お誕生日おめでとう <6> 【 第一部 完 】
やはりそろそろ切り出すしか無さそうだ……。
紫紺に染まる空の下、ある程度のレベルまでは覚悟を決める。
「あ、あのな、さっきのミミ・影浦の話なんだけどな、あれは一部、いや、大部分に脚色が入ってるんだ。あの占い師、勝手に俺の話を曲解しちまってよ」
この言葉を言い終わった途端、美月と怜亜、それぞれの視線が一斉に俺に向けられる。それがあまりにも直線的な視線だったため、思わずたじろぎそうになった。
「な、なんだよ!? 嘘じゃねぇからな!?」
「でもさっ、結局のところ柊兵はあたし達が迷惑だから占いで追い払って欲しいって頼んだんでしょ!?」
「柊ちゃん、いいのよ。正直に言っても……」
「だっ、だから違うっての! 俺はあいつに占ってもらいに行ったんじゃねぇっ! た、ただよ、ちょっと興味本位で覗きに行ったらあの占い師に掴まったっていうか……」
「……ふぅん……」
「……そう……」
そう言ったっきりついに完全に黙り込む美月と怜亜。
畜生っ、埒があかねぇっ!! もうこれはこいつらに馬鹿にされるのを覚悟で全部言っちまうしかないっ!!
「あぁ分かった!! 分かったよ!! 全部正直に言うッ!!」
深く息を吸い、己の恥部を大声で一気にまくし立てた。
「お前らもミミ・影浦を知っていたみたいだから分かると思うが、朝のテレビであいつの 『 愛の十二宮図 』 っていうのがあるだろ!? 九月の初めにあれを見ている内に、妙に当たってることに気付いたんだ! あの占いで恋愛運がいい日はお前らが俺のところに来て色んな過激攻撃をしやがるし、反対に運勢が悪い日はお前らは一切姿を現さねぇ! それが毎日毎日恐ろしいぐらいにビタッと当たるもんだから段々本気で怖くなってきてよ、それでどうしたもんかと思っていたら、偶然ミミ・影浦がこの街で占いをやるって知って、野次馬根性で覗きに行ったんだ! で、たまたまあいつと顔を合わせた時にその話を少ししただけなんだって! それをあの占い師が誤解しちまっただけなんだ!!」
正直、この本音をぶちまけた後もまだ沈黙が続くと思っていた。ただし今度は情けねぇ俺に心底呆れて、だ。
だが俺がすべてをまくし立て終わった瞬間、横で怜亜が小さく息を呑む。
そこで左に顔を向けると、その大きな瞳を何度も瞬きさせながら、怜亜が驚いた顔で俺の顔をまじまじと見ていた。
「柊ちゃん……」
瞬きを止め、怜亜が俺に囁く。
「モーニング・スクランブルの占いを見てたの……?」
「あ、あぁ」
「それでよく当たるな、ってすごく怖くなっちゃったの……?」
「……あ、あぁ、そうだ」
うわ、めちゃめちゃカッコ悪ィな俺……。あんな占い如きにビビッていたことをとうとう完璧に認めちまった。
しかし怜亜はまだ俺の顔を穴の開くほどに凝視している。そしてその小さな桜色の唇から飛び出してきた三度目の言葉に、今度は俺が驚かされる番だった。
「あ、あのね柊ちゃん。私たちがミミ・影浦さんの占いに沿って毎日行動していたの……。だからそれは当たって当然よ……」
「なっ、何ィーッ!?」
俺が目をむいて絶叫した途端に反対隣りで美月の大爆笑が始まる。
「あははははははっ!! おかしい~~~!!! お腹痛ぁ~い!! しゅっ、柊兵が、う、占いを、占いを怖がってただなんてさ~~!! もう傑作すぎだよ~~!! 明日絶対ヒデ達にも教えてあげなくっちゃ!!」
待て待て待て待て!! どうかそれだけは勘弁してくれ美月!!
この事実を知られたらあいつらからどんな嘲笑を受けるのか、想像しただけでもこのちっぽけなプライドがずたずたになりそうだ!!
