表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私たちに しときなさい!  作者: IKEDA RAO
【 第一部 】  出逢い編
29/65

お誕生日おめでとう <4>


 小さな口の隙間から覗く艶やかな赤い実に一瞬ドキリとする。


 俺の目の前でサクランボを咥えたミミの顔。

 その顔だけは十四、五歳の顔では無かった。これは間違いなく大人の女の顔だ。

 チビのくせに妖艶な色香を急に振り巻き出したミミは、「んふっ」と口の中でこもったような笑い声を上げる。


「それに元々男の人ってさ、女性に比べて自分の気持ちを隠すのがとっても下手っぴさんが多いしね。柊兵くんなんか完全にそんなタイプよ? 本人は隠しているつもりでも周りには思いっきりバレバレなの。だから勘の鋭い女の子なら柊兵くんの気持ちなんてあっさり読まれちゃうと思うな」

「俺の性格を勝手に分析すんなっ!」

「ふふっ、図星だから焦ったんでしょ?」

「だから違うっての!」

「ちなみに私の予想がどっちの女の子か言ってみていい?」

「い、言わなくていいっつーの!」

 俺の気持ちが周囲に丸分かりだなんてこいつのハッタリだとは思うが、ここは一先ず必死に拒絶しておいた方が良さそうだ。

「あぁそうそう! 今日柊兵くんに会うつもりだったからプレタポルテだけど天秤座(リブラ)の男性のここ一ヶ月の恋愛運を占ってきたわ。……でも実はあまりいい占いが出なかったのよね……。しかももうなんとなく当たりはじめていそうだし……」

「いいって、もうあんたの占いは!」

「プレタポルテだからいいじゃない。気軽に聞きなさいな。それにね、もしこの先避けられないアクシデントが起こったとしても、それに対処するための心の準備がある場合と無い場合では、その後の展開は大きく変わるものよ。そうでしょ?」

「ぐ……」

「それに聞いておくことでアクシデントへの対策が立てられるかもしれないし、上手くいけばそれを回避できるかもしれないんだから! 自分の運命をより良い方向に導く為にねっ」


 耳掻きスプーンから手を離し、ミミが居住まいを正す。


「……いい? 今月後半から来月前半にかけての天秤座男性の恋愛運は、気流に例えると乱気流。浮き沈みが激しいわ。災難が降りかかる暗示が出たから、冷静に対処しないと行き違いになってすべてがご破算になっちゃうかもしれない。だから意中の女の子がいる場合はここでしっかりと掴まえておくこと。港とか海とか、水の関係する場所がラッキーポイントよ。そして最も重要な事は、ちゃんと自分の気持ちを素直に相手に話すこと。隠し事をせずにね」


 ……なるほど。

 ミミの言う通り、【 災難が降りかかって行き違い 】 というのだけはもう当たっていそうだな。で、その災難をもたらしたのは張本人ってのは、今俺の目の前にいるあんただと思うんだが?


「だっだからさっきも言ったろ? あんたの朝の占いはもう当たらなくなってんだ。新たにまたそんなもんを聞いたって何の対処にもならねぇんだよ」

「ねぇ柊兵くん。そうやって占いが当たる、当たらないだけに固執しないで、今日家に帰ったら私の本を読んでみてよ?」

 自分の占いを否定し続ける俺に不安を感じたのか、ミミの声のトーンが少しだけ落ちている。そして寂しそうな顔で俺を見た。

「……確かに柊兵くんの言うように占いは万能ではないわ。必ず当たるものではないし、気休めにしかならない時もあるかもしれない。……でもね、それはそれでいいと思わない? それを信じて未来に大きな夢や希望を持ったり、過ちを犯さないように努力することはとっても素敵なことだと私は思うんだけど?」


 ぐっ……、急にしおらしくなるんじゃねぇよ! 何か俺一人が悪者みてぇじゃねぇか!!


「……ま、まぁ、あんたの言いたいことは多少分かる」

「でしょっ!?」

 珍しく俺が肯定したせいか、ミミは声を弾ませて本当に嬉しそうに笑った。そしてその満面の笑みの前で両手を合わせる。

「だって誰だって笑って生きていきたいじゃない? わざわざ辛い気持ちを抱えたがる人なんかいないわ。占いって、心に抱え込んでしまったネガティブをポジティブに変換することの出来る、たくさんの切り替え手段の中の一つだと思うの。私はそう思ってるわ」


 小休止のつもりなのか、ここでミミが一つ深呼吸をした。

 目の前で俺に向かってにこやかに微笑むこのちびっ子占い師は、その鈴のような声色に穏やかさをプラスしてさらに俺に語りかけてくる。


「柊兵くん、たまには星空を眺めてごらんなさい。私達の住むこの青い星が幾つもある太陽系の惑星の一つだってこと、もちろん柊兵くんも分かっていると思うけどね、でもそれだけの認識だと思うの。ね、柊兵くんは感じたことがあるかしら?」

