夫がゴミを持って帰って来たけれど、爆速離婚するのでどうでも良いです
ボルビエ辺境伯家の人間は、代々過激な一面を持ち合わせていることで有名だった。
その過激な一面がどのように現れるかは様々で、例えば前当主のマルクス・ボルビエは、家族に向ける愛が大変に過激であった。
何よりも家族を愛し、優先し、彼の行動原理はいつだって家族のためだった。
こんな逸話がある。
ある時、マルクスの一人娘であるフィオナ・ボルビエに対し、王家から婚姻を仄めかす発言があったそうだ。
これに対してマルクスは、王家からの打診にも関わらず、鬼の形相で即座に反対したそうな。
娘のためならば王の首すら取りかねない勢いに、マルクスと旧知の仲である陛下は、今でもあの日のマルクスを思い出すと背筋が凍る、と話している。
そんな王家すらもやすやすと手出しできないボルビエ家の一人娘、フィオナ・ボルビエ。
彼女の結婚相手は、ボルビエ家に婿入りし、跡取りとなる。
誰もが注目するその相手に選ばれたのは、しがない伯爵家の三男だった。
伯爵家の三男――ジャンは、ボルビエ家の有する辺境騎士団に入団するべく、ボルビエ騎士養成所に通っていた。
秀でた才能があるわけでもなく、もっと言えば騎士に向いているとも言えない気弱な青年だったが、訓練には真面目に取り組み、皆が嫌がる雑用も文句言わずにこなしていた。
平凡ながらも優しい青年。
よく聞くありきたりな評価だが、フィオナは彼のそんなところが気に入った。
ジャンにとってフィオナは憧れの女性であった。
フィオナは母親譲りの可憐な容姿をしながらも、父親譲りの体力と運動神経で、騎士達の訓練によく参加していた。
そこでフィオナに懸想する男は多く、ジャンもその中の一人だ。
『家を守り、民を守り、自分の身を守る』
ボルビエ家の家訓通り、フィオナは厳しい訓練と教育を受けてきた。
愛されているからこそ、その身を守る術を叩き込まれた。
生来の資質もあり、異性にも負けず劣らずな強さを身につけ、幼少期からの教育により聡明さをも併せ持ったフィオナは、騎士達だけでなく社交界でも一目置かれる高嶺の花へと成長していく。
数多の男達がフィオナの隣を夢見ていた。
そんな中で選ばれ、結婚したのがジャンだった。
『私と結婚してくれる?』
『ぼ、僕で良いなら喜んでっ!』
二人の結婚は、フィオナからの逆プロポーズによって決まった。
気弱ながらも真面目で優しい、何よりも自分だけを愛し、尽くしてくれる。
結婚するならそんな男が良いと、フィオナは考えたのだった。
そうして二人が結婚して、十年が経った。
フィオナは28、ジャンは32歳となり、二人の子宝にも恵まれている。
一見すると、順調な結婚生活。
しかし、仕事で王都に行っていたジャンが半年ぶりにボルビエへと戻って来た今日、二人の関係はあっという間に変わってしまったのだった……。
王都から戻ってきたジャンの横には、一人の女性が寄り添っていた。
歳は二十代前半といったところだろうか。
茶髪に茶目、頬にはそばかす。
素朴な容姿ながら、どこかあどけなさがある、そんな女性だった。
「おかえりなさい、ジャン」
「わぁ! 初めまして、フィオナさん! 私はエミリー! よろしくお願いしますっ」
ジャンが返事をするより早く、エミリーと名乗った女性がフィオナへと駆け寄った。
握手を求めるもフィオナが応じることはなく、無視してジャンへと視線をやる。
ジャンは困ったような顔をしつつも、どこかヤニ下がった様子でフィオナへと説明した。
「突然ごめんよ。彼女を暫くの間、家に置いてあげて欲しくて」
「どうして?」
「彼女、男爵家の出身なんだけど、家が困窮して大変らしいんだ……。貴族の令嬢が、王都の飲食店で働いてるんだよ。そんなのあんまりじゃないか。だから暫くはこの家でゆっくり休んで貰って、ゆくゆくは侍女の仕事でも紹介してあげようかと思って」
「フィオナさん、ジャンを怒らないでくださいね。私が悪いんです……。ジャンは私の境遇を不憫に思って……それで……」
「そう。ジャンったら優しいのね」
相変わらずエミリーのことは視界に入れず、にっこりと微笑むフィオナ。
ジャンは許されたと思い、ホッとした。
