第13話 マスターを抹殺して私も死にますよ?
突然背後に現れたユリアに、俺は思わず「ひぇっ」と情けない声をあげてしまった。
「ど、どうしたユリア?お湯を温めてくれてるんじゃなかったのか?」
「はい、ですがそちらはもう良いでしょう。マスターがそれを早くお渡しになれば、すぐにでもご入浴いただけますので」
「もしかして……俺がこれをミクにどう渡そうか悩んでることに気付いたとか?」
「はい」
「えっ、どうしてわかったんだ?」
「わかるんですよ、残念なことに。私をそのようにデザインしたのはマスターでしょう?私はマスターが何かの問題に直面しているとわかれば、即座にお傍に転移することが可能なようです」
「まあ、確かに君を面倒見の良い女性として生み出したのは俺だが、まさかそれが能力みたいになっているとは……」
こんなタイミングで思わぬ事実が判明した。
しかし、そんな俺の驚きを余所に、ユリアの辛辣な言葉が続く。
「はあ……普段はうっとおしいくらいの自信家なのに、どうしてこういうところはそんなにヘタレなんですか?」
「仕方ないだろ、童貞なんだから」
「反応に困ることを言わないでください」
ユリアがやれやれとため息をつく。
しかし、その表情には落胆や失望はない。
むしろ、どこか放っておけない小さい子を見る様な、純粋な慈愛さえ滲んでいるように思えた。
「別にそう深く考えなくとも大丈夫でしょう。話の流れで、それとなく渡してしまえばよいのです」
「いやそうは言ってもな……」
「まあ、私も少しくらいであればフォローして差し上げますので」
「本当か?」
「ええ、どうしようもないマスターの為に、この私が一肌脱いでさしあげましょう」
「ユリア……ありがとう。これはそのお礼って訳じゃないが、一足先に渡しておくよ」
「これは?」
「ユリアの分の化粧水と乳液だ」
「……ありがとうございます。しかし、純粋な疑問なのですが、どうして私の分までご用意してくださったのですか?」
「というと?」
「私はマスターの命令には逆らえないのです。ミク様とは違い、好感度を稼ぐ必要などないと思うのですが」
「いや、違わないよ。ユリアだって女の子なんだから、必要な物だろう?それに、ちゃんとユリアにも喜んでもらいたいと思って用意したんだ」
「……その割に、ミク様と違って私にはすっと渡すんですね」
「――――ほう?」
ぼそっと呟かれた、少しいじけた様子のユリアの言葉。
それをすんなりと聞き流してやれる程、俺は都合の良い耳をしていない。
思わずにやにやとした笑みを浮かべてユリアに迫る。
「もしかして拗ねてるのか?ミク相手には緊張してるのに、ユリア相手には緊張してないから」
「……勘違いも甚だしいですね」
「ふ~ん?」
「そのにやにやとした表情を早く改めてください!でないとマスターを抹殺して、私も死にますよ?」
「あはは、それは困るな」
若干自棄になった様子で掴みかかってくるユリアに、流石にこれ以上の追及は野暮だと悟る。
まあ、その反応が全てを物語っているというのは、言わないでおいてやるのが花というものだ。
俺はユリアの新しい一面が垣間見えたことに喜びを抱きつつ、自然な気持ちで彼女をフォローする。
「ありがとな、おかげで緊張がほどけたよ」
「……そうですか。では、早くミク様のところに行って差し上げてください。先ほどからずっと、ぽかんとした顔でこちらを見ておられますよ」
「あっ……」
ユリアに言われて、そういえばと思い返す。
ミクに声を掛けられたはいいものの、何も返さずにユリアとの会話に熱中してしまっていたと。
まずい。
彼女の表情から怒っている感じはしないが、それでもずっと放置してしまっていたことには変わりないのだ。
俺は手に持っていたボーディーソープなどの瓶を一度ユリアに預けると、化粧水と乳液の瓶だけをポケットに詰め込み、慌ててミクの方へと駆け寄った。
「悪いミク、先に声をかけてくれたのはミクの方だったのに」
「あはは、ううん、いいよいいよ」
幸いなことに彼女は笑って許してくれたが、通すべき道理を通さないわけにはいかない。
まずはきちんとお礼をする。
「仕切りつくってくれたんだよな?俺じゃこういう魔法は使えないから、助かったよ」
「ふふんっ、これくらいの事で良かったらいつでも頼ってよ。それより、一応中も浴室っぽくしてみたんだけど、確認しておく?」
「ああ、そうさせてもらおうかな」
俺はミクにつれられて仕切りの内側に入ってみる。
