三日目
連日、夜にはセレスティアが現れ皆と交流を持つ日々が続いた。
夜現れる彼女は確かに魅力的で、恋心を抱くには十分な容姿をしている。会話も楽しいものであるし、あれだけ凜とした姿を見せたにも関わらず、謙虚で清楚という印象は崩れなかった。
今日は鮮やかな赤から深い赤に変わるドレスを纏い、まるで夕焼けの天使のようである。結い上げている髪の一部を首元に緩やかに流し、彼女が動くたびに揺れるそれに思わず視線がその色香に誘われる。
その様子を近くに行って称える者もあれば、遠くに眺めている者もいる。
「月の無い夜だけ、ということは、これからあの姿で出てくる時間は少なくなってくるわけか」
「そういうことですね」
遠目に眺めているうちの一人がこちらの呟きに返事を返す。
見てみれば中々の男前が立っていた。
「初めまして、ですね。私はスタンリー・フィルドと申します」
「ジル・ホーキンスだ」
金髪に緑目と一般的な色彩を持っているが、どこか花のある人物だ。そしてどこか馴染みのある雰囲気がする。
「貴方はお話なさっていないようですが」
こちらの観察する視線に苦笑を返したスタンリーが視線を移す。視線の先にいる彼女を眩しいものでも見るように目を細め、うっとりと微笑む。その姿はどこからどう見ても恋する男にしか見えない。しかし、あまり表面を信じないほうがいいと勘が告げる。
「そういう貴方はどうなんだ? こんなところで俺と話をしている暇があれば、あの中に加わるべきじゃないのか?」
期限付きの逢瀬である。時間は有効に使うべきではないかと促したのだが、スタンリーは苦笑してこちらに視線を戻す。
「今の彼女に自分を売り込んでも意味がないと思いませんか」
それは確かに正論である。今の彼女なら婿に来る男など五万といる。自分の株を上げる方法で一番効果があるのは、姿を変えている彼女に愛を囁くことだろう。美しい今の彼女より、どんな姿か分からない彼女に。
「見つけるのは難しそうだな」
呪いが姿を変えるものであるという事は教えられはしたが、何に姿を変えているとは当然知らされていない。それを見つけ出して、口伝通りに解呪するのであればキスを贈らねばならないのだ。
この三日で四人ほどが脱落していた。それほど彼女を見つける手がかりが皆無なのだ。
「貴方は初めてでしたね」
「貴方は何度か来ているのか?」
どうやらこのスタンリーも常連の一人であるようだ。こちらの問いに少し困ったように微笑んで頷いた。
「ええ。実は五度目です」
ご苦労なことだなと心の中で呟く。今度はその言葉を代弁する人物は現れなかった。
「三分の一は二度以上ここに来ていますよ」
「まあ、わからないでもないが」
シーリーも常連だと言っていたか。よくもまあ、そこまで粘るものだ。
五度目でも彼は彼女を見つけられていないのであれば、初めてきた人間には到底無理なのではと思わないでもない。同じく遠くに見つめているアンドリューには高嶺の花になりそうだ。
「何か手がかりはないのか?」
恋する瞳のアンドリューを見てなんとなく尋ねた。そもそも彼女と話をしている人物たちはそれが欲しいというのもあるのだろう。スタンリーは五度目だという事は何か聞き出している可能性もある。しかし、隣から溜息がもれたことで答えを察する。
「何もなしか」
「ええ。彼女は何も話してくれません。というより、信じてないんです」
どこか切なげに紡がれる声に顔を向けると、視線を下にして何かを考えているようなスタンリーがいる。
「今の彼女にキスをしてはダメなのか?」
なんとなくずっと引っかかっている事を口にすると、スタンリーは驚いたように顔を上げた。
「え?」
「条件は彼女を心から愛した人物からの口付けなのだろう?」
当主は確かにそう言ったはずだ。
「それに、今の彼女がその姿を変えた状態ではないとは言い切れないはずだ。彼女の元の姿を知っている人物がいれば話は別だが」
