目指すは一本道のその先の景色
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ここは魔物たちの暮らす村リーン。
一人の少女の新しい世界が始まろうとしている。
「おじちゃん、おばちゃん。行ってくる!」
少女は大きな目を輝かせながら胸を張って言った。
「絵本で見たこの道を真っ直ぐ行ったところよ。寄り道しないのよ」
ソフィーは我が子を見守るような優しい笑顔で少女に言葉を送った。
「いっぱいべんきょーしたし、お父さんと行ったことあるからわかるもん!」
任せてと言わんばかり気合いに満ちた小さな鼻が膨らんでいる。フンフンと息が聞こえてきそうなほどだ。
「うんうん、沢山頑張ったものね。今日はきっと楽しい一日になるわ。」
少女の背丈に合わせるようにソフィーはしゃがみこみ、少女の頭を優しく撫でた。
「さぁ、学校に遅れてしまうわ。行ってらっしゃい」
ついにこの時がやってきたのだと学校という言葉を聞いて実感が湧いたのであろう。少女の顔に一層輝きが増す。大きく首を縦に振り、笑顔を見せた少女は駆け出した。
忘れ物をしたのか、はっ。とした素振りを見せ、おもむろに振り返る。
「行ってきます!」
小さな体でめいいっぱいに腕をブンブンブンと振り、進むべき道へと歩みを戻した。
「気をつけていくのよーー!」
見送り言葉をかけるソフィーの声は、静かな草原を走り少女を追いかける。捕まらんとするかのように少女は歩みを止めることなく一本道を歩いていく。胸いっぱいの気持ちに答えるように歩みが段々と早くなり、次第に駆け足になる。一本道の先にある景色に向かって。
「まぁまぁ、あんなに急いで」
嬉しそうに微笑むソフィーとは対照的に、落ち着かない様子の男性が一人声を発する。
「…石につまずいてこけたりしないじゃろうか。心細う気持ちになってたりせんじゃろうか…」
「辞めてください、あなたの言葉は本当になるんですから。大丈夫ですよあのこなら。ほら、もうあんな所に。」
二人の視線の先にの少女の姿は更に小さくなっていた。
「わしゃてっきり…やっぱり行きたくないと振り返って帰ってくると思っておった。…一度も後ろを見ることはなかったのぉ。」
「あなたがそうして欲しかっただけでしょ。一年もこの村にいたんですから、仲間と会えるのは楽しみだったはずよ。」
ソフィーがクスッと笑い、隣の男性に顔を向けると、一瞬目が合ったが、直ぐに恥ずかしそうに顔を背ける。、
「…仲間か」
ーー。
一時の沈黙が流れ、二人は少女の姿に優しい視線をおくる。少女の姿が見えなくなるまで。
二人は少女の最後の後ろ姿と誰かの影を重ねた。
「あの子の笑顔をみると昔を思い出すのぉ」
「うふふ。似ても似つかないぎこちない笑顔でしたけどね」
「初めて会った魔物があの方だったのぉ。あの笑顔をみたら恐怖も不安も何もかも吹っ飛んだわい」
ガハガハと笑うと男性の横でソフィーも釣られて笑いが止まらなくなる。
「上手く学校に馴染めるといいんじゃが」
「私たちとずっと一緒に居たものね。でも直ぐに馴染めるとは思うわ。むしろ、向こうの方がしっくりくるんじゃないかしら。」
「怖い魔物が居ただなんて、信じられん話じゃの」
「それはおとぎ話でしょ」
鳥と風の奏でる音色が、過去を思いださせる。一本道の先に消えた少女の姿を思い浮かべ、思いにひたっていると、切り裂くような強い風が割って入った。
「わしたちも家に戻るとするか」
「そうね。さて仕事しなくちゃね!」
少女の旅立ちの瞬間を見届けると同時に、二人の新しい暮らしもまた始まろうとしていた。
一方その頃、少女は石につまずきこけた。
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「はわぁぁ……っ!」
魔物の住む村リーンから一本道を出発して間もなく、最初に出会った場所が少女の目的地であった。少女が立ち止まり、歓喜の声を上げたのには理由があった。馬車が横に五台ほど並んでも余裕のありそうな門は、全体を見渡すには頭が地面に倒れそうなほど見上げる必要があった。その門の主張をものともせず、その街の中央には山のようにそびえ立つ建物があった。門から飛び出して見える三角屋根の塔は、一番高い中央の塔を挟むように左右にもまた同じ形の塔が見える。
