本日のキーワードは 【 補助 】!? <前編>
しかしなんつー所に押し込まれてるんだ……。
現在置かれているこの狭っ苦しい状況に、重い溜息しか出てこねぇ。
人数オーバーなどの理由で誰かがこの場所に押し込められるという非常事態は、今までの銀杏高校の行事の中で何度か目にした事はある。
だが無愛想で喧嘩っ早い俺を恐れていたのか、この原田柊兵をここへ隔離させようとする奴などいなかったし、もし仮に教師からこの場所への着席を命令されたとしても断固として拒否していただろう。
だが、今俺はたった一人でここに座らされている。
── 「観光バスの通路補助席」 という情けない位置に。
まさにここは屈辱的な位置だ。
本来ならどんなことがあっても絶対にこんな窮屈でアウェイな席などには座らない。
だが現実は容赦なくシビアだ。
俺だけが補助席を割り当てられ、バスの中央通路に罰ゲームのようにポツンと置かれている。真正面に視線を移せば大きなフロントガラスと運転手の剥げた後頭部がかなりよく見えるのが情けなさに拍車をかけやがる。
正直今すぐにでもクレームをつけてこの場を脱出したいところだが、バスの中はやかましいぐらいの喧騒で、どこで誰が何を話しているのか容易に判別できる状況ではない。よって、俺がここでいくら文句をぶちまけても席替えの要求を聞き入れてもらうことはまず不可能だろう。しかもクレームの要求先はE組委員長に任命されたあのクソ真面目女になっちまうんだろうし、あいつには関わりたくねぇ気持ちの方が強い。まさに八方塞がりだ。
しかしだ、俺が座らされているこの補助席の座席幅が狭すぎな件と、肘掛けが無い件と、背もたれが異様に短い件だけは何とかしてもらいたいもんだと痛切に思う。
……まぁこれだけ内心でグダグダと長い愚痴をこぼしていても、結局今の俺には「この補助席に座る」という哀れな現状を享受するしか道は残されていない。
なぜならこの補助席を割り当てられた最大の理由が、美月と怜亜製作の“ いつでも原田柊兵を二人で仲良く半分こする ” という超過激ルールによるものだからだ。
「はい、柊兵! あ~んしてー!!」
早速きやがった!
バスが走り出してまだ五分と経っていないのに、右耳の鼓膜を美月の大声が直撃だ。
右席からやたらと太いピンク色の棒状のような菓子を目の前にズイと突き出し、美月が「ほらほら~!」と俺に食べるように迫ってくる。
「……何だこれは」
「これ? ジャイアントポッ〇ーだよ! ちなみにつぶつぶイチゴ味~っ!」
「要らん」
「なんで? あ! じゃあこうすれば食べてくれる? ほ~ら、見て柊兵! 最後まで食べきればすっご~くいいことが待ってるよっ!」
そう言うや否や、美月はそのどでかい菓子の先端を口に咥え、反対の端を俺の口元に向かって勢いよく差し出す。
「ふぁいっ(はいっ)!!」
……おい。
思わず片手で顔を覆う。
誰でもいい、こいつにのDNAに “ 恥じらい ” という日本古来の奥ゆかしい概念を文字列に変換して書き込んでくれる奴はいないのだろうか。
このうんざりしている様子が間違いなく伝わっているはずだと思うのだが、美月は全く怯むことなく、「しゅーへぇー、ふぁーやーくっ!」と菓子棒の先を口に含んだまま俺を急かし続ける。さすがだ美月、相変わらずのナイスガッツだな。
いや待て、その根性を褒めている場合ではない。
「ふぁいっ! ふぁーやーくっ!」
しかしでっけぇ声だな。このままだと周囲のいい見世物になっちまう。
仕方ねぇ……やってやるしかなさそうだ。
「分かった」
そう返答した後、指でジャイアント〇ッキー(つぶつぶイチゴ)とやらを美月の口元付近からぽっきりと真っ二つに折ってやった。そして刈り取ったそれをそのまま口に放り込み、咀嚼する。
「あ~っ! 柊兵ってばダメじゃん、手を使ったら! 口でやってよ~っ!」
脳内で描いていた俺との未来予想図を壊された美月が、ふくれっ面で難癖をつけてくる。