気づけばユリアも、渡した瓶を三本抱えたまま俺の傍に控えてくれていた。
「おお……」
ミクの言う通り、そこはちゃんとした浴室になっていた。
床も元の遺跡の地面の質感とは違う。つるつるとした滑らかな材質の石床になっている。
俺が用意した浴槽の傍にはシャワーの代わりにお湯を掬う桶も置いてあり、丁度そこで身を清めることを想定しているのか、傾斜によって湯も奥の方に流れるようになっていた。
また、仕切りによって暗くなっている分、周囲は魔法の明かりによって照らされている。
今までは遺跡内に散りばめられていた光る石で光源を確保していたが、こちらの方が暖色系の明かりで温かみもあった。
「凄いな、殺風景だった遺跡の中とは思えない程、随分とお洒落な空間だ」
「まあね、昔からこういうのは得意なんだ。気に入ってもらえたかな?」
「ああ、気に入ったよ。お風呂は空間も大事だからな」
「おおっ!わかってくれる?私もね、王宮にいた頃は色々と注文を付けて、自分専用の浴室をつくってもらったりしてたんだ。だから、数百年ぶりに理想の浴室がつくれて私も大満足だよ」
「そうか、なら早速お風呂に……と言いたいところなんだがその前に見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「ああ、ミクが作業してくれてる間、色々と美容品を用意してみたんだが……」
「び、美容品!?」
「ああ、お風呂で使う用に、こういうのをつくってみたんだ」
俺は手始めにと、ユリアに目配せする。
それだけで俺の言わんとすることを察して、ユリアが抱えていた瓶を魔法で宙に並べて見せてくれた。
「これは……」
「俺の世界にあった液状石鹸だ。それぞれ汚れを落とすだけじゃなくて、ちゃんとした美容効果もある」
「凄い!ただの石鹸じゃないんだ?」
「ああ、まだどれくらい効果があるかはわからないが……それでもこのリンスとかは、髪をさらさらにしてくれる液体だ」
「髪をさらさらに!ユヅル様の世界って、そんなに美容品が発達してるんだ!」
「ああ。といっても、俺も具体的な知識がある訳ではないから……これも俺のスキルで再現しただけだけどな」
「それでも十分凄すぎるよ!ユヅル様の能力って、本当に何でも作れるんだね!」
「ああ、そうみたいだな。我ながら便利な能力だと思うよ。それでどうだろう?これは役に立ちそうかな?」
「勿論だよ!それこそ、石鹸を使えるだけでも何年ぶりって感じだし。凄く嬉しい!本当に使ってもいいの?」
「ああ、ここに置いておくから、身を清める時に使ってくれ」
「わぁ!!!ありがとう!!」
ミクの反応を見るに、ひとまずこちらはお気に召してもらえたようだ。
まあ、彼女からはお洒落や美容が好きそうな印象を受けたし、喜んでもらえるだろうという勝算はあったが。
それでも、実際に良い反応が返ってくるとほっとする。
この分なら、肝心のプレゼントの方も問題なく渡せそうだな。
そう思って意を決した時、ユリアがすっとミクの傍で耳打ちする。
「ミク様、実はそれ以外にも、マスターがミク様の為にご用意された物があるそうですよ」
どうやら、俺が本題を切り出しやすい様に口添えしてくれているようだ。
相談した時にもうまくアシストすると言ってくれたが、いざしてもらえるとなるとやはり有難い。
ユリアの話を聞いたミクが、目を丸くして俺の方を振り返った。
「そうなの?」
「ああ、実はミクにプレゼントしたいものがあってさ。ユリアにもそれを相談していたんだ」
「プレゼント……?私に?あのシャンプー?やリンス?とかじゃなくて?」
「ああ、あれはあくまでも皆で使う用に用意した物だからな。それで……まあ、プレゼントと言ってもさっきの品のついでみたいで申し訳ないんだが。お風呂上りに使える美容品も用意してみたんだ」
「え?まだ他にも美容品があるの!?」
「ああ」
「そ、そんな悪いよ!ただでさえ、こんな素敵なブレスレットを贈ってもらったのに……お風呂や石鹸まで使わせてもらった上に、また贈り物をしてもらうだなんて……」
手首に嵌められたスズランのブレスレットを意識しながら、遠慮した様子のミク。
まあ、なんとなく察していた展開ではあるが、それでも迷惑でないなら受け取って欲しいとも思う。
見当違いでなければ、彼女はかなりお洒落に気を使うタイプの様だしな。
彼女のその美意識は、やはり一人の男として尊重してやりたいという気持ちがある。
ふむ、どうしたら気を使わせることなく受け取ってもらえるだろうか?
