頼む その独自ルールを撤廃してくれ
『諸君ッ! 修学旅行はぁぁッ…………! イィッツ!! サッヴァァーイバァァァールッ!!』
予想の範疇外だったその語句に、クラス内はたちまち騒然とする。
「お、おい、今、サバイバルって言ったのか!? 言ったよな!?」
「なんで修学旅行がサバイバルなんだよ!?」
「まさかバトロワ!? しかも今頃!?」
と、蜂の巣を突いたように荒れまくる教室内の騒ぎをよそに、
「では諸君等の健闘を心より祈っている。グッドラック」
パイプを再び口に咥えた娑戸芭理事長は深々と腰を落とし、カメラに向かってゆっくりと椅子の背を向けた。やがて画面はフェードアウト効果で段々と白くなっていき、『 ~ Fin ~ 』という文字が最後に浮かび上がる。
「って、マジでそれだけかよっ!?」
すかさず将矢が盛大にツッコんでいる声が聞こえてきた。シンが俺の方を振り返り、「柊兵くん、今のお言葉ってどういう意味だと思う?」と問い掛けてくる。
「知らん」
俺だって逆に訊きたいくらいだ。
大体、修学旅行ってもんは、普通は “ 日本古来の文化に触れてその意義を確かめる ” とか、“ 大勢の生徒と旅をすることによって、協調性や仲間意識を育てる ” のが目的なんじゃなかったか?
それがどうしていきなり 【 修学旅行はサバイバル 】 なんて世紀末的な目的になっているのか皆目見当がつかない。
「何をいまさら。そもそもこの高校に標準的な事を求めようとする事自体が根本から間違っていると俺は思うがな」
シンの素朴な問いにヒデが鋭い回答を与え、
「そうそう! ヒデの言う通りだねっ」
と尚人が爽やかな笑顔で相槌を打った時、毛田が上半身を軟体動物のようにくねらせながら再び口を開いた。
「皆さぁ~ん! 娑戸芭理事長の皆さんを想う、降りしきる太陽のような温かい檄をがっしりと噛み締めましたわね? ではこれから非常に重要なプリントを配りますよ~! 明日からの修学旅行、もう皆さんはほとんど準備が済んでいると思いますが、実はまだ用意しなくてはならないものがいくつかあるのです! その準備用品リストをこれから配りますので、し~っかりと熟読して、リストに記載されている用品を忘れずに持ってくることです! それが明日からの三日間を生き残ることに必要なのですからぁッ!」
毛田のあまりの鼻息の荒さにシンが不安げな声を出す。
「おいおい、今日のモーさん、なんかマジっぽいな……」
「さぁさぁさぁ前席の皆さ~ん! どんどん後ろに配っちゃってねぇ~ん!!」
── 準備用品が書かれたプリントが一斉に配られた。
クラス全員、食い入るようにリストをチェックし、やがてあちこちで疑問系の声が上がる。俺らの中で真っ先に声を上げたのはまたしても将矢だ。
「なんだこりゃー!? これで一体何するつもりだよ!?」
将矢の驚きの声を聞きながら俺も手元のプリントを眺めてみた。
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【 修学旅行特別準備用品リスト 】
・ゴム手袋(できるだけ厚手タイプ)、バンドエイド等の応急処置薬、
カイロ(2~3個)、ミネラルウォーターのペットボトル(500ml×3本)、
懐中電灯、水着
※出発時には学校指定のジャージと運動靴で集合すること。
なお着用するジャージはタイプⅠのみとする。タイプⅡは着用禁止。
(制服とローファーは忘れずに持参)
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……確かに将矢の言う通りこれは意味不明だ。
脳の表面や皺の各部分にまで?マークがびっしりと敷き詰められている中、この準備用品リストの意味を考えてみる。
「皆さぁ~ん、いいですかぁ~? この準備用品を忘れないで下さいね~! 特にペットボトルは重要よ! 忘れると生き残れなくなっちゃうかもしれませんよぅ~? ムフフフッ」
毛田の気色悪い笑い声にとうとう耐え切れなくなったのか、ここで一人の女生徒が椅子を大きく鳴らして立ち上がった。
「毛田先生! もういい加減に教えて下さい! 私達は明日からどこに修学旅行に行くんですか!? 私、親に聞かれても “ 分からない ” って答えてるんですよ!? おかしいじゃないですか!」
すかさずシンが小さく口笛を吹く。
「おっ、さっすがリンリンちゃん! 今日もまた突っ走っちゃうのかな?」
今、毛田に食ってかかっているのは同じE組の女、宮ヶ丘 鈴だ。
肩につくかつかないかの長さの髪にキツめの顔。前髪をほとんど作っていないためにツルンとした広いデコがよく目立つ。
「もっと愛嬌があればたぶんモテるのにもったい無い」とシンや尚人が言っていたのを聞いたことがある程度で、俺はほとんど会話をしたことがない女だ。シンの分析によると、性格がクソ真面目すぎて時折暴走列車と化している時があるらしい。
