四日目
夜は彼女との逢瀬があるので皆一堂に会するが、彼女が姿を変えているという時間帯は皆それぞれの時間を過ごす。
もちろん、彼女を捜索する人物がほとんどだが、中にはそうでない人物もいる。街へ気晴らしに出たり、夜まで部屋にこもったり様々だ。
早朝に会うがその後は見かけない少年が、今日は庭へと出て行くのが見えた。
「なんだ。いるんだな」
軽い足取りで颯爽と歩くその後を、あの嫌な男がついて行くのが見えた。あの二人はそれほど仲が良くないのだろうと思っていたが、そうではないのだろうか。
そんな事を思いつつ廊下を進むと前から男前が歩いてきた。
「ホーキンス殿。こんにちは」
「どうも。試してみたか?」
なんとなく面白半分でそう声をかけると困ったように眉を下げた。
「まさか。考えてはみましたけど」
実行はしなかったのか。あの後話しの輪に加わっていたようだったから、挑戦権を得たのかと思ったがそうではなかったらしい。
「あの、ジェームズ殿を見かけませんでしたか? こちらに歩いて来たと思うのですが」
「ジェームズ…ハルク?」
ファーストネームだけでは判断ができず、フルネームで尋ねる。
「はい」
「さっき、庭に出て行ったのが見えたが」
「そうですか」
少し硬い表情のスタンリーは「では」と声をかけて庭への出入り口へと向かった。
「なんだ?」
二人とも何度か来ているのだから顔見知りかとは思う。しかし、スタンリーが硬い表情をする理由が思いつかない。庭に出たスタンリーを目で追い、興味本位でその後を付けてみた。
庭はさすがウィーヴィング家とでも評すればいいのか。立ち木はおそらくあったものをそのままにしているのだろう。人工的な秩序があるわけではなく、その間を縫うように小道が作られている。その小道の脇に花が並んで植えてあり、どこか少女趣味だと思える様相だ。
その小道を少し早足で歩くとすぐにスタンリーの背中が見えた。少しして彼が走り出す。その後をついて走るとジェームズの姿があった。スタンリーが声をかけたので近くの雑木に紛れ込む。
「スタンリー。お前か」
「お前とは随分だね」
ジェームズの声に答えたのは間違いなくスタンリーだろうが、口調も雰囲気も違う。
「なんだ。お前に話す事などない」
ジェームズが冷たく言い切るのに失笑のような笑い声が漏れる。
「私もないさ。ただ、確認したくてね」
「確認?」
二人はどうやらだいぶ顔見知りの間柄のようだと会話の雰囲気から察する。二人の会話を雑木の陰で聞いていたのだが、ふと同じように近くに人が居るのが見えた。こちらから見えるという事はあちらからも見えるということで、向こうもちょうどこちらに気づき、唇の前に指を一本立てる。随分面白そうな表情だった。
「君はセレスティア殿の本当の姿を知っているか?」
「本当の姿?」
どうやらスタンリーは昨日の話の確認に回っているようだ。
ジェームズはその問いに怪訝そうな声音で鸚鵡返しに返す。どうやら知らないようだなと、声だけで判断したのだが、どうやらそれはスタンリーも同じなようだ。
「知らないのならいい」
それだけ言うと歩き出す音がする。来た道を引き返しているようで、彼がそのまま振り向かなければバレはしない。しかし、移動はしたほうがよさそうだと判断する。
同じように隠れていた人物もそう思ったのか、向こうのほうへと歩き出していた。
「待て。それはどういうことだ」
「君には関係ない」
柔和な対応が嘘のように冷たいスタンリーに、ジェームズはかなり嫌われているのか、あるいはあちらが本性なのかどちらかだろう。後ろで少し揉めている様子だった。
適当に歩いて大きめの木の陰で立ち止まる。このくらい離れれば大丈夫だろう。しばらく庭を観察してから来た道をまた戻る。二人は居なくなっていた。
スタンリーの意外な姿を目撃しただけでも来たかいはあったか。そんな事を思っているとジェームズが向かっていた先からシーリーがやってきた。
「先ほどはどうも」
明るく言いながら挨拶をする。先ほど同じように会話を聞いていたのはこのシーリーだ。
「ハルクが君を追いかけていたようだったが」
「オレ? なんで?」
「さあな。そのうちフィルドにも追われるんじゃないか?」
そう言ってやるとにーっと口の両端を上げ、さも楽しそうな顔をした。
