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妹に聖女の座を奪われ極寒の地に追放されましたが、冷酷公爵様の不器用な溺愛と巨大もふもふ精霊王に囲まれ幸せです  作者: 黒崎隼人


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第1話「冷たい大理石と決別の夜」

登場人物紹介


◆ルシエル

不遇の扱いを受けてきた伯爵令嬢。

妹に王太子の婚約者の座を奪われ、北の地へ追放される。

自己評価は低いが、底抜けに優しく芯が強い。

枯れた大地を蘇らせる真の聖女としての強大な魔力を秘めているが、本人は無自覚。


◆カリス

極寒の北の領地を治める若き公爵。

常に無表情で口数が少ないため冷酷公爵と恐れられているが、実際は不器用で領民思いなだけ。

ルシエルを契約妻として迎えるが、彼女の温かさに触れて過保護なほどに溺愛するようになる。


◆ブラン

北の地に住まう精霊の王。

本来は恐れられる存在だが、ルシエルに命を救われて以来、彼女の前ではもふもふの愛らしい巨大な銀狼として振る舞い、常に甘えている。


◆フェリクス

王太子。

ルシエルの元婚約者。

表面的な美しさと言葉にだまされ、真の聖女を手放した浅はかな青年。


◆マリアンヌ

ルシエルの異母妹。

愛らしい外見で周囲をだますのが得意。

偽の聖女としてちやほやされるが、その力は長続きしない。

 王城の最も奥に位置する謁見の間の扉が、重たい空気を巻き込みながらゆっくりと開かれた。

 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、無数の蝋燭の光を乱反射させている。

 磨き上げられた大理石の床には、集まった貴族たちの影が濃く落ちていた。

 ルシエルは背筋を伸ばし、冷え切った床の上を静かに歩を進める。

 薄い絹の靴底から伝わる冷気が、足先から徐々に体温を奪っていく。

 周囲を取り囲む人々の視線には、明らかな嘲笑と侮蔑の色が混じっていた。

 彼らのひそひそとしたささやき声が、波のように寄せては返していく。

 豪華な装飾が施された柱の影で、扇の陰からこちらをうかがう目がある。

 そのどれもが、これから起こる悲劇を待ち望むような暗い光を帯びていた。

 ルシエルは瞬きを一つし、ただ前だけを見据えて歩き続ける。

 祭壇のように一段高くなった場所には、豪勢な椅子が二つ並べられていた。

 そこに座る王太子フェリクスの顔には、隠しきれない嫌悪感が浮かんでいる。

 彼の隣には、ルシエルの異母妹であるマリアンヌがぴったりと寄り添っていた。

 マリアンヌの金色の髪が、蝋燭の光を受けてきらきらと輝いている。

 彼女の身にまとう甘く濃厚な香水の匂いが、冷たい空気の中を這うように漂ってきた。

 ルシエルは玉座の数歩手前で足を止め、静かに頭を下げる。

 絹のドレスが擦れる微かな音が、静寂に包まれた広間に吸い込まれていった。


「ルシエル、お前との婚約は本日をもって破棄する」


 フェリクスの声が、冷ややかな刃のように空間を切り裂いた。

 周囲の貴族たちが、待っていたとばかりに息をのむ気配が伝わってくる。

 ルシエルは顔を上げ、かつて愛を誓い合ったはずの青年の目を見つめた。

 彼の青い瞳には、もはや一片の温もりも残されていない。

 そこにあるのは、異物を見るような冷たい光だけだった。


「真の聖女であるマリアンヌを虐げ、その力を奪い取ろうとした罪は重い」


 フェリクスの言葉に合わせて、マリアンヌが怯えたように身を縮める。

 彼女の細い指が、フェリクスの袖を弱々しくつかんだ。

 マリアンヌの大きな瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいる。

 その見事な振る舞いに、周囲の貴族たちから同情の視線が注がれた。

 ルシエルは反論の言葉を飲み込み、ただ静かに深呼吸をする。

 肺の奥に冷たい空気が入り込み、胸の痛みをわずかに和らげてくれた。

 枯れ果てた王都の土地に、夜な夜な魔力を注ぎ込んでいたのはルシエルだった。

 誰も見ていない暗闇の中で、冷たい土に手をつき、命の息吹を与え続けてきた。

 しかし、花が咲き誇る朝になると、決まってマリアンヌがその場に立っていた。

 人々は彼女を称賛し、誰もルシエルの泥だらけの手に見向きもしなかった。

 弁明をしたところで、今のフェリクスが信じるはずもない。


『もう、すべてが終わったのだ』


 ルシエルの胸の中に、諦めにも似た安堵が静かに広がっていく。

 ずっと背負ってきた重たい荷物を、ようやく下ろすことができる。

 悲しみよりも、果てしない疲労感が彼女の体を支配していた。


「罪深き悪女ルシエルよ、お前を極寒の北の公爵領へと永久追放とする」


 フェリクスの宣告が、決定的な終わりを告げた。

 北の公爵領は、一年中雪と氷に閉ざされた死の大地だ。

 そこに住む冷酷公爵は、血も涙もない怪物だと噂されている。

 貴族たちの中から、隠しきれない嘲笑の声が漏れ聞こえた。

 ルシエルはドレスの裾を軽く持ち上げ、もう一度深くお辞儀をする。