「それになんですか、この 『 特別準備用品 』 って! ゴム手袋は何に使うんですか!? 懐中電灯なんかどうするんですか!? しかもなんで水着が必要なんですか!?」
「あらあら落ち着いてちょうだいな宮ヶ丘さん! 旅行先を伏せている点は、ミステリーツアーとして執り行う旨の連絡文書を保護者の皆様にもすでにお渡ししてるでしょっ? 」
「いいえ! ダメですッ! いいから早く教えて下さい! 修学旅行の行き先と、この準備用品の意味をッ!」
「それは言えないわ。明日の出発まであなた達には秘密にしておかなければならないから」
「だからそれはどうしてなんですかって聞いてるんです!!」
「だ、だぁって、娑戸芭理事長の厳命なのよ……。それにね、このクラスだけではなくって、私たち教師全員、明日まで一切余計な事を話さないように箝口令が敷かれているの。だからうちのクラスだけではなくて三年生全員がまだ誰も知らないんだから、ここは一つ我慢してちょうだいっ、ね? ね? ねぇ~ん?」
毛田の必死の説得に、宮ヶ丘は「……分かりました」と渋々引き下がった。するとそれがきっかけかのように、再び教室中に私語が蔓延し始める。
「楽しみだねっ 怜亜! 三日間、柊兵とずーっと一緒だよ!?」
「ねぇ美月、今回も柊ちゃんを仲良く半分こしましょうねっ」
「もっちろん! いつも以上にきっちりと半分こしまくりで行くよっ!」
「良かった! 私、柊ちゃんと一緒の修学旅行なんて初めてだからすごく楽しみなのっ」
「怜亜っ、小学校の時の分までいーっぱい楽しみなよ! それに旅行中はあの下級生たちも柊兵を襲いに来られないしさ、ここはあたし達の独壇場になること間違いなしだね!」
「えぇ! 修学旅行中は私たちで柊ちゃんをずーっと独り占めしちゃいましょっ!」
俺を挟み、両脇の雌鳥たちがはちきれんばかりの笑顔でお互いの意思確認をしている。今の宮ヶ丘と毛田のバトルなど全く眼中に無い様子なのが流石だ。
しかも “ いつも以上にきっちりと半分 ” とか言ってやがったな……。
俺を仲良く半分に分けるというとんでもねぇ独自ルールを、こいつらはいつまで完全に遂行するつもりなんだ。空恐ろしさすら覚える。
「あ、それとさ怜亜。話は変わるんだけど、この準備用品の意味も気になるけど、あたしもう一つ気になってることがあるんだよね~」
俺の机の上に肩肘を突き、美月が身を乗り出してくる。
「あら、気になってることってなぁに?」
うぉっ!? 反対側から怜亜も思い切り身体を寄せてきやがった!
真横にこいつらの身体が迫ってきたので一切の身動きが取れなくなる。これじゃ迂闊に身じろぎもできねぇじゃねぇか!
「旅行は明日からなのに、夜寝るときの部屋割りってまだ決まってないじゃん? 明日旅館に着いてからその場で適当に決めるとかなのかな?」
「まさかそれはないんじゃない? だってそれじゃ先生方が管理できないと思うわ」
「じゃあもう先生たちの方で勝手に決めてるとか?」
「そうかもね。だってもう日中行動の班決めはとっくに終ってるじゃない」
「うわ、そうだったらイヤだなぁ……。だって今回こそは怜亜と一緒の部屋で寝たいもん!」
「中学の時はクラスが分かれたから結局別々の部屋になっちゃったものね」
俺の目の前で喋っているからこいつらの会話は丸聞こえだ。ふぅん、こいつら、中学の時は一緒の班じゃなかったんだな。それで今回これだけ気合が入ってるって訳か。
「それに考えてみれば銀杏は女子の人数少ないじゃん? もしかしたらクラス毎でまとめて大部屋に突っ込まれちゃうっていうパターンだったりして」
「あ、でもそれはそれで楽しそうじゃない?」
「それなら夜は女子全員集まってぶっちゃけトークになるだろうね! “ ファーストキスの場所はどこ? ”とかさ!」
「ふふっ、その答え、私たちはまったく同じになるわよね美月」
「そーそー! “ 校舎の裏にあるケヤキの木の下 ”って答えるよ! あの時は興奮したよね~!」
「えぇ、私も胸が張り裂けそうなくらいにドキドキしたわ。あっそうだ! ねぇ柊ちゃん、柊ちゃんもあの時ドキドキしてたわよね? だって柊ちゃんに覆いかぶさった時、柊ちゃんの心臓の鼓動がすっごく伝わってきたもの!」
「ぐっ……」
……そ、その話題を俺に振るんじゃねぇ……!
仲間に身体を拘束され、こいつらに半ば無理やりに奪われたあの強制接吻事件は、未だに悶え苦しみたくなるくらいのトラウマだ。あの時将矢に取られた羞恥写真をこいつらが各自大事に保管しているのかと思うと恥ずかしさでいたたまれん。
しかし中学の時とは違い、今回は波乱に満ちた修学旅行になりそうな予感満載だ。
今回の俺らの修学旅行の目的は、“ 無事に生きて帰ること ”、まずはこれのみに集中し、あとはこの雌鳥どもが旅先で羽目を外しすぎないよう、天の星々に祈るしかなさそうだ……。