うぜぇヒーローが来やがったな
静まりかえる浜辺。
聞こえてくるのは寄せては返す波音だけだ。
俺ら全員、ひたすら無言で “ 娑戸芭理事長直筆サイン入り ” のプリントを眺める。
だがそれは決してアマゾネス・伯田の報復が恐ろしかったわけではない。この連絡文書があまりにも意味不明なため、半ば唖然としていたからだ。
「みんな最後までちゃんと読んだぁ~? 何か質問のある人はいるぅ~?」
電動ガンを両手で弄びながら伯田さんが俺らを見渡した。すると早速、
「しっつも~ん!!」
という間抜けな声が俺のすぐ側から発せられる。将矢だ。
「伯田せんせー! それってこれからこの島で俺らと教師でバトルするってことッスか~!?」
「えぇその通りよっ」
白衣をなびかせながら伯田さんが微笑む。
その笑みが保健室で怪我人や病人を迎えるいつもの優しい表情だったため、再び調子に乗った奴らが次々に質問を浴びせ始めた。
「せんせー! 賞牌って何スか!?」
「メダルのことよ。実物はコレ」
伯田さんはまず自分の眼鏡の位置を直し、次に白衣の内ポケットから銀色に輝く円形物を取り出して見せた。
見たところ直径約七センチくらいか。メダルにしてはかなりデカめのサイズだ。
「ちなみにこれが君たちに与えられる賞牌。銀色のタイプしか支給しないということを覚えておいてね」
「先生、質問ですっ!」
次に質問した奴は伯田さんの手に握られている凶器に対して未だ服従の態度を崩さず、きちんと手を挙げて丁寧な口調で尋ねる。
「それがまず僕らに三個与えられるわけですよね? あとの二個は先生達からぶんどって…いえ、いただけばいいってことですか?」
伯田さんが鷹揚に頷く。
「えぇ、先生方が持っている金の賞牌を奪ってもいいし、君たち同士で銀の賞牌を奪い合ってもいいわ。でも条件が一つだけあるの。それは先生方から必ず最低一つは賞牌を奪うこと。つまり、銀の賞牌を五つ集めただけでは “ 選ばれしWinner ” にはなれないってことよ」
「……結局のところ、教師共から奪わないと意味がないってことだな」
ヒデが確認するように復唱した。そこへ前に座っていた尚人とシンが揃って俺らの方を振り返る。
「でもさ、教師から奪うのは最低一つでいいなら、やっぱり残り一つはどこかの部隊から奪っちゃった方が早くない?」
「そうそう、尚人の言う通り断然その方がいいって! 幸い俺らのユニットは武闘派が三名も揃ってるんだしさ! あぁありがたやありがたや~」
シンは両手を合わせ、俺、ヒデ、将矢の順で伏し拝む。
このジョークに俺とヒデは苦笑し、能天気なアホ将矢は、「いや~そんなに褒められると照れちまうぜ!!」と一人ニヤついている。
「それより問題は人数だぞ」
真面目な表情に戻ったヒデが重々しく俺らに問いかける。
「自由行動の班メンバーは俺ら五人に美月と怜亜だ。人数が一人足りん」
「うん、そうだね。でも元々女の子の人数は少ないから、男をスカウトしてくるしかないんじゃない?」
尚人のこの尤もすぎる提案に対し、シンがここぞとばかりに熱弁をふるう。
「なら絶対腕っ節の強い奴な! 武闘派は多ければ多い方がいい!」
「でもよー、腕っ節が強い奴をたくさん揃えても、与えられた武器以外の攻撃は駄目だったらあんま意味なくねぇ?」
この将矢の問いに対し、「大丈夫だよ」とアホでも理解できるよう尚人が噛み砕いた回答を行う。
「ほら将矢、そのプリントの 【 反則行為について 】 の部分をよく見てごらんよ。【 与えられた武器以外、素手などでの教師への暴力行為は一切禁止する 】、って書いているだろ? ということはさ、“ 教師以外なら無問題 ” 、つまり生徒に対してなら強制送還にはならないってことだと思うよ」
「おー! そういうことかよ!! うーし、了解だぜっ!! ビシバシぶっ飛ばしてやろうじゃん!!」
両拳の骨をわざと豪快に鳴らし、ワクワクした声で将矢が叫んだ。
そこへ伯田さんが手にしたファイルを頭上で大きく振り、ざわめく浜辺を再び沈黙させる。
「ハイッ、もうキリが無いからとりあえず質問はここで一旦打ち切ります! ではミッションをスタートする前に人数が足りないユニット、多いユニットはそれぞれで話し合ってトレードしなさいっ! ユニットが決まったら役割分担よ! ただし今回のミッションは多少の危険が伴う可能性もあるので、万一の事態を想定して、ステイヤーとプリズナーは女の子に割り当てさせてもらったから! これは娑戸芭理事長の直々のお達しよ!」
……なるほどな。だからこの場所に女が全くいないわけだ。役割遂行のためにすでにどこかに連行されているってわけか。
美月や怜亜は大丈夫だろうか?
