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五日目

今回はセレスティア視点になります。




 太陽が沈み、月が昇る。その月が沈むと皮膚がぞわりと蠢くような感覚がある。

「あっ。えっと、お嬢様」

 変化は一瞬だ。いつもは違う名で呼ばれているので、侍女の二コールが戸惑ったように言い換えた。

「今日のドレスは?」

 彼女は身内同然の執事の娘だが、まだここにきて間もない。そのため、この変化に慣れないようだ。戸惑ったことを自分に叱咤するように顔を顰め、次ににっこりと微笑んでドレスを用意してくれる。

「今日はこちらです。お嬢様は何を着ても似合いますが、やっぱり濃紺が一番似合いますわ」

 二コールが手にしたドレスは腰にたっぷりドレープを利かせた光沢のあるドレスだ。結婚を心配する両親が力を入れていつも用意してくれている。

 財力はあるのだろうが、あまりこういう無駄遣いをして欲しくない。

「まあ、私が十代のうちは黙っているつもりだけれど」

 正直に言えばこんなもので運命の相手が決まるわけではない。

「はぁ。面倒くさい」

「お嬢様。旦那様の前では絶対におっしゃらないで下さいよ。この前なんか、父が本当に大変だったと言っていたのですから」

「分かってるわ。もう言わない。まさかあそこまで落ち込むと思わなかったのよ」

 今年に入ってこの馬鹿げた宴の頻度が増し、つい結婚などしなくていいではないかと言ったことがある。結婚しなくてもちゃんと家は継げるし、ウィーヴィング家の血筋は王家と違って嫡流でなければならない決まりはない。従兄弟もいるのだからいいではないかと。

 この呪いが表に出た時から、両親が悩んでいることも知っている。本人はすでに諦めているのだが、両親はそういうわけにはいかないのだろう。なにせ、一人娘なのだから。

「どうしてもう一人作らなかったのかしら」

「それは奥様に言わないでくださいね」

「もちろんよ」

 母はあまり体が丈夫ではない。一人産むのにもかなりの障害を乗り越えたらしいのだ。

「時間しか解決しないことくらい分かってる」

 両親が諦めるか、心配されないくらい自立するしかないのだ。それには時間がかかるし、その時間が全てを解決してくれるのではと思っている。

「とにかく、この十五日間は文句は言わないから」

「はい。わかっています」

 ニコールとそんな話をしつつ着替えを終える。髪を整え化粧を軽めに施し終了だ。

 鏡の中の完璧に仕上がった自分を見つめて溜息を吐き出す。

「セレスティア様、幸せが逃げますよ」

 ごく小さなものだったのだが、後ろからそんな声を掛けられる。侍従のカルロだ。

「逃げるほど私の幸せは余ってないから大丈夫よ」

「明日までの辛抱です」

「はぁ」

 今度はあからさまに吐き出した溜息にカルロはただ笑うばかりだ。無駄に綺麗な顔をしているので未来の妻が隣で顔を赤くしているのは黙認する。

「それはそうと、昨日は珍しく楽しそうでしたね」

 支度部屋から広間へは少し遠いので彼らが付き添ってくれる。その間にふと思い出したように昨夜のことを口にした。

「そう? そうかもしれないわね。純粋に話を楽しんだのは久々だったから」

「彼が運命の人ではないのですか?」

 まだ頬を赤くしたままのニコールが興奮気味にこちらにキラキラな視線を向けてくる。

「それはどうかしら? あまり私には興味なさそうだけれど」

 廊下を歩きながら昨夜の彼を思い出す。

 挨拶はもちろんしていたが、それ以降全く近づいてこないので彼は家に言われて仕方なく来た口なのだろうと思っていたし、実際そうであることも知っていた。

 それが、なぜか昨日は彼から話しかけてきたのだ。

 ――「今日の月はご覧になりましたか?」

 なんて、意外すぎる言葉で。

 もちろんそつなく返事をしたのだが、その後の彼を交えた会話は実に楽しかった。



 昨夜も大体決まっている顔ぶれが回りを囲み、それに適当に答えていた。笑顔を作りつつ、内心では大いに呆れ、冷めた感情しかなかったが。

 それほど遠くない場所でこちらを見るだけの人物もかなりいる。親への義理だけで来た人物や、この囲む亡者たちに気圧されて近づけない田舎者たちがほとんどだ。最初はそういう人物たちにもこちらから話しかけたりしていたが、そもそも競争に入り込んでこないのだから、それ以上の発展はない。

 そんな中に運命の相手とやらがいるのなら、どこかでばったり出会い、呪いも解けるだろう。

 そう、あの口伝が本当ならば。

 なので、いつからかそれらに話しかけることはしなくなった。最初の挨拶くらいは当然するが、常連になっている人物たちにはそれすらもしなくなった。

 とにかく、この面倒な行事を終わらせるべく、笑顔で適当に返答をしていればいい。最近では見つける気があるのかないのか分からない人物も出てきていた。

 そんないつもの生垣の相手をしていると、その隙間からするりと一人声をかけてきた。

「今晩は。今日の月はご覧になりましたか?」

 月の話題はあまり出ない。呪いが月と関係しているからと気を使われているようだが、声の主はにやりと笑いながらそんな風に声をかけてきた。

「ええ。今日はとても綺麗に出ていましたね。貴方もご覧になったのですか?」

「いいえ。生憎空を観賞する感性は持ち合わせてないようでして」

「そうですか。一つ損をしていらっしゃるのね」

 傍から聞けば嫌味の応酬のように聞こえるかもしれない、そんな会話の出だしだった。

 周りから彼を注意するような声も聞こえていたが、それは綺麗に無視して話を続ける。どうやら彼はこういう状況に慣れているようだ。

 茶色い髪に青い目。比較的よく見る組み合わせだ。特に美形というわけでもないし、不細工というほどでもない。背は平均よりは少し高く、体の厚みが回りの貴族たちと違う。細い人間が横にいる分、鍛えているのが良く分かる。

