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第三章 真実と新事実

 I


 理世はキョトンと目を瞬いて。頭の中でゆっくりと聞いた内容を噛み砕いてから、目の前にいる兄と妹を交互に見比べた。そして、ポツリと名前をうわ言のように呼んだ。

「シリウス……、サフィラ……?」

 そんなことが本当にあるのだろうか。

 目の前にいる兄妹はどう考えても年齢が違う。

 体格だって、成長しすぎている。

 だが、理世が呼んだ名前に反応をしてしたのは、言わずもがな目の前の二人で。

「なんだ、リゼ」

「なあに? リゼさん」

 男女それぞれの甘い声が、理世の鼓膜を震わす。それぞれの良さを持って発せられた声が、甘すぎて思わず理世の背筋がぞくりとしたのは、できれば勘違いであってほしかった。

 理世は自分の名前を呼んだ二人を交互に見て。その二人は愛おしそうに自分を見つめていた。

 呆然とそれを眺めて、まさかという思いを抱き、そして――。

「……いや、ないな」

 と、即座に否定するのであった。

 その直後に目の前の二人が「ああ゛!?」なり、「ええ!?」なり叫んで声を揃えていたが、それすらも理世は気にする余裕がなかった。

 いやいや、とりあえず落ち着け、俺。確かに見た目は似ている部分が多いというか、ほとんど瓜二つという感じだし、しかも名前も一緒ではあるが、年齢に理由がつかないだろうが。とりあえず、落ち着け。頭を冷静にしねえと。深呼吸してから再度――。

 そこまで悶々と考えていれば、急に身体が引き寄せられたことによって思考を無理やり停止させられた。見れば、シリウスが自身の腰に回していた手をグイッと引き寄せたのだ。抵抗する間もなく、抱きしめられる形になり、理世はキョトンとする。

「いい加減、現実を見やがれ、リゼ」

「……は、」

 理世の口から言葉が零れ落ちる。青年との距離はグッと詰まっていて、知らない間に妹の手は理世から外れていた。おそらく、抱き寄せられた時にそのままするりと抜けたのだろう。

 まだ近くにいる妹が兄の行動を見て、「あっ!」と声が上がる。その声に誰も触れることはなく。

 青年が徐々に顔を近付けて来て、理世は――。


 ――迷うことなく青年の額にデコピンを食らわせた。


「いっ!?」

「……いや、何をしてるんだよ」

 理世は青年に抱き寄せられようが、青年の綺麗な顔が近付いてこようが、ひどく冷静であった。一瞬、青年の瞳がギラついたようにも見えたが、それすら特に気にしていなかったのである。

 青年は思ったよりも痛かったらしく、額を抑えて蹲っている。それもあって理世からは自然と手が離れていた。

 ようやく、理世の腰に回されていた拘束から解放される。

 やれやれ……。これだけ顔が整っているというのなら、もっと綺麗な女性を傍に置けば良いものを。

 こんな俺じゃなくて、理世はそう続けた思いにすぐに(かぶり)を振って思考を振り落とす。

 自身の良くない癖だ。ついつい何かをきっかけに、思考が悲観的になることがある。陥ると時間が長いのだ、すぐにその思考を停止させて振り落としてもしばらく引きずることもあった。

 自分の性格自体は好きだった。好んでこの話し方をしていたし、好んで男性のような格好をしていた。

 理世はれっきとした女性だ。それでも、過去の云々によって、考え方や格好は自然と変わっていた。どちらかと言えば男性よりの考え方をしていたし、口調は男性に間違われるほどのものだった。声も低めだからか、女性だと認識してもらうまでに時間がかかることもあった。

 それでも、それ自体は理世自身気に入っていたのだ。

 だが、ふとした時に悲観的になる。それは、同性のことを考える時がだいたい引き金となっていたような気がする。

 自分よりも綺麗な人はたくさんいる。

 自分よりも可愛い人もたくさんいる。

 自分のことは好きであっても、同じ女性としては雲泥の差だ。

 そんな風につい思考がマイナスな方向へと発展してしまうのだ。

 ……まあ、彼女ぐらいの美人なら、彼ともお似合いなのではないか。

 思考に引っ張られたのか、皮肉めいたことを考えてしまって。そんな自分に嫌気が差した。

 こんな自分は嫌いだった。

 ……やれやれ、どうしてこうも一度負に陥ると、そのスパイラルに入ってしまうんだろうか。

 思考の切り替えができる時と、できない時がある。それ自体は各々の性格や気分の持ちようによって変わってくるだろう。今はどうしても思考が陥ってしまう時らしい。

 だが、それよりも気になることはあった。

 先ほど、ようやく知ることができた兄妹の名前。

 シリウスとサフィラ。

 その二つの名は、完全に自分には縁がある名前だ。自分が一時的に保護していた兄妹の名前と完全に一致しているのだ。理世が繰り返した名前に、二人は確かに反応を示して応えた。聞き間違いでもないことは明白だった。