もしかするとエミリーとの仲を勘繰られ、色々探られるのではないかと心配だったのだ。
安心したジャンは「じゃあ屋敷を案内するから」と、エミリーと共にその場を立ち去ろうとした。
「どこに行くの? 話はまだ終わってないわよ」
「……王都から戻って疲れてるんだ。少し休ませてくれないか?」
「大丈夫、すぐに終わるから問題ないわ」
フィオナがサッと手を上げると、側で控えていた執事がジャンへと何かを手渡す。
それは、ボードに挟まった一枚の紙とペン。
内容を確認したジャンは、目を見開き、思わず叫んだ。
「な、なんだよこれ!」
「何って、離婚届よ。早くサインしてちょうだい」
手渡された離婚届には、既にフィオナのサインが書かれていた。
ジャンは一瞬動揺したが、すぐに気付いた。
エミリーを伴って帰ってきたから、嫉妬してるんだなと。
「もしかしてエミリーとの仲を疑ってるのかい? エミリーとは王都で知り合っただけで、何もないよ」
「そうですよ! 私達は健全な関係です! 疑うなんてひどいっ……」
何故か涙を浮かべ、フィオナを非難し始めたエミリー。
ジャンはそんなエミリーの肩を抱き、慰めている。
側から見れば、まるでフィオナがエミリーを虐めているかのような状況だった。
けれど、フィオナは特に気にした様子もなく。
嫉妬だとか怒りだとか、そんな感情もなかった。
「早くサインしてくれない?」
「フィオナ! だから僕達はそんな関係じゃ」
「何を言おうとこの離婚は決定事項よ。早くサインして」
「っ、だ、だから、僕達はフィオナが疑うような仲じゃないんだ。信じてくれ」
尚も食い下がるジャンに、フィオナは溜め息を吐いた。
そんな面倒臭いと言わんばかりの態度に、怒ったのはエミリーだった。
「フィオナさん! ジャンのことが信じられないんですか!? 夫のことを信用できないなんて、そんなのひどい!」
ひどいひどい、とそれしか言うことは無いのだろうか。
フィオナは再度手を上げて、次は側で控えていた騎士へと指示を出す。
その指示に従い、騎士達がジャンとエミリーを後ろ手に拘束した。
「な、何するんだ! 離せ!」
「キャーーーー!! 触らないで!! こんなことするなんてひどいわ!!」
騒ぐ二人を他所に、フィオナは変わらず冷静だった。
フィオナの中で、これは数ヶ月前から決まっていたことなのだ。
二人が騒ごうと、非難してこようと、離婚を拒絶されようと、結果は決まっている。
「離婚届にサインしないなら、したくなるまで地下牢で過ごすことになるけど……。私はどっちでも良いのよ。どうせ離婚することに変わりはないから」
「ど、どうしてそんないきなり……!」
「いきなりじゃないわ。三ヶ月前から決まっていたことよ」
三ヶ月前、その言葉にジャンは少しだけ思案し、すぐに顔を青くさせた。
ジャンとエミリーが一夜を共にしたのが、ちょうど三ヶ月前のことだった。
何もないと言いながら、王都でジャンはエミリーと関係を持っていたのだ。
しかし、ボルビエから遠く離れた地でのこと。
バレるわけがないと高を括っていた。
そんなジャンの顔を見て、フィオナはくすりと笑う。
「私、交友関係は結構広いの。あなたに何かあれば教えてくれる人は沢山いる。……あ、でも勘違いしないでね。監視してるわけじゃないわ。彼等は善意から、頼んでもないのに自主的に教えてくれるのよ」
「何よそれ! そんなの監視と同じじゃない! ジャン、負けないで! こんなひどいことする女の言うことなんて聞く必要ないわ!」
「とにかく、もう一度言うけど、離婚することは決定事項よ。地下牢に行くか、ここでサインするか、どっちにする?」
変わらずフィオナは、エミリーのことは眼中にない。
うるさいなぁとは思うけれど、彼女と会話する気はなかったので、一貫してジャンにのみ話しかけ、ジャンにのみ視線をやっている。
そのことに気付いたエミリーは、顔を赤くして「無視してんじゃないわよ!」と怒ったものの、やはりフィオナがエミリーを相手にすることはなかった。
ジャンは青褪めた顔のまま、虚栄心からなんとか笑ってみせた。
「り、離婚なんて、良いのかい? 後悔するのはフィオナの方だよ?」
「はいはい、それでも良いから、早くサインしてちょうだい」
