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学べよ悟れよ①

 城で三度目の夜が過ぎる。

 肉体的な疲労は限界値近くまで蓄積されていた。目覚めて起き上がった途端に鈍い痛みが響き、油を差していない機械の気持ちはこんな感じだろうか、となごむは思う。


 朝食と身支度を済ませ部屋を出ると、空は高く、晴天だった。

 今日も外に出ると思いきや、使用人達は外ではなく別の塔へと案内を始めた。

 廊下をしばらく渡り、通されたのは書斎だった。

 いや、書斎というにはあまりにも広く、豪奢である。

 書物のにおいが鼻腔をついた。凄まじい量だった。

 山のように本が並べられており、形容するならば本と本棚で出来た塔のようだ。やけに長い梯子が上へと伸びており、なごむの頭を河川敷からよく眺めていた建設途中の高層ビルの光景がよぎった。

 夢想するなごむに、

「おはよう、なごむ」

 振り向くとそこにいたのは、二人。

「おはようございます」

 カラドホルグは座椅子に腰を下ろし、ラシャはというと昨晩と同じように長机に書類を広げてペンを走らせている。二人とも相変わらず愛想が良いとは御世辞にも言えない表情である。もしも誰かに二人は喧嘩の最中だと言われたら、確実に信じてしまうことだろう。


「遅かったな」

「ごめんなさい。……ラシャ」

 ラシャは口元だけを緩めてペンを置くと、なごむに椅子へ座るよう片手をあげた。おずおずと従う。

 一体、何だというのだろう。何が始まるというのか、まるで突然呼ばれた三者面談だ。

「エン・リーテは見えるようになったか?」

 ラシャに尋ねられ、なごむは首を横に振った。ここ数日、言われたとおりに剣を振っているが、エン・リーテの存在は相変わらずわからない。本当に見えるのだろうかと疑問には思ってはいなかったが、気配すら感じない。

「そうか」

 ラシャは眉間を揉みながら呟いた。

「カラドホルグとの絆は深まってはいるのだろう?」

 頷いたのはカラドホルグだった。

「以前より、なごむの存在する位置がつかめている。護りやすくなった」

「ふむ。影響は受けやすくなっているはずなんだがな。やはり、森に行く方が良いだろうな」

「森?」


 話の意図が汲み取れない。そもそもなぜ、この場所に招かれたかさえさっぱりなのだ。

「森へ行って、どうするんですか?」

 ラシャはなごむにしっかりと伝わるよう、ゆっくりとはっきりした口調で答えた。


「人間の手が加えられていない森は、エン・リーテの影響を受けやすいのだ。人間が加工して新しく作り出したものは、新しければ新しいほどエン・リーテの流れが悪い。だから、ユグリート城や都の中ではエン・リーテが見えづらい。だから森へ行った方が良い、ということだ」

 なごむは思い出す。エン・リーテは世界の血液のようなものだと。あの説明で、満遍なく世界に存在するものだと考えていたのだが。

「……移植、に近い」

「移植?」

 なごむの疑問を感じ取って、カラドホルグが口を開いた。

「エン・リーテが流れやすい道がある。だが断ち切ると、流れは止まる。なごむの世界では、移植という医療技術があったが、それと似ている。体の一部を他に移すと、新しい血管や骨や肉や皮膚が出来て、時と共にそれが再生するだろう。そして時間が経つにつれて、正常に機能していく……」


 なごむの世界に合わせた例えに、ピンと合点がいった。それならば、世界の血液という考えにも結び付く。

 それにしても。 カラドホルグから移植という言葉が出てきたことになごむは驚いた。ましてや、なごむの世界の、ごく一部の問題である。物静かに口を閉じていることが多いから、そういった自身には関係のない事柄には興味がないのだと思い込んでいた。

 見た目や言動と異なり、知識に対する欲求が強いのかもしれない。

「カラドホルグさんって、物知りですね」

「てれびが物知りなんだ……」

 感心するなごむに、カラドホルグは普段よりほんの数ミリ目を見開くと、恥ずかしそうに視線をそらした。


「森に行くという意味は汲み取ってもらえたみたいだな」

 ラシャは、しかし、と人差し指を立てた。

「問題はある。森は危険だ。様々な生物がいる。毒を持った植物も多い。それに、巨大な甲殼虫に遭遇するかもしれない」

 頭に数日前のことが浮かぶ。甲殼乱走に襲われた街のことを。

 巨大な蟻に似た虫は、分厚い外壁へと次々に突撃し破壊していた。中には火さえ効かないものもいた。

 映画のように現実感のない光景で、なごむはただただ驚愕し戦慄する傍観者だった。もし、当事者になったとしたら。


 青ざめるなごむにラシャは、

「だから、……備えが必要になる」

「備え?」

「森についての知識をつけるのだ」

「必要ない」

 きっぱりと遮られた。

「俺が護る」

 カラドホルグだ。

「しかし、二人はまだ完全なアルクトテロスではないのでは。警備できる兵も城とは比べられないと」

「俺一人で十分だ」


 静かに睨みあう二人に、なごむはごくりと唾をのんだ。

 まさか、部屋に入った際に感じた邪険な空気は正真正銘の本物だったのだろうか。


 冷や汗をかいていると、

「なごむは」

「はい!?」

「なごむはどう思う?」

 突然ラシャに意見を求められて、なごむは頬の肉をひきつらせた。

「どうって……」

「強くなりたくはないか?」

 ラシャの問いが、棘となってちくりと胸に刺さった。

 カラドホルグを見上げる。唇を閉ざしなごむを見つめるカラドホルグの目は、穏やかだ。まるで肉親のように。

「カラドホルグさん、備えて、森へ行ってもいいですか?」

「……なごむ」

 悲しむでなく落胆するでなく、カラドホルグは名前を呟くと、やはり首を縦に振った。

 カラドホルグはなごむに反対しない。優しく、すべてを受け入れてくれる存在。

「ありがとう、カラドホルグさん」


 深々と頭を下げると、なごむは少しだけ眉間の皺が和らいだ様子のラシャに向き直った。

「えっと、今から森へ行くんですよね」

「……今からは行かない。なごむには森へ行く前に森にある危険についてや、危険回避の方法を学んでもらう」

「勉強、ですか」

「そうだ」

 なるほど。だからこの場所に呼ばれたのか。

 周りを見渡す。どこもかしこも本ばかり。勉強はあまり好きではないが、これならば集中できそうだ。体も筋肉痛で錆び付いたようだし、丁度良いかもしれない。

 促されてなごむは椅子に座ると、威勢良く頭を下げた。

「宜しくお願いしますッ」

「……教えるのは私ではないぞ」

「へ?」

 なごむが調子の外れた声をあげると、靴音が廊下から響いてきた。冷たい廊下を神経質なほどに整ったテンポで叩くそれは、書斎の前でぴたりと止まる。

 ノックは、五回。これまたロボットのように正確な。

「良いぞ」

 ラシャの了解を聞き取ってその人物は、きびきびとした所作で部屋へと足を踏み入れた。

「失礼します!」

 毅然とした佇まい。射るような鋭い眼光。なごむに向けられる、氷のような気迫。尋ねてきた人物は、教育係のルシオラだった。


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