「“ 食う ” という義理は果たした。文句は一切受け付けん」
「もうっ何よ! 柊兵のケチッ!」
そう叫ぶと美月は一度席から立ち上がり、バスの進行方向に身体の向きを変えてドサリと座り直す。
どうやら八つ当たりの矛先はこの特大菓子に集中的に向けられたようだ。
ふくれた美月の口元でパキパキと軽快な音が鳴り、そのヤケ食いの音に比例して桃色の菓子棒が消滅し続けている。しかしおとなしく諦めてくれたようなのでやれやれだ。
「柊ちゃんっ、あ~んしてっ!」
おい、右の次は左かよ……。
今度は怜亜が左席から身を乗り出してきていた。真下から俺を見上げ、同じ特大菓子棒を差し出している。ちなみにこっちの色はよく見かけるオーソドックスな濃い茶色だ。
どうでもいいが、こいつらは菓子までもこうして揃いの物を用意してきてるのか? 恐ろしいまでに用意周到だな……。
「はいっどーぞ!」
……なんだ、そのままか。
美月の真似をして自分の口に挟んで食べさせようとするのかと思いきや、怜亜は素直に俺の口元に向けて差し出してきたため少々肩透かしを食らう。
「早く食べて、柊ちゃん!」
「あ、あぁ」
美月の菓子棒を食べてこっちを食べないわけにはいかない。
よってジャイアントポッ〇ー(ビターチョコ)を渋々咥えた。しかし怜亜はなぜか手を離さないので仕方なくそのままサクサクと齧り続ける。
みるみるうちに短くなってゆく特大菓子棒。
ふと、小学校で飼っていた兎達に餌として与えた人参スティックが奴らの口中に瞬く間に消えてゆく光景を思い出し、“ 兎と同列かよ ” と、思わず自嘲する。
そんなブルーな気分のまま最後の一片を食いきった時、怜亜がとんでもない行動に出やがった。
菓子棒が無くなり、自由になった自分の指先を俺の唇にピッタリと押し当てた後、その指先をそのまま自分の口元に軽く含んで、「柊ちゃんと間接キス」とのたまったのだ。
「あーっ! いいなぁ怜亜!」
ヤケ食いをしながら俺達の様子を見ていた美月が羨望の声を上げる。
「ねー柊兵! あたしもそれやりたーい!」
「バ、バカか! 何考えてんだお前は!」
美月、いいか周りをよく見ろ! ここはクラス全員が集結しているバスの中だぞ!?
断固として拒絶した俺の腕に怜亜がヒシとすがりつき、必死に懇願する。
「柊ちゃん! 美月にもさせてあげて? ね? お願いっ!」
……ったく、お前らは……!
いい加減にその “ 何でも半分こ ” とやらのとんでもねぇルールを根底から何とかしろ!
このピンチをどう切り抜けるか考え始めた時、
「柊兵、ケータイ鳴ってるよ?」
と美月に言われ、ジャージのポケットに突っ込んでいた携帯が鳴っていた事に初めて気付く。
取り出してみると、メールが着信した合図だった。
送信元名を見てみる。
── なぜここでお前がメールを寄越す!?
送信元名を見た俺の表情が曇ったのをこの両脇の雌鳥たちが見逃すわけも無い。
「誰からなの、柊兵?」
即行で遠慮なく詮索してきたのは当然のごとく美月だ。まぁいい。別に隠す事でもない。
「あの占い師だ」
「えっ! もしかしてミミ・影浦さんっ?」
怜亜が驚いた顔でミミの名を出す。「あぁ」と頷いてやると、
「柊ちゃん、あの人と連絡先を交換したの?」
と重ねて尋ねてきた。
「別に交換したわけじゃねぇよ」
「だってミミさんからメールが来てるんでしょ?」
「そうみたいだな」
「ミミさんにメアドを教えたから来ているのよね?」
「いやだから教えたんじゃなくてよ、なんつーかその場の成り行きっつーかでだな…」
「柊ちゃんて、成り行きで女の人に連絡先を教えちゃうの?」
「そっ、そういうわけじゃねぇよ!」
「じゃあ一体どういうわけなの?」
「ぐっ……」
まさに質問の絨毯爆撃。
いつもはおとなしい怜亜にここまで畳み込まれるように追求質問ラッシュをかけられたため、避難場所すら見つけられず口調がしどろもどろになる。ここは一体どう切り抜けたらいいんだ!?