「何をだよ?」

「夜空に浮かぶたくさんの惑星や満点の星々。それらは全て私達を中心に回っているってことをよ」

「…………」

「だからね柊兵くん、星占…」

「……でもよ、星占いってやつは “ 星が俺らの運命を決める ” っていうだろ? そこが気に食わないんだよな」

「エッ?」


 ミミは俺のこのいきなりの発言に少し驚いたようだ。

 一瞬細い目を大きく見開いて俺をまじまじと見た後、思い直したようにニッコリと笑う。


「じゃあ柊兵くん、一つ教えてあげる。占星術(アストロロジー)っていうのはね、≪天体≫、つまり “ アストロ ” と、≪学問≫、“ ロジー ” という意味を合わせたものなの。だから意味合いは【 占星術 】というよりは【 人文天文学 】といったほうが本当は近いのよね。計算や理論を使い、天体の運行と私達地上の人間生活の様々な現象を追求していく立派な学問の一つなのよ。だから決していい加減なものじゃないわ」

「別にいい加減だなんて言ってないだろ」

「でも一ヶ月前にエスタ・ビルで会った時は言ってたじゃない。 “ 占いなんて胡散臭いものの代名詞だ ”って」


 一瞬だけ返答に窮し、ミミから視線をずらす。

 すると喋る事に夢中になり放置時間が長すぎたせいだろう、パフェ中央に豪快に盛られていた三つのアイスが大規模な雪崩を起こし始めているのが視界に入ってきた。そいつを横目に渋々と返答する。


「……あ、あの時とはまた少し考え方が違ってきてる」

「えっホント!?」

「……あぁ。多少はな」

「多少かぁ~。……でも良かった! 柊兵くんの偏見が少しは緩和されて!」


 溶け始めてきたアイス群を救護するため、ミミが 救 助 道 具(耳かきスプーン) を再び手にした。それを使った迅速な救助活動により、三つの塊はどんどんとその姿を消していく。

 それらの塊がガラスの器内からあらかた消滅した後、ミミは「あとこれで最後ね」と前置きしてまた続きを話し出した。


「あのね、占星術は誕生した時の惑星の位置によって性格が、そしてその後の惑星の運行状況で未来の運命が分かる、という考えが前提なの。だから柊兵くんの言うように “ 星が運命を決める ” って私達占星術に携わる者は言うわ。でもね、前にも言ったけど、星が告げるそれぞれの運命は決して絶対じゃない。あくまで星々は私達が幸せな未来を歩いていけるように導いてくれる指針。進路を予測し、次に自分はどう行動すればいいのかを考えさせてくれる “ 運命の語り手(フェイトテラー) ” なのよ」

「……ふーん……」

「あ、それよりそろそろ時間大丈夫?」


 店内の壁にかかっていた時計が視界に入ったのか、ミミが心配そうな声を上げる。

 五時五分か……そろそろ行くか。


「あぁ、じゃあ俺行くわ」

 立ち上がり、店員の手によってテーブルの隅に控えめに置かれていた伝票を手にしようとした瞬間、僅差でミミに奪われた。

「ダ~メ! 私が奢るって言ったでしょ? 罪滅ぼしの意味もあるしね。それに私のほうがあなたよりもずっとお姉さんなんだからご馳走して当然よ」

「……それ、つい忘れちまうんだよな」

「もうっ相変わらず失礼ね! まぁいいわ。それより柊兵くん、携帯の番号教えてよ。番号交換しましょ!」

「ハ? なんでだよ?」

「なんでって……だってもう私達お友達じゃない! 友人なのにお互いの連絡先も知らないなんておかしいじゃないの」

「友人とはちょっと違うと思うがな……」

「何よー! 私に携帯番号教えるのイヤなんだ? ふーん、あっそうっ!」


 漫画のコマに例えるならばプン、と擬音がつきそうな子供っぽい仕草でミミがそっぽを向く。


「別に嫌ってわけじゃないけどさ……」

「じゃあ教えて! 今すぐ!」

「あ、あぁ……」


 結局ミミの強引さに負けてケー番やメアドを教え合っちまった。

 どうも俺はこういう押しの強いタイプの前だといいように流されてしまう傾向にあるようだ。情けねぇ。


「よし、これで登録OK、っと! ねっ柊兵くん、たまにはメールでもしましょうね! あ、それと一応教えておくわ。あと二ヶ月ちょっとで今年は終わっちゃうけど、今年の天秤座のキーワードはね、 【 何事もあるがままに 】 よ。じゃあ、あの娘たちの誤解を解くの、頑張ってね!」

「あぁ」

 周囲に気を配ったのか、まだ三分の一近く残っている巨大パフェの前でミミが俺に向かって小さく手を振る。

「柊兵くん、あなたに大宇宙(マクロコスモス)のご加護がありますように」

 俺も軽く片手を上げ、「じゃあな」と呟き、外に出た。



 先ほどよりもかなり気温が下がり始めている。

 その冷たい外気を思い切り吸い込み、肺に充満していた店内の甘ったるい香りをすべて吐き出した。……………………行くか。



 もし指定された場所に美月と怜亜がいなかったら、あいつらの家に寄ってみよう。

 そう決めて俺は赤比良川の高台へ向かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm20882358

【 ★「私たちにしときなさい!」作品の、歌入り動画UP場所です↑ : 6分02秒 】


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