知らねぇよ そんなドンブリの味なんて
「おはよーっす! ご両人!」
美月と怜亜を両脇にぶら下げて仏頂面で3年E組に入ると、俺達に気付いたシンが早速声をかけてくる。
「あ、ちょっと待てよ? 柊兵くん達の場合は三人だからこの言い方は少し違うか……。尚人! こういう時はなんて言ったらいいんだ?」
「え?」
突如下らない疑問を抱いたシンに声をかけられ、教科書群を机に仕舞う作業にいそしんでいた尚人が手を止める。
「う~ん、素直に両手に花、でいいんじゃないかなぁ。それに下手な事を言うと将矢の二の舞になっちゃうと思うよ?」
笑顔の尚人が指差す一メートル先には、潰れたカエルのように床にひっくり返って呻く将矢がいる。
「うぅ……ひどいぜ柊兵……朝の軽いジョークのつもりだったのにぃ……」
なぜ朝っぱらからこの金髪アホ男が宇宙へ逝っているのか。それはこいつが仲間内でいち早く俺たちを見つけた後、
「柊兵! “ 級友丼 ” は一体どんな味わいだったんだっ!? 二人いっぺんに、なーんてたまんねーよなぁ!! 男の夢だぜっ!! なぁなぁ、もったいぶらないでいい加減に丼の味を教えてくれって~!」
とゲスな事を言い放った大罪で、俺の修正を腹に喰らったせいだ。
「しかしつくづく悲惨な姿だな……」
床にノビている将矢を見たシンが、心底呆れた様子で肩を竦める。
「三年になっても相変わらず柊兵くんをいじるのが下手な男だよ。まったく去年の一年間のコミュで何を学んできたんだか」
「いや、シン。もしかしたら将矢はわざとやっているのかもしれないぞ。殴られるためにな」
至極真面目な顔でシンに近づいたのはヒデだ。
「わざと? なんで?」
「将矢は生粋のM気質かもしれん。この件に関しては実は以前から疑っていたところだ」
「なぁーるほど! それなら今までの一連の行動も筋が通るよなっ!」
シンは右手を軽く握り、左の掌に当てる納得のポーズの真似をする。相変わらず胡散臭いオーバーアクションが好きな奴だ。
「それを言うならさ、柊兵くんも喜んで殴ってる感じがする時が無いか? なんつーかさ、硬く握り締めた己の熱い鉄拳に、当事者同士にしか分からないひそかな愛をこめて将矢に向けて放っ……すすっすいませんっ柊兵閣下っ! 今のはマジで冗談ですので平にご容赦を!」
俺の鋭い目つきに気付いたシンが慌てて話を打ち切った。相手にするのが面倒なのでさっさと席につくことにする。
教室の左奥、窓際から二番目の席が俺の席だ。今までなら最後方の左角に座っていたのだが、今学期からは諸事情で出来ない。
「しっかしあんた達っていーっつもそういう下らないことばっかり言ってるよね! 毎朝毎朝よく飽きないもんよ。感心するわ」
俺の腕からようやく手を離し、美月が俺の隣の席にドサリと腰を下ろす。美月の席は窓際から三番目の最後尾、俺の右横だ。
「みんな、去年もずーっとこんな調子だったの?」
そう言いながら教室の一番左奥の席に怜亜が座る。つまり俺の両脇の席はこの雌鳥二羽ががっちりキープしている状態だ。
しかも前方にはいつもの悪友メンバーが固まっている。
俺のすぐ前が尚人。
俺の左斜め前、つまり怜亜の前が将矢。
そして俺の右斜め前、美月の前席がシンで、その美月の隣にはヒデがいる。
俺にとってはある意味最凶の布陣に周囲を取り囲まれている状況であり、背後に人間がいないだけマシと言わざるを得ない配置だ。
「そうだよ! だから怜亜ちゃんもこれから一緒にこのノリでヨロシク~ッ!」
将矢の奴、もう復活しやがった!
さっきまでノびていたはずなのに、いつの間にか席について怜亜に鼻の下を伸ばしてやがる。しかしつくづくタフな奴だ。
「でもみんな同じクラスになれて本当に良かったよ! ねっ怜亜?」
嬉しそうな大声で美月が叫ぶと、それに応えるように怜亜が莞爾と微笑む。
「えぇ! 銀杏高のシステムに感謝しないとっ。ねっ、柊ちゃん?」
……同意の輪をこっちにまで回すなっての。
話しかけられたので一瞬だけそちらに視線を送る。だが怜亜の背後の窓から降り注ぐ朝日が眩しくて顔をろくに見られなかった。
しかしシステムと言えば、この高校、前々からおかしいとは思っていたが、学年を重ねる度にその思いは大きくなる一方だ。
俺達はこの四月に三年に進級し、全員、同じE組になったのだが、それは決して偶然ではない。
なんと、この高校は三年に進級する直前に 【 特に誰と同じクラスになりたいか 】 を生徒全員に聴取し、ほぼその希望を取り入れてクラス編成を行うのだ。ありえねぇ。
なんでも、
『 銀杏高校生活最後の年を、最高の思い出を一つでも多く作って巣立っていってほしい 』
という理事長の強い意向でこのシステムは脈々と稼動しているらしい。
しかも教室内の席はどこに座ろうと自由ときている。すべて生徒にお任せ状態だ。このなんとも奇妙奇天烈な進級システムのせいでこのメンバーに周囲を取り囲まれている俺だが、このE組には他にもまだ見知った奴がいる。
「やぁ原田くん、今日もハーレム登校かい?」
黒縁眼鏡に手を沿え、そう俺に声をかけてきたのは去年二年D組で学級委員長をやっていたウラナリ・本多だ。こいつには伯田さんもどきの水着写真集の件で弱みを握られそうになった嫌な思い出がある。
「なぁ本多、お前また学級委員長やるの?」
シンが会話に割り込み、右側に顔を向けた。なぜかウラナリはシンの右隣席をチョイスしている。
「ボクかい? う~ん、ボクは実行委員会の仕事もあるからなぁ……。皆からどうしても、って言われたらやってもいいけどさ」
ウラナリは渋い表情でそう答えたが、本音はやりたいのが誰の目にも明らか、ミエミエなのが笑える。どうやらこいつも俺らと同様で、かなり分かりやすい単純タイプの人間らしい。
しかしシンはわざとなのか、「あっそう。じゃあ止めとけば?」とウラナリの返事をあっさりと流し、今度は反対の左側に顔を向ける。
「じゃあ尚人やれよ!」
「僕が?」
シンにいきなり振られた尚人が驚いた表情を見せる。
「そーそーお前が適任だよ。これからの一年間、残り少ない高校生活を楽しく送るためにはさ、仲間が学級委員長だと都合が良さそうだし。つーことで推薦は尚人くんで決定だな!」
「待ってよシン。確かに都合は良さそうだけど、僕は遠慮しておくよ」
「なんでだよ? この面子じゃお前かヒデしかいないじゃん!」
「シンも十分やれると思うけど?」
「俺? 無理無理っ! 俺はそういう表舞台に立つ気はないので」
「なら僕だってそうだよ。それに実際のところさ、表よりも裏からの方が操作しやすいと思うよ? 色々とね」
全ての台詞を言い終わった尚人が癒しの表情でニッコリと笑う。だがその笑顔にどこか作為的なものを感じたのは俺だけだろうか。
この後始まるHRで、委員長と副委員長を決めるらしいが、この様子じゃすんなりと決まりそうもねぇな……。