“ 相互親睦 ” しましょう! <3>
今回の祭典の企画が高らかに発表された後、各学年、各クラスの対応はどこも迅速だったらしい。
仮装給仕嬢に選ばれた女子の代表名を三日以内に友好実行委員会に届け出なければならなかったのだが、告知二日目の今日にはわずか一クラスを残し、他はすべて遅滞することなく速やかに登録してきたそうだ。
現在、教壇の前で妖しげな腰使いを披露しながら毛田がそれを熱心に説明している。どのクラスも本気で鼻息が荒そうだ。
いや、そんなことよりもこのHRが終わったら即行で教室を出ねぇとな……。
最近、美月と怜亜に帰りまで待ち伏せされている身としては、とにかく迅速に動く事が肝要だ。
「では皆さぁぁ~ん、また明日元気にお会いしましょうねぇぇ~~!」
毛田のこの声と同時に急ぎ足で教室を出ようとした途端、すかさずシンが立ち塞がり、行く手を遮りやがった。
「おやおや柊兵くーん、もしかしてもうお帰りですかぁー?」
「授業が終わったんなら帰るのが当たり前だろうが」
「そんなつれないことを言わないでさ、もうちょっとここでゆっくりしていきなよ? ホラ、俺と一緒にUNOでもやらないか?」
「なんでお前とそんなモンをやらなきゃなんねぇんだ」
「だってD組がまだHR終わってないみたいだからさぁ」
シンは意味ありげに後ろの戸口に視線を送る。
するとそこにはいつの間にか廊下に首を突き出した将矢がスタンバイしていて、「まだダメだ!」とこちらに向かって両手をクロスさせていやがる。……ったく、こいつら……。
「あ! 柊兵くん! マジで帰っちゃうのかよ!? 天使ちゃん達はどうするんだ!?」
シンの呼びかけを無視して前の戸口から廊下に出る。そして足早に歩き出した時、
「あぁ原田くん! いいところで会ったよ!」
と見知らぬ男から話しかけられた。
目の前に立つ、ひょろっとした青白い顔の眼鏡男。全く記憶に無い。
「……誰だお前?」
普段シン達以外で俺に話しかけてくる奴はそうそういないのだが、珍しいこともあるもんだ。
「僕は隣のD組で委員長をやらせてもらっている本多だ。よろしく。で、早速で申し訳ないんだが、君に話しがあるんだ。少々時間をいただけるかい?」
「何の用だ?」
「場合によっては公にはしたくない話になりかねないんだ。だからどこか人気のない場所で話したいんだが……」
こんなウラナリ野郎と物陰で二人きりで話すなんてゾッとしない。
「俺は構わねぇからここでしろ」
「ここで、かい? ふむ……」
本多とやらは大勢の生徒が行き交う廊下を見渡す。
「まぁ、君がそう言うならいいや。ではまずこれを見てくれ」
そういうと本多は俺に一枚の紙を手渡した。紙面の文字を読んでみる。
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【 第十二回 銀杏高校 相互親睦祭典 祭典内容一部追加 】
1. 今回の相互親睦祭典に、男子生徒も「給仕」として選出することとする。
但し男子生徒は各学年、各クラスから一名ずつのみとする。
※ 男子生徒は仮装不可。全員黒の給仕服を着用すること。
(尚、給仕は投票対象外とする)
2・ 会場内の仮装給仕嬢達の身の安全を守るために、「護衛兵」を若干名
選出する。
※ 護衛兵は友好実行委員会で選出し、対象者に直接依頼する。
―― 以上 ――
銀杏高校第十二回相互親睦祭典
友好実行委員会Ⅱ代表 橋立 栄
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「……これがどうかしたのかよ?」
「先ほど刷り上ったばかりの友好実行委員会Ⅱからの告知文だ」
と本多はその薄っぺらい胸を張る。
「そんなの見りゃ分かる」
「原田くん、僕はD組のクラス委員長だが、友好実行委員会Ⅱの一人でもあるんだ」
「だからそれがどうしたってんだよ」
「実は今回の相互親睦祭典を開催するに当たってある障害が出てきてね、その障壁を取り除く為に今回の祭典内容の一部を追加するはめになったのさ。今その打ち合わせが終わったところなんだが……あ、これはここだけの話にしてくれよ?」
そう言うと本多は小声で委員会内で起きた内部抗争の後日談を語り出した。
── なんでも一旦は可決され、開催に向けて順調に動き出した仮装企画が、
