お誕生日おめでとう <3>
……しかし女っていう生き物はどうしてこうも判で押したように甘い食い物が好きなのだろうか。
女体内部の仕組みにはあまり詳しくないが、こいつらの体内のDNA文字列には「常時甘味を摂取せよ」という特別指令でも別枠で書き込まれているのか?
「うわ~美味しそう~!」
現在、優に二人前はありそうなどデカいパフェが俺の前に悠然と鎮座し、己の存在感をこれでもかとばかりに威風堂々とアピールしている。見ているだけで胸焼けがしてきそうだ。
そしてこの雄大な甘味白山の向こう側には「これから至福の時を満喫いたします」と言いたげなミミの顔。ちっこい耳掻きみたいなスプーンでうず高く盛られた生クリームをパクパクと頬張り始めている。
あぁそういや俺も、今日の昼に休憩室で美月と怜亜手製の特大ケーキをしこたま食べさせられたな、と回想し…………本気で胸焼けがしてきた。
「なぁ、あんたさ、これ本当に一人で全部食いきれるのか?」
かなりのハイペースでパフェを食べ続けるミミに内心呆れつつ尋ねると、
「うん、全然ヨユー」
という涼しい答えが返ってきた。どうやらまったくもって無問題らしい。
なんでもこいつは 『 らぶパフェ 』 という名称のパフェで、どうやら恋人同士でつつき合うのが正式な食い方らしく、店員の手によって俺の前にも二本目の耳掻きスプーンは一応配膳されている。
だが甘い食いもんが苦手な俺は、この “ 甘味の総オーケストラ ”、もしくは “ キング・オブ・スイーツ ”と呼べるようなこの物体を、しかもチビ占い師と一緒に食う気は無い。
……どうでもいいがミミの奴、さっきは「喉が渇いた」とか言ってなかったか?
コーヒーを啜りながら上目遣いでミミを眺める。
しかし何度見ても二十六には到底見えねぇ。その珍妙なファッションと、にこやかな顔でパフェを食っている容貌は、どうみても十四、五歳ってとこだ。
次にカップ片手に周囲を見渡してみる。
ミミの一押しだというこの店。
ここは甘い食い物が有名な店らしく、周囲の八割が女の客だ。男も若干いることはいるが、全員女連れで来ている。
……待てよ。ということは、俺とミミも傍から見ればそういう関係に見られてる、っていうことか……。
相手はまるで中学生みたいな容姿ときて、しかも俺らのテーブルには言葉に発すれば即悶絶しそうな名称の甘味物まで乗っかっている。あくまで第三者から見た場合だが、不自然な点は何も無い。……そう見られるのは激しく迷惑だが。
「なに見てるの? 柊兵くん」
店内を観察していた俺の様子に気付いたミミがパフェを食う手を一旦止めて笑いかけてくる。
「別に」
「ふ~ん…。あっそういえば私、柊兵くんに聞きたいことあったんだった!」
「なんだよ?」
「あのね、この間あげた私のアレ、読んでくれた?」
「あ? あぁ、角で思い切りぶん殴れば凶器にもなりそうなあの占い本のことか?」
「何よその例え! しっつれいね~! ちゃんと読んでくれたんでしょうね!?」
「……いや」
「え~なんでよ~!? せっかくタダであげたのに~! 自慢じゃないけどあの本、結構いいお値段がするのよ?」
「別にくれなんて頼んでないだろ。あんたが勝手に押し付けていったんじゃねぇか」
「相変わらず素直じゃないわね……」
ミミは軽く口を尖らせるとまたパフェに向き直った。そしてガラスの器をクルクルと回しつつ、盛り上げられたクリームの横っ腹に豪快に風穴を開けていく。
おいおいなんだその食い方、木こりじゃねぇんだからよ。最後はこっちに倒れてこないだろうな。
「じゃあさ、当然出生天宮図なんか作ってないわよね?」
「作るわけねぇだろ」
「やっぱりね……。じゃあやっぱり私が作ってあげる。あの後出生時刻は調べてくれた?」
「アホか」
「調べてないの!? もう~じゃあまた作れないじゃないの~! ……あ! ねぇ柊兵くん、ケータイ持ってるんでしょ? 今お母さんに電話して出生時刻を聞いてみてよ!」
「やなこった」
「ケチ」
続いてサク、と言う音。
パフェ側面に添付されていたウェハースをミミがかじった音だ。
