明日のわたしへ
ちゃんとしなさい。
何度そう言われてきたか、もう数えていない。
ちゃんと起きて、
ちゃんと働いて、
ちゃんと笑って、
ちゃんと人に迷惑をかけず、
ちゃんと年相応に生きなさい。
あなたはそのたび、うなずくふりが上手くなった。
朝、目覚ましより先に目が覚めるのは、不安だからだ。
カーテンの隙間から入る光に、今日も始まってしまったと思う。
スマホには返していない連絡。
母からの「元気?」
友達からの「今度会おう」
通販の発送通知。
誰も責めていない文字たちが、責めてくる。
顔を洗って、鏡を見る。
ひどい顔だと思う日と、まだなんとかなると思う日がある。
今日はその中間だ。
いちばん扱いに困る日。
あなたは恋もした。
馬鹿みたいに信じて、
少しだけ疑って、
結局ぜんぶ失った恋もあった。
「重いんだよ」と言われた夜、帰り道のコンビニでプリンを買ったことを覚えている。
傷ついたのに、スプーンをつけてもらう礼儀だけは忘れなかった。
家族のことも、うまく愛せなかった。
母の優しさは、ときどき息苦しかった。
父の無口は、ときどき刃物だった。
でも歳をとるたび、あの人たちも初めての人生だったのだと知る。
あなたを育てながら、自分の未熟さにも育てられていたのだろう。
許せないことは残っている。
でも、理解してしまった憎しみは置き場所がない。
洗濯物を干しながら泣いた日がある。
靴下の片方が見つからないだけで泣けた日もある。
そんなことで、と思うだろう。
そんなことで泣けるくらい、別の何かをずっと堪えていたのだ。
あなたは特別じゃない。
代わりはいくらでもいる。
電車に乗れば、似たような顔で似たように疲れた女たちがいる。
スーパーでは献立に悩む女がいて、ドラッグストアでは値札を見比べる女がいる。
みんな少しずつ負けながら、誰にも見せず暮らしている。
だから安心しなさい。
あなた一人が惨めなんじゃない。
あなた一人が弱いんじゃない。
そこら辺にいそうな女たちの胸の奥にも、声にならない嵐はある。
それでも、夕方になると空腹は来る。
洗えば皿はきれいになる。
好きだった歌を聴けば、少しだけ血が巡る。
ドラマの続きを見たくなる。
どうでもいい芸能ニュースに笑ってしまう。
人生は、壮絶な絶望だけではできていない。
こういう、しょうもない回復でつながっている。
恋をまたしたっていい。
しなくてもいい。
母に優しくできる日だけ優しくすればいい。
仕事が見つからない日が続いても、人格までなくしたわけじゃない。
何者にもなれなくても、今日のあなたにはなれている。
それだけで、充分に難しい。
ねえ、明日のあなたへ。
期待はしない。
でも少し信じている。
コンビニであたたかいものを買って、
洗い物をして、
眠れなくても横になって、
また朝が来たら、
嫌そうな顔で起きなさい。
その程度でいい。
その程度を続けた人だけが、いつか救われる。
だから今日も、生き延びて。
誰のためでもなく、
あとであなたがあなたを見捨てないために。