ひぃひぃ言いながらまだ笑い転げている美月に、とても済まなそうな顔の怜亜。本当にこの二人は対照的だな……。
しかしあれだけビビッていたのにタネが分かっちまえばなんていうことは無い。あんなにビビッっていたのが馬鹿みたいだ。
「おい、ということは何か? “ 仲間の協力でいいことがある ” って占いがあった…」
「あぁ、柊兵にあたし達がキスした日でしょ?」
目尻の涙を拭いながら美月が後を受ける。
「あの日の占いでそう言ってたから、朝にシン達を呼び出して何か協力してよって頼んだの! 【 愛の十二宮図 】でそう出たから、とは話してないけどねっ。そしたらシンがさ、『んじゃ、手始めにキス行ってみます?』って言うからさ、シンに計画練ってもらったっていうわけ!」
シンの野郎……。だが拳で殺れば薬で殺り返されるのはほぼ間違いないしな……。
すると「ごめんなさいね柊ちゃん」としおらしい声で怜亜が謝ってくる。
「柊ちゃんがそんなに怖がっていただなんて私たち全然知らなかったから……。ミミ・影浦さんの占いって、よく当たって幸せになるって前の学校にいた時に評判だったの。それで私たち、柊ちゃんに好かれるようにしばらくあの占い通りの行動を取ってみようって決めたの。だからね、天秤座で運命の曲がかかった朝はとってもさみしかったわ。今日は柊ちゃんの側に行けないのね、って思って……」
うぉっ……!
真実を知らされて気を抜きまくっていた所に激しく大ダメージ。
今の怜亜の言葉は延髄にもろに手刀を喰らったような衝撃を受けた。
「そうそう! で逆にさ、『天秤座の恋愛運、今日は最高!!』なんて出ると燃えたよね! あたしさ、つい血気盛んになりすぎて柊兵の背中に飛び乗っちゃった日あったもんっ!!」
続いて足刀だ。こちらも上手く水月に極めてきやがった。
……こいつら、こいつら、健気すぎる……ッ!!
「なーんだ、お互い誤解していたみたいだね! あ、さっきの柊兵の質問だけど、あたしは双子座だよ!」
「本当にごめんね柊ちゃん。でも柊ちゃんとキスした日以降はもうあの占い通りに行動していないから怯えなくていいのよ。そして私の星座は水瓶座ねっ」
── 双子座に水瓶座? あの時ミミが言っていたのは確か……
「なぁそれって別名ないか? カタカナかなんかでさ」
「うん、双子座がジェミニで、水瓶座がアクエリアスっていうのよ、柊ちゃん」
── マジかッ!?
確かそのジェミニって奴とアクエリアスって奴が天秤座と非常に相性が良い星座だとあのちびっ子占い師は言ってたぞ!?
この瞬間、別の意味でまた空恐ろしくなる。脳内に “ 因縁 ” という二文字がぼんやりと浮かんでくるのが分かった。
「しゅーへい♪」
「柊ちゃんっ♪」
このハーモニと同時に制服の衣擦れの音がした。両脇のベンチの空間が一気に消え、美月と怜亜が勢いよく俺に抱きついてくる。……しかしお前ら本当に調子がいいな……。
だがなんとか誤解は解けたようだ。俺の体にさらに身を寄せ、美月と怜亜は安楽の寝床を見つけた小動物のように両脇の下に潜り込んでくる。おかげで行き場をなくした両腕が宙に浮く羽目になっちまった。
しばらく迷った後、恐る恐る両手をそれぞれの肩の上に置かせてもらう。
右手の下の美月の肩も、左手の下の怜亜の肩も、どちらも手の中にすっぽりと入る大きさだ。
……やれやれ。
マフラーに深く口元を埋め、こいつらに気付かれないようにフゥと安堵の息を吐きながら静謐な川面を見つめる。
今日がめでたくも俺の十七歳の誕生日だったわけだが、何だか一日で一気に五歳近く年を取った気分だ。
……あまりめでたくないな。
「ねぇ、柊ちゃん」
左肩に置かせてもらっている俺の手をそっと握り、怜亜が囁くように言う。
「なんだ?」
「この高校って修学旅行に行くの三年生になってからなんですってね」
「あぁ銀杏はちょっと変わってるからな。修学旅行は三年の行事なんだ」
「私、小学校の時は柊ちゃんや美月やヒデちゃんと一緒に行けなかったでしょ? だからすごく楽しみにしてるの」
「あぁ、今度は一緒に行けるな」
「うん……!」
怜亜は握り締めている手の力をさらにこめ、俺を見上げて本当に嬉しそうに微笑んだ。
すると怜亜の真似をして美月も俺の手をギュッと強く握り締めてくる。