「なんでそんなに俺の出生天宮図とやらを作りたがるんだよ」
「ん、占い師としての純粋な興味!」
「あんた、本当にヒマなんだな……」
心底呆れた口調でそう呟くと、ミミは手にしていたウェハースを一気に食べきり、慌てたように話を続けだした。
「だってね、私のところに来る人って、当たり前だけど占いをある程度は信じている人でしょ? だから柊兵くんみたいに占いを信じていないのに占いを気にするタイプも珍しいわ。普通は鼻にも引っ掛けない態度で終わっちゃうもんだけど」
「違う。俺もつい最近まで鼻にも引っ掛けてなかった。でもこの間もあんたに言ったが、マジであの九日間の的中率は凄かったんだ」
「そんなに?」
「あぁ例えば、【 仲間の協力でいい事が起きる 】って出ると俺の仲間があいつらに加担して俺を嵌めたり、【 今日は何も進展が無い 】って出ればあいつらはまったく姿を現さなかったりとかな。偶然にしてはあまりにもビタッと当たりすぎてた。……あぁ、でもよ、そういやあんたの朝の占い、最近は全然当たらなくなったぜ?」
「……嫌ねぇ、占っている本人の前でそんなに嬉しそうに言わないでよ」
ブルーベリーの粒を二粒同時に口にいれ、ミミは不満げな声を漏らした。だがすぐに表情を変えて興味津々の瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
「ねぇねぇ! ちなみに柊兵くんはお友達にどうやって嵌められちゃったの~?」
── 生贄にされて美月と怜亜にのしかかられたシーンが脳裏に華麗にフラッシュバック。
「どっ、どうでもいいじゃんか、そんなこと」
「あらっ? やだっ赤くなってるぅ~! 隠すの下手なのねっ。分かりやすいわぁ、柊兵くんって! なんか可愛いっ」
……十七の男に向かって “ 可愛い ” だぁー!?
……いや、危ねぇ危ねぇ。
俺は例の題目、 “ こいつは二十六歳 実は俺より年上 ” を心の中で唱えた。
だが俺がこうして必死に怒りを抑えていることなど露知らず状態のミミは、パフェ内に散らばっているヘーゼルナッツを耳掻きスプーンで熱心に寄せ集めつつ、「でもさぁ~」と呑気な口調で話を続けている。
「でもさぁ~柊兵くんはさぁ~、お友達の協力もあったんだろうけど、ああやってベタベタくっつかれる内にあの子達のこと好きになっちゃったんでしょぉ~? だってさ、どっちもとっても可愛かったもんねっ!」
「ちっ、違うっ!」
「あらそうなの?」
「たっ、ただ俺はっ、今の自分の状況に対し見苦しく足掻くことを止めようと思っただけだっ!」
「あらあらあらあら~! とうとう達観しちゃったんだ? そうそう、確かお釈迦様の教えでそういうのあるわよね! “ 苦難の状況に置かれても、これはこれで寧ろ良い事なのだとその事実を受け入れなさい ” ってさ! じゃあ原田柊兵くんは、弱冠十七歳にして解脱の境地、というものにすでに達してしまったということなのね? ふふっ、すっごぉぉ~~い! あたし尊敬しちゃうなぁ! ご利益があるようにあとで柊兵くんを拝ませてもらおーっと!」
……こめかみ内部でビキビキと神経が切れたような音がする。こいつ、完全に俺をバカにしてるじゃねーか! 俺をいじるのはシンだけでたくさんだっつーの!
……いや待て待て待て待て。
落ち着け落ち着け。いいか、二十六、二十六なんだ。
そうだこいつは二十六、二十六、二十六、二十六、二十六、二十六、二十六……。
だが心を静めるためにこうして内心で必死に題目を唱えている最中も、目の前の二十六歳の口は休む事がない。
「あのさあ、これは完全に私の個人的な興味なんだけどね、柊兵くんはあの女の子達のどっちが好きなの?」
もちろんこの質問には完全無視を決め込む。
「ふーんノーコメントかぁ……。でもなんとなくどっちかは分かったけどねっ!」
「かっ、勝手に決めつけんなっ!」
するとミミは「あらっ?」と言い、パフェのてっぺんからずり落ちてきていたサクランボを手に取るとそれをパクリと口に咥え、俺に向かって意味深に笑う。
「ワタクシ、こういうことを見抜く力は優れていることをお忘れ?」