第2話 う、うちの子が喋ったぁ!!
――――ここから無事に往きたくば、資格を示せ。
そんな声がどこからか聞こえてきて、ピンク髪の少女の背後にドスンっと何かが落ちてくる。
突然の大音量に異様な気配。慌てて後ろを振り返った少女。
……その存在を認識した瞬間、少女の顔が引きつったのが目に見えてわかった。
思わずと言ったように、プルプルと震えた足で後ずさりもしている。
まあ、無理もないか。
突如、この空間の出入口をふさぐようにして出現したのは、所謂ミノタウロスといった姿のモンスター。
それも容貌がかなり凶悪。
なんというか、徹底的にこちらの恐怖心を煽るような禍々しい姿をしていた。
両手に持っている大きな二つの斧はべったりと血に濡れており、若干臓器のようなものが付着しているようにも見える。
……これはあかん。
普通ならそう感じ取って縮こまりそうなものだが、俺の方は存外平気だった。
それに、目の前の少女も完全に心が折れている訳ではないようで、なんとか踏ん張って怪物と対峙している。
というよりも、このような怪物を前に、平和な日本で生まれ育った筈の俺がどうしてここまで冷静でいられているのか自分でもわからない。
ホラー耐性には自信がある方だが、それでもあれは流石に無理だ。
まあ、こんな非現実的な状況だから、単に感覚がマヒしているだけかもしれないが……。
俺が茫然としている間にも、ミノタウロスのような怪物が動く。
大きな両の斧をまっすぐに振り下ろし、少女の頭蓋へと真っ逆さまだ。
「……っ」
危ない!そう思って咄嗟に身体を動かすも、それは徒労に終わった。
俺が少女の身に触れる寸前、なんとかギリギリ間に合うかというところで、しかし、斧は少女の頭上10センチほどの空中で停止する。
「ふ、ふ~ん……なんだ、怖いのは見た目だけか」
若干声は震えていたが、少女がほっと安堵のため息を一つ。
先ほどまでの若干腰の引けていた様子とは一転。どこか得意げなご様子だ。
堂々と仁王立ちして、お手本のようなドヤ顔を浮かべている。
それに腹を立てたのかどうか、何度も何度も激しく斧を振り下ろし続けるミノタウロスのような怪物。
その攻撃の威力と速度はあまりにも常軌を逸していたように見えるが。
それでもなお、目の前の可憐な少女に対し、怪物の凶刃は届かない。
「ふふん♪私だってここまで来れるくらいには凄いんだからね!無駄無駄~♪」
最早完全に自らの勝ちを確信したかのような、余裕の笑み。
この自信のカラクリやいかにと、よく目を凝らしてみる。
すると半透明ながらも、確かに障壁のようなものがガツンガツンとミノタウロスの攻撃を防いでいるのが確認できた。
ふむ、これはもしかしなくても魔法だろうか?
やはり、エルフっぽい耳をしてることからも、彼女は見た目以上に魔法に長けた実力者だったりするのかもしれない。
……なんだったら、年も結構いっているか?
――――いや、そんなことは今はいいか。なんか背筋がぞわっとした気もするしな。
それよりも、だ。
得意げな様子とは裏腹に、一向に攻勢に出る気配がない少女の様子にはやはり不安を拭いきれない。
まさか、反撃は得意でないのだろうか?
そんな悪い予感は、予想以上の悪い結果となってかえってきた。
「えっ!?ちょ、ちょっとちょっと!?なんで、どうして!?」
突然狼狽する少女。
見れば、彼女の展開している障壁に少しずつヒビが入り始めている。
どうにも、怪物が斧に纏わせ始めたあの紫色の炎が原因のようだ。
目に見えた変化がそれくらいだったので、原因の特定は容易い。
しかし、だからといって対処ができるかどうかは別問題ということなのだろう。
「……あっ、まず――――」
今度は横薙ぎの一撃。
かろうじて障壁が割れるだけで済んだようだが、そのまま勢いよく吹き飛ばされる少女。
飛んでくる方向は、勿論真後ろにいた俺だ。
「きゃっ」
小さく悲鳴を上げる彼女を、慌てて抱き留める。
「だ、大丈夫か?」
「え!?えええ、えっと……その、はい?」
「……」
数秒間見つめ合う。
気まずい。あとお互いに少し顔が赤い。
俺は言わずもがなであるが、どうやら彼女の方も異性に免疫はないようだ。
あと……なんかめっちゃいい匂いがする。
――――って、やってる場合か!
