“ 相互親睦 ” しましょう! <6>
── 現在の俺の心境を一言で言えば、「酒池肉林の中で瞑想を続ける若き修行僧」がもっともふさわしい。
体育館の隅に置いた椅子にどっかりと座り、館内の様子を眺める。
胸を揺らし、美脚を見せつけ、大輪の華のような笑顔で各テーブルを給仕して回る際どい格好の仮装給仕嬢達がすぐ目の前を行き交う度に慌てて視線を逸らす。
……どうやら俺はまだまだ修行が足りなさそうだ。坊さんにこの両肩を驚策で思い切りぶっ叩いてもらい、無念無想の精神を根幹に注入してもらわないと脳内に巣食う煩悩を振り払うことが出来そうに無い。
しかし館内の光景を見ていて思ったが、
【 今日だけは無礼講。だが最低限の節度は常に持つべし 】
という祭典のバックボーンにのっとりつつも、教師と生徒が互いに気軽な調子で楽しげに語り合っている様子はこれはこれでなかなか悪くないもんだな。
あちこちに置かれたテーブル上では会話に花が咲き、各自アルコールを摂取しているわけでもないのに大いに賑わっている。
美月と怜亜も大奮闘中だ。
次々に声をかけられ、一生懸命各テーブルに飲み物を運んでいる。どちらも人気は高そうだ。
続いてシンの姿が目に入る。
洗練された物腰で女が集うテーブルに飲み物を配っている最中だ。数少ない給仕の中で一番女から呼び止められ、注文を受けている。
お? あいつ女共から何かメモみたいなものを貰ったな。女の携帯番号か? 爽やかな笑顔でそれを胸ポケットに入れてやがる。
おい、真実の愛を探すんじゃなかったのか、シン。 ……まぁ俺には関係ない。放っておこう。
祭りが開始されて早一時間が経過した。
現在の所、大きなトラブルは無い。
スタート時は写真撮影や仮装給仕嬢に絡もうとする輩も何人か出たが、護衛兵の腕章をつけた俺がその場にヌッと現われただけで全員すぐにおとなしくなり、被害を未然に防ぐことができた。ウラナリ本多も「君がいるだけですごい抑止効果だよ!」と一人興奮していた。思っていたより俺は有名人らしい。
「やぁ原田くん、先ほどはお手柄だったね」
館内を巡回していたウラナリがまた俺に近づいてくる。
「別に何もしてねぇだろ」
「いやいや君があの場に現れたからこそのスピーディ解決さ。ふっ、君を護衛兵に推薦したこの僕の眼が正しかったということだね」
こいつ、最後はしっかり自分を持ち上げてやがる!
一瞬ムカツいたが、この骸骨男に手を出すと、例の写真集の脅しを再び喰らいそうなのでここは黙って耐える道を選ぶ。
「ところで原田くん、君のお仲間があっちのテーブルで騒いでるんだ。まだウェイトレス達に直接手は出していないけど、念のために注意してきてくれるかい?」
「なに?」
ウラナリが指さす方角を見ると、テーブルの上に立ち上がってバカ騒ぎしている金髪ヘッドの男がいる。……将矢か。あのアホが。
「頼むよ原田くん。一部のウェイトレス達からもイヤだって苦情が来てるんだ」
「あぁ分かった。行ってくる」
もし将矢がハメを外して厄介事でも起こせば、祭りがスムーズに終らない可能性もある。この下らない役から一刻も早く放免されたい俺としては、面倒だがウラナリの言う通りに動くことにした。
椅子から立ち上がり、将矢達がいるテーブルに向かう。そこでは将矢が双眼鏡を手に、各コスプレ女達を物色している最中だった。
「うひょーっ! あの娘の脚サイコー! おーっ!? やべぇもうちょいで見えそうじゃん! いいぞ! 屈め! もっと屈めええーっ!!」
……お前はサファリパークに野生動物を見に来た観光客か。無言で将矢の背後に回り、襟首を掴んで床に一気に引き摺り下ろす。
「いってーな! 何すんだてめぇ!! ……って、何だ柊兵かよ!?」
「何やってんだお前は」
「遠くの娘がよく見えないからこれで見てるだけだろ? カメラやケータイは禁止でも、双眼鏡の持込みに関しては注意は無かったはずだぜ! そうだろ!?」
確かに友好実行委員会からの連絡文書には双眼鏡の持込みに関しての記載はなかったと俺も記憶している。しかしルール違反でないとしても、双眼鏡でコスプレ女の身体をズームで見まくるとは決して褒められた行為ではない。ったく、法の網目を上手くかいくぐってせっせと悪事を働くような真似をしやがって。
「お前の言い分も分かるが止めとけ」
「なんでだよーっ! 見るぐらいいいじゃん!」
「コスプレ女達からも苦情が来ている。言う事を聞かなければ力づくで止めさせるがどうする?」
「ぐっ……」
どうやら俺が本気でやるつもりだと分かったらしい。将矢は急にマジな顔になって視線を宙に泳がせた。
「将矢、柊兵の挑発に応じてやったらどうだ?」
熱い緑茶の入った湯のみを手に、ヒデが口を突っ込んでくる。
「ああは言ったが、柊兵の本音は違うはずだぞ」
「それはどういうことだよヒデ?」
尻餅をついていた将矢が立ち上がり、不思議そうな顔でヒデに尋ねる。
「前に柊兵と話したことがあるんだが、俺ら以外でやりあいたくない相手は誰だっていう話になったことがあってな、その時俺も柊兵も同じ相手の名前が出たんだよ。それがお前だ」
「俺!?」
「お前は格闘技の経験がない割りにセンスがあるし、ある程度の距離が保てればお前に負けることはないだろうが、万一懐に飛び込まれたらマジでヤバいよなって話したことがあるんだぜ?」
チッ、余計なこと言うんじゃねぇよヒデ! 将矢の目が輝いてきてるじゃねぇか!
