選ばれし Winner を目指せ
伯田さんの元に行くと、すでに俺ら以外の全員が集結していた。
だがここでまたしてもある不可解な出来事に遭遇する。
「あれっ!? 女たちはどうしたんだよ!?」
血相を変えて誰かが怒鳴ったのをきっかけに、浜辺は一気に騒然となった。
銀杏高校の男女比率は圧倒的に男が多いが、さっきまで浜辺にちらほらといた女共が一人もいなくなっている。
美月や怜亜も勿論いない。ついさっき大声を上げて逃げ去っていた宮ヶ丘もだ。
元々わずかな数の女共がここにきて一気にゼロになったため、当然のことながら野郎軍団の怒りはこの場にただ一人残っている女教師に集中的に向けられる。
「伯田せんせー! 女たちはどこだよ!?」
「おいまさか女だけここから逃がしたわけじゃないだろうな!?」
「贔屓は許さんっ!! おとなしく女を戻せっ!!」
鼻息の荒い野次や怒号が浜辺に炸裂する。さすが女が密接に絡んでいる問題だけあって、どいつもこいつも目つきが半分イッている。
「柊兵、あいつらが伯田先生を襲いそうになったら行くぞ」
隣にいたヒデが俺の耳元でボソリと呟く。
確かにこの様子だとこいつらは怒りの暴徒と化す可能性も大いにあり、伯田さんの身に危険が及びかねない。
無言で頷き、俺とヒデは突然のアクシデントに即対応できるようにじりじりと前進しつつ臨戦態勢を取った。しかしそんな俺らの密かな対策も、伯田さんの赤い伊達眼鏡の奥の瞳がキラリと輝いた瞬間に一発で消し飛ぶ。
「みんなぁ! さぁ全員その場で速やかに両手を上げて!! ホールドア~ップ!!」
伯田さんがすぐ隣の大きな岩陰からスラリと取り出したブツを見て、最前列にいた暴徒予備軍が「なんだよ、それ!?」と慄く。
自分に詰め寄る殺気だった野郎どもを威嚇するために出したその武器をしっかりと構え、伯田さんは妙にウキウキしたテンションで答えた。
「これ~? これは遊戯銃よ! でも玩具とはいえすっごくハイパワーらしいから、弾が身体に当たるとその場で悶絶しちゃうくらいかな~り痛いみたい! ねぇねぇそこの君、試しに一発撃たれてみるぅ~?」
軽いノリとは裏腹に、鈍く光る銃口が最前列にピタリと向けられる。最初の標的となった暴徒予備軍の一人はその場で腰を抜かし、
「い、いえ! 結構ですっ! すいませんでしたぁー!」
と叫ぶと四つんばいの無様な格好で群集の中に素早く後退していった。
「何よ、つまんないわねー! じゃあそこの君はどう? え~ダメなのぉ~!? 仕方ないわねっ、じゃあそっちの君は?」
伯田さんは長いポニーテールを揺らし、次々に標的を代えて同じ質問を何度も口にする。
だが「どうか俺を撃ってくれ」などと酔狂なことを言い出す輩など現れるわけもなく、さっきまであれほど威勢の良かった暴徒予備軍はアマゾネス・伯田によって一気に沈静化させられた。
「もうっ、みんな男の子のくせに案外意気地が無いのねっ。先生ガッカリ!」
ライフル型の遊戯銃を勇ましく右肩に担ぎ、むくれた伯田さんが口を尖らす。
「いやいや、“ 先生ガッカリ!” なんてカワイイ顔で言われてもなぁ……。いくらなんでもあの凶器は反則ですよ」
半ば本気で呆れた様子でシンが独り言を呟いている。一方、伯田さんは担いだ銃の銃身で自分の右肩を叩きながら俺らの前を左右に歩き出した。
「もう特に文句はないわね? じゃあこれから “ 選ばれし Winner 争奪戦 ” の説明を始めます! みんな、まずはその場に体育座りっ!」
「えらばれし ういんなー? 何だよそれ? 食い物か?」
アホ丸出しの顔で将矢が疑問を口にする。
「シャーラップ!! いいからまずはおとなしく座りなさぁぁーい!! 質問は後で受け付けますっ!!」
── 今回の旅行で分かった事は、うちの養護教諭は意外と短気らしいということだ。
伯田さんはたった今まで肩叩き代わりだった遊戯銃を再び手にし、上空に向けて一発ぶちかます。
「……あれ、電動タイプだね」
伯田さんをこれ以上刺激しないよう、尚人が黒光りする銃をそっと小さく指でさした。
「連射式なら厄介だな。一気に撃ってこられたらひとたまりもないぞ」
俺ら四人だけに聞こえるよう、ヒデが声を落としてそう呟いた時、赤眼鏡のアマゾネスがまた吼えた。
「ハリーアーップ!! 全員早く座りなさいってばっ!!」