そう、姿を変えるのは分かっているが、夫妻も彼女も今のあの姿が本当の姿だとは言っていない。もしかしたら、逆もありえるのではと思うのはおかしいのだろうか。
スタンリーはこちらの話をぽかんと口を開けて聞いていた。男前が台無しである。
「貴方は彼女の元の姿を知っているのか?」
「いいえ」
「今の彼女が姿を変えた姿で、本当はもっと違う姿だということもあるだろう。まあ、可能性の問題だけどな」
普通の娘が美女に変わっているとしたら、あの取り巻き連中はどういう反応を示すのだろうとふと思う。まあ、ほとんどが財産目当てだろうが、彼女が口伝を信じていないのはそういうことも一因としてあるのではないだろうか。
「ま。なんにしても、可哀想だと思うけどな」
呪いのために両親が困っている。それを解消するために必要なこととはいえ、こうしてある意味晒し者にされている。挙句に、意に沿わない相手であろうと解呪ができれば結婚しなくてはならない。
解けても解けなくても悲劇だなと思う。
「口伝通りなら、解呪できるのは運命の相手であるはずです」
「だから幸せになると?」
「それは…。幸せにするのは当然でしょう」
少し眉を寄せて抗議するスタンリーに思わず笑う。
「なんですか」
笑ったこちらに不快そうに今度こそ眉を寄せた。
「すまない。いや、貴方は間違いなく貴族だなと思ってな」
「貴方もそうでしょう」
「まあな」
ここにいるほとんどは貴族だ。
しかし、貴族ともいえないような地方出身者が多い。
ウィーヴィング家の婿となることがどういう事か知らない田舎者。他の領地の名も知らないような青年に、家督を継がなくてもいいのだと笑う少年。
まあ、親が野心家であれば当然の命令だろうし、次期当主からしてみれば家督を継がない弟など、はっきり言って邪魔でしかない。それが利益に繋げるのなら多いに利用するべきだ。
その思考に自嘲が漏れる。自分の環境の良さに神に感謝するべきかもしれない。
「貴方はどうしてここへ?」
興味がないと態度で示しているのだから不思議なのだろう。
「どんなものか興味があっただけで、別に結婚しようとは思ってないんだ」
そもそもそれが理由で来た訳ではないし、本当のことなど言えるはずがない。
「それに、競争相手は増えないほうがいいだろう?」
そう言ってやると苦笑とも困惑とも付かない顔で笑った。
「まあ、競争相手は少ないほうが確かにいいですが。ウィーヴィング家の資産や彼女に魅力は感じないのですか?」
「貴方はどっちなんだ?」
「私は純粋に彼女を手に入れたい」
「どんな姿でも?」
その問いには一瞬だけ詰まった。
「ええ、もちろんです。貴方は?」
「確かに魅力的だとは思うけどな。何度も通うほど心を動かされるかと聞かれると、答えは否だな。ここに来るだけでも金がかかるのに、彼女が言う「不確かな口伝」を信じたとしても動機として弱い。まあ、あれだけの美女にキスをするのは悪い気はしないけどな」
本能的な不純な動機ならば確かにある。
こちらの答えに潔癖そうなスタンリーは、それでも嫌な顔はしなかった。
「彼女と話をしてみてください。貴方も本気になるかもしれませんよ」
なぜか余裕たっぷりに宣言されてしまった。
確かに挨拶くらいしかしていない。その時の彼女は今見えている彼女となんら変わらない印象だ。
控えめで、清楚で、若く、美しい。こちらの言葉には柔らかな笑顔で答え、その声はとても落ち着いていて心地よい。
まさに男の理想を詰め込んだような女性である。
しかし、経験や感覚で分かってしまうものがあるのだ。
あれはそう演じているのだ。
最初の凜とした彼女のほうがおよそ違和感がなかった。
「俺は人形なんぞいらないがな」
今の彼女を見ているとその感覚が強く、思わず呟いた。
「なんですか?」
「いいや。まあ、一度話をしてみるのもありかもしれないな」
何もしなさ過ぎるのも逆に不信をもたれるだろう。今日はそろそろお開きになる時間だ。明日にでも少し話してみるかと思案する。