お誕生日おめでとう <2>
目の前にミミがいる。
どう見たってあいつだ。間違いねぇ。
これが流行りなのか俺にはまったく分からんが、ミミはやたらとヒラヒラしたした生地がたくさんついた服を着ていた。スカートなんかまるで広げた日傘のように膨らんでいる。
確かこいつは前に「若くみられすぎるのも困りものだ」などと言ってたが、そういうおかしな格好をするから余計にそう見られるんじゃねぇのか?
「ちょっと柊兵、誰よこの人?」
「柊ちゃんのお知り合いの方?」
美月が明らかに怪訝そうな表情で、そして美月ほどではないが同じく怜亜も不思議そうな表情で珍妙な格好のミミを共に見ている。
だがミミは自分に向けられているこいつらの不審な眼差しを気にもせず、例の異国情緒を感じさせる微笑を浮かべながら最初に美月、そして次に怜亜を指差した。
「なるほどね! あちらが活発な方の女の子で、そちらが控えめな性格の女の子ってわけね!」
「あんた誰!?」
ついに美月が俺を経由しないで直接ミミに問い質し始めた。またしても非常にヤバい予感がしてきたのだが。
「私は影浦深美っていう者だけど、でも朝のTVでお馴染みの、ミミ・影浦って言った方がよく分かるかしら?」
「えぇーっっ!?」
美月と怜亜が揃って驚いた声を出す。
「嘘ッ!? あのミミ・影浦なのっ!?」
「モーニング・スクランブルの占いをしている方ですか!?」
自分の名を知った美月と怜亜の反応を見て、ミミの虚栄心は大いに満たされたようだ。得意満面で「そうよっ」と答えた時のこいつの低い鼻が多少高くなったような感じすらする。
しかしこいつらもミミのことを知ってたのか。やはりこのチビっ子はそれなりに有名人なんだな。
するとしばらく口に手を当てて目を丸くしていた怜亜がふと思いついたという様子で、「でもどうして影浦さんが柊ちゃんとお知り合いなんですか?」と尋ねた。
「知りたーい? ふふっ、じゃあ教えてあ・げ・る!」
そう言うとミミは自分の右手の人差し指をピッと立てて一度俺を指した後、再び指を天に向けて何度もクルクルと旋廻させた。
……この怪しい動き、見覚えがあるぞ。
これはあのおたふく天使野郎が占い発表の前に星付きステッキ片手に必ずやるアクションだ。
半端ないあいつの白塗り不細工面を思い出してまた不快指数が一気に上昇しかけた時、ミミは自信たっぷりにこう言い放った。
「あのねっ、柊兵くんは一ヶ月前に自分が進むべき道を見失い、暗中模索の手探り状態になっちゃったの! それで私のところに救いを求めてきたのよっ!」
── おいおいおいおい! ミミの奴、勝手に話を捏造してやがる!!
「アハハハッ!! 柊兵がミミ・影浦に自分の運勢を占ってもらいに行ったっていうの!? ウッソだぁ!」
俺の腕にぶら下がり、美月が大笑いをする。そして明らかに小馬鹿にしたような目線でミミを見た。
「そんなの絶対に信じられない! だって柊兵は間違ってもそんなことするタイプの人間じゃないもんねー!!」
すると美月の言い方と態度がよほど疳にさわったのか、このチビっ子占い師は眉をキッと上げ、口を固くへの字に結んだ。その表情から見てもどうやらかなり気分を害してしまったらしい。
本気でヤバい予感がした時、ミミの反論が始まった。
「ううん嘘じゃないわよっ! だって私、一ヶ月前にエスタ・ビルで占いをやったんだけど、そこに柊兵くんが一人で来たんだもん! だから話を聞いたら、活発な性格の女の子と、控えめな性格の女の子につきまとわれてとっても迷惑してるって言ったのよ? で、これから先、どうしたらその女の子達から離れられるか、って私にすがってきたのよ! 私、ちゃーんと占ってあげたわ! これが嘘だと思うなら柊兵くんに直接聞いてごらんなさいなっ!」
うわわわぁぁぁぁぁ────っっ!!!
ミミの奴、言っちまったぁぁぁぁぁ────っっ!!!
……な、なんだ、この思い切り地雷を踏みつけたような感覚は……?
恐る恐る両脇を見ると、美月と怜亜、両方の顔から表情が完全に消えていた。
その光景を見た瞬間、恐怖が凄まじいスピードで背中から這い上がってくる。
幼い頃、テレビからズルズルと這い出す女の亡霊のCMを見た時すら微塵の恐怖も感じなかったこの俺が、今はこいつら二人の能面のような顔を見て本気でビビッている。と、とにかく、今のミミの発言を打ち消しておかないとマズい!!