俺達がこうしている間にも、死神の足音は刻一刻と迫っていた。
なんのつもりか。急接近する事はなく、ゆっくりと、こちらへとにじり寄ってくるミノタウロスのような怪物。
最早残された時間は短そうだと、冷汗が額を伝っていった。
俺はイチかバチか、賭ける。
これが所謂異世界召喚だったとして、定番と言えばやはり召喚された者が持つ特別な能力だろう。
幸いなことに、あてはある。
このタブレットと電子ペンだ。
一緒に転移してきたという事は、絶対に何か意味がある筈。
というか、無かったら俺も少女もここで仲良くあの世往きである。
やはり、絵を描く系の能力と言えば描いたものを具現化する能力だろうか?
それっぽい項目を探す。
(……これか?)
普段描いた絵を保存したりする項目の中。
上書き保存の下に、【出力】という項目があった。
以前は【書き出し】の項目だった筈である。何度も選択したのだから間違いない。
この変化にはきっと意味がある筈だと。
俺は一縷の望みにかけて、丁度完成したばかりの新しいオリジナルキャラクターを出力する。
――――千剣の熾天使ユリア
それが、画面上に描かれている美少女イラストの正体だ。
千の剣を操り、二刀流と追従する八つの剣で遠近両方に対応できる魔法剣士。
そして、熾天使という名の通り最高位の天使というに相応しい強大な戦闘力を持っていると。そういった設定のうちの子だ。
その美貌も、我ながら素晴らしいという一言に尽きる。
長くさらさらの黒髪。そのハーフアップ。
純白の天使の羽に、滑らかな肢体。
所謂ダウナークール系のキャラをイメージしてデザインしたため、ちょっとSっぽい感じの雰囲気が滲んでいる。
気品に溢れた凛とした佇まいといい、女性にも人気が出そうな大人のお姉さんだ。性格面もなんだかんだと面倒見が良い姉御肌な感じを想定している。
ただし、俺の性癖がふんだんに盛り込まれているため、太ももや脇、そして豊満な胸の谷間なんかはしっかりと強調させてもらった。
ちなみに、口元の黒子と太ももの黒子も共に俺の性癖だ。胸元の黒子は流石にやりすぎかと思いこの子には無しにした。
そんなうちの子が今、俺の目の前に現れていた。
まさしくこの現象が具現化であると言うように、彼女を描いていた筈のキャンバスは既に白紙と化している。
「マジか……」
思わず感嘆の声が漏れ出る。
俺が生み出したキャラクターが今、俺の想像した通りに現実に召喚された。
しかし、その奇跡に感動するのも束の間の事。
とにかく目の前の美少女を助けなければいけないと。無理矢理に思考を振り払う。
正直、大事なうちの子に戦ってもらう事に対して若干の忌避感はあったが、ここは藁にも縋る思いで具現化したばかりのうちの子にお願いしてみた。
「頼む、俺達を助けて欲しい」
「お任せください、マスター」
端的ではあったが、確かな忠誠心の滲む声で返事を返された。
滅茶苦茶想像していたとおりの、クール系ダウナーお姉さんボイスだった。
しゃしゃしゃ、喋ったああああああああああ!!!!
と思い切りリアクションしたいところだったが、今はとにかくユリアに戦闘を頑張ってもらう他ない。
故にここは固唾をのんで静かに見守る。
無論、心の中では全力でうちの子の武運を祈り、応援していた。
とうとう、ユリアとミノタウロスのような怪物が真正面から対峙する。
ユリアは即座に千の剣を顕現させ、それを自在に操ってみせた。
それは一つ一つに神聖な力を纏い、高火力の弾頭と化す。
一応二刀流と直接追尾する8つの剣という近接戦闘手段も設定してはいるが、正直これだけでも十分な気はする。
実際に、ユリアの猛攻にミノタウロスのような怪物は防戦一方だった。
――――よし、勝ったな。
しかし――――そう思ったのも束の間の事。ミノタウロスのような怪物の速度が、段々と上昇していく。
今まで防ぐのがやっとだった千の剣の猛攻もなんなくしのぎ切っていた。むしろ反撃の余裕すらありそう。
見れば、目に見えた突然の外見的変化。
その凶悪な容貌とは相反する何か神聖そうなオーラが、怪物の全身を纏っていた。
……あるぇ??そんなのってありぃ??
