第6話:トーキとルトの突撃配信!
◇突撃姉妹視点(ちょっと長めです)
「ルト! 固有座標は特定したわよ! いつでも転移行けるわ!」
「分かった。それじゃあ――転移」
ラケアニア超銀河団のとある惑星。
広大なその星の《《所有者》》である二人の少女のうち、一人が強い期待に満ちた声で叫ぶ。それを聞き、もう一人が満足げに指を鳴らして呟いた。
瞬間――空間は歪み、色と世界が反転する。意識が、魂が引っ張られていく。
次に瞬きした時には、景色は二人の住むリゾートではなく、白い部屋に移り変わっていた。
「ほぉ、あたしたちの戦艦と近い文明レベルの設備なんてすごいじゃない!」
足元は一見白いが、よく見れば無数の水色の光――エーテルが迷路を走り抜けるように煌めいているのが分かる。
「(エーテルを流動させ続けることは、理論上最も正しい管理法。秘匿されているはずのその原理を理解しているってことは……!)」
“あの少年”の事を知った一週間前から寄せていた期待が、ここに来たことでさらに高まっていく。
不意に姉の口角が上がっていることに気づいた妹は、湧き上がった嫉妬を発散しようと自慢を一つ言うことにした。
「お姉ちゃん、私たちのと比べるなんて可哀想で哀れ。大きさはこの50倍はある」
「ルト、そこで張り合わなくてもいいわよ……」
お姉ちゃんと呼ばれた赤髪の少女は、胸を張る青髪の妹を見て苦笑いを浮かべる。
そして、右手で空間を切り裂き何かを取り出す。
「そっ、それじゃカメラ起動するから」
「ん、分かった」
虚空から取り出されたのは、直径10センチ程度の球体だった。それはちょうど目玉のようになっていて、瞳の部分がカメラの機能を持っている。
それを高く持ち上げ、空中に添えるようにして手から離す。
すると、瞳に微かな光が宿り、極彩色の神秘を漏らす。
この瞬間から、全宇宙へと電波は伝播していくのだ。
「やぁ皆! Gra-dos!」
「Gra-dos~」
「突撃姉妹のお姉ちゃん♡ トーキと!」
「突撃姉妹の妹——ルトです」
笑顔と共に、互いの個性を、カメラに向かって全力でぶつける。
その反響は、刹那の間に返ってきた。
:うおおおお!!!!!!!
:Gra-dos!!!!!!
:ふたりともGra-dos!
:既に船の中!?!?
二人の脳に埋め込まれた電子の目が、送信されてくるコメントを脳内に送り届けていく。
それらを取捨選択し、二人は言葉を作り上げる。
「そうね、既に船の中にいるわ」
「きっと皆さんなら気づいていると思います――彼は、まだ私たちに気づいていない」
その発言は、コメントの数を倍に増やすには十分な効果を持っていた。
:さっき始まったミラー配信と同時に見てるけど、確かにまだ気づいていないw
:転移してきたのに……???????
:そういやいつも転移妨害システムをぶっ壊した跡があるのに今回はないな
:え、妨害ないってマジ???二人の訪問を予想していたってこと?w
コメントが疑問で埋め尽くされ始めた、その時。
タッタッタッ――と軽快な、そして焦りを感じるような足音が響く。
「――おぉ!」
「な、なんかおるやんけえええ!?」
奥から現れたのは、黒髪黒目の少年。
彼こそ、紛うことなき彼女らの目的。
そんな主役の少年は、目を大きく開いて引きつった笑みを浮かべている。耳をすませば、小さく「いや……えぇ……?」という声も聞こえた。
:うおおおお!!!!!!!!!!
:主役の登場だあああああ!!!!!!!
:めちゃめちゃ子どもじゃん!!!!