「えほんで見た形と一緒だ」
少女は直ぐに、自分の目指すべき場所が三角屋根の塔である事がわかった。
門をくぐるのには許可など必要なかった。ここは世界一友好的な街リストネア。貿易が盛んで、しばしば移住してきた人間たちの姿もある。よく見なくては区別のつかないほどに、魔物の姿で溢れており、皆が笑顔で言葉を交わしている。この街では争いの言葉はおとぎ話に過ぎない。技術の行き交う街はみるみるその規模を拡大して行った。貿易の中心地と言われるようになったのはここ数年のことだ。最近建築が始まったのであろう、門から最右奥には屈強な体つきの魔物が集まり、板や石を運んだり、吊るしたり、掛け声が門まで聞こえてきそうだ。
少女は門を潜った。
そこは先程まで居た世界とは違う場所に飛ばされたのかと錯覚するほどに、歓声や音楽、店主たちの呼び声が全身に激しく響く。恐らくここで育ち生まれた者は、門を挟んで外の世界は草原が広がっていることさえ想像がつかだろう。だが、その熱気に少女は嫌な感情は湧かなかった。熱気に背中を押されるように、三角屋根に向かって一直線に歩みを進めた。幼い少女が目移りせずに歩み再会できたのは、その先にある期待の大きさゆえだろう。はたまた、未知な物の不安をかき消すためか。少女が見た本の世界と同じものは三角屋根しかなかったからだ。急速に成長し、拡大して行った街は、あっという間に本の世界を追い越した。
ーくんくん。
呼吸と同時に鼻から吸った空気はやけに美味しかった。無意識に深く匂いを吸った。その匂いを探すように鼻を動かせ、三角屋根から匂いの出処へ自然と視線が移る。それもそのはず、小さな少女は一人で、一本道をここまで駆け足で制覇したのだ。ぐー。っとなりそうなお腹に釣られそうになるのを堪えそっと地面を向きまた本来の目的地へ歩き始めようとしたーー。
「嬢ちゃん!一つ目の可愛い嬢ちゃん!食べてみるかい」
少女は聞きなれない嬢ちゃんという呼び方に一瞬戸惑いを覚えたが、一つ目の嬢ちゃんという言葉に自分のことだと確信し足を止めた。少女の片足は三角屋根を向き、もう片方の足は匂いの出処に向いていた。
「…でも…」
先程お別れをいったおじちゃんとおばちゃとはかけ離れた見た目の店主の姿がそこにはあった。少女は絵本でみたオークだとすぐに分かった。イノシシのような見た目で豚そっくりの鼻を持っていたからだ。少女の不安は店主がオークであることではなかった。声もかけもらったはいいものの、どうしていいか分からなかったのだ。だがその答えをお腹の音が教えてくれた。
「ガッハッハッ!お腹すいてるんだろう。食べてみろ!ルビは取らないからな!ガッハッハッ」
パーッと少女の顔は明るくなり、匂いの方へと両足がかける。一瞬ルビとはなにか分からなかったがそんなことよりも美味しそうな匂いのするモノを口にしてみたくなった。
オークから渡されたモノをそっと両手で受け取り、
満面の笑顔を見せてから口に頬張った。
「…美味しい!」
「ガッハッハッ!そうだろう!オレの作る鳥串刺しは街一番って有名だが!ガッハッハッ!」
「…、あ、あの、オークさん…ありがとう…!」
満面の眩しい笑顔で少女は感謝を伝えた。
「ガッハッハッ!嬢ちゃんはオレがオークと分かるのかい!昔はな今と全然違う見た目だったんだが!ガッハッハッ!」
「…そうなの?」
少女は頬張った口調で言った。
「ガッハッハッ!そうだぞ!強くたくましくなりたくてな!!強くなりたいと思ってたらこの姿になれたんだ!ガッハッハッ!カッコイイだろう!」
「うん!」
絵本に記されるオークよりか遥かに大きく筋肉質なその姿は、店より大きくえた。小さな少女には、ハッキリと違いは分からなかった。
「それより嬢ちゃん、その傘は、コウモリだが?」
「うん!オーリン様のコウモリなの」
少女は少し恥ずかしそうに答えた。
「ガッハッハッ!そうかいそうかい!嬢ちゃんいいものを持ってるな!ガッハッハッ!似合ってるだが!オーリン様は美しくてかっこよくて人気だったからな!!ガッハッハッ!」
