聞いてねぇよ そんなふざけた個人情報は
俺がそんな疑問を抱いた時、また携帯が鳴った。
だが今度はメールではなく、通話の着信音だ。いくらバス内が騒々しいとはいえ、携帯電話の着信音はかなり目立つ。
「柊ちゃん、もしかしてミミさんからじゃない?」
女特有の第六感とやらをフルに発動させ、俺の顔色を伺うように怜亜が尋ねてくる。んなわけねぇだろ。
だが再び携帯を引っ張り出して確認すると──、……さすがだ。怜亜の勘は見事にビンゴ。こういう時、女って奴は恐ろしいぐらいに勘が鋭くなりやがる生き物なんだな。勝てる気がしねぇ。
「出るの、柊兵?」
携帯に目を落とした俺の表情で相手がミミだということを確信したのか、美月も探るような視線で身を乗り出してきた。よってこの時点で俺に課せられた選択肢は二つだ。
── ブチ切りするか、すぐに出るか。
この不穏な状況下なら迷うことなく即ブチ切りコースを選ぶべきところだが、このチビ女には少々聞きたい事もある。通話状態にして素早く携帯を耳に押し当てると、俺が返事をする前に、
『 あ、ダーリン? 』
と鈴を振るようなミミの声が聞こえてきた。
「……誰がダーリンだ。つか、なんでメールの後にすぐ電話してくんだよ」
不機嫌な声でそう尋ねると、その空気を弾き飛ばすかのようにケラケラとミミが高笑いをする。
『 だって柊兵くんはいっつも私のメールを無視するじゃない! だからこれはちゃんとさっきのメールを読んでくれたかの確認電話なのっ! 』
「いい加減にしろよ暇人」
『 ヒ、ヒマ人ですってーっ!? 失礼しちゃうわねっ! 私はね、こーみえてもかなり忙しい人間なのよ!? 』
「へぇ、占い師ってのはそんなに忙しいもんなのかよ?」
『 あったりまえじゃない! それに占いの他に副業もあるし、これでなかなか大変なんだから! 』
「副業? あぁ、そういえばあんた本を出したりもしてるもんな」
以前こいつに無理やり押し付けられた分厚い星占い本の事を思い出し、そう相槌を打ってやった。
『 あ、本って前に柊兵くんにあげた 【 愛と幸せに満ちた惑星の上で 】 のこと? あれ、ちゃんと読んでくれてるんでしょーね? 』
「誰が読むか。忙しいならとっとと仕事しろ」
『 もうっ何よ! 』
とうとう堪忍袋の尾が完全に切れたのか、ミミが幼さの残るドでかい声で怒鳴り散らす。
『 いつもいつもそうやって素っ気無い態度ばっかり! 柊兵くんって好きな女の子の前ではそうやってつれない態度を取るタイプよね! ……あっ!? っていうことは柊兵くんって本当は私のことが好きなんじゃない!? 』
「………………」
『 やだっ! 冗談で言ったのに当たっちゃったの!? 』
「ア、アホか! んな訳ねぇだろ!」
『 アホとは何よー!! 柊兵くんってホントに可愛げの無い男の子よねっ!! 』
「うるせぇ! かわいくなくて結構だ!」
『 あはっ、それより今送ったメールは読んでくれたー? 』
「あぁ!? いきなり話変えんなよ!」
『 見たの!? 見てないの!? 』
嘘をつく必然性も無いので、渋々「あぁ見た」と答えてやると、厄介なことにミミのボルテージは更に上がっちまったようだ。
『 わぁちゃんと見てくれたんだー!? あのね、今回の占いは結構自信があるの! 柊兵くんのために一生懸命占ったから、是非参考にしてね! 』
「なぁ、それよりあんたに聞きたいことがある」
俺のこの言葉が予想外だったらしく、自称、繁忙占い師はまだ更に何かを喋ろうとしていた続きを飲み込んだ。
『 柊兵くんから私に質問なんて初めてじゃない? でもいくら私が気になるからって、スリーサイズは教えないわよ? 』
「そっそんなもん別に知りたくねぇよ!!」
『 あははっ無理しちゃって~! キュートなミミお姉さんに興味津々のクセに♪ 』