:↑ワイらが年上すぎる定期
:確か100歳以下なのは確定してたはず
とんでもない速度でコメントが流れていく。もしかしたらこの十数年の活動の中で最も早い速度なのではないだろうか。
文字として目で認識したとして、読める生命体などこの宇宙を探しても少ないはず。
「「――っ!?」」
すると、二人の脳に違和感が起こる。
いくつかのコメントが正常に読み込めなくなったのだ。
その原因を、聡明な二人は即座に思い当たっていた。
「「(まさかっ、電子の目の性能限界……!?)」」
「(あたしが頑張って設計したのに!)」「(私が頑張って制作したのに……?)」
今は配信中。動揺した姿を見せるわけにはいかない――と必死に早打つ心臓を抑える二人。
それに一切気づくこともなく、元凶の少年は呑気に呟いた。
「こんな可愛い宇宙人なんかいるんだなぁ……」
「ん。私たちは可愛い。よく分かってる。さすが」
「あ、ありがと……?」
ルトがドヤ顔で言う。だが、少年は困惑した様子で首を傾げた。
「あー、ルトのはいつも通りだから気にしなくていいわよ、少年」
「これがいつも通りとか自己肯定感めちゃめちゃ高いな。僕なんて世界に追放されたってのに」
追放。
会話のテーブルの上に軽く載せられたその言葉は、一際異彩を放っていた。テーブルを軋ませる重力を秘めていた。
万星条約が締結されて500年。初期の混乱もとうの昔に収まっていて、追放されるような大罪人はもういない。
「追放……?」
ルトも思わず反応してしまっていた。
少年は気疲れしたような、しかし嫌そうでもない顔で答える。
「僕は悪いことをしたわけじゃないんだ。ただ、呪われただけ。うん、それだけだよ」
不服がある者の顔ではない。
自らの毒を飲み込み、消化してしまった者のそれだ。
一瞬、二人は彼の目の奥に、小さくどす黒い影を見た気がした。
ルトの胸中に、得体の知れない酸っぱい塊が渦巻く。少ししてその塊は弾け、喉から言葉を飛び立たせる。
「気にしなくていい。私たちは宇宙トップ配信者。登録2兆」
「2兆……って万、億、兆……!? す、すごすぎて言葉が出ない」
その言葉に、ルトはどんどんと頬を緩めていく。ここまで来ると、もはやだらしないとすら言える。
「うへへ……えっへん。もっと褒めて」
「さすがルト! 最強!」
「ふふっ、ふふふっ!」
:ルトちゃんが過去一幸せそうな顔してる……
:チョロいw
:クソっ、こいつ地味にイケメンだからって!!!! そしてルトちゃん可愛い!!!!!
:ブスの豚は黙ってましょうねぇ~
:豚系種族への差別エグい
「もう、ルトったら。そろそろ本題に入るわよ」
「何? お姉ちゃんも褒めてもらいたいの? もうこの子は私のものだから渡さないけど」
「違うわよ! そ、そんな事思ってないし!」
嬉しそうなルトを見ていて、姉としての嬉しさと若干の羨望を抱いていた。だからこそ、思わず否定にノイズが入った。
顔が赤くなるのが自分でも感じ取れる。
「……僕、お姉さんも褒めたほうがいいのかな?」
「別にいいわよ!? それとトーキでいいわ!」
「僕も名乗ったほうがいいかな? 僕は奏――霧島奏。よろしくね」
キリシマソウ――その名前を、二人は繰り返し脳内で反芻した。
何か、数奇な運命で繋がれた相手の名前を忘れるわけには行かないと思ったからだ。あるいは、昂ぶる気持ちを抑えるためか。
:ソウくん……
:俺は好きだなこの子
:イケメン……惚れる……!
:これがあの戦いしてたのかっこよすぎ
「むむ……なんか自己紹介しちゃったけど、まぁいいわ。ソウ、改めて聞かせて。あなたの出身惑星はどこ? どんな星?」
「出身惑星――か。宇宙規模だとそうなるんだな。僕らはあの星を『地球』って呼んでる」
彼が指差す方向にはちょうど窓があり、そこには青く輝く星があった。かなり大きく、二人の所有する母星と同じくらい。
全体の7割ほどは青だが、3割には緑が見え、陸地であることが分かる。
「ソウ。文明レベルはどれくらい?」
ルトが問いかけると、奏は「むむむ……?」と声を漏らしつつ、腕を組んで虚空を見つめた。
次いで小声になり、「なぁAI」という言葉からは謎の言語になってしまい、理解することが不可能になる。
共通語ではない言語の話者。
その事実が分かった瞬間、嫌な予感がじんわりと広がり始めた。
「……文明レベルは0.5だな。実を言えば地球には文明レベルなんて概念もないけど」
「やっぱり2未満だったのね。ということは万星条約にも加盟していないわね」
「ばん……? そうだな、聞いたことすら無い」
なら、と呟き、トーキは再び右手で空間を切り裂いた。
そこに手を突っ込むと、腕を動かし何かを探し始めた。
数秒後、何かを見つけた素振りを見せ、思い切り引き上げると――
「黒い……毛玉?」
奏の言う通り、それはまるで黒い毛玉だった。トーキの腕が黒に埋まっている。
ただ、それは普通の毛玉ではない。
「ひゃっ!?」
「しゃ、シャベッタアアアアア!?」
「にゃ、にゃああああああああ!?」
「共鳴しないでよ!」
「ん、うるさい……」
:賑やかすぎて草
:さすがにおもろい
:うるせぇええええwwwwww
そう、その毛玉は生きているのだ。そして喋る。
毛玉の正体について誰もが気になっていた瞬間、ルトがそれを告げる。
「この猫が全ての元凶。つまり――ミラー主」
:……えええええ?????????
