“ 相互親睦 ” しましょう! <4>
「偉大な柊兵くんに敬礼ッッ!」
その号令で将矢とシンが俺にビシッと敬礼をし、ヒデはニヤニヤと笑っている。
仏頂面で机に頬杖をついている俺に、憎らしいぐらいの爽やかな笑顔で尚人が話しかけてきた。
「柊兵、なんだかんだ言ってやっぱり怜亜ちゃん達のコスプレ見たかったんだね! 狂乱祭で護衛兵を引き受けるなんてさ」
「うっ、うるせぇっ! こっちにも色々と都合があるんだ!」
「どんな都合なのさ?」
「い、色々だ!」
畜生、苛々する……!
あのウラナリ野郎の本多に弱みを握られて脅されたからだ、なんて言えるか!
「まぁまぁ尚人。あまり柊兵くんを追い詰めるなって。せっかく俺らの陣営について美月ちゃん達がコスプレしてくれるように骨を折ってくれたんだ。気が変わって護衛兵を止める、なんて言い出されたら困る。ここは素直に我らの柊兵くんに感謝しておこうじゃないか」
「シンも給仕に選ばれたしね」
「本当は一般で楽しむ方が良かったんだけどなぁ……。でも選ばれちまったから仕方ない。とりあえずやるさ。それに休憩時間に控え室で美月ちゃん達と話せるかもしれないし!」
俺らC組の給仕係はクラスの女共の投票の結果、シンが選ばれた。ちなみに尚人とかなりの接戦だったらしい。
「そういえば怜亜ちゃん達は何のコスプレをするんだろうね」
「実は俺、さっきD組に行って聞いてきたんだ。二人共同じ格好をするとまでは教えてくれたけど、後は “ 当日まで秘密! ” って言って教えてくれないんだよ。だから俺はバニーガールが好きだな、ウサ耳は長めで、とは一応言ってきた。尚人なら何がいいと思う?」
「そうだなぁ……。オーソドックスにOLのコスプレがいいな。あ、その時はオプションでぜひ眼鏡をかけてほしいね」
「来た来た来ましたよ~っ! それ、もろお前の好みじゃんか!」
「何がいい? って聞かれたらそりゃ自分の好みを言うよ」
「OLの制服じゃ全然色気がないじゃん!」
「そうかい? 僕は感じるけどね、ものすごく」
「ダメダメ! 尚人の案は却下!」
「別に却下されてもいいけどさ。他に当てはあるしね」
肩を竦め、尚人は余裕たっぷりの表情でそう答えると、すぐ隣で締まりの無い面で話を聞いていた金髪ヘッドに「将矢はどう?」と話題を振る。
「俺かー!?」
将矢は顔中のパーツをさらに緩め、揉み手を始める。
「俺はとにかく超ミニスカートを穿いてくれればなんでもいいっ! とにかくだな、スラリとした綺麗な脚を限界ギリギリのラインまで拝みたいぃぃぃぃ――っっ!」
「ははっ、将矢らしいね。じゃあヒデは?」
「うむ……、悩む所だが着物を推そう」
重々しく答えたヒデに、向かいにいたシンが「すげぇ動きづらそうな物を挙げてきたな……」と呆れた口調で呟く。
「和服はいいぞ、シン。日本女性を一番美しく見せるのは和服だと俺は常々思っている。それに髪を結って襟元から見えるうなじの色っぽさは最高だ」
「なるほど!」
「あぁその際、後れ毛も数本あってほしいところだな」
「うぉっ! なかなかマニアックだな、ヒデ!」
「甘いなシン。まだ他にも鑑賞ポイントはあるぞ」
それ以降も俺の横でこの四バカ共はそれぞれが推す最高のコスプレについて延々と語っている。つきあってられねぇ。
しかしこの俺がコスプレ女達の警護をやるはめになるとはな……。
だがウラナリに弱みを握られちまった以上、どうしようも出来ない。
狂乱祭は来週にせまっていた。
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第十二回狂乱祭……もとい、相互親睦祭典の開催日が訪れた。訪れちまった。
祭り開始までもう一時間を切っている中、俺は四階の視聴覚室前で壁に背中を預けていた。
一見、この場所でただボーッとしているように見えるが、そうではない。現在、この視聴覚室内では選ばれた仮装給仕嬢達が着替えの真っ最中なのだ。
……で、俺は不審者がこの中に侵入しないように入り口で見張りをしている、というわけだ。しかしつくづく情けねぇ……。
こいつらの着替えが終わったら、体育館のすぐ側にある家庭科室に全員を連れて行くことになっている。そこでウラナリらの友好実行委員会の連中が最後に色々と注意事項を伝え、狂乱祭はいよいよスタートというわけだ。
それが済めば次だ。
友好実行委員会の四名と共に体育館内の見張りをするのが俺の主な仕事らしい。
まず一つ目の任務は、狂乱祭中、コスプレ女達に触るなどの不埒な真似をしようとする輩が現れた場合、それを即時止めさせる。ウラナリからは場合によっては少々手荒な事もOKとのお墨付きだ。
そして二つ目は写真撮影も禁止しているので撮影している人間を発見した場合、携帯電話やデジカメで撮影した場合はデータ消去、カメラならフィルム没収。なお、抵抗した場合はこれを力ずくで従わせる。まぁ要は腕力が必要な事態になればすぐに俺が出動する、ということだ。
現在俺の左腕には紺の腕章がついている。
【護衛兵】と白抜き文字で書かれた特注の腕章だ。
こんなモンをつける必要は無いと突っぱねたが、周りに俺が護衛兵だと認識させる為に必要だ、とウラナリに押し切られた。あまりの格好悪さに死にたいくらいだ。
……おい、どうでもいいがまだかよ?