「うん、おかあさんに買ってもらったの!」
初め恥ずかしそうにしていた少女は、グイッとオークにコウモリ型の日傘を向け、誇らしげに答えた。
「ところで嬢ちゃん、なんて名前だが」
「リーフィア!」
お気に入りのコウモリ日傘を見せることが出来て嬉しかったのだろう、最初の不安は無くなっており、オークに心を許していた。すっかりお腹も満たされ満足した少女は、元気に自分の名前を答えた。
「ガッハッハッ!いい名前だが!リーフィアは学校に行くだが?」
「うん!あそこにいくの!」
三角屋根を指し、目を輝かせた。お腹を満たした少女はの足は既に三角屋根へと方向を向けていた。
「ガッハッハッ!忙しい一日になるぞ!楽しんでくるだが!ガッハッハッ!」
楽しいと忙しいとは、反する言葉のように思えたが、リーフィアはまだこのことを知るのはまだ先のようだ。終始愉快なオークに励まされすっかり元気を貰ったリーフィアの足はまた駆け足にで三角屋根に向かっていった。
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「おっきい、、」
リーフィアは三角屋根の下にたどり着いていた。街の中心の頂きにどっしりと構えるに相応しい圧巻の迫力に、思わず口から漏れた言葉は、あまりに当たり前の言葉であった。が、恐らくその言葉を聞いた者は並々ならぬものを想像できたであろうほど、その者の感情が言葉という音で感じ取れた。
リーフィアは呆気に取られたまま、三角屋根の真ん中の門に吸い寄せられる。一歩ずつゆっくりと、ゆっくりと一歩ずつ進む…建物全体の装飾を一つ一つ見るように、視線も上下から左右に変わる。
「リーフィア」
ビクッ。リーフィアの肩が大きく動く。
「リーフィアちゃんだね。君は向こうの建物…わかるかい?君と同じくらいの子が沢山いるから安心していくといいよ」
声の聞こえた右後ろを確認しようとそーっと顔を向けようとし始めると同時に、声は近づいてきた。そっとリーフィアの肩に手を置いた声の主は、リーフィアの視線が左に行くよう誘導し、奥に見える建物を指して言った。
「は、はい!」
恐らく青年であろう、流れるような声に無意識に体が動き、指された方へ全力で駆ける。
・・はっお礼言わなきゃ。
髪とスカートを大きく揺らして振り返り、元いた場所を見るがそこにはもう誰の姿もない。・・どんな魔物さんだったんだろう。魔物だと理解したのには理由があった。向こうの建物だと教えてくれた時コウモリのような羽が見えたからだ。リーフィアはコウモリ日傘を持っている。それ故、大好きなオーリン様のシンボルを見逃すはずがなかった。・・あれ?そういえば何で名前分かったんだろう。一瞬そんな疑問が浮かんだが、後ろから聞こえる沢山の声がそれを考えさせてはくれなかった。体をぐるっと回し、少し慌てるように声の聞こえる広場へと向かって行った。
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「ちっちゃい、、」
リーフィアは賑わう広場にたどり着いた。思わず口から漏れた言葉は、あまりに当たり前の言葉であった。三角屋根に感じた迫力がまだ記憶に暖かいせいだろう、残念というより、しょぼ…いや、三角屋根の迫力に拍子抜けしてしまったのだ。そんな感情が言葉という音で感じ取れてしまった。
「おはよ〜ございま〜す!」
元気な声と共に賑わう広場に割って入ってきたのは、つばが広く大きい麦わら帽子を被った女の人だった。顔の半分が隠れるほど大きなサングラスを掛けており、純白のワンピースをはためかせている。瞬間、賑わっていた声たちは静けさを覚えた。
「はぁ〜い!みんな、休みは何をしたかな先生は・・」
休みというキーワードを聞いた静けさたちは、直ぐに賑わいを取り戻した。パパとママと空を飛んで世界一周した、とびきり大きい山と戦った、海で古代怪獣みたいな魚を釣った、至る所から思い出話が聞こえてくる。小さい体で見る世界はとても大きく見えたのであろう。はたまた自慢ゆえの誇張かは見分けがつかなかったが、皆同じ表情をしていた。目が満月のように大きく開き、太陽のように輝いており、体全部を使って話していた。その賑わいといったら、静けさを割って入った女性の声が紛れてしまうほどだ。それでも度々女性の声は聞こえて来た。