「怜亜! それよりもまずはあの占い師が柊兵に何てメールしてきたかを激しくチェックだよ!」
「あっそれもそうね!」
美月の横槍で追求の矛先が変わった。
だが決して状況が好転したわけではないのがミソだ。
「それちょっと見せなさいっ!」
右手の携帯電話が一瞬で手元から消え、美月に横取りされた。
ここで一抹の不安がよぎる。
あのチビ女、何かヤバい事を書いてきていないだろうな……。
アドレスを交換したばかりの頃はミミから大した内容も無いメールがちょくちょく送信されてきていたが、俺からはほとんど返信しなかったので、
【 この面倒臭がり男ーっ!(ノ`Д´)ノ彡┻━┻ いいわよいいわよ! もう柊兵くんにはメールじゃなくて直接電話をかけちゃうんだから! かけたら絶対に出なさいよね!!ヽ(`Д´#)ノ 】
との逆ギレメールを最後に、ここしばらくは音沙汰が無かった。そのミミから今頃何の連絡なのか、正直気になる。
「じゃあ怜亜、行くよ!」
「うんっ!」
液晶画面のすぐ側にまで顔を近づけ、美月がメール文を読み始める。
「なになに……、【 愛しの柊兵くん、お元気~? 今日は誰よりも大切なアナタにとっても大事なことを伝えたくてメールしました♪(*^▽^*)】 ……って、ちょっと柊兵! なんなのよ、このメールはッ!?」
文章の出だしを読んだだけですでに美月は完全にヒートアップ。怜亜も哀しげな顔で俺の顔をじっと見つめている。
「ひゅ~! 女の子からのラブメールだなんてカッコいいですね柊兵く~ん! 君はいつからそんなにモテキャラになっちゃんたんだい?」
美月の隣席にいたシンが窓際のシートから身を起こして口笛を吹き、
「そうだぞ柊兵! 女三人なんていくらなんでも欲張りすぎだっつーの! だからせめて怜亜ちゃんは俺にくれっ!」
と怜亜の隣席に座る将矢が立ち上がって叫んでいる。
更に現在勃発しているこの対岸の火事を楽しんでやがる尚人とヒデが、
「まさか出発していきなりこんな修羅場が始まるとは思っていなかったよ。スリリングな修学旅行になりそうだね、ヒデ」
「ハハッ、こうなった以上、柊兵は座して死を待つより他に道は無いな。自業自得だ」
と声高らかに談笑しているのが後部座席から聞こえてくる。畜生っ、結局今回もいい見世物になっちまってるじゃねぇか!
「柊兵! これは一体どーいうことなのよ! 早く答えなさいっ!」
「ミミさんとはどういう関係なの? 教えて柊ちゃん!」
どうやら雌鳥どものテンションは悪い方向にヒートアップし始めているようだ。もしこいつらの頭のてっぺんに本物の鶏冠があったなら凄まじい角度でそそり立っていることだろう。
しかしミミの奴、こんな最悪のタイミングでなんつー妖しげなメールを送ってきやがるんだ……。占い師なら空気を読めっつーの、空気を!
「さぁ柊兵っ、とっとと吐いちゃいなさいっ!!」
「柊ちゃんは私たち以外の人ともお付き合いしてるの!?」
美月と怜亜が両脇から一気に詰め寄ってくる。修学旅行は始まったばかりだというのに、逃げることの出来ないこの補助席で早速の大ピンチが到来だ。
「まっ待てお前ら! まずは落ち着けっての! うぉっ!?」
背後にしか逃げるルートが無いので慌てて後ろに身を引いたが、背もたれが短すぎて危うく後ろにひっくり返るところだった。