この号令で全員の頭の位置が一気に低くなる。
先ほどの威嚇行為で誰しもが己の身の危険を感じたらしく、浜辺にいた三年男子は素早くその場に体育座りをした。まるで軍の入隊式のような空気が漂いだしてきたのは気のせいだろうか。
「はい、じゃあそこの君から順番にこのプリントを配っていって! そしてプリントをもらったらまず黙読! 声を出さない! 隣とお喋りしない! 読み終わったら質問タイムにします!」
そのプリントが回ってくるまでの間、俺の目の前に座っているシンが隣の尚人に向かって、伯田さんには届かないぐらいの小声で愚痴っている。
「なぁなぁ尚人、この学校ってさ、毎度毎度行事の度にその詳細をいちいち大げさな文書にして配るのが好きだよなぁ……。でも時代はエコだぜ? 時の流れに逆行してると思わないか?」
「言えてるね。あ、ほら見て。しかも今回はカラーコピーだよ。貴重な資源の大いなる無駄遣いってヤツかもね」
「だろ~?」
忍び笑いを漏らしているせいで前列二人の背中が小刻みに揺れている。
でもこいつら、本当に仲がいいよな。まぁ中学から一緒だったらしいから当然といえば当然かもしれんが。
「はい、柊兵。ヒデと将矢にも渡して」
俺らの分をまとめて受け取った尚人が、振り返ってプリントを寄越してきた。
「サンキュ」
ヒデと将矢にもプリントを渡し、伯田さんの指示に従って早速黙読してみた。
【 銀杏高校 三年特別行事 】
~ 選ばれしWinnerを目指せ ~
<概要>
①この行事は今日と明日の二日間で行われる。
②部隊一丸となり、与えられた任務を完全遂行することが今回の
特別行事の目的である。
③任務を一番早く遂行した部隊が “ 選ばれしWinner ” となり、
最高褒賞 【 グレードS 】 を獲得する権利を与えられる。
(二番手以降の任務遂行部隊には、一般褒賞 【 グレードA 】 の
獲得権が与えられるが、権利は三年全体の三分の一までとする)
◇部隊編成について
・男女合わせて八名のメンバーで一つの部隊とする。
・メンバーはHR内で決めた自由行動時の班を基本とするが、
人員が合わない部隊は他の部隊と折衝し、それぞれ規定の
人数に合わせるよう調整する事。
◇部隊における各役割について
・まず部隊内でそれぞれの役割を決定すること。
☆コマンダー(1名)。
部隊の統率者兼、一つ目の賞牌所持者。
なおコマンダーが脱落した時点でその部隊は自動的に
全滅となる。
★アサルト(3~7名)
突撃者。敵勢からの攻撃で脱落したアサルトは、任務から
速やかに離脱すること。
★ステイヤー(1~3名) ※女子推奨
二つ目の賞牌所持者。
ステイヤーは指定エリア内にいる場合に限り、全ての攻撃を
一切受けない。
★プリズナー(1名) ※女子推奨
三つ目の賞牌所持者。
任務開始時はケージに抑留される。解放後はステイヤーか
アサルト、いずれかに役割変更すること。
◇任務の内容について
☆任務遂行時間
・本日午後三時から明日の午後十二時までとする。(但し日没後の
午後七時~午前五時までは一時休戦とし、その間の戦闘行為を
固く禁止する)
☆勝利条件
・任務開始時に各部隊に与えた三個の賞牌を、明日の昼までに
一番早く五個に増やせた部隊が “ 選ばれしWinner ” となる。
★脱落条件
・身体にペイント弾を浴びた者は即脱落となる。
(速やかに収容エリアに移動すること)
★反則行為について
・与えられた武器以外(素手など)での教師への暴力行為は
一切禁止する。万一行った場合は部隊を全滅扱いとする。
◇褒章について
・最高褒章 【 グレードS 】 は某一流旅館での 【 特室スイート一泊権 】。
この特室には専用の露天風呂があり、夜は豪華な海の幸特上会席御膳が
各自にふるまわれる。
なお希望者にはこの旅館内に併設されているエステルームで超上質な
アロマオイルを贅沢に配合した『ウルトラリンパハンドマッサージ』が
受けられる特典もあり。
・一般褒章 【 グレードA 】 も同じ一流旅館での一泊権が与えられるが
個室専用露天風呂、並びにエステ体験を受ける権利は無く、食事は
大広間でのバイキングとなる。
- では三年生の諸君、グッドラック! -
私立銀杏高校理事長
娑戸芭 真澄