を言い出したのはヒデだ。
「伯田さんのあの熱い思いに打たれた。男なら頂上を目指そうぜ」
「おう! ヒデに賛成だ!! 俺も選ばれしウィンナーがいいぜっ!!」
二人目の希望も頂上派だ。
将矢はこれ以上ないくらいの邪な輝きをその童顔気味の瞳に滾らせ、その理由を叫ぶ。
「俺は絶対ハンドマッサージを受ける!! で、美人でちょいエロい感じのおねーさんにあちこち揉んでもらうぜ!!」
この身も蓋もない即物的な理由に尚人が吹き出した。
「ねぇ将矢。たぶん、っていうか絶対、マッサージのお姉さんは将矢の希望する部分を揉んでくれないと思うよ?」
「分っかんないぜー? うっかりおねーさんの手が俺の股間に滑ってくれるかもしんないじゃん!!」
「ハハハッ!! ないない! それはないって将矢!」
シンも大ウケしながらその嘲笑の輪に加わった。
「大体お前が想像しているハンドマッサージはもう明らかに別のサービスだよ! リンパハンドマッサージってそういうマッサージじゃないっての!」
「いや、俺は奇跡を信じる!! つーか、自らそこに股間を持っていく!!」
しかし将矢の奴もマジでしょうもねぇ奴だな……。こいつの頭の中はエロしかねぇのかよ。
アホの行く末を憂いていると、尚人が話しかけてきた。
「柊平はどっちがいいの?」
「お前はどうなんだよ尚人」
「んー、僕はどっちでもいいや。多数決に従うよ」
シンの意見も聞いてみるか。
「シンはどうなんだ?」
「そうだなぁ……。最初は安全策でグレードA狙いでいったほうが、と思ったけどさ、やっぱアロマハンドマッサージは魅力だよ。俺もグレードSにしとくわ」
「へぇ、シンも将矢みたいなこと考えるんだ?」
「はぁ!? 将矢なんかと一緒にすんなよ尚人!! 失礼すぎだろ!!」
尚人から意外そうな目で見られたシンが長髪を耳にかけ、むくれたように口を尖らせた。
「美月ちゃんたちのためだって! 女の子ならああいうアロマとかリンパマッサージとか喜ぶと思うからさ」
「あーそれは喜ぶね! 絶対に喜ぶよ! うん、僕も怜亜ちゃんが喜ぶならグレードS狙いでいく!」
……これで六人中四名が特別褒章を希望か。
ま、一応あいつの意見も聞いておくか。曲がりなりにも今はこの部隊のメンバーだしな。
「おいウラナリ。お前はどっち希望だ?」
そう尋ねると即行で返事は戻ってきた。
「もっちろんグレードSに決まってるじゃないか原田くん!! 僕のヒーローっぷりを君たちに見せ付けてあげますよ!! クククククク……!」
気色悪い笑い方で武者震いをするウラナリ。……うぜぇ。
だがこれで見事意見は一致というわけか。
「じゃあ決まりだな。俺らの部隊はあくまでもグレードS狙いで行くぞ」
「おうっっ!!」
浜辺に俺以外の五人の拳が突き上げられる。
俺ら全員の意思がここで一つになった。
「ではこれから皆に武器を支給します! でもまだお互いの賞牌を奪い合うのは禁止よ! ミッションがスタートしてから! じゃあ全員私の後についてきてっ!」
ファイルと電動ガンを手にした伯田さんが颯爽と島の中へ移動を始めた。俺らはその後をブレーメンの音楽隊のようにただゾロゾロとついて行く。
「これがメダルかよ! でっけぇな~!」
俺の腕に装着されている賞牌を見て、将矢が見たままの感想を言った。
「柊兵に一つ。そして待機者と捕虜にも一つずつ与えているんだから、怜亜ちゃんと美月ちゃんが残りの賞牌を持っているってことだよね?」
自分の予想の真偽を確認するため、尚人がヒデに意見を求める。ヒデは一度頷いた後、反対に質問を返した。
「だがステイヤーとプリズナーってのは一体どんな役割なんだ? まだ伯田さんから何も説明がないのが気になる」
「うん。僕はプリズナーっていう役割が特に気になるよ。だってつまりは “ 捕虜 ” ってことだろ? ひどい目に合わされてないといいけど」
「いや、ひどい目には遭ってないさ」
とすかさず割り込んできたのはシンだ。ヒデは鋭い眼差しをシンに向け、
「なぜそう思う? 確実な根拠はあるんだろうな」
と不機嫌な顔で理由を尋ねた。
「おいおいヒデ、お前さっきの伯田先生の話を聞いてなかったのか? このミッションで危ない目に遭わないように、ステイヤーとプリズナーのロールを女子に割り当てたって説明があったじゃん。しかもその指示は娑戸芭理事長直々のものだっていうし、だからきっと大丈夫だって」
「あぁそっか、そういえばうちの理事長は究極のフェミニストだもんね! それなら安心してもいいかも」
シンの予測に同意した尚人が安心したように笑った。
そこへ将矢が、「そういえば聞いたことあるぜ! 数年前の話らしいんだけどさ……」と娑戸芭理事長の又聞きエピソードを報告してくる。
「明け方に一時的に大雨が降って、学校の玄関前にでっかい水溜りができた時があったらしいんだ。で、そこを歩いたら靴が濡れちまうからって女子が水溜りを大きく迂回して登校していたら、そこにたまたま理事長が通りがかってさ、自分の着ていたロングコートをサッと脱いで水溜りの上にかけて女達を渡らせたらしいぜ!」
「へぇ、さすが “ 銀杏の華麗な女生徒悩殺 ” と言われるだけはあるなぁ。女の足を汚さないためとはいえ、コートを惜しげもなく水溜りへポイか……」
「さすがうちの理事長だよね。僕も見習わなくっちゃ」
この談話を聞いて感心しているシンと尚人に、「しかもその時着ていたコートは特注モンで、すげぇ高いヤツだったらしいぜ?」と将矢がまだ続きを喋っている。
そんな下らない会話をしている内に武器支給地へと着いた。五分と歩いていないので、背後を振り返ればまだ海が見えるくらいの近さだ。
「あの中に君たちへ与える武器が入っているわ!」
でかいダンボール箱が全部で六つ、一部草が剥げている地面に無造作に積み上げられている。
伯田さんがその箱群を指さして、次の指示を出した。
「ただし武器は必ず一人一つ! 複数所持しちゃだめよ!? それと武器の他に装備品もあるから必ずそれを全員装着すること! いいわねっ!? もう質問はない!? ないのであれば全員武器を取ったら最後の説明に入ります! では各自、箱を開けて武器を取りなさい!」
「うおっしゃあああー!!」
軍勢は一気にダンボールへと群がる。どうやらこれから教師共と一戦交える事が出来るとあって、全員闘争本能のボルテージが上がっているようだ。
バリバリと勇ましい音が鳴り、ダンボールが無残に引きちぎられる音があちこちから聞こえる。
「よしっ、武器ゲット! だ…ぜ……!?」
一番初めに武器を手にした奴のテンションが急におかしくなった。急いでそいつの背後からダンボールの中を覗き込む。
そして中にあった武器を目にした俺たちは、午前に配られた手錠やアイマスクの拘束グッズに引き続いてまたしても言葉を無くす羽目になった。