「なるほど。さっきと同じ事を聞かれるわけか。ハルク殿で聞かれるんだから、当然オレも聞かれるかな」
頭の後ろで手を組んで言うシーリーは歳相応の少年っぽさが出ていた。
「そういえば、君は何度目なんだ?」
初めの日にジェームズが三回目だと言っていたということは、シーリーも三回以上は参加しているということだ。
「立ち話だと長いんですよね」
そう言うと歩き出し、その先にベンチが置いてあった。そこに座ると足を投げ出し空を見上げた。
「あー。もったいないなー。今日みたいな乾いた空気のときは絶好の虫干し日なのに」
「ああ。確かに」
同じように空を見上げてそろそろそんな季節だなと思い、そんな事も忘れるほど忙しかったのだと思い返して笑った。
「えっと。他の人の話ではジル・ホーキンスさん?」
「ああ、そうだ」
そういえばきちんとした自己紹介はしていないことに思い至る。
「アドラル領エッフィンガム家の分家だ。お前は?」
「シーリー・ミュゼル。ウィーヴィング家の分家で、セレスティアとは一応従兄弟ってことになるかな」
「従兄弟」
驚いた。まさかそんな人物がここに参加しているとは思わなかった。まじまじとその顔を見てみるがあの月影の姫とは似ていない。金髪に青目なのは同じだが、この国のほとんどがその色を持っている。
そう言えば夜の宴にシーリーを見たことがない。ジェームズもいないので、特に気にしていなかったが、特別彼女と接触を図る必要がないからか。
観察するこちらの視線に気がついたのかにっと口の端を上げた。
「セレスとは似てないですよ。オレ拾われっ子だから。まあ、だから従兄弟になったのは二年前なんですだけど」
「養子だってことか?」
それには肩をすくめてみせた。
「このままセレスの呪いが解けないなら、オレがもらうことになってる」
シーリーの話に思わず眉を寄せてしまう。
「お前の本来の両親はどうなっているんだ?」
従兄弟結婚は良くあることだ。他家の干渉を受けないようにするには身内で固めるのが無難であることからもよく行われている。しかし、彼はたった今自分が養子だと言った。
「そこが問題になっていたらここにいないと思いますが?」
ウィーヴィング家は国にとっても重要な家柄だ。そういう心配は排除しているか。
「そうだな。悪い」
「いいえ。もっともだと思いますよ」
「では、二年前からここに?」
質問には呆れたような笑顔が返る。
「毎度ここに呼ばれるのは、もしその運命の人っていうのが見つかった時に、きちんと父に報告できるようにっていう…なんだろう、監視?」
小首をかしげて言うのにどこか呆れが混ざっているようだった。
初めてあった時のあれは探られていたということか。中々優秀な調査員だ。
「君は彼女を欲しいとは思わないのか?」
「んー。別にこのまま結婚ってことになっても困らない。かな」
困りはしないが積極的に欲しいとは思っていないようだ。
「そうすると君は、彼女の本来の姿を知ってるわけか?」
いや、それよりも一番肝心な疑惑が湧き上がる。
「君は彼女がどんな姿になっているのか知っているのか?」
「教えませんよ」
意地悪い顔で笑って答える。つまり、知っているということだろう。なるほど、ハルクが追いかけた理由やあの態度は、もしかしたらそれが原因か。
「まあ、なんにせよ早くこの拘束から逃れたい」
あまりに切実に聞こえる声に思わず笑ってしまう。
「ホーキンスさんって笑うと若く見えますね」
歳相応に見られたこと事態が少ない。いつも年上に見られるが、若く見えるとは初めて言われた。しかし、それも結局年上に見られているという事ではある。
「ジルでいい。多分お前が思ってるほど歳じゃないぞ」
「あー。フケガオなんですか」
棒読みで言うのにおかしくてまた笑う。
「お前も年齢不詳だな。最初はもっと年上だと思った」
「そうですか? これでも童顔だって言われるのに」
自分の頬をにゅっと摘んで言うのに頷く。
「顔はな。アンドリューっているだろう? あれ、お前と一つしか違わないんだぞ」
「ああ、ちょっと頼りないですよね。っていうか、あの人見かけるたびに虐められてるんですよね」
人気がないのをいい事にしばらくそこで話し込んだ。
シーリーはよく笑う。イタズラっぽく、面白そうに、呆れたように。これだけ明け透けに笑う人物に会うのは実に久しぶりだった。