「確か、ホーキンス様でしたね」

「ええ。今日はどうしても貴方に聞きたいことがありまして、こうして声をかけさせていただきました」

 向けられる瞳にどこか面白がっている雰囲気がある。これは何か爆弾発言でも考えているのかと、過去にもいくつかあった記憶と重なる。

「答えられる範囲でお願いしますね?」

 小首を傾げて困ったように尋ねると、「それはどうかわかりませんね」とやはり面白そうに答える。その言動にやはり周りの貴族たちから彼を諌めるような声を掛けられる。しかし、それを受けてなお、彼は面白そうだ。

 つまるところ、どうやらこの生垣たちをからかいにわざわざ声をかけたようだ。

「そうですか。こちらも聞かなければ判断もできませんので、どうぞ」

 質問する許可を出すと、周りが静かになった。結局は彼が何を質問するのか興味があるらしい。なんとも分かりやすい。

「気になっていることが一つありまして」

 そう前置きをしてちらりと視線をどこかに投げ、すぐにこちらに戻す。

「今の貴方にキスをするのはダメなのですか?」

 その発言に一瞬、会場が静まり返った。周りにいる貴族が彼に視線を集中させ、それをそのままゆっくりこちらに向ける。

「今の私にしたところで解呪ができたかわかりませんよ?」

 それを聞いて、回りが「そうだ」と頷く。

「朝になれば必然的にわかることです」

「何かの間違いで複数の方とした場合は、どう判断なさいます?」

 この言葉にいくつか「は?」と音が漏れた。

「解呪できたのなら、貴方の判断でどれかを選べばいいのでは?」

「なるほど。呪いさえ解けてしまえばいいのですから、それもいいかもしれませんね」

 にっこりと微笑んで答えると、周りの生垣の熱が上がったように感じた。

「ですが、選ばないという選択肢もあります」

「そうですね。誰だったのかわからないが、呪いは解けたと言えばよい。呪いを解くことでしか運命の相手とやらは分からないのですから、複数を相手に呪いが解けてしまえば、それが誰かを特定するのは難しい。その場合、貴方はより良い相手を夫にできる」

「あら。中々良い考えかもしれませんね」

 中々筋の通った話である。目の前の人物はかなり頭がいい。過去にも色々と爆弾発言をする人物がいたが、周りを煙に巻くことを提案した人物はいない。

「試してみますか?」

 にやりと意地悪そうに笑う彼の言葉に周りの貴族たちが抗議の声を上げる。

「何を言っているのだ!」

「馬鹿なことを言うな!」

「ウィーヴィング様がお許しになるわけがないだろう!」

 顔を真っ赤にして一人を責めるが、その抗議に彼はまったく動じていない。面白そうに笑って彼らの反応を見ている。

「残念ですが、私にも好みがございますので」

 その一言で周りがみごとにぴたりと止まった。

 声も動きも、上がり続けていた熱も下がったように感じる。それほどショックな言葉だったかと、なんだか可笑しくなって思わず口元が歪んだ。それを手で隠すと、目の前の彼が意外そうに眉をあげてから微笑んだ。

「いつか貴方とは普通に話がしたいですね」

 それが心からの言葉かどうかは判断できなかったが、これほど楽しい会話もそうないと思う。

「ええ。いつか機会があれば是非」

 そう答えると彼は一礼してから会場を後にした。



 そんな事を思い出しながら歩いていると広間に到着した。

「今夜も楽しめるといいですね」

「どうかしらね。もう話しかけてこないと思うわ」

 もし自分の立場であればそうする。

 彼は特にウィーヴィング家やその娘に興味があるわけではなさそうだ。おそらく親への義理で来ただけで、まだ結婚など考えていないのかもしれない。大体がキスで呪いを解くなどという、乙女が絶賛する運命などに興味はないだろう。

「あの人とは後で連絡を取ってみようかしら」

「セレスティア様にしては珍しいことですね」

 この呪いを受けてから、どちらかの姿でしか人付き合いをしていない。知っている人間も何人かいるが、それはかなり歳が離れている。

 過去数人に知られているが、そのどれもが惨憺たる結果だった。

「あの人はこの私に興味ないようだし、私だって日頃の鬱憤を発散したいのよ」

 カルロたちも話は聞いてくれるが、結局は主従関係で、腹を割って話してはいない。

 軽く息を吐き出すと、カルロがクスリと笑う声がした。

「幸せが逃げますよ」

「セレスティア様がいらっしゃいました」

 ニコールが広間の中に声をかけるのを待って中に入る。

 ざっと視線が集まる。

 向けられる視線の意味するものは様々だ。一番多いのは秋波ではあるが、それが純粋なものであるとはこれっぽっちも思わない。たまに純粋に見つめてくる人物もいるが。

「こんばんは。今夜もお会いできて嬉しく思います」




とりあえずここまでは連日がんばりました。

次回から遅くなると思います。

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