「あのさ、来年ってクラス替えあるんだよね? 今度は柊兵やヒデ、シン達と一緒のクラスになれるといいな! そしたら修学旅行は絶対同じ班になってさ、皆でず~っと一緒に行動するの! ねっ柊兵、そうなったらすっごく楽しそうだと思わない?」
「あぁ、そうだな」
小さく頷いてやると、美月は「でしょでしょ~~!? そうなったらサイコーだよね!!」と夜空に向かってどでかい声で叫んだ。
……だが、俺は果報者かもしれないな。
◆ ◇ ◆
川面から夜空の星に視線を移す。
十月下旬に入り、だいぶ冷え込むようになってきた。
寒くなるに従って夜空の透明度は上がっていく為、星の輝きがさらに増して見える。
頭上で輝く星々を見て、さっきのミミの占いを思い出した。
【 何事もあるがままに 】、か…………。
もう一度大きく吐息を漏らす。
……俺は占いって奴を頭から信じるようになったわけでも無い。
そして、この先も頭上に瞬くこの星々に己の未来のあり方を指南してもらう気も全く無い。
さらにこれは一番重要な事だが、俺はこの先ズルズルと両脇にいるこの二人の幼馴染たちと曖昧なハーレム関係を楽しんでやろうという気も一切無い。
── だが。
だが、とりあえず今はもう少しの間だけ、俺の守護星が告げたという、この「あるがまま」ってヤツを享受してみようと思う。
この選択が正しいことなのかどうかは分からない。
が、今すぐに俺が今のこの関係に答えを出したからといって、それがこいつらや周り全てを幸福な結末に導くとも限らない。
無論、いつかは決断する時がくるだろう。
しかしたぶんそれは今じゃない。
だから、今はもう少しだけこのままでいよう。こいつらと共にいよう。
そう、全てはあるがままに ──── 、な。
そう決めた時、両手に無意識に力が入った。
次の瞬間、慌てたように俺の手を強く握り返してくる美月と怜亜のそれぞれの手。
思わず苦笑しちまった。
「あ、柊ちゃん、まだここにエクボがあるのね」
左下の口角を怜亜がそっと指で触れてくる。
「そういえば柊兵って子供の頃からそこにエクボあったもんね! でも今の柊兵は普段滅多に笑わないからあたし思いっきり忘れてた! あたし反対側で見えなかったからさ、ちょっともう一回笑ってみてよ~!」
美月は大声でそう言った後、身体を大きく前傾させて俺の顔面を覗き込んできた。
あらためて思うがこいつは夜になってもこのテンションがまったく下がらないらしい。よく疲れないもんだ。
「……悪いがこれは人前では年に一度しか見せないと決めている」
「えぇっ嘘ッ!? じゃあ柊兵は今年はもう笑わないってことなのッ!?」
「あぁそういうことだ」
すると俺の言葉を真面目に受け取ったこいつらはそれぞれの性格にあったリアクションを眼下で繰り広げ始める。
「そんな~! あたし貴重な瞬間見逃しちゃったよ~!! 悔しぃぃぃ~~ッ!!」
「美月……、私だけ見ちゃってごめんね」
…………今の冗談、分かりづらかったか。
ベンチに背を預け、南の夜空を大きく見上げてみる。
さっきの甘味喫茶でついミミには嘘を言っちまったが、 『 愛と幸せに満ちた惑星の上で 』 を俺は密かに読み始めている最中だ。あの本の中に書いてあったが、春から夏の間にかけて現われる天秤座を今の季節は見ることが出来ないらしい。少々残念だ。
……なるほど、たまにはこうやって夜空を見上げて星に思いを馳せるのも悪くないかもしれない。心が落ち着く。
しかし今俺がこんなことを考えている事をミミの奴がもし知ったら、あいつはもろ手を上げて大喜びしそうだな。
── あぁ、あれもミミの本で見たな。
夜空遙か高みの天頂で輝いている、左上隅の白い星を起点とした明るさの揃った四つの星。 それらが形作る四辺形、あれがペガスス座だろう。そしてその下に橙色に輝くデカイ星は「赤い惑星」、火星だ。
秋の夜空は暗い星が多いという。
そんな暗い夜空の中で、ペガススの右辺南下にα星の南の魚の口を確認できた。
この星は「秋の一つ星」と呼ばれ、秋の星座の中で唯一の一等星だ。
うら寂しいがらんとした星空の中で、ぽつんと佇み白色に光るその様は健気さを感じさせる。
俺達を見下ろし懸命に輝いているこの星の名前と由来、そいつを美月と怜亜に教えてやりたいが、またこいつらを驚かせてしまいそうなので今日のところは止めておこう。
……へぇ、
夜空の星ってやつもこれでなかなか綺麗なもんじゃねぇか。
── 『 私たちに しときなさい!』 【 第一部 出逢い編 】 完 ──