「マジかよ!? ということはもしかして俺って結構スゴいってことかヒデ!?」
「あぁ、そういうことになるな」
「なんだよ早く言ってくれよ! 俺、お前らには絶対敵わないと思って諦めてたぜ! よっしゃあ! そういうことならいっちょマジで柊兵と戦っ……ぶぎゃっ!!」
踵落としが綺麗に決まった。
「見事な不意打ちだね、柊兵!」
足元の床でひくついている将矢を眺め、俺に笑いかける尚人。当たり前だ、ここで乱闘騒ぎを起こしたら祭りが大混乱しちまう。厄介な事になるじゃねぇか。
「でもヒデ、今の話ホントなの?」
「あぁそうだ。お前やシンは気付いてなかったかもしれんが、将矢は強いぞ? とっておきの武器も持ってるしな」
「おいヒデッ! なんで将矢をけしかけたんだっ!?」
こいつのせいで危うく将矢とマジでバトルをする羽目になる所だった。だが俺らの中で一番の常識人であるヒデがなんであんなことを言い出したのかが分からん。するとその理由は尚人が代わりに教えてくれた。
「それはね柊兵、コスプレウェイトレスの中に和装の女の子がいないからだと思うよ多分」
「なんだと?」
「だからご機嫌斜めなのさ。そうだろヒデ?」
「……これだけ仮装している女がいるのに、大和撫子がいないなんて考えられるか? チャイナもメイドもレースクイーンも要らん!」
「最初は巫女の格好をした女の子がいたんだけど、あちこちに飲み物を運んでいる内に具合が悪くなったみたいですぐにいなくなっちゃったんだよ。ヒデはそれからずっと機嫌が悪いんだよね、ハハッ」
……おい、結局はヒデの八つ当たりだったのかよ!?
「でも怜亜ちゃん達がナースになるとは思わなかったよ。どうしてナースにしたんだろうね。柊兵、理由知ってる?」
「知らねぇっ!」
シンの替え歌のせいだと知ってはいるが絶対言わねぇぞ!!
「でも似合うからいいけどさ。柊兵もそう思うだろ?」
これにも返答拒否だ。
そっぽを向いた俺に尚人が「そうそう!」と続きを付け加える。
「さっき将矢が言ってたんだけどね、怜亜ちゃんは色が白いから、ああいう格好をするとAVの企画物みたいだなって言ってたよ!」
「……何!?」
こめかみ内部の神経がブチッと切れそうになった感触がする。そこへちょうど近くを通りがかっていたシンが会話に加わってきた。
「おーそれ言ってた言ってた! さっきの将矢の話だろ? あいつ、あとなに言ってたっけな、えーと確か、もしAVだったら、流れ的には保健室で怜亜ちゃんが “ どうしたの? 具合が悪くなっちゃったの? じゃあ診察した後お注射しましょっか? ” となって、なぜか怜亜ちゃんの方が白衣を脱いで、最終的には診察台の上で思いっきり揺れながら “ あぁ~ん! そのお注射気持ちいいいいぃぃぃぃ~~!! ” って叫ぶパターンだって騒いでたな!」
完璧にキレた。
「う~ん……」と目を覚ましかけた将矢の後頭部にもう一度ガッツリと蹴りを入れておく。カエルが潰れたような鳴き声を上げた後、また奴はしばしの休眠に入ったようだ。よし、成敗完了だ。
尚人が「容赦ないなぁ柊兵」と笑い、シンの方を振り返る。
「でもそういうシンも、さっき美月ちゃんのコスプレについて語ってたよね?」
茶化しに入ってきたのに自分に火の粉が飛んできたシンは急に慌てだした。
「俺!? 俺は将矢みたいにあんなエグイ妄想はしてませんよ!? ただ、美月ちゃんって肌が小麦色だから、ナース服を着るとその白黒のコントラストが妙にエロイよなって言っただけじゃん!」
見事シンから言質を取った尚人が嬉しそうな顔で俺に視線を戻す。
「どう柊兵? こっちの発言はセーフ? アウト?」
「……アウトだな」
「おおお俺、まだ仕事の途中だから! では失礼っ!!」
相変わらず危機管理能力に優れている奴だ。素早くこの場から離脱したシンが再び給仕の仕事に戻っていく。まぁいい。将矢も寝かしつけたしこの場はこれで解決したことにしよう。
「じゃあ俺は戻るぞ。将矢が起きたらもう騒がないように言っておけ」
「了解!」
尚人が俺に片目をつぶる。
「ヒデもそう腐るな。つーか俺に八つ当たりすんな」
「……確かに大人気なかったな。すまん」
冷静さを取り戻したヒデは素直に謝るとまた茶を飲み出している。よし、じゃあ所定の位置に戻るか。
先ほどまでいた場所に戻り、また椅子に腰を落とす。後は祭典終了までこの隅に陣取り、館内を眺めていればお役御免だな、そう考えていた俺の頭上から声が振ってきた。
「フレンドシップしましょ? 原田くんっ」
…………伯田さんだ。
白衣姿の伯田さんが悪戯っぽい表情を浮かべて俺の背後に立っていた。