などと呆けている場合ではない。
この事態に、ならば近接戦をと踏み込んだユリア。なんだか猛烈に嫌な予感がした。
この状態のあの怪物に接近するのは、多分やばい。
そんな直感が絶えず俺の脳内に警笛を鳴らし続ける。
その予感を感じてからは早かった。
案の定、ユリアの巧みな剣術を難なくはじき返し、その隙を縫って大きな斧を彼女の頭上に振り下ろさんとする怪物。
「しまっ――――」
ユリアが驚愕と共に焦った声を漏らす。
このままではうちの子がまずい。その一心で、俺の身体は勝手に動いていた。
「ちょーっと待ったぁ!!」
多分、今まで生きてきた中で一番の大声を出したと思う。
俺は、ユリアの前で大きく手を広げ、怪物の前に立ちふさがる。
突然の乱入に目を丸くするユリアに、ほう?とどこか感心する様に俺を見下ろすミノタウロスのような怪物。
「彼女に手を出すなら、まずは俺を倒してからにしてもらおうかッ!」
口からついて出たのは、完全な虚勢だった。
だが、大切な我が子を前に一歩も引くものか。
今まさに誕生したユリアという女性は、確かに創られた存在でしかないのかもしれない。
だが、それでも間違いなく自分の命よりも大切な存在だと断言できるのだ。
即興でデザインしたとはいえ、それでもしっかりと愛情を注いで生み出した存在である。目の前でみすみす殺されるなどまっぴらごめんだった。
……まあ、注いだ愛情は親子の愛だとか、そういった綺麗なものではないだろうけどな。
実際、俺は自分のオリキャラで完全個人用のエッチなイラストを描いたりもしてる。何ならそれで自家発電する位には、自身が生み出したキャラクターには割と邪まな愛情もあった。
だが、その愛情の大きさだけは本物であると自信を持って言えるのだから、それで良いだろう。
いや、むしろだからこそ見捨てられないまである。
現実の女の子相手には無理でも、自分が生み出したキャラになら、ワンチャン、ワンチャン童貞捨てさせてくださいって頼み込めるかもしれない。
自分の童貞を捨てさせてくれるかもしれない理想の美少女を、一体どこのヲタクが見捨てられるというのか?
だからこそ、俺は目の前の恐ろしい怪物を前にしても、微動だにせずユリアを庇う。
まあ、あの少女に一目惚れした手前、息つく暇もなくこんな不純な動機で他の女を庇うのはどうかと思うが。
口に出さなければそれなりに格好良くも見えると思うので、問題なし。
――――やるならやってくれ。ただし!一思いにだ。痛いのは嫌だからな!
情けなくも心の中でそのような事を祈ってしまうが、それも仕方あるまい。
怖いものは怖いのだ。
まあ、この隙があればピンク髪の少女やユリアに逃げる時間くらいは作れるだろう。
いいのだ。どうせそう簡単に童貞を捨てられるなんて思ってなかったし。
下手に理想だけが高くなっていた分、むしろ最後は潔く逝けるまである。
この際、童貞を捨てられずとも、童貞を捨てさせてくれたかもしれない女の子を守れたことを誇りに思おう。
どのみち色々な御託を並べたところで、俺に女の子を見捨てる事なんてできないしな。
俺は最早、諦観にも近い覚悟を決めた。
ああ、俺の人生もここでおしまいか。随分とあっけない幕引きだ。
そう思ってぎゅっと目をつむった瞬間――――
――――見事、此度の召喚者は悪にあらず。故に資格ありと判断する。
「ん?」
目の前の怪物にいきなりそんなことを言われて、思わず困惑してしまう。
「ど、どういうことだ?」
俺の疑問に答えるように、一瞬だけ、怪物が柔らかな笑みを浮かべた。
もしやこれ以上は何も教えてくれないのだろうか?そう思った矢先、少しの間をおいて怪物がそれを言葉にしてくれる。
――――フッ、女の為に命を張れる男に、悪い者はおらんということだ。気にするな。
そうキザったらしい言葉を残したかと思えば、今度こそ目の前から怪物の姿が跡形もなく消えていく。
……一体何だったというのか。
まあ、何にせよ詳しい話はあの少女に聞いてみるしかないか。
幸いなことに目下の脅威は去った訳だし、話くらいは落ち着いて聞けるだろう。
俺は振り返って、少女の気配の方を見た。
……ん?なんだか妙にうっとりとした目でこちらを見ているな。
それになんだか頬も赤く染まっている。
――――ふむ、なるほどな。
やれやれどうやら俺は、異世界に召喚されて早々可憐な少女を一人虜にしてしまったらしい。
まったくって、罪な男である。
↓同時連載中
「The Hero's Sweet Brides~学園の女子だけ貞操観念が逆転していくサバイバルクラフトゲームで、俺だけ既に神殺しと畏怖された異世界の救世主~」
https://kakuyomu.jp/works/822139838557577613
※もう一つのリンクはノクターンノベルズの為ここでは割愛。
・作者X
https://x.com/Shuu_Souzuki
作品の執筆状況などをたまに投稿していく予定です。




