誰が白馬の騎士だ
さすがは野生の法則と言うべきか。
ここ、銀杏高校内でも力関係では雌鳥達の方がひな鳥共よりも上らしい。
走り寄って来た雌鳥達の手によってあっという間に俺の周囲のひな鳥共は強制的に排除され、同時に両腕にすかさず重力がかかる。右は痛さを感じるぐらいに力強く、左はそれよりは若干遠慮がちだ。
しかしそれぞれの強さに若干の違いがあっても、両方とも俺の腕から離れることは決して無いのが特徴でもある。
「うっそー!! まーた風間先輩と森口先輩があたし達の邪魔しに来ちゃったよぉ!」
「ちょっと先輩たち~! たまには私たちに原田先輩を貸して下さいよぅ~! 私たちだって原田先輩とお話したいんですぅ~!」
「そうよそうよ~っ! いくら幼馴染さんたちだからって独占はひどすぎますよ~っ! 先輩たちの二人占め絶対はんたーい!!」
口を目一杯に尖らせ、甲高い声でピーピーと文句を言う下級生共。だがそれに対し、俺の両脇の幼馴染たちは余裕の表情だ。
「ダーメダメダメーッ! 柊兵はあたし達のもんなのっ! ハイハイ、いいからあんた達はそのままUターンしてとっとと自分の教室に行っきなさぁ~い!」
ドでかい声を張り上げ、俺の右腕に全力でがっちりと掴まる美月。
「いつもごめんなさいね、でも柊ちゃんだけは譲れないわっ」
優しく謝りつつ、俺の左腕にしっかりと腕を絡めてくる怜亜。
どっちの雌鳥も、先ほど校門に突撃しようとした俺以上に気合が入っている。この両脇のポジションをひな鳥共に譲る気はサラサラ無さそうだ。
敵が攻撃中の場合はまず防御に徹するのが戦いにおいての基本姿勢だと思うのだが、美月と怜亜の場合はそれぞれの戦闘様式こそ違えど、俺に関する事だけはどちらも即座に総攻撃型に変化しちまうので非常に始末が悪い。
「お二人とも原田せんぱいから離れてくださいってばっ!!」
「だから絶対嫌だって言ってんでしょーが!」
「そうやって毎日毎日べったりくっつかれて、原田先輩だっていい加減飽き飽きしてますよー!」
「いいえ、柊ちゃんはいつも私たちを大切にしてくれてるわっ」
俺を間に挟み、強烈な視線で睨み合う雌鳥とひな鳥。
だが一歩も引かない構えの雌鳥達の様子を見たひな鳥共は、やがて顔を見合わせて意気消沈する。
「正妻さん達が来ちゃったらしょうがないかぁ……。今日はとりあえず退散する?」
「あーあ、せっかくこれからだったのになぁ~……。 ねー原田先輩! 絶対明日はちゃんとお話して下さいねっ!」
「次こそ先輩の年貢の納め時ですよ。潔く覚悟を決めておくのです」
「よーしっ! 気を取り直して明日こそ先輩をゲットするぞっ! じゃあ先輩、まったね~!」
「せんぱいバイバ~イ! 明日こそ朝チューしようねっ♪」
下級生共は俺に向かってめいめいに手を振ると一目散に校舎の中へと入って行った。
もはや朝の恒例シーンの一つになりつつある、この 【 ひな鳥共のさえずり攻撃 】&【 雌鳥達の威嚇排除攻撃 】 が本日も滞りなく終了し、今朝も精神的にかなりの疲労を受けた。
「ねぇちょっと柊兵!」
俺の横顔を下から見上げた美月が拗ねたような口調で右腕を引っ張る。
「あんたそうやって憂鬱そうな顔をしてるけどさ、実は内心では結構喜んでるんじゃないの?」
「バッバカか! 大迷惑に決まってるだろうが!」
「そーう? ならいいけどさっ!」
「でも相互親睦祭典以来、柊ちゃんは下級生にすごく人気が出ちゃったわよね」
