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妹に聖女の座を奪われ極寒の地に追放されましたが、冷酷公爵様の不器用な溺愛と巨大もふもふ精霊王に囲まれ幸せです  作者: 黒崎隼人


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第8話「氷の街の灯火と領民の笑顔」

 厚い雲に覆われた空から、粉雪が舞い散る午後だった。

 公爵邸の重厚な鉄門が開き、黒い馬車がゆっくりと雪道へと進み出る。

 ルシエルはカリスから贈られた白い毛皮の手袋をはめ、馬車の窓ガラスの曇りを指先で拭った。

 窓の向こうには、厚い雪に覆われた針葉樹の森が流れていく。

 今日はカリスの領地視察に同行し、公爵領の中心となる街へ向かっていた。

 ルシエルにとっては、追放されてから初めて公爵邸の外に出る機会だった。

 向かいの席に座るカリスは、腕を組み、静かに目を閉じている。

 彼の黒い毛皮の外套には微かに雪の名残があり、車内の暖かな空気の中で少しずつ溶け出していた。

 馬車が森を抜け、緩やかな坂道を下ると、石造りの建物が立ち並ぶ街の景色が広がった。

 建物の屋根には厚い雪が積もり、煙突からは白い煙が真っ直ぐに立ち上っている。

 街の通りには多くの人々が行き交い、寒さに身をすくめながらも活気に満ちた声を上げていた。

 王都のような華やかさはないが、厳しい自然の中で助け合って生きる人々のたくましさが伝わってくる。

 馬車が中央広場で止まると、御者が扉を開けた。

 冷たい空気が車内になだれ込み、ルシエルは身を震わせる。

 カリスが先に降り立ち、ルシエルに向かって大きな手を差し出した。

 ルシエルはその手を取り、凍りついた石畳の上に慎重に降り立つ。

 カリスの手のひらは手袋越しでも分かるほど温かく、ルシエルの体をしっかりと支えてくれた。

 二人が歩き出すと、周囲の領民たちが次々と足を止め、深く頭を下げる。

 彼らの表情には、冷酷公爵という噂から想像されるような恐怖の色は微塵もなかった。

 そこにあるのは、自分たちの生活を守ってくれる領主に対する深い敬意と信頼だった。


「カリス様、本日は視察にご苦労様です」


 年老いた果物屋の主人が、声をかけてきた。

 カリスは足を止め、主人の顔を真っ直ぐに見据える。


「冬の備蓄は足りているか。先月の吹雪で、東の倉庫の屋根が傷んだと報告があったが」


「はい、お陰様で大工の連中がすぐに修繕してくれました。これなら春まで十分に持ちこたえられます」


 主人はしわくちゃの顔に笑みを浮かべ、店先に並んだ硬い皮の果物を一つ手に取った。


「奥様も、ようこそおいでなさいました。これは北の地でしか採れない蜜果です。どうぞお召し上がりください」


 主人はルシエルに向かって、丁寧に果物を差し出す。

 ルシエルはカリスの顔をちらりと見上げた。

 カリスが微かに頷くのを確認し、彼女は両手でその果物を受け取った。


「ありがとうございます。大切にいただきます」


 ルシエルが微笑むと、主人は少し照れたように頭を掻いた。

 周囲の領民たちも、ルシエルの姿を見て温かい視線を送っている。

 王都では罪人として石を投げられる覚悟すらしていた彼女にとって、この街の人々の温かさは胸に染み入るものだった。

 二人は市場を歩き、布地や香辛料、防寒具を扱う店を次々と見て回った。

 カリスは口数こそ少ないものの、商品の品質を鋭い目利きで確認し、商人たちと対等な言葉を交わしている。

 すれ違う子供が雪に足をとられて転んだ時、カリスは誰よりも早く手を伸ばし、その小さな体を抱き起こした。

 子供の母親が慌てて駆け寄り平謝りする中、カリスは子供の膝の雪を無言で払い、そっと頭を撫でて立ち去った。

 その背中を見つめながら、ルシエルは確信した。

 彼が冷酷公爵と呼ばれているのは、ただ表情を作ることがひどく不器用なだけで、誰よりも深くこの土地と人々を愛しているからなのだと。

 市場の奥へと進むにつれ、人だかりが大きくなってきた。

 狭い通路で向こうから荷車が近づいてくる。

 カリスは咄嗟にルシエルの肩を抱き寄せ、自分の体で彼女を庇うようにして壁を背にさせた。

 カリスの分厚い胸板が目の前に迫り、彼の力強い心音が伝わってくる。

 ルシエルの顔がカリスの首元に近づき、彼特有の冷たい冬の空気と混ざった落ち着く匂いが肺を満たした。

 荷車が通り過ぎた後も、カリスはしばらくの間ルシエルの肩から手を離さなかった。

 彼の腕の重みと体温が、ルシエルにこの上ない安心感を与えてくれる。


「怪我はないか」


 カリスが耳元で低くささやく。

 その声の振動が直接鼓膜に響き、ルシエルの背筋を微かな電流が駆け抜けた。


「はい、ありがとうございます。カリス様が守ってくださったので」


 ルシエルが顔を上げて微笑むと、カリスはふっと視線をそらし、ルシエルの肩からゆっくりと手を離した。

 街の視察を終え、公爵邸に戻る頃には、空はすでに暗くなり始めていた。

 馬車の窓から見える街の家々には、オレンジ色の暖かな灯りが点っている。

 ルシエルは手の中にある蜜果の硬い感触を確かめながら、静かに目を閉じた。

 王都での華やかだが冷たい生活は、すでに遠い過去のように感じられる。

 この氷に閉ざされた街の灯火こそが、今の自分にとって守るべき最も大切なものなのだ。

 カリスと共に生き、この土地に春をもたらすこと。

 それが自分の果たすべき唯一の使命なのだと、ルシエルは深く心に刻み込んだ。

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