「本当に良いのかい? 僕のこと、愛してるんだろう? だからエミリーに嫉妬して、離婚なんて言ってるんだろう? そんな一時の感情で離婚なんてしたら、君はきっと後悔するよ」
ジャンには、自信があった。
フィオナに愛されている自信。
結婚前、フィオナの周りには、それはそれは良い男達が沢山いた。
将来有望とされる高位貴族の息子、国一番の秀才、若くして王室騎士団長へと抜擢された者、社交界で最も美しいと評判の美丈夫。
その他にも様々な男達がフィオナを取り巻いていた。
その中から選ばれたのが、ジャンなのだ。
フィオナに選ばれたことはジャンにとって誇りであり、また、それだけフィオナから愛されているのだという自信に繋がっていた。
優秀な彼等にも負けない魅力が自分にはあり、そんな自分をフィオナはとても愛しているのだと。
結婚生活も順調だった。
フィオナはいつもとろけるような目でジャンを見つめ、愛を囁き、支えてくれていた。
それにジャンも応えてきた。
だからこそ、そう簡単に自分と離婚なんてできないだろう。
そうジャンは考えていた。
「……あのね、結婚前に言ったでしょう? 私は、私だけを愛してくれる人が好きなの。だからあなたのことはもう好きじゃないし、愛してもない。分かったら早くサインしてちょうだい」
結婚前、確かにフィオナは言っていた。
『私だけを愛して、誰にも目移りせず、一生をかけて尽くしてくれる、そんな人が好きなの』と。
ジャンは『一生君だけを愛すと誓うよ』と答えていた。
ジャンもそのことは覚えていた。
数多の男達の中から自分を選んでくれた理由が、それだったから。
そして今、改めてフィオナの顔を見れば、そこには愛も情もない、もちろん嫉妬もない。
ただの知人に向けるような、そんな顔をしていた。
ジャンは自分の中にあった自信が、少しずつ崩れていくのを感じた。
それでも、なんとか必死に足掻こうとした。
「で、でも、これまであんなに愛し合って……あんなに好きだって……こんな簡単に好きじゃなくなるなんて、そんなのあり得ないだろう……?」
「他の人がどうかは分からないけど、少なくとも私は好きじゃなくなったわ。あなたが他の女と関係を持ったって聞いて、その瞬間にあなたへの気持ちは全部なくなったの」
「そんな、う、嘘だ……!」
「嘘って思いたければ、それで良いわ。あなたがどう思おうと、あなたにどう思われようと、どうでも良いのよね。私がまだあなたを好きって思いたいのなら、そう思ってて良いわ」
「……」
「ふふっ、もしかすると、いつかまたあなたと結婚したいって言いに行くかもしれないわね? あの時はごめんなさい、私が間違ってたって、言いに行くかも。期待して待っててちょうだい」
期待しててと言いながら、そんなことは絶対にあり得ないのだと分かる言い草だった。
ジャンは今になって、ボルビエ家に伝わる有名な一説を思い出していた。
ボルビエ家の人間は、代々過激な一面を持ち合わせている、というあれだ。
フィオナは強がりでもなんでもなく、あの日、ジャンがエミリーと関係を持ったと聞いた瞬間に、ジャンへの愛も興味も関心も、何もかもがなくなっていたのだ。
一度でも自分以外に好意を向けたなら、愛を囁いたなら、その瞬間にフィオナからの愛は失われる。
それこそが、あまり知られていない、フィオナの過激な一面だった。
ジャンはフィオナからの愛が失われて初めて、フィオナが持つこの一面に気付いた。
つまり……もう手遅れなのだ。
「こ、子供達は……? 父親がいないなんて、可哀想じゃないか」
「大丈夫よ。不倫する父親なら、いない方が良いって」
「なっ、子供達に言ったのか!?」
「あの子達、前から言ってたの。お母さんの幸せが僕達の幸せだから、他はどうでも良いよって」
ボルビエの血を引く子供達。
長男は、母親に対する愛情がとりわけて大きかった。
次男は、とにかく戦いに対する執着が凄まじかった。
そして次男は、母を愛する長男の背中を見て育ち、いつしか戦うことと同じくらい母を大事にするようになっていた。
父として子供達にはたっぷりと愛情を注いできたつもりだったジャンは、その事実に愕然とした。
子供が母親に懐くのは仕方ないと思っていたが、まさかどうでも良いと思われていたとは。