「この企画じゃ、あんた達だけ楽しんでズルイ!! 私達にも目の保養をさせなさいよ!!」
と女子サイドからクレームがついて妨害行為を受けるようになったというのだ。
どうやら友好実行委員会を自主的に去った二名の女子委員が他の女共を扇動し、企画自体を頓挫させようと画策し出したらしい。
当然、残っていた本多を含む委員会の連中は必死にその対応に当たった。
女子生徒共に和平協定を求め、委員長の橋立とやらが交渉人となり、直ちに交渉に入る。
交渉は難航したものの、男側からも見栄えのいい給仕係を出せという女共の要求をほぼ呑んだ形で双方最終的には合意に達し、その後、両者は速やかに和平協定書に調印。
そして急遽全校生徒へ向けて新たなこの告知文が作成されたんだ、と本多は俺に熱く語る。
「……話は分かったけどよ、それが俺とどういう関係があるんだ?」
「フッ原田くん、まだ分からないのかい? 君、鈍いね」
本多のその言い方に脳内の一本目の弦が切れる音がする。
俺の目つきが鋭くなったことに気付いた本多が慌てて両手を振り、「失敬失敬っ」と謝った。
すかさず二本目の弦が切れる音。
今こいつは間違いなく <破滅への道> を突っ走っている。
「じゃ、じゃあズバリ用件を言わせていただくよ! あのさ原田くん、君にここに書かれてあるガーディアンになってほしいんだ」
「ふざけんな! なんで俺がそんなモンをやらなくちゃいけねぇんだ!?」
「だって君、ここに入学して早々にすごい事をやらかしただろ? たった一人で上級生五人を潰したそうじゃないか。君なら護衛兵に最適だ。もし君が引き受けてくれたら数名採用しようと思っていた兵隊もたぶん君一人で大丈夫だと思うし」
「断る!」
「そう言わずに頼む、原田くん! 友好実行委員会からだけじゃなく、D組のクラス委員長としても是非に君に頼みたいんだ。もし君が護衛兵を引き受けてくれたら、風間さんと森口さんが仮装給仕嬢を了承してくれることになっているんだよ」
「何ィーッ!?」
生命の危険を感じたのか、本多の口調が更に早まる。
「わわわっ、原田くん、そんなに凄まないでくれよ! 平和的に行こう、平和的に! 時代はLove&Peaceだよ!?」
「うるせぇっ!! お前、今何て言ったッ!? 美月と怜亜がコスプレ祭りに出るだと!?」
掴みかかろうとした俺の手を紙一重でかわすウラナリ。
「じっ、実は昨日の朝に風間さんと森口さんに代表を頼んだんだけど引き受けてもらえなくって、そこを何とかって再度食い下がったらさっ、君がコスプレを嫌がっているから絶対に出ないって言うんだよ! それで僕は閃いたわけさ! 君があの二人を守ればいいんだ、ってね! あの二人にもさっきこの案を話したら、君がガーディアンを了承したら祭典に出るって約束してくれた。だから頼むよ、原田くん!」
「断るっ!!!」
── 三本目の弦が切れる音。
俺の脳内の弦はギターでは無くベース仕様だ。つまり、残された理性の弦は残り後一本。
覚悟しろ、ウラナリ本多……!!
「よし、分かった! じゃあ奥の手を出させていただくよ!」
パシンと小気味いい音が鳴る。本多が少々大げさな身振りで両の掌を合わせた音だ。
「この件を了承してくれたら、僕がある物を原田くんに進呈することにするよ。きっと君も大いに気に入ると思うんだ」
「……俺が気に入る物……?」
「あぁ。君を口説き落とすためにさっき一度家に戻って持ってきたんだ。でもそれをここで見せる事は出来ない。もし見つかったら没収されてしまうからね。だからあそこで見せるよ」
本多はすぐ側の理科準備室を指差した。
「さぁ行こう原田くん。今なら丁度誰もいないようだ」
護衛兵になる気などはサラサラ無いが、「俺が気に入る物」というのが何なのかが気になる。
もし本当にいい物なのであれば、ウラナリを締め上げて強引に奪っちまおうかと悪魔の考えを脳裏の片隅に置きながら、本多に急き立てられて俺は理科準備室に入った。
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誰もいない準備室に入り、中から厳重に鍵をかけた本多は自分の鞄の中から何かを取り出して俺の前に突き出す。
「これだよ。どうだい? 銀杏高の生徒なら喜んで欲しがるはずさ」
すぐ鼻先に広げられたその雑誌を見て思わずあっ、と声が漏れる。
……そっそれは俺も持っているあの例の水着写真集だッ!!