退屈のあまり欠伸をかみ殺した時、横で扉が軋む。
「ちょっとちょっと、がーであんさんっ……!」
視聴覚室のドアが小さく開いている。
壁にもたれかかったまま横目でドアを見ると一人の女が隙間から俺を手招きしている。
全員の着替えが終わったら出てくるように言ってあるので女共の着替えが終わったらしい。しかし薄く開いたドアから後続の女共が出てくる気配は無かった。
「……なんだ?」
「いいからちょっと」
── たぶん三年の女だな。真紅のチャイナドレス姿だ。すげぇ色っぽい。出るとこが出て、引っ込むところが引っ込んで、スタイルもかなりのもんだ。こりゃあ今年の狂乱祭はマジで盛り上がりそうだな……。
「いいから早くこっちに来てってば!」
再三の催促に渋々壁から身を起こし、ドアの前にまで行く。女はキョロキョロと廊下を見て俺以外誰もこの場にいないことを確認すると、扉の外に出てきて長い髪を前にかき寄せながらスッと俺に背を向けた。
「上げて」
「なッッ……!?」
驚いて叫びそうになった。
ファスナーは腰の少し上の部分までしかまだ閉じられてない。いきなり視界に飛び込んできた、艶かしい白い彫刻のような背中。スリットは深く、腰近くまで入っている。そしてそこから覗くスラリと白い脚……!
……お、おいおいおいおいっ! 後ろから見るとほとんど半裸で、容易に全裸姿が想像出来るじゃねぇかよ!?
「私、身体が硬いのよ。ファスナー上げてくれない?」
── な、なぁっ、おかしいだろ!? いくら護衛兵だからってこんなことまで俺がやらなきゃいけないのかッ!?
「なっ、中で他の女にやってもらえばいいだろっっ!?」
「だって皆自分のメイクに夢中なんだもん。それにさ、ライバル達に迂闊に背中なんか見せられないわよ。ファスナー上げるふりして服に裂け傷でもつけられたら困るし」
……<背中を見せられない>ってお前はゴルゴ13か!
それに給仕嬢同士でそんな足の引っ張り合いがあるのか? 女って恐ろしいな…………。
そ、それより、さっきから非常に気になっているのだが、こいつの背中にブラジャーの紐がまったく見当たらないのだが……。
っつーことは何か? こいつは今、ブラジャーをつけてないってこと……だよ……な……?
「ねぇ早くぅ~。誰か来ちゃったら見られちゃうからぁ~」
鼻にかかった拗ねた声で女が催促する。
た、確かにここは廊下なのでいつ誰が来るか分からない状態だ。下の階からは男子生徒の馬鹿騒ぎ声も絶え間なく聞こえてきている。……や、やってやるしかなさそうだ……。
恐々ファスナーに手を伸ばす。
指が緊張で硬くなっているのが分かる。くそっ今にも指先が痙攣を始めそうだ!
……これはいわゆる世間で言う「役得」ってやつなのか? そうなのか?
<人間死んだ気になればなんだって出来るぞ>という、今は亡き爺さんのありがたい格言をふと思い出し、死人になりきってファスナーを掴んだ。
── 南無三ッ!
一気に済ませようと力を入れて上に引っ張り上げたのでファスナーがギギギ、と苦しげな悲鳴を上げる。
「あぁんっ……! もっと優しくしてぇ……。壊れちゃうぅぅ……」
うわわっ止めろぉぉぉぉ――ッ!
そんな妖しい台詞と喘ぎ声みたいな変な声を出すなぁッ! 焦ったせいで思わずファスナーから手を離しちまったじゃねぇか!!
こ、ここは取り乱したら負けだ。おそらく立て直せなくなる。そうだ、大丈夫だ、落ち着け俺。
動揺を必死に押し隠し、ファスナーを掴んでもう一度リトライ。強張った指でゆっくりと上げる。
しかし不思議なもんだ。こうしてなだらかな白い背中が赤い布の中に段々と消えていくのを目の当たりにしていると、ファスナーを上げるよりも下げる方が人間として正しい行為のような気がしてくる。
「ねぇまだ~?」
「も、もうすぐだ!」
……ふぅ、な、何とか無事に頂上にまで辿り着いた……。
だが寿命が確実に二年は縮んだ気がする。ほっとして額の冷や汗を拭ったのも束の間、
「ちょっと柊兵っ! あんた何やってんのよっっ!?」
扉の方角から聞き覚えのある怒りに満ちた声が俺の体を貫いた。