「な、なぁあんた、それはちょっと大袈裟すぎやしないか? あの時、俺そこまで言ってないだろ? な?」
── おいっミミッ! お前、仮にも未来を覗ける占い師なら俺の心を今読め!
この目に浮かぶ救助信号(S・O・S)に気付けって! 人の心を見透かせるお前なら出来るだろっ!?
「……柊兵、本当にこの人に占ってもらったんだ……」
「……やっぱり柊ちゃんは私たちに迷惑していたのね……」
ヤバいッ!! 俺も自ら地雷をセットしちまったぁぁぁぁぁ────っっ!!!
焦る俺の両腕が急に軽くなる。両腕にかかっていた重力から解放されたのだ。
「……行こ、怜亜」
「……えぇ」
手を繋ぎ、俺の元から去っていく美月と怜亜。
「あ、ちょい待て! 美月!! 怜亜ッ!!」
「わぁ~私の占い当たりそう♪ 柊兵くん、良かったわね! これでめでたく牢獄の鎖から解き放たれるわねっ!」
── ろっ、牢獄の鎖っておいっ! これ以上は無いくらいのミミの援護……いや違った、追撃射撃だ……。
おそらくこのミミの声がしっかりと聞こえたのだろう、美月と怜亜の足取りがますます速くなる。
だからこのままじゃマズいってのっ!!
「ねぇ柊兵くん、占いも当たったみたいだし、気分いいから何か奢ってあげる! どっかに行こ!」
「なに!?」
「私、喉渇いちゃったし!」
と呑気に笑い、俺の腕を取るミミ。
だから待て!
タイムだ!
まずは考えさせろ!
今のこの状況、俺はどう動けばいいんだ!?
「ほら行こ行こっ」
「ちょ、ちょっと待てって!!」
強引にミミの手から腕を振りほどき、ダッシュしかけたが、あいつらの姿はもう見えなくなっていた。あぁ、また悪い予感が当たっちまったか……。
急に取り乱した俺の様子を見たミミが、「柊兵くん、あなたもしかして……?」と驚いた声を出す。
今頃気付きやがって。もう遅せぇよ。
「だ、だってあなた、この間は私にあの子たちが迷惑だって言ったわよね?」
「……」
あぁ、そうだ。
あの時確かに認めたさ。
でもあの時、俺はすぐに肯定しなかった……いや、出来なかったという方が正しいか。
そして肯定した後に分かったんだ。
実はあいつらを本気で迷惑だと思っていなかったことにな。でもミミには分かるわけねぇよな、そんなこと。
「……ところであんた、なんでこんな所にいるんだ?」
偶然にしてはタイミングが良すぎる。
「もちろん柊兵くんに会いに来たのよ。確か今日お誕生日でしょ? あの後どうなったかな~って思ってね」
「はぁ? あんたもヒマな人だな……。だけどなんで俺がこの高校だって分かったんだ?」
「だってこの間会った時、柊兵くん学校帰りだったでしょ? 実は私もここが地元なの。だからその制服ですぐに銀杏高校の生徒だって分かっちゃったのよ」
「へぇ、あんた、ここが地元だったんだ」
「うん。でね、柊兵くんの名前ももう知ってるから、今ここから出てくる生徒さんを使って柊兵くんを呼び出そうとしていたところだったの。そしたらちょうど柊兵くんが女の子に絡まれながら歩いて来たからさ、及ばずながら引き離すことに協力しようと思ったんだけど、どうやら余計なことだったみたいね……。ごめんね」
「いや、あんたのせいじゃない。元はといえば全部俺が悪いんだ」
自嘲気味にそう言い放つ。
「でも何とかしなくっちゃ。どうしよっか? 私が嘘をついてたって言ってあの子たちに謝ろっか?」
「いやいい。俺が何とかする」
ミミの申し出はありがたいがこいつは何も悪くない。
腕時計に目を落とすと時刻はもうすぐ四時になろうとしていた。四時か……。
下げていた目線を少しだけ上げ、視線をこのチビっ子占い師に戻した。
「あんた、喉渇いてるんだろ? 茶に付き合うよ」
「えっいいの!? あの子たちを追わないで!?」
よほどビックリしたんだろうな、ミミの細い目が今は倍くらいに見開かれている。
「いいんだ、五時過ぎまでは時間が空いてる」
五時まで時間を潰そう。
ミミと共に歩き出してから俺はそう決めた。
これはかなり分の悪い賭けのようなものかもしれない。だがさっきの約束通り、あいつらは約束の時間にあの場所に来るような気がする。
普段から悪い予感以外はあまり当たらない俺だが、今回はあまり信憑性のないこの自分の勘を信じてみることにした。