 だが、名前が合致していようが、年齢には如何せん理由のつきようがない。子どもだった妹は特に説明のしようがないだろう。目の前の女性は子どもの枠には収まらないのだから。

 見た目が成長しすぎている。となれば、この状況を誰がどう説明したら納得するというのだろうか。

 理世がマイナスの思考を無理やり断ち切って、現在の光景について悩んでいれば、するりと自身の右腕にまとわりつく何か。視線をゆっくりと向けてみれば、右腕にしなだれかかるように女性の姿が飛び込んでくる。

 理世は何も言わずに、ただその光景を見つめるのであった。




 Ⅱ


「兄さんたら、手が早いんだから。だから、痛い目見るのよ?」

 理世にしなだれかかっていたのは、妹のほうで。勝ち誇ったような表情で、兄を見ていた。

 理世は手を振り払うこともなく、一つも身動きもすることなく、ただじっと女性を見つめた。

 見た目は女性という言葉が相応しい。身体付きも、勝ち誇った表情も、自身が保護していた妹とは重ならない。笑った顔は重なる部分もあったが、自分が知っている時期から成長しすぎているからか、やはり確証が持てない。

 だが、どうしても瞳や髪の色に思い入れがあって。懐かしさから信じたくなってしまって。

「……本当に?」

 思わず疑問の言葉が口から飛び出ていた。その声音は疑っているような、それでいて信じたいような、自分でもそんな言葉が飛び出るとは思っていなくて、目を見開いてしまう。

 誰にというわけでもなく、ただ自身の中で生じていた言葉。

 それが咄嗟に出てしまっていたのだ。

 その言葉を傍にいた女性が聞き逃すわけもなく。耳にした言葉によって顔を上げて、理世を見つめる。そして、少しだけ眉を下げて逆に問いかけてきた。

「……リゼさん、私のこと、忘れちゃった?」

 妹の声が、表情が、先ほどとは打って変わって自信のないものになっていく。ひたすらに悲しそうにしている様は、捨てられた子犬を連想させた。

 そんな顔をされると、俺も強く言えないんだが……。

 理世は困った。目の前で上目遣いに加えて、子犬のしょんぼりとした耳がつい見えてしまった気がした。さらに言えば、目がうるうると潤んでいるようにも見えるのである。

 しかし、だ。

 理世の中では、どうしても納得がいかない、いや、説明のつかない状況が目の前にある。それが解明されることがなければ、彼らが本当に自分の知っている兄妹だとは断言できないのだ。

 理世は半分仕方がない、残り半分は疲労感を漂わせて告げる。

「……忘れた、忘れていない以前の問題なんだ

 俺からしたらな。まだ、俺が知っている兄妹たちと別れてひと月しか経っていないんだよ。その期間だけで急成長するなんて誰が考えられるんだ?」

 理世がそう告げれば、目の前の女性はきょとりとして。

「……ひ、ひと月?」

 と、繰り返した。信じられない、とでも言いたそうな表情だった。

 だが、理世からしたらそれは紛れもない真実。自分が今まで経験してきたことだったのだ。頷くほかないのである。

 女性はそれを理解して。そして、少しずつ顔を青ざめさせていく。あわあわと言いたそうな表情で、右手を理世から離して口元へと震える手を持って行った。

 理世はそれを見ながら続ける。

「……俺があの兄妹と出会ったのは、三ヶ月前。そして、自然と別れたのはひと月前のことだ。ならば、そう年齢も身体も変わっていないはずだろう? 急成長しているなら、それ相応の理由が知りたいところだ。まあ、理由が分からないのも納得していないことの一つだが、自分の経過時間から考えても見た目が違っていたら簡単には信じられないものだろ」