写真集の横から本多がスウッと生白っい顔を覗かせる。
「どうだい? あれ、なんか反応がおかしいな。……もしかしてもうこれ持っていた?」
沈黙する俺。
すぐ横にあるガラスケースの中に収められている骸骨の標本が俺をじっと見てニタニタと嘲笑っているようで胸糞悪い。
「……あぁそうかもう持ってるのか……。さすがだね、だってこれは」
「言うなッ!」
俺は叫んだ。ビクッと本多の身体が震える。
「でも君が持っているのなら、これは交渉道具にはもうなりえないね……」
残念そうに本多はその写真集を鞄に仕舞いかけたが、不意に俺の方を見てニタリ、と笑う。
……どうやらこの部屋には骸骨が二体いるようだ。
「原田くん、少々頼りなく見えるかもしれないが、これでも僕は用意周到な男として有名なんだよ? 君がこれを持っている可能性も僕はすでに考えていたのさ。今のは去年の発売当時、銀杏高校の男子生徒の間ではかなり話題にのぼった写真集だしね。さぁさぁじゃあ今度はこちらを見てくれ。さすがにこれは持っていないだろう?」
本多が再び鞄を開け、中からもう一冊の雑誌を取り出した。同じモデルが笑っている別の写真集だ。
「ほら、これは彼女がデビューしたばかりの時に作られた写真集だ。こっちは発売当初あまり売れなかったので現在は入手するのがかなり困難な超レア物だよ? この間ネットオークションで見かけて競り落としたんだ。特別にこれを君に進呈するよ」
「い、いらん!」
「我慢は身体によくないよ、原田くん」
「いらねぇったらいらねぇ! 俺はもう行くぞ!」
扉に手をかけた俺に地を這うような覇気の無い声が追いかけてくる。
「原田くん……僕はまたまたすごいことを思いついてしまったよ……」
嫌な予感が走る。
「な、何だよ?」
「……君って学園内ではかなりの硬派だと専らの評判だよね? そんな硬派な男がそっちの写真集を密かに持っていることを、風間さんや森口さん、それにいつも一緒にいるあのお仲間さん達に僕から話したらどうなるだろう?」
「なっなにぃっ!?」
本多の口から忍び笑いが漏れる。
「君の評判は一気に地に落ちるんじゃないかなぁ? 君のことを好きな風間さん、森口さん達もきっとショックを受けるだろうね……」
返答に詰まる俺を、ウラナリの勝ち誇った面が見つめる。
「……さぁ原田くん、この事を黙っていてほしかったら口止め料として護衛兵を引き受けてくれたまえ。そうしたら僕はこの事を忘れて永遠に貝になるよ」
“ そのまま海に帰っちまえ! ”
と叫んでやりたかったが、とにかく堪える。
去年シンからその写真集の話を振られた時、馬鹿馬鹿しい、興味なんてねぇ、と言ったことがある。
だが本多に写真集を持っていることをバラされたら、俺の立場はどうなる?
実際は購入していたことを知られたら、まず間違いなくシンにはいいだけ突っ込まれ、いじられまくるだろう。そんなのは本多の作り話だ、とシラを切りたくても、実際に美月が俺の部屋で見ちまっているし、言い逃れは出来そうにない。
「……急に無口になったね原田くん。拒否の返答が無いということは、護衛兵の件はOKとみなすが構わないね?」
畜生ッ……!
ギリギリと血が滲みそうなくらいに下唇を噛む。
不気味に笑う本多の顔の中央に「王手」というどデカい文字が透けて見えたような気がした。