わずかに顔を曇らせ、怜亜が俺の左腕に掴まり直す。
「柊ちゃんは私たちだけのものなのに……。ね、柊ちゃん?」
「お、おう」
「良かった! ふふっ、大好きよ柊ちゃんっ」
「あっあたしもあたしもー!!」
……今日も雌鳥たちの俺に対する好意はフルでMAXモードらしい。
確かに怜亜の言う通り、俺が下級生に急に慕われるようになった直接の原因は、あの狂乱祭で俺が護衛兵という役割を遂行したせいだ。
祭りの最中、ルールを破って仮装給仕嬢に不埒な真似をしようとした下衆な輩達が、俺が現れただけで急に脅え出し、借りてきた猫のようにおとなしくなったその光景を見て、一部の下級生共は “ 大いなる誇大妄想 ”、つまり “ 勘違い ” ってヤツに囚われちまったらしい。
今でもまったくの理解不能だが、俺の入学当時の乱闘事件を知らない奴らの目には、あろうことかこの俺が、この俺がだ、なんと、【 寡黙で最強な白馬の騎士 】 に映っちまったらしい。
当初、俺にまとわりつきだした下級生共に仏頂面で「なんの用だ?」と問い質した時、あいつらの口から、それを聞いた時は気色悪くて本気で鳥肌が立った。大体、どこをどう間違えればこの俺が白馬の騎士になるっていうんだ。
その後、何度つきまとうな、と冷たくあしらってもあいつらの数はなかなかゼロにならない。まったくもってしぶとい奴らだ。ひな鳥は生まれた時に初めて見たものを親と思い込む習性があるようだが、この場合も似たような現象が起こっているのだろうか?
女と対峙するのが苦手な俺にとって、今のこの状況は正直苦痛でしかない。
たった今遭遇した下級生共の朝のさえずり攻撃に始まり、古典的アプローチの一つ、恋文in靴箱も先日初体験した。それに休み時間になると教室外の窓ガラスから俺を眺めに来る女もいる。俺は見世物小屋のピエロじゃねぇんだ。うざったくてしょうがねぇ。
なぜこうなってしまったのかと言えば、護衛兵をしたのが直接の原因とはいえ、やはり美月と怜亜が俺の前に現れたからだろう。
こいつらと再び出会わなければ今でも俺は肩をいからせてひっそりと孤独に通学し、護衛兵を引き受けるなどありえなかっただろうから、下級生共に慕われることも無かったはずだ。
そうだ、それにあの恐怖の占い、『 愛の十二宮図 』 なんてものにビビることも無かっただろうから、ミミと知り合うことも無く、そして俺はシン達四人のみとの静かな高校生活を送っていたはずで…………。
……いや、別に美月と怜亜を責めているわけでは無い。それは断じて違う。
だが四年半という長い歳月の後に俺は再びこいつらと出会い、そしてこの出会いが俺にとって、女との交わりを濃くする呼び水になった事は間違いのない事実だ。大体その呼び水自体がこうやって一番俺にまとわりついてくるしな……。
こうして現在の俺は、右を歩いても、左を歩いても、そして足を止めても、当然のように常に女に声をかけられ、場合によっては取り囲まれるという、所謂ちょっとしたハーレム状態の高校生活を送っている。
少し前までは女の側に行くと動悸や息切れで緊張しまくっていた俺が、内心はともかく、外面的にはほぼ平静を保てるようになったのも、すべてはこの特異な環境、その中心地に据えられたことで、ある程度の免疫耐性がついたせいだろう。
……以上の事を踏まえ、これから言う台詞を通常の神経を持つ男が聞けば、たぶん俺に殺意を抱くことは間違いない。
俺は女ってもんにいささかうんざりしている。げっぷが出そうな勢いでな。