そもそもジャンは、結婚前の恋人時代から、フィオナに対して負い目を感じていた。
美しく聡明なフィオナと、平凡な自分。
婿入りし、ボルビエ家当主になったものの、実権を握っているのはフィオナで、領地経営を取り仕切っているのもフィオナだ。
ジャンはそんな彼女に負い目を感じ、次第にそれは嫉妬へと変化した。
嫉妬するだけならまだ良い。
優れた者に対する嫉妬なんて、誰もが一度は経験することだろう。
しかしジャンは、フィオナへの愚痴や嫌味を、こともあろうに幼い子供達に溢していた。
『フィオナがこうしたいって言うからさ、僕は別の方法が良いと思ったんだけど』
『当主は僕なのに、これじゃどっちが当主か分からないな』
『フィオナが結婚したいって言うから結婚したんだよ』
『女は見た目が綺麗なだけじゃ駄目だよな、やっぱり中身も良くなくちゃ』
『フィオナは甘やかされて育ったから我儘なんだ』
愛する母への敵愾心を察知した子供達は、父への認識を改めた。
母が幸せならそれで良い、父はどうでも良い、と。
「それでも……り、離婚はしたくない……」
「そう。ならサインしたくなるまで待つわ。二人を独房に連れて行って」
ボルビエ家の地下にある独房。
幅80センチ、奥行きは2メートルもないそこは、一切の光を通さない闇の世界となっており、主に他国の間者や罪人が収監される場所である。
そこに水も与えられず閉じ込められた人間は、早々に正気を失ってしまう。
そんな場所に閉じ込められるなんて、想像しただけでも恐ろしい。
まさか冗談だろうとフィオナを見つめるも、フィオナは淡々と騎士達に指示を出している。
隣国と接する辺境の他を治めるだけあって、合理的で、非情な判断も顔色一つ変えずに行えるフィオナ。
可憐な容姿からは考えられない、そんな頼もしいところも好きだったけれど、その冷たい判断が自分に下されるとは。
「……分かった、サインするよ」
本当に独房へ連れて行く気だと察したジャンは、離婚届にサインするほかなかった。
執事に再度手渡された離婚届とペンを、震える手で握り締める。
「……フィオナ、すまなかった。もう二度とこんなことはしないと誓う。だから……一度だけチャンスをくれないか……? 君のこと、本当に愛してるんだ」
ここまで来ても、なんとかしがみつこうとしてしまう。
諦めが悪いとジャン自身も分かっていたし、二人の関係を修復することもきっともう無理なのだと分かっていた。
それでも、と思ってしまう程度には、ジャンはフィオナを愛していた。
愚痴や嫌味を溢してはいたが、フィオナを愛しているという言葉に嘘はない。
交際期間も含めると十二年の付き合いになる。
どんなに愛していても、多少の不満が芽生えてしまうのは、仕方のないことだ。
そんなジャンに、フィオナはやれやれと嘆息する。
「同じことを何度も言わせないで。この離婚は決定事項なのよ。あなたが謝ろうと、後悔しようと、愛を叫ぼうと、覆ることはないわ。チャンスなんてないの」
「……っ」
「さっきも言ったように、私はもうあなたのことを愛してない。愛してないどころか、あなたに対して何も思わないの。嫉妬がどうとか言ってたけど、そんな気持ちも全くないわ。信じられないなら、別にそれでも良いわよ。あなたがどう思おうと本当にどうでも良いから」
「……」
「私はね、私だけを愛してくれる人が好きなの。一瞬でも私以外に目を向けるような男は好きじゃないし、そんな男に興味はない。もうあなたが誰を愛そうと、誰を抱こうと、どうでも良いのよ」
「……」
「だから、早くサインしてくれる? それともやっぱり独房に行く?」
ジャンは泣きそうになるのをグッと堪え、黙って離婚届にサインした。
たった一度の失敗。
それによって、ジャンは全てを失った。
ちなみに、二人が話している横で、エミリーはずっと「ひどいわひどいわ!」と文句を言っていた。
フィオナは意に介していなかったが、ジャンは空気を読まずに騒ぎ続けるエミリーの姿に、自身の愚かさを嘆いていた。
ジャンは王都でエミリーと出会い、貴族令嬢らしくない天真爛漫な姿に惹かれた。
フィオナとは違った、頭の悪い言動、品のない仕草。
それらはジャンの中に燻っていた劣等感を癒してくれた。