・・・……島でバカン……ボートに乗っ……
恐らくバカンスを最大限満喫したのであろう。女性の格好を見れば聞こえなくとも一目瞭然であった。そんな中リーフィアは、女性のとある言葉に耳を奪われた。
・・・白い砂浜と白い海ってどんなだろう
リーフィアは海こそ見た事はあったが、二つの青に挟まれる景色しか見たことがなかった。海と言えば青。そんな印象しか持っていなかった少女にとって、これ程興味をそそられるワードはなかった。何故なら太陽の明かりと空の青を反射させた海の輝かしさは今でも記憶に新しく残るほど感動的だったからだ。白色の景色も絶対に綺麗に違いない、そうリーフィアは思った。
「……浮かれててはいけませんよっ。今日から学校が始まりますからねっ……」
白いワンピースを右に左にはためかせながら女性は淡々と話を続ける。だが、賑やかは静けさを思い出しそうにはない。これでは誰が子供か分からない。女性は独り言の中で何度も先生という言葉を口にしていた。
途端、女性の動きが固まり恥ずかしさと嬉しさが混在した表情を見せ正面になおった。女性の視線の先にもう一人、イメージカラーが黒だと印象ずける者が立っていた。
「は〜い!みんな静かにしてね〜!」
白いワンピースの女性が身につけていたバカンス謳歌グッズを手放し、右往左往しながら賑やかな広場に呼びかけるが誰一人として気づく様子はない。そんな様子を見ていた黒い女性は一歩ずつ広場の中心に向かって歩き出した。甲高く美しく響くハイヒールの音を響かせながら。
ーーコツン、コツン。
「ねぇ、あれ見て」
「わぁぁ〜…かっこいい」
黒い女性二歩目の近くにいた女の子達がヒソヒソと騒ぎ出す。そのヒソヒソは発信源を中心に波紋のように広がり、広場は静けさを取り戻して行った。
ーーコツン。
黒い女性は中心に到着し正面を向く。辺りはヒソヒソ声と黄色い声も聞こえてくる。
「は〜い!盛り上がるのもここまでにして、今日からまた魔王に慣れるよう頑張っていきましょー!さて!本日は早速体力テストからやって行きますよ〜みんな休みで怠けてないかな〜?」
自慢げに小さな力こぶを作ったり、えっへんのポーズを見せている子が何人か見えた。どうやら体力テストは男の子に人気があるようだ。
「そして、今年から体力の先生をしてくれます。オルァベル先生です!」
「オルァベルです。よろしく」
挨拶の後に首を少し右に傾けニコッと微笑みを見せたオルァベルは、スラッとした体型で左手にはノートの束のようなものを持っている。微笑みはバラが咲いたように美しく、八重歯が小さく光っていた。
「それでは早速体力テストを始めて行きます。今回は担任のマリ先生も一緒だ。マリ先生よろしくお願いします」
「ひゃっ、は、はい!よろしくお願いします」
白いワンピースを着たマリはオルァベルの微笑みに弱かった。オルァベルの顔を直視できずに少し斜め下めに顔を伏せながら、ちらっちらっとオルァベルと地面を交互に見ている。広場が視界に入り、冷静さを取り戻したマリはバラから逃げるように言った。
「そ、それじゃあ!体力テストを始める前に、魔物学校のおきてその1!」
「「力を持て!いかなる時も、いかなる困難にたち塞がれても、いかなる種族を守るために!」」
生徒の気合いの入った大きい声が広場中に響き渡る。
「はい!どんな時でもどんな状況でも守るために力を使いなさい。でも力を持っていなくては守ることができません。みんなはどんな力を使いたいかな?力をつけるために、体力の授業頑張っていきましょうー!」
「「はーーーーい!」」
「その前に!みんながどれくらい力をつけたか体力テストしていきますよー!」
「「はーーーい!」」
マリと子供たちはすっかり担任と生徒の顔つきだ。
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