駄目だ この展開についていけん
「教師の慰安旅行だと!?」
『そ。だから今日と明日の二日間必死に頑張ってね! 選ばれし勝利者になれるように私も影ながら祈ってるから! じゃあね~!』
「おい!?」
マズい! こいつ、こんな中途半端な不可思議情報の提示だけで切りやがるつもりだ!
「ちょっと待てよ! もっと詳しく教えろっ!」
『うぅんダメよぉ~! だってそれじゃあせっかくの修学旅行の楽しみがなくなっちゃうじゃない!』
「うるせぇ! いいから勿体つけずに教えろ! 教えないと修学旅行中、あんたの携帯に毎晩無言電話をかけて嫌がらせするぞ!」
『あらあら、随分と勇ましいことねっ』
小馬鹿にしたような口調であざ笑うミミの声が鼓膜に刺さる。
『いいわよ、是非やってごらんなさい! でもぉー、それがぁー、本当にぃー、や・れ・る・も・の・な・ら・ねっ! じゃあごきげんよう柊兵くん! あなたに大宇宙のご加護がありますように♪』
「待っ…!」
── ここで無常にも電話は一方的に切られた。が、俺はすぐに携帯を閉じる事が出来なかった。なぜなら。
「……おい、お前ら何やってんだ……!」
「へ? だって柊兵があの占い師とどーゆー会話をしているのか知りたかったんだもんっ! ねー怜亜?」
「えぇ! それに話している感じで柊ちゃんとミミさんの親密度合いが分かるかなと思ったの!」
「だっ、だからっつって、何なんだこの体勢はッ!」
雌鳥たちに挟まれた俺はひたすら身を硬くするしか道が無い。
なぜなら携帯を押し当てていた左耳付近に怜亜がピッタリと顔をつけ、美月は思い切り身を乗り出して俺の目の前を横切っている。つまり、左の女の柔らかい頬の一部が俺の顔に密着し、右の女のデカい胸が時折鼻先をユラユラかすめるという、とんでもねぇ肉弾戦的な構図が目の前に大展開されているせいだ。こいつらマジでおかしすぎるだろ!
「別にいいじゃん! 出来るだけ携帯の側に近づかないと相手の声がよく聞こえないんだからさ!」
「柊ちゃんってミミさんに対してもぶっきらぼうなのねっ。ちょっと安心したわ!」
「おわっ!? おっ、お前らそれ以上動くんじゃねぇ! つーか離れろ!!」
マジで心臓が持たん!!
……しかしこうして女に取り囲まれるようになって分かったのだが、どうして女ってヤツはどいつもこいつもこう何とも言えない良い香りがするんだ!? 何かの香水の匂いなのか、それともこいつら自身の肌から放たれる元々の芳香なのかはよく分からんが、普段男同士でつるんでいる俺にはあまりにも刺激が強すぎる。
「それより柊兵くん、その星占いのおねーさんと何を話したんだい?」
動揺MAXな俺を横目にシンが興味ありげな顔でツッコんできた。だがその問いに答える前に右肩を背後から軽くつかまれる。
「柊兵、そのミミっていうお姉さんは何歳なの?」
── お前か、尚人。
普段ならこういう話題には将矢が一番にノッてくるのだが、さすが生粋の年上好きだ。シンよりも興味津々の表情で後部座席から身を乗り出している。
「確か二十六だ」
「二十六歳? へぇ……!」
俺の答えを聞いた尚人の目が流星群のように輝きだしたので、要らぬ誤解を生まないよう、伝えるべき最重要項目を取り急ぎ口にする。
「言っとくが、お前の好みとは真逆を行く女だぞ?」
すると頭の回転が速い尚人はこれだけですぐに俺の言わんとすることが飲み込めたようだ。
「……あぁなるほどね! 残念だけど了解!」
そう答えるとすぐに自分の席に座り直した。
それからたっぷり三十秒ほど経った後、ようやく俺の言葉の意味を理解できた将矢が「おっ! やっと分かったぜ!」と半ば興奮状態で会話に参戦してくる。
「尚人の好みじゃないっつーことはよ、“ 年上だけど見かけは年下なロリ系 ” ってことだな!? ヒャッホウッ!! 禁断の匂いが立ち上ってきてムラムラと興奮してきたぜーっ!! 柊兵っ! そのロリ姉さん、俺に紹介してくれ!!」
走行中の振動でひっきりなしに揺れる座席から勢いよく立ち上がり、勇ましいガッツポーズを決める将矢を眺め、
「フッ、さすが将矢だな。女の雑食度の高さには毎度の事ながらただ感心するのみだ」
と、老成が入ったシミジミした口調でヒデが独り言を言った時だ。
一番前の座席で沈黙を保っていた毛田が突然立ち上がり、俺らの方を振り返る。
「さぁさぁみなさぁ~ん! おくつろぎのところ申し訳ないけど、あともう少ししたらこのバスを降りてまた別の乗り物で移動してもらいますっ! これからアタクシがとっても大事な物をせっせと配っちゃうから、皆さんは一人各一つずつ取って、各部所にこれでもかっていうぐらいにしっかりと装着してちょーだいねんっ!」
毛田が隣の座席に置いてあったデカい荷物を抱えた。そしてすぐに毛田の手からスタートした大きな紙袋が、川上から流れてくるデカい桃のように前方から回され始める。
……なんだ?
カチャカチャとした金属音がかすかに聞こえるような気がするが気のせいか?
「はぁっ!? 何だよコレ!?」
「エェッ!? これを付けなくっちゃいけないのっ!?」
中にある物体をそれぞれ取り出したクラスの仲間達はそれを見て皆一様に動揺した声を上げている。
おい、一体何が入っているんだ?
やがて俺らの元にも特大紙袋が巡ってきた。
ど真ん中の補助席にいたため、必然的に俺がその紙袋を受け取る。周囲のメンバーに配ろうと紙袋の中を覗いてみた。
…………この高校、やはりどこかイカれてる。中を見てそう確信した。俺らにこれを装着させて一体何をおっぱじめようってんだ?
紙袋の中にビッシリと入れられていた黒い物と金属音の正体。
それは、現実世界の視界を一方的に遮断する道具として有名な厚手のアイマスク群と、乱雑に箱に収められ、銀色に鈍く輝く手錠の束だった。