:ミラー主持ってきちゃったの!!?!?!?!?!
:ありえねぇwwwwww
:前代未聞な???????
「この猫はあなたの目にあるカメラから発信された電波を拾い、全宇宙へと配信したの。それで大バズリして、あたしたちが詳しく聞こうと突撃しに来たわけ」
「なるほど……???」
「率直に聞くわ、ソウ。あなたは彼女を許せる? もし許せないというのなら、彼女を調停星座に突き出す。多分懲役100年くらいになるんじゃないかしらね。ちょっと長めではあるけど」
「そ、そそそそれだけは……! やめて、欲しい……ですにゃあああ!」
毛玉からぴょこっと頭が生え、猫の耳と、髪に隠れた顔が少し覗いている。そんな生物が、可憐な声で命乞いをする。中々どうして珍妙な光景としか言えなかった。
「懲役100年!? そんな重罪!?」
奏の過剰な反応に皆が一瞬瞠目する。が、すぐに違う種族、違う時間概念であることに思い至り、認識を改めた。
「条約違反……特に領空侵犯に近い行動。地球は条約加盟星じゃないから」
「そ。まぁ、100年はあり得るのよ。この猫と奏からすれば長いかもだけど、基準が宇宙だからね」
腕を組み、眉間に皺を寄せて奏は思考する。宇宙と比べて極めて狭い主観的な視野で、己の感情とだけ相談していた。
そして、答えを出す。
「うーん……全部知らないからなんとも言えないけど、僕に悪い影響はないんでしょ?」
「うん。今や宇宙の人気者ってくらい知名度は上がった。でも場所は特定されてないし、悪いことは何もない」
:人気者は間違いない
:知らないやつおる? ってくらい
:会社全員で配信見てる
「だったら大丈夫。その、人? を許すよ」
「ほ、ほんとですかにゃあ……!?」
陰キャ猫が涙を浮かべて喜ぶのを無視し、トーキはニヤリと笑ってはっきりと言った。
「なら、ソウ――あなた、《《配信者にならない》》?」
◇
それからしばらく、視聴者とミラー主——名はニャワールというらしい——も交えて熱い議論が行われた。
題して「突撃姉妹の最強配信者プロデュース計画」。
突撃姉妹の持つノウハウや資金などを使い、奏をトップ配信者に育て上げようというのだ。
「それじゃあ、これからあなたの名前は『グレイム』よ!」
かれこれ数時間にわたって、様々なことを決めた。
そして、最後に決定されたのが名前である。
奏が配信者として使う、大事な第二の名前。
ここに霧島奏は再誕した――と言っても過言ではない。
:グレイムか、かっけぇ!!!!!!
:古い言葉にあった気がする……トーキちゃんは博識ですな
:考古学専攻ワイ、教授の言葉を聞き逃していたことを激しく後悔
:教育ポット入って勉強しなきゃ……
「グレイム……僕はグレイム。うん、違和感ないね。ありがとトーキ、ルト!」
「ふっふっふ、あたしを舐めてもらっちゃ困るわね!」
「お姉ちゃんは賢い。当然」
それじゃあ、とトーキは前置きし、注目を集めた。
「そろそろ配信を終えるから、最後にまとめておくわね」
「ん、お姉ちゃんよろしく」
「まず、グレイムくんの初配信は来週。あの青い星――地球から配信するよ。あたしたちは母星のアイスラルで鑑賞させてもらうわ。配信形式は今まで通り、そこのニャワールがミラー配信する。あとでグレイムには電子の目をつけてもらうから、皆気軽にコメントしてもらって大丈夫よ」
:来週か! 全裸待機!!!!
:100年くらい配信してくれれば私の老後も安泰
:刺激的なものが見れそうで楽しみ……!!!!!!!
:やったぜ!!!!
「ではでは、これにて配信終了! トーキと!」
「ルトと」
「グレイムと……?」
「ニャワール、でしたにゃ!?」
「「ばいばーい!」」
:ばいばい!!!!!!!!!
:ばいばーい!!
:寂しすぎwwwww
:3時間は短いなぁ……ばいばい!