思わず返す言葉に詰まったほんの数秒間、どうして俺の周囲に集まる女はどいつもこいつもこう斜め上の思考回路を持つ奴ばかりなのかを真剣に考える。
しかしここで頭に血が上っては話しにならん。まずは落ち着いて冷静にならねぇと。
「……あんたさ、どうして今日俺らが修学旅行だって知ってたんだ?」
『 あら、聞きたいことってそんな事? 』
「あぁ」
『 ふふっ、それならとっくにお見通しだったわよ 』
「お見通しだっただと!? まさかアンタお得意の占いで分かったってのかよ!?」
驚いて叫んだ俺の鼓膜に、携帯電話の向こう側からミミのすっとぼけた声が響く。
『 だぁって、私も銀杏高校出身なんだもーんっ♪ 』
「何ぃ──っ!?」
『 だ・か・らぁ~、私は柊兵くんの大先輩なのよ? これからはもっと私のことを敬いなさいね! 分かったぁ~? ハイッ、分かったならお返事はぁ~? 』
「あんたそんなこと言ってなかったじゃねぇか!」
『 え~嘘だぁ! 私ちゃんと言ったわよ~? 去年あなたがエスタビルに会いに来てくれた時、私そこの出身だって話したじゃな~い! 』
「確かにあの時この土地の出身だとは聞いたが、銀杏高出身とまでは言ってなかったぞ!? 絶対に間違いねぇ!」
『 あれれ~、そうだっけぇ~? まったく記憶にございませんわ~! 』
ミミは軽くボケをかますとまた一人で勝手にウケている。しかしさっきから妙なテンションだな。まさかこんな朝っぱらから酒でも飲んでんじゃねぇだろうな?
「……なるほどな、それで銀杏高の行事にもやたらと詳しいわけか」
『 そーゆーことね! 』
「ならちょうどいい。あんた卒業生なら分かるだろ。教えてくれ。俺らはこれからどこへ連れて行かれるんだ?」
なぜかここでミミの笑い声がピタリと止む。あまりにも急激に止まったので、少々不気味だ。
『 ……じゃあ柊兵くんたちも行き先はまだ発表になっていないんだ? 』
「あぁ。教師の間にも箝口令が敷かれているらしい」
『 ふぅーん。ね、ちなみにマスミちゃんは例の訓示、何て言った? 』
「マスミちゃん? 誰だそれ」
『 やだ、娑戸芭理事長のことよ! ほら、マスミちゃんお得意の訓示があるでしょっ? “ 諸君ッ! 修学旅行はぁ~! ” の後、何て叫んだ? 』
あぁ、あの理事長のことか!
やっと合点が行く。
「確か “ サバイバル ” って叫んだぞ」
『 あははっ、やっぱりそうなんだぁ~! 』
ミミはなぜか嬉しそうだ。
『 私の時と同じだわ! それなら残念だけど柊兵くん達の行き先は私にも分からない 』
「ハ? なんでだよ?」
『 だって修学旅行の行き先は毎年変わっていたんだもん。それに私たちの時も目的地はトップシークレットってことで出発当日まで教えてもらえなかったわ 』
……チッ、行き先は毎回変わっていただと? じゃあこいつから修学旅行関係の情報を聞き出そうとしても無駄というわけか。
「でもよ、なんで当事者の俺らに行き先を必死に隠すんだ?」
何の気なしに呟いた俺のこの素朴な疑問に対し、さっきまでの妙なテンションはどこへやら、
『 あらあら柊兵くん。あなた少々勘違いしてるみたいね? 』
とミミが超クールにのたまう。
「なんだと?」
『 言っておくけど、銀杏高の修学旅行は生徒が主役じゃないのよ? 』
「何? 修学旅行だぞ? 俺らが主役に決まってんじゃん」
『 んー、そうね、どうしようかなぁ……。全部話しちゃうと楽しみが薄れちゃうから、じゃあ特別に一つだけ教えてあげる! 』
ミミはここでわざとらしい咳払いをすると、一大スクープを発表するような厳かな口調で言った。
『 銀杏高校の修学旅行、その実態は、“ 先生たちの慰安旅行 ” なのよっ 』