連れ去られたあいつらの処遇を考えた途端、急に不安がこみ上げてきて集中力が低下する中、伯田さんの熱の入った説明もいよいよ佳境に入る。
「でもミッション途中での役割変更はコマンダー以外は可能だからそれも覚えておいて! 与えられたロールが自分に合わないと思ったらどんどん変えちゃってもいいし、ステイヤーは必ずしも一人いなければならないロールではないから、プリズナー救済後はコマンダー以外全員アサルトにチェンジして総攻撃のスタイルを取ってもOKよ! それぞれのユニットで勝利に向けて綿密な作戦を練ってちょうだい!」
「おぉっ! いいねぇ総攻撃!! まさに玉砕戦法だなっ! 俺らみたいなのには一番ふさわしい戦闘方式じゃんか!! とことんやってやろうぜ!!」
戦闘スタイルについての虎の巻を聞いた将矢がかなりのハイテンションではしゃぎまくっている。
まったく、どうしようもねぇな。将矢のバカ騒ぎぶりに思わず溜息が出そうになる。
実は俺らの中で一番好戦的な男がこいつだ。
アホ丸出しで突っ走らねぇようにこいつには監視が必要かもしれん。大体玉砕覚悟で特攻をかけるといっても、それは美月と怜亜を無事に助け出してからの話だ。
「ではまずこれからあなた達には統率者と、戦闘部隊名も決めてもらいます! 決まったら各コマンダーはこのファイルにメンバー全員の名前とコード名を記入して! 相談する時間は15分! じゃあ早速ミーティング始め!!」
全員素早く班ごとに集まる。
そして規定のメンバーに達していないユニットのトレードが始まった。
伯田さんの話だと、三年全体の男女比から計算したユニット構成なので、必ず全ユニットの人数が揃うはずなのだが、ほとんどの班が元々八名の構成だったらしく、あぶれた奴がほとんど現れない。時間だけがどんどんと過ぎていく。
「あっちゃぁ~、マズいじゃん! みんな人数合ってるみたいだな」
そう言うとシンが尚人に身体を向ける。
「なぁ尚人、そういえば自由行動の班決めの時さ、班構成は男女混合で男は五名、女は三名を推奨するってモーさんは言ってなかったっけ?」
「うん、言ってた言ってた! 毛田のあの指示はこのミッションを見越してのものだったんだね」
「さぁあと残り5分よ!」
伯田さんの声が砂浜に響く。
マズい! このままだとバトルをする前に失格になっちまう!
規定の人数をクリアしているユニットはすでにコマンダーの選定に入っているようだ。どこだ、あぶれている奴は!?
「やぁ原田くん、どうやら僕はこの部隊に入る運命だったようだよ」
背後から突如聞こえてきたこの覇気の無い声。
振り返るとすぐ後ろにまるで背後霊のように立っていたのはウラナリ・本多だった。
現れたウラナリを見たシンがあんぐりと口を開ける。
「本多!? まさかお前あぶれてんの!?」
「楠瀬くん、そんな失敬な言い方は止めてくれないか」
身も蓋もないツッコミにプライドが傷ついたのか、ウラナリはかけていた黒縁眼鏡を神経質そうに押し上げる。
「僕の班は男子七名、女子二名だったんだ。そこで円満解決のためにここはE組副委員長という立場の僕が速やかに班を脱退すべきと考えたのさ。溢れ出る奉仕精神から行ったのだということをしっかりと理解してくれたまえ」
「だからって、よりにもよってお前かよ……」
熱望していた武闘派から一番遠い位置にいるキャラが加入表明をしてきたため、シンがガックリと肩を落とす。尚人がそんなシンの背中を軽く叩き、その言動を諌めた。
「そんなひどい事言うなよシン。本多が加入したっていいじゃないか。きっと本多は僕らのユニットにとって欠かすことの出来ない必要な柱になってくれるよ。僕はそう思う」
……さすがは尚人だ。ウラナリにすら優しくできるその出来た心根、立派なもんだな。
そしてその温情は当人にもしっかりと届いたらしく、ウラナリは感動で打ち震えた甲高い声で熱苦しい決意を語る。
「ありがとう、真田くんっ! 君の期待に応えられるように僕も及ばずながら精一杯頑張らせてもらうよ!」
「うん、期待してるよ。きっと君ならヒーローになれるさ!」
よせばいいのに尚人はニコッと微笑んでまたしても要らん事を口にする。
「ヒーロー……!? この僕がヒーロー……!? ヒーロー……、ヒーロー……、グ、グヘヘヘヘ……!」
まるで催眠術にかかったかのようにブツブツと呟くウラナリ。正直かなり不気味だ。
「あ~あ、じゃあ、さっさとコマンダーを決めちゃいましょうかね……」
はぁ~と大きく溜息をつき、ようやくウラナリ加入を認めたシンが顔を上げた。
「ま、でもウチの場合は決めるとか決めない以前のことだけどね。そだろ、柊兵くん?」
「どういう意味だ?」
「だってコマンダーなら君しかいないじゃん」
「な、何ぃっ!?」
「おやおや、閣下以外に誰が適任者だと言うんです?」
シンは例のあざとい営業スマイルを浮かべた後、したり顔で人差し指を左右に二度振る。
「ではではここは一つ、民主主義のルールに則っていざ多数決と参りましょうかっ! じゃあ柊兵くんがコマンダーにふさわしいと思う人、速やかに挙手願いますっ!」
……畜生、俺以外全員手を挙げやがった……。