「謹んで、王太子殿下の決定をお受けいたします」


 ルシエルの声は震えることなく、澄み切った音として広間に響いた。

 そのあまりにも堂々とした態度に、フェリクスの眉間にしわが寄る。

 マリアンヌの唇の端が、ほんの一瞬だけ満足げに吊り上がったのをルシエルは見逃さなかった。

 ルシエルは引き返すことなく、真っ直ぐに広間の出口へと向かう。

 背中に突き刺さる無数の視線を浴びながら、彼女の心は不思議と穏やかだった。

 城の外に出ると、空にはすでに冬の気配を帯びた冷たい風が吹いている。

 ルシエルは薄いショールを肩に引き寄せ、待機していた粗末な馬車へと乗り込んだ。

 見送る者は誰もいない。

 車輪が石畳を打ち鳴らす音が、冷たい夜の空気の中に響き渡る。

 窓の外を流れる王都の灯りが、次第に遠ざかっていく。

 ルシエルは目を閉じ、これから向かう未知の白い世界へと意識を向けた。




 馬車が王都の門をくぐり抜けた瞬間、空気の質がはっきりと変わった。

 都市の熱気に守られていたぬるい風は消え去り、刃物のように冷たい風が窓の隙間から入り込んでくる。

 ルシエルは持っていた唯一の分厚い外套を羽織り、膝を抱えるようにして身を小さくした。

 馬車は整備された街道をはずれ、北へ向かう荒れた道へと入っていく。

 車体が大きく揺れるたびに、硬い木の座席が容赦なく体を打ち据える。

 ルシエルの細い肩は、寒さと衝撃で小刻みに震え続けていた。

 窓ガラスはすでに白く曇り、外の景色を歪ませている。

 彼女はかじかんだ指先でガラスの表面をそっとこすった。

 指先から伝わる氷のような冷たさに、思わず息をのむ。

 拭い去られた曇りの向こうには、灰色の空と枯れ果てた平原がどこまでも続いていた。

 生命の気配はまったく感じられない。

 空からは、粉雪が風に乗って斜めに吹き付けている。

 雪の粒は次第に大きくなり、やがて視界を真っ白に染め上げていった。

 太陽の光は厚い雲に遮られ、昼間であるにもかかわらず周囲は薄暗い。

 木々は葉を落とし、まるで空に向かって助けを求めるように枯れた枝を伸ばしている。


『これが、私の新しい世界』


 ルシエルは胸の奥でつぶやき、冷たい手をこすり合わせた。

 絶望してもおかしくない状況だが、彼女の心の中には不思議な静けさがあった。

 王城での偽りの生活よりも、この厳しい自然の方がよほど正直に思える。

 凍てつくような寒さも、容赦のない風の音も、誰かの悪意を含んではいない。

 何日走り続けたのか、ルシエルには正確な時間が分からなくなっていた。

 ただ、窓の外の雪が日に日に深くなり、馬車の速度が落ちていくのを感じるだけだ。

 御者の荒い声と、馬の苦しそうな鼻息が風の音に混じって聞こえてくる。

 ルシエルの唇は青ざめ、手足の感覚はすでに失われつつあった。

 呼吸をするたびに白い息が白煙のように立ち上り、すぐに凍りついて消えていく。


「お嬢様、もうすぐ境界を越えますぞ」


 御者のくぐもった声が、厚い木の壁越しに聞こえてきた。

 ルシエルは凍りついた窓ガラスをもう一度拭き、外に目を凝らす。

 猛吹雪の向こう側に、そびえ立つ巨大な黒い影が見え始めた。

 それは自然の山ではなく、切り立った岩壁に沿って築かれた巨大な城だった。

 白い雪と灰色の空の中で、その城だけが圧倒的な黒の質量を持って存在している。

 近づくにつれて、石造りの城壁の荒々しい質感が明らかになってきた。

 装飾は一切なく、ただ外敵と厳しい自然を拒絶するためだけに造られたような無骨な造りだ。

 城門の前には、厚い毛皮をまとった兵士たちが松明を掲げて立っている。

 炎の光が、雪の粒を赤く照らし出し、幻想的な風景を作り出していた。

 馬車が重々しい音を立てて止まる。

 扉が開かれると同時に、刺すような冷風が車内になだれ込んできた。

 ルシエルは外套の襟を合わせ、震える足で地面に降り立つ。

 新雪が靴をすっぽりと飲み込み、氷の感触が足首まで伝わってきた。

 見上げるような高い城門が、きしみ音を立てながらゆっくりと開いていく。

 城内から漏れ出す空気は、外の猛吹雪よりもさらに冷たく、古く淀んだ匂いがした。


「ようこそ、氷の墓標へ」


 出迎えた初老の執事が、感情の読めない声で告げる。

 彼の目には、ルシエルに対する同情も、敵意も見当たらない。

 ただ、この過酷な地にまた一つ命が投げ出されたという事実を受け入れているだけだ。

 ルシエルは無言で頷き、暗い城の廊下へと足を踏み入れた。

 石の床は氷のように冷たく、歩くたびに微かな足音が反響する。

 廊下の壁には等間隔に燭台が掲げられているが、その光は深い闇を照らし切れていない。

 案内されたのは、重厚な木製の扉の前だった。


「旦那様がお待ちです」


 執事が扉を開けると、そこには外の吹雪よりも冷ややかな空間が広がっていた。

 部屋の奥、巨大な窓を背にして立つ男のシルエットが目に入る。

 ルシエルは息をのみ、その姿を見つめた。

 彼が、北の領主であり冷酷公爵と恐れられるカリスだった。

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