“ 相互親睦 ” しましょう! <1>
……月曜の朝はかったるい。
ただでさえ気が滅入る曜日なのに、加えて曇天ときている。
しかし今週で九月も終わりか。早いもんだな。
机に頬杖をつき、欠伸をかみ殺しながら何とはなしに校庭を眺めていると、俺らC組の担任、毛田保の甲高い声が俺の許可無く勝手に鼓膜に侵入してきやがった。
「ウフッ、さぁさぁ皆さぁ~ん! 特に男子の皆さんお待ちかねのあの行事が今年もいよいよやってきましたわねぇぇ~ん! 」
何度見ても気色悪ィ……。
まだ朝のHRが始まったばかりだというのにもううっすらと青髭が伸びてきているその顔に加え、教壇の横で腰を左右にくねらせる毛田の奇怪な動きに、精神不快指数は一気にMAXに達した。
だがなぜかこの毛田の発言の後、男共の勇壮な雄叫びが次々に上がり、教室内に急激に活気が満ち始める。その様子を満足げな締まりのねぇ顔で見回し、再び毛田が口を開いた。
「今から “ フレンドシップ・フェスティバル ” のプリントを配りますのでぇー、じぃぃ~っくりと、見てちょうだぁぁぁ~~い!」
── あぁ、なるほどな……。
今年もきたのか、銀杏高の十月の最大イベント、『相 互 親 睦 祭典』が。
影では “ 百花の宴 ” やら “ 狂乱祭 ” などとも呼ばれているこの祭典は、【銀杏高校友好実行委員会Ⅱ】が主催するイベントだ。
この祭りは、「教師と生徒、その心の垣根を飛び越え、お互いの距離を縮めあいましょう」という、まぁ言ってみれば一種の無礼講を目指して始まった、触れ合いを高めることが目的の、一日だけの祭典だ。この高校は設立されてまだ歴史が浅いせいなのか、何事にも前衛的でこういう訳の分からない行事が普通に存在していたりする。
ちなみにこの祭典の基本理念は、<教師と生徒が楽しく過ごせる空間>、それを生徒側が作り出すことにあるらしい。
前例があまり無い分、少々ぶっ飛んだ企画が飛び出してくる年も過去にあったらしいが、しかしここしばらくは教師と生徒が共に投票する、『校内一美人コンテスト』という、巷でよくありがちな企画を馬鹿の一つ覚えのように毎年開催していたので、
「目新しさが無さ過ぎる」
「今年はもっと斬新な企画を!」
と今年の友好実行委員会は生徒達に懇願されていた。
そしてその熱い声を聞き入れた委員会が、今年の祭典の主要企画を恒例の『美人コンテンスト』から、『美男を探せ!』という企画に変更する、と発表したのは二ヶ月前のことだ。
── が、しかし。
その案が発表された途端、わずか数日でその案は怒りに目を血走らせた男子生徒達の暴威のクレーム攻撃であっけなく却下されることになる。この高校は男が六強、女が四を切る男女比率なので、男の発言力の方が圧倒的に強いのだ。
「壇上にずらりと野郎を並べてどうすんだ! このタコ!」
「この企画を立てたのは女か? こんなくだらねぇ企画を立てるヒマがあったらとりあえず水着だ! 水着ショーをやれ!」
「── いいからとにかく脱げ。
話はすべてそれからだ」
……等、委員会が玄関中央に設置した目安箱には匿名をいいことに、数々の飢えた野獣共の魂の雄たけびがその箱から滝のように溢れ出たとも伝え聞く。
一転して立案を白紙に戻されてしまった男四名、女二名の実行委員達は再び意見調整を始めたがなかなか纏まらなかったようだ。
── そしてここから目まぐるしく事態は展開する。
その後、委員会の意見は男女に分かれて二極化したらしい。
それぞれに譲れない業を背負った両陣営。会議は時を追う毎に紛糾、やがて両者はお互いを嘲笑うようになる。
膠着状態に耐えかねた男サイドがついに、
「俺達は女生徒達の美しさを心から賛美したいだけだ!」
と心情を吐露するも、
「ハッ、結局あんたらはあたし達のカラダをその腐った目で舐め回したいだけでしょ!」
と冷たくその嗜好性を罵倒。
結果、共に逆上した両陣営は席を蹴り上げ、激しく角を突き合わし、混迷の度合いを大きく増しながら、ついには修復不可能なほどの決定的な軋轢が生じるまでの内紛に発展していったらしい。
── 結果、ここで起きたまさに血で血を洗うような抗争は、敢闘空しく数の論理で女側が負けた。
先月の全校集会で銀杏高校一、冷静沈着な男と言われる友好実行委員長の橋立栄、奴が壇上で拳を固く握り締めて涙ながらに語ったその姿はまだ記憶に新しい。