俺が頭を悩ませた時、またしてもユリアがミクに耳打ちを一つ。
「ミク様。実は、私もマスターに同じ物をいただきました。マスターは女性の美容には理解のあるお方です。きっとお風呂や石鹸と同じように、女性に必要な物と想ってご用意されたのかと」
「う、う~ん……そうなの?」
どこか訝しげな様子で、こちらを見上げてくるミク。
俺はあくまでも冷静を装い、鷹揚と頷いた。
「ああ、俺は美容品が単なる贅沢品だとは思っていない。女の子の生活には絶対に必要なものだと思うし、俺がミクに喜んでもらいたくて勝手につくっただけだからさ。迷惑じゃないなら、受け取ってもらえると嬉しいかな」
「ユヅル様……本当に、いいの?こういうのって、親しい異性にだけ贈る物だって御婆様が言ってたのに……」
「じゃあ、これがそのお近づきの印ってことでどうかな?それとも、ミクは俺と仲良くなるのは嫌か?」
「ううん、そんな事無いよ!私も、ユヅル様とはもっと仲良くなりたいって、思うから……」
「そういうことなら、受け取って欲しいな」
俺はポケットから二本の瓶を取り出して、真剣に告げる。
まっすぐに見つめたのが良かったのか、彼女もようやく受け取る気になってくれたようでこちらにそっと手を伸ばしてくれた。
「そういうことなら、その、ありがとう、ございます……」
俺の手から2本の瓶がミクの手に渡る。
なんだかんだで、やはり気になっていたのだろう。
いざ受け取ってみると、ミクの表情からは思わずと言ったように嬉々とした笑みがこぼれていた。
そして、一通り受け取った瓶を興味深そうに観察した後、どこかウズウズとした様子でこちらに向き直ってくる。
「その……ちなみになんだけど、これってどんな美容品なの?」
「ああ、そう言えばまだ言ってなかったな」
肝心なことを失念していた。
単に美容品と言っても色々とあるだろう。
この世界に似たような物が存在するかどうかはわからないが、とりあえず化粧水と乳液の紹介をすることに。
幸いなことに、この二つに関しては俺もよく使っていたのである程度の知識はあった。
聞かれてもそこまで困ることではない。
「とりあえず簡単に説明すると、その透明の液体の方が化粧水で、白いのが乳液。化粧水はお肌に潤いを持たせてくれる美容品で、乳液はその潤いが失われないように保護する美容品だ。二つとも主に顔に塗って使う」
「えっ!?お肌に塗るだけでいいの!?」
「ああ、化粧水から塗って、その後に乳液を塗るようにすればそれだけで十分な効果が得られると思うぞ?」
「凄い!そんな美容品、こっちの世界じゃ聞いたこともないよ!」
「たとえばこっちの世界の美容品って、どんなのがあるんだ?」
「え?そうだなぁ……私が王宮にいた頃は、魔物の粘液を利用した高級な美容品とかを使わせてもらってたかな?一応、効能も似てると思う。ただ、大抵は魔法と併用して効果を高めないといけなかったりするから、使うのに時間も手間もかかっちゃうんだよね」
「そうなのか?」
「うん、だからお外で持ち歩いてもそんなに意味はないし、何なら今はもうそれすら手に入らないの。だから、正直に言うとね?凄く嬉しかった。ねえねえ、ユヅル様、本当に、本当にもらっちゃっていいんだよね?」
大事そうに俺がプレゼントした小瓶を抱えてくれるミクが、俺を見上げて改めて問いかけてくる。
勿論、俺の答えなど決まっていた。
「ああ、貰って欲しい。俺とミクのお近づきの印だ」
「うん……ありがとう、ユヅル様」
俺の言葉に何を思ったのが、何かを逡巡する様に一度瞠目するミク。
しかし、その目はすぐに見開かれ、俺の目をまっすぐに見つめ返してきた。
「ねえ、ユヅル様は……どうして会ったばかりの私に、こんなに良くしてくれるんだろうね?」
ここぞとばかりに、真剣な目をして問いかけてくるミク。
しかし、その声音にはどこか悪戯な雰囲気も滲んでいた。
「それは……」
思わず言い淀んでしまう俺に、「ふ~ん」とどこか意味深な笑みを浮かべて更に距離を詰めてくるミク。
心なしか、今の今まで無垢な光を宿していた筈の彼女の瞳は、獲物を見定めた狼の如く据わっているように見えた。
「じゃあ、それはこれからじっくりと聞かせてもらおうかな?」
「……というと?」
「ふふんっ」
得意げな顔をして、また一歩、彼女との距離が縮まる。
もうあと少しで触れ合ってしまいそうなほどの距離。
そんな至近距離で、彼女が微笑む。
「ねえ、ユヅル様」
それは、初めて見たミクの妖艶な女の顔。
「――――もしよかったら、私と一緒にお風呂、入らない?」
悪戯に告げられたミクの言葉に、思わず目を見開いてしまった。
満を持してミクから告げられたのは、確かに俺が期待して、しかしあまりにも都合が良すぎると諦めていた提案。
まさか、それが本当に彼女の口から告げられるとは思わなかったと。
俺はその衝撃に、思わず固まってしまう。
――――しかし、ただ一言。
そんな動揺の最中でも、俺はしっかりとこう答えていた。
「是非とも、よろしくお願いします……」
※補足
ミクの大胆な提案の裏側は後に描写する予定です。また、ユリア然り主人公のオリキャラは全員、最初から好感度マックスという設定です。
↓同時連載中
「The Hero's Sweet Brides~学園の女子だけ貞操観念が逆転していくサバイバルクラフトゲームで、俺だけ既に神殺しと畏怖された異世界の救世主~」
https://kakuyomu.jp/works/822139838557577613
※もう一つのリンクはノクターンノベルズの為ここでは割愛。
・作者X
https://x.com/Shuu_Souzuki
作品の執筆状況などをたまに投稿していく予定です。