そんな彼女をそばに置くことでフィオナが嫉妬してくれれば万々歳だ、なんて思っていた。
けれど、今はもうエミリーのことが知性のない獣にしか見えなかった。
頭が悪いだけでなく、空気も読めないなんて。
一瞬でもこんな女に惹かれてしまった自分が憎い。
そのせいで何もかも失ってしまったのだから、その後悔はひとしおだった。
「それじゃあ、あなたの荷物はそこに纏めてあるから。元気でね」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ。こんなにすぐ追い出されたら、行くあてもないし……」
「大丈夫よ。あなたのご実家に事情は話してるから。働き口が見つかるまでは面倒見てくれるそうよ」
「そ、そんな……」
フィオナがジャンを見限ったのは三ヶ月前。
その間に色々と根回しをしていたようだ。
ジャンの実家は、既に兄が後を継いでいる。
出戻った人間は邪魔なだけだ。
ボルビエ家を敵に回してしまった以上、騎士や侍従として雇ってくれるところがあるとも思えない。
いくらフィオナが怒っていなくとも、フィオナを溺愛してやまない前当主は決してジャンを許さないはずだ。
今後、ジャンは平民として生きていかなければならないが、まともな職に就くことは難しいだろう。
「あ、あとちゃんとゴミは持って帰ってね?」
フィオナがくいと顎で指し示した先には、エミリーの姿が。
ゴミ呼ばわりされたエミリーは、当たり前ながらギャーギャーと騒ぎ出した。
「ゴミですって!? なんてひどいことを言うの!? そんなんだからジャンに飽きられるのよ!! 私がジャンと結婚して辺境伯夫人になったら、あなたなんて」
何やらとんでもないことを言い出したエミリーの口を、ジャンが慌てて塞ぐ。
三ヶ月もの間、何度も夜を共にする中で、二人は結婚の約束までしていたのだった。
ジャンからすれば、情事後の雰囲気に流されて口にしてしまっただけのこと。
しかし、エミリーは本気にしていた。
あのフィオナ・ボルビエを蹴落とし、ジャンと結婚し、辺境伯夫人になるのだと、本気で思っていた。
さすがにこれはフィオナも怒るかと思いきや、フィオナは楽しそうに笑っている。
「そうね、夢は大きくなくちゃ。頑張ってね」
初めてエミリーを視界に入れ、声を掛けるフィオナ。
怒ったり軽蔑したりすることもなく、まるで子供を相手にしているかのようなその対応は、エミリーのことなど何とも思っていないことがよく分かる。
ジャンが連れて来た、活きの良い子供。
その程度の認識だった。
そして、茫然自失となったジャンと、最後まで騒ぎ立てていたエミリーは、騎士達によって屋敷から追い出された。
「さようなら〜」
フィオナは、まるで友達でも見送るかのような軽い挨拶で、二人の背中に向かって手を振る。
二人の姿が見えなくなるのを待つことなく、扉は閉められた。
◇
ジャンがボルビエを去り、二人の離婚が成立した後、フィオナのもとには多数の手紙が届き、多くの者が訪れていた。
ジャンと結婚する前、フィオナに懸想していた男達である。
もちろん、全員ではない。
立場や年齢もあり、フィオナを諦め、結婚した者も多くいる。
けれども、フィオナを諦めきれず、遠くから想い続けていた者もいるのだ。
彼等はそれとなくジャンの動きに注視し、フィオナを傷付けることのないよう、間違いを犯さぬよう見張っていた。
フィオナから頼まれたわけではなく、自主的に。
そして今回、ついにジャンがやらかした。
彼等はフィオナに言う。
「あなただけを愛し、誰にも目移りせず、一生をかけて尽くします」と。
何年もの間、変わらず愛し続けてくれる彼等に、悪い気がするはずもなく、新たな恋の予感にフィオナは心躍らせる。
果たして、フィオナの過激な欲求を満たしてくれるのは、誰になるのだろうか。
私だけを愛してね、一生尽くしてね♡
と激重愛情表現しときながら、
一度でも浮気されたら爆速で愛が冷める。
そんな子が書きたかったのですが、伝わりましたでしょうか。
浮気したな!!絶対許さない!!ではなくて、
浮気したと分かった瞬間に愛がなくなるので、許すも許さないもないって言う。
少しでも伝わっていれば良いなと思いつつ……
ここまで読んでいただきありがとうございました!