「皆さん! この闘いは男と女、それぞれの感性をお互いが殉教覚悟で必死に貫き通そうとした、【聖戦】でした!!」
その直後に体育館内に男共の野太い声で橋立の名のシュプレヒコールが沸き起こったあの日の情景は、後に銀杏高校の武勇伝の一つとして長く語り継がれていくことになるだろう。
── その後、敗者となった女の委員二名は「やってられないわ」と委員会を自主的に去った。
残った四名の精鋭達は己らのリビドーを上手く企画にまで昇華することに成功、そして教師達がそのチェックを行う最後の難関、≪審査会≫を昨日無事に突破したというわけだ。
「ほい柊平くん。どぞ!」
前の席のシンから回された祭典内容のプリントに視線を落とす。
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【 第十二回 銀杏高校 相 互 親 睦 祭 典 】
祭典概要
・ 来たる十月十五日に行われる、今年の相互親睦祭典は本校体育館で行う。
・ 各学年、各クラスは最低二名、最高四名までの女子生徒を “ 仮装給仕嬢 ”
要員として九月二十九日までにすみやかに選出すること。
・ 飲食スペースとして開放された体育館内で先生方や我々生徒が楽しく歓談に
興じられるよう、選ばれた仮装給仕嬢の皆様には飲み物等を運ぶ重要な役割を
任命する。
・ 相互親睦祭典中に一人一票の人気投票を行い、見事一位を獲得した仮装給仕嬢には
盾と賞金一万円を進呈。
・ 尚、仮装のジャンルは一切制限無し。
各クラス、各仮装給仕嬢の裁量に委ねることとする。
── 以上 ──
第十二回 銀杏高校相互親睦祭典
友好実行委員会Ⅱ代表 橋立 栄
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「うおおぉぉぉぉぉぉぉ――――っっ! オレの時代が来たぁぁぁ――ッッ!」
ブリーチヘッドをきらめかせて机の上に立ち上がり、拳を作って絶叫しているのは将矢だ。
間髪入れずにクラスの男共の大多数が皆こぞって将矢に習い、絶叫、絶賛、感涙し、この先、その身で体験出来るであろうその至幸に手を取り合い、多くの者が抱き合って酔いしれている。
そんな男共の歓喜の様子に触発され、
「あぁんっ! 皆さんがそんなにやる気を出してくれて先生も、先生も嬉しぃぃぃぃぃぃっっ!」
と両腕を自分の体に巻きつけ、教壇の上で一人悶えているのは毛田。……はっきり言って異様な光景だ。
「じゃあ張り切って次に行きますよぅ~! 早速だけどぉ、これからどの女子がこのクラスの代表になるのか、投票を始めますぅ~! さぁこれから配る用紙に我がクラスの麗しき代表を二名以上選んでこの箱に投票して下さいねぇぇぇ~っ!」
毛田がこう告げた瞬間、
「おおおおおぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁぁぁ――っ!!」
教壇に生徒が怒涛の勢いで群がった。
……ただし、群がっているのは男だけだ。女はほぼ全員、露骨に嫌そうな表情を浮かべてドン引きしている。
「ちょっ、ちょっと! 男子の皆さん! 用紙は今からちゃんと配るから席に座っていてちょうだいっ!」
慌てた毛田が必死に男共を牽制するが、すでに野獣と化している野郎共に人語を理解することなどすでに不可能だ。千手観音の如く、投票用紙の束に群がる無数の手、手、手。
「テッメェーッ! 何人たりとも俺様の前に割り込むんじゃねぇっ!!」
「うるせぇっ! 今年こそオレの野望を成就させるんだぁぁぁぁぁーッ!」
「いいから用紙ををををっ、オレにその用紙をををををををををを――ッ!」
── 教壇前は阿鼻叫喚、すでに下克上状態だ。
椅子から立ち上がり歩きかけたシンが、俺の方に半身をひねる。
「お? 柊兵くんは投票しないのかい?」
馬鹿らしくて参加する気など起きないので完全無視を決め込む。
俺がそっぽを向いたのでシンは小さく笑い、「そっか」と呟くとあっさりと教壇の方角へ去っていった。
投票後すぐに開票されたようだが、ずっと外を眺めていたので代表に誰が選ばれたのかもよく分からなかった。興味もねぇし、どうでもいい。
……そういや、こういう類のことにはいつもなら将矢と一緒に真っ先に盛り上がるシンも淡々と投票していたな。珍しいこともあるもんだ。