 理世がそこまで言えば、妹は唖然として。

「う、そ……」

 そう告げてから息を呑んでいた。信じられない、そう言っていなくても聞こえてきそうな表情だった。

 理世はそれを見てそうだろうな、と同情してしまう。

 おそらくだが、誰が体験したとしてもすぐには納得しないはずだろう。三ヶ月前に出会って、一ヶ月前に別れた。それだけ短い期間だとすれば、身体も年齢も対して変わっていないはずだ。

 それが、世間一般で言う、「普通」のはずである。

 もし、それが年単位、しかも一〇年単位とすれば大きく成長していてもおかしくない話だ。

 だが、今回はその大前提が違ってくる。となれば、本当に目の前の兄妹が理世の知る兄妹だとしても、すぐには納得できなくてもおかしくない話のはずなのだ。

 さすがに、彼らもおかしいと思っただろうか……。

 理世はチラリと女性に視線を落とす。いつの間にか、妹は顔を俯かせていた。表情を読むことができない。それでも、微かに身体が震えていることは見て取れた。

 その震えがショックからなのか、怒りからなのか、理世には分からなかった。

 ……考えられることとすれば、俺と彼らの知っている同一人物ではなかった、というところだろうか。

 もしかしたら、彼らの知っている人物が自分とよく似ている可能性はある。よく似ていて、理世が今体験しているかのようにその人物も理世と同じ名前で。そういう話だったとすれば、自分が陥っている状況と同じだ、無理もないだろう。

 それにしても、そうだったと仮定したら俺はどうすれば良いのだろうか。

 見たこともない地で、心当たりもなく、これからどうすれば良いのか考えなくてはいけなくなるはずだ。もし、本当に理世の知っている兄妹だったとするなら頼ることもできたかもしれないが、それはそれで申し訳ないという気持ちと子どもだった彼らに頼らなくてはいけないという不甲斐なさに押し潰されそうになる。

 さてどうするか、と思っている中で、理世はふと兄妹たちが何も言わないことが気になった。

 さすがに、素っ気なくしすぎただろうか……?

 これが兄妹たちの機嫌を損ねる結果となって、戦いの火蓋が切って落とされた、なんてことになってしまっては元も子もない。ましてや、理世には身を守る術はないはずだ。強いて言うなら、多少過去の経験から鍛えてしまった喧嘩の術ぐらいだろうか。となれば、おそらく勝てる可能性は限りなく低いと考えられる。何せ、兄のほうは武器もあるし、体格も良い。力では確実に性別の関係もあって勝てる見込みは薄いだろう。

 頭を使いすぎて痛くなってくるが、そうも言っていられない。理世は警戒しつつ相手の出方を待っていれば、急にガバリと妹が顔を上げて。だが、その視線は理世を捉えておらず、兄のほうへと向いていて。

「兄さん、どうしよう!? 私たちとリゼさんで、時間の経過が違いすぎているんだけど!?」

「はあっ!?」

 妹の言葉に、兄が驚いたように声を上げる。痛みはすっかり引いたらしい、元気を取り戻したのは何よりだが、今度は一気に場が騒がしくなる。

 それを見ていた理世は冷静になりつつ、静かに口を開いた。

「……ちょっと待て」

 だが、その静かな言葉は慌てている兄妹たちの耳にはまったく届かなかったようで。

 妹はとにかく大きなショックを受けていたようだ。様子がおかしかったからショックを受けている可能性は考えていたものの、どうやらショックを受けている方向が違うようである。

 理世はしばらく大人しく耳を傾けることにした。次々と兄妹たちの会話が飛んでくる。

「なんで、どうして!? 私たち、リゼさんと別れてから一〇年も経過しているのに!」

「ちょっと待て! その話からすれば、俺がリゼより年上になっているってことか!? どうなってんだ!」

「そういうことでしょ! だって、確かリゼさん、二四歳だったはずだもん! どうなってるなんて、私も分からないよ! え、そしたら、私とリゼさん、何歳差!?」

「俺が年上で三歳差……。サフィラは一八だから、六歳差ってことか……。だいぶ年齢差が迫ったな……。にしても、俺が年上か。それはそれで好都合だな」

「また兄さんはそうやって良いとこ取りしてくんだから! 私だって、年の差が縮まったんだから、全然ありでしょ!」

 次から次へと言葉は紡がれていく。どうやら、留まることを知らないらしい。状況を確認していたと思えば、知らぬ間にまた喧嘩へと発展してしまいそうだ。

 理世は深くため息をついて。

「だから、待てって」

 もう一度言葉を紡ぐ。

 この場はカオスの一言に尽きるのであった。




 Ⅲ


 理世は二人を落ち着かせて、それから三人向き直った。そして、ようやくゆっくりと話をして、擦り合わせて、状況を理解して。

 お互いが知っている情報を少しずつ引き出しから出して、提供していく。

 そして、最初に理解したのは、理世が知っている兄妹で間違いなかったということ。

 どうやら、理世が兄妹と別れたのはたったひと月の期間だったというのに、兄妹たちは理世のところから戻ってきて一〇年が経過していたらしい。

 そんなことがあるのか、理世の中で最初に出てきた感想はそれだった。思わず頭を抱えてしまったのは仕方がないだろう。

 それから、呻くように言葉を吐き出す。

「……そんな、とんでもない状況があってたまるか」

 言っても仕方がないことであるのはよく理解している。

 この状況に戸惑っているのが、自分だけではないことも痛いほど分かっている。

 それでも、言わずにはいられなかったのだ。

 すると、妹――サフィラはブンブンと両手を勢いよく振りながら主張する。

「私たちも驚いているの! そんなことあるの!?」

「俺が聞きたい」

「確かに見た時、見た目がまったく変わってねえなあとは思っていたけどよお」

「その時点で気がつけ、頼むから」

 理世は一つ息をつく。兄妹の言葉に、一つずつ言い返しながらも、心の中ではどこか安堵していた。

 それは、本当に帰れていたのかも分からなかった兄妹が、きちんと自分たちの世界に戻れていて、しかも目の前で立派に育っていたからであった。

 二度と、会えないと思っていた。

 確認の術など、ないのだろうと諦めていた。

 だからこそ、口からは「そうか」と安心した声音が出てくる。

 自分のことも考えなくてはいけない。よく分からずにここに来て、目の前で別れたはずの兄妹たちと再会している。


 だが、それよりも――。


「……心配、していた」

「リゼ?」

「リゼさん?」

 理世がポツリと呟けば、その言葉に二人が反応を示す。心配そうな表情をしている兄妹を見て、理世は思わずクスリと笑ってしまった。

 確かに、あいつらだな……。

 話していれば、何となく分かってきた。いくら成長しようと、自分の知っている兄妹なのだと。

 首を傾げる彼らを見てから、理世は遠くを見つめる。そして、ゆっくりと目を細めた。

「俺は……、お前たちが帰ったところをちゃんと見届けてやれなかったから」

 理世は目を閉じて思い出す。


 ――突然だった。

 自分の元に現れたのも、確かに突然だった。

 だが、姿を消した時も、突然すぎた。

 つい先ほどまで話をしていて、席を外して帰ってきたら姿が見えなくなっていた。

 あの時は血相を変えて家の中を駆け回って、ひたすらに探していた。ただ、彼らが着る回数が少なくなっていた、彼らが現れた時に着ていた服も消えていたことから、何となく帰ったのだろうと思うことしかできなかったのだ。

 そう、言い聞かせるしかなかった。

 自分が納得するためにも、そう思い込むことしかできなかったのである。


 だからこそ、理世はどうしようもなく安心してしまった。

 あの時は心配で、不安で、確証も得られなくて。ただ、根拠も証拠もない「大丈夫だ」をひたすらに言い聞かせることしかできなかったのである。

 それを思えば、目の前で成長した彼らを見ることができたのは、どれだけ幸せなことなのだろうか。

「最初は本当にお前らなのか信じられなかったがな。……無事に帰れていて、本当に良かった。それに、シリウス、サフィラ。お前ら、立派になったな。見違えたよ」

 嘘偽りのない言葉だった。

 理世が兄妹を保護したのは一時的。その後は見届けてやれなかった。傍で守ってやることもできなかった。

 情けない話だ……。

 あれだけ偉そうに言っておきながら、彼らにやってやれたことは少ない。自分が彼らに与えてやれたものが、短い期間の中でどれだけ少ないかも理解している。

 それでも、彼らが彼らなりに立派に育っていたことに、理世は嬉しくなったのである。

 理世がフッと笑いかけてやれば、シリウスとサフィラは顔をくしゃりと歪め。

「リゼ……!」

「リゼさんっ……!」

 各々、理世の名前を呼んだ。

 サフィラは感極まったらしく、理世の腕の中に飛び込んでくる。

 理世はしっかりと抱きとめてやり、それから綺麗な白緑の髪を撫でてやる。すると、腕の中にいたサフィラが泣きじゃくりながら告げた。

「ご、ごめんねっ、ごめんなさいっ……! 気がついたら、こっちに、たどり着いてっ……。わ、私、何もっ、何も言えなくて……! お礼もっ――」

「分かっている。お前らが意図して帰ったことではないくらい。急に現れたからな、それと一緒なんだろうとは思っていた。まあ、それでも急にいなくなられたら不安だったがな。悪かったな、見届けてやれなくて。俺も何も言えなかったしなあ」

 理世は優しくサフィラを見つめて告げる。

 本当は、理世も別れる前にいろいろと伝えたかった。

 無事に帰れよ。

 元気出やれよ。

 それから、俺の元に来てくれて、賑やかな時間を過ごさせてくれて、ありがとう。

 そう伝えたかったのに、どれも伝えることができなかった。

 それは理世の中で残っている、一つの後悔だった。

 ……なんでも、いつでも言える、なんてことがねえっていうのを、痛いほど理解させられたからな。

 当たり前じゃないことを知った。だからこそ、理世も今目の前に彼らがいる状況で、伝えられることは伝えようと、二度とあの後悔はしないと決めていた。

 ちゃんと言葉にすることが、どれだけ重要なのか、それを痛いほど味わってしまったから。

 視線を兄へと向けてみれば、彼も難しい顔をしていた。そして、呟くように、言いづらそうに告げる。

「……悪かった。俺も、せめて礼ぐらいは言いたかったんだが、」

「分かっているさ、シリウス。お前も、最後のほうは懐いてくれたしな」

 理世が笑って告げれば、二人も安堵したように表情を緩めた。それを見て、理世の中で口元がつい綻んでしまったのは無理もないだろう。

 その緩めた表情をした兄妹が、理世の記憶にある幼い兄妹としっかり重なったのだから――。




 IV


「ねえ、リゼさんは、どうして……?」

 落ち着いてきたサフィラが、おそるおそると言ったように尋ねてくる。

 理世は肩を落とした。

「俺も突然ここに来ていたんだよ」

 ……おそらく、こいつらと同じ状況なんだろうな。

 何がきっかけでここに来たのか。

 何が条件でここに来られたのか。

 それは分からない。

 とにかく、俺は俺でできることをやるしかない。

 理世はそう決めて、意思の籠った瞳を兄妹に向ける。

「帰り方も分からない以上、まずはその方法を探すしかないんだろうな」

「はあ? 帰らなくて良いだろ。俺のところに来れば良い。生活は問題なくできる」

「とは言ってもなあ……」

 今の今まで子どもだと思っていたこいつらに世話になるのは、何となく気が引けるんだが……。

 情けない、と自分に対して呆れてしまう。

 そんな中、サフィラが両手を合わせて嬉しそうに告げた。

「ふふっ、一緒に住めるなら、リゼさんとまた一緒にお風呂、入れるね」

「おい、ちょっと待て、サフィラ。聞き捨てならねえぞ、どういうことだ」

 シリウスがサフィラの言葉に待ったをかける。そして、怪訝そうな顔で妹を見下ろした。眼光が鋭いが、サフィラはまったく気にしていないようで。

 兄に向けてニヤリと笑って、それから理世の腕に抱きついてサフィラは楽しそうに言葉を紡ぐ。

「だーって、()()()()だし」

 その声音は最後に音符でもつきそうなほど軽かった。

 理世はサフィラを窘める。

「こら、サフィラ。せっかく美人になったのに、そんな笑い方をするな。勿体ないだろう」

 すると、ピシリという音が聞こえた。理世の言葉に対して、というよりはサフィラの言葉に対してらしい。理世の言葉と同様のタイミングで聞こえたからその可能性が高いだろう。

 理世は音がした方向を見て、首を傾げる。その視線の先にはシリウスがいて、そして彼はどうやら固まっているらしかった。

 ようやく彼から発せられた言葉は、気の抜けたもので。

「……は? 女性? 誰がだ?」

「誰がって、リゼさんだよ。他に誰がいるの?」

「まあ、生物学上はそうだな」

 理世は淡々とサフィラの言葉を肯定する。あっさりとしたその言葉に、シリウスが再度固まった。

 そして、三拍ほど空いたと思ったら。


 ――本日一番のシリウスの叫びが